第4話 2

「ここはこうで~……」


 騎士団の訓練所の地面に、クレアが杖で魔芒陣を描き。


「……からの~」


 クレアの指先が発光して、宙にも陣が刻印されていく。

 まるで踊るように、楽しげに宙空に光の軌跡を描いていくクレアは、魔女というより妖精という雰囲気で。


「最後に~」


 訓練所いっぱいに描かれた魔芒陣の中央に向かって、クルクル回りながらステップを踏んだクレアは。


「――えいっ!」


 長杖を一回しして、その石突きで魔芒陣の中央に点を穿つ。


「――アン、できたよ~」


 笑顔で手を振るクレアに、わたくしは苦笑。


「……シモンズ、おまえ理解できる?」


 訓練場を取り囲む回廊で、わたくしと一緒にクレアを見守っていた魔道士のシモンズに尋ねると。


「――姫様、申し訳ありません。


 地陣はなんとか理解できるのですが、宙陣に関してはまるで……」


「わたくしは地面の方もわからないわ……」


 ふたりそろってため息をつく。


 上級魔道士の資格を持つシモンズでさえ理解できないなんてね。


 シモンズの後ろにいる、見学に来ていた城の魔道士達もみな首を捻っているわね。


 今、クレアが描いていたのは――大型長距離転移陣。


 今回の作戦の要となるものよ。


 これと同じものをシルトヴェール王都の中央広場にも描いてもらうつもり。


 目的は、ふるいに残ったの移送。


 人質に取られないよう、彼らの家族や使用人も一緒に転移させる予定だから、この規模になってしまったわ。


 この計画をクレアに説明した時、冗談で『一度に転移させられたら楽なのに』なんてこぼしたら、クレアはあっさりとできるって言ったのよね。


「ん~? みんなどしたの?」


 あっけらかんと尋ねてくるクレアに、わたくしもシモンズも笑うしかなかったわ。


「相変わらず、おまえの魔道はすごいって話してたのよ」


 お日様の香りのするクレアの赤毛を撫でてやると、彼女は嬉しそうに目を細める。


「んふふ。

 刻印はね、同じものを描ければ理屈なんて理解できてなくても、同じ効果が出るから、魔道士のみんなにもできるはずだよ?」


 途端、シモンズを始めとした魔道士達は色めき立つ。


「し、しかしクレア様。

 あの宙陣はどうやって描くのですか?」


 わたくし達の知る限り。


 魔芒陣とは地面や壁面などの平面に描くもので。


 唯一の例外とも言えるのは、転移や転送の際、その出現先に現れる魔芒陣なのだけれど。


 正直、アレもなぜ空中に魔芒陣が出現するのか、わたくし達には理解できていないのよね。


 シモンズに尋ねられて、クレアはきょとんとした表情を見せて。


「ああ、そっか。

 人の世では、空間刻印が失伝しちゃってるんだっけ」


 それから柱の陰で丸くなっていたイフューに顔を向ける。


「イフュー、教えちゃって良い?」


「確かエイダが昔、エドに教えようとしてたから問題ないと思うよ。

 まあ、エドは使いこなせなかったけどね」


 喉をごろごろ鳴らして笑うイフューに、クレアは大きくうなずいた。


「じゃあ説明するから、みんな一度、あの魔芒陣の事は忘れてね?

 アレを基準にすると混乱しちゃうから」


 そうして講義を始めようとするクレアに。


「ちょっと待ちなさい。

 ここでいつまでもぞろぞろ集まってたら邪魔になるわ。

 エレナ。会議室を用意してちょうだい。

 みんなもそちらに移動して」


「はーい!」


 クレアとシモンズ、そして魔道士達はエレナに先導されて会議室に移動を始める。


「――おや、キミは行かないのかい?」


 そう尋ねてくるイフューを抱えあげて。


「どうせ聞いても理解できないもの。

 専門家に任せるわ。

 それよりあなたに聞きたい事があるのよ」


 わたくしは回廊を歩きながらそう答える。


「ふむ、なんだろ?

 内緒話ってワケでもないんでしょ?」


「そうね。でも、あなたの方がクレアより詳しそうだったから」


 やがて辿り着いたのは、<兵騎>舎の最奥。


 <闘姫>が駐騎された一角ね。


 わたくしは無骨な鉄色を見せる愛騎を見上げながら、腕の中のイフューに尋ねる。


「こないだの戦の時ね、クレアがなにかしたら、この子の色が変わったの。

 あと手足に……<永久結晶エターナルクリスタル>って言ったかしら?

 なにか結晶のようなものが現れたわ。

 いったい、なんだったの?」


「あれが<闘姫>の真の姿って事じゃダメかい?」


「以前ならそれで納得したのでしょうけどね。

 敵に魔女がいるとわかった以上、使える力は把握しておきたいの」


 クレアがわたくし達の常識を凌駕した力を使うように。


 ルミアもまた、わたくし達の想像を越えた手を打ってこないとも限らない。


 その時に使える力は少しでも多い方が良いもの。


「んー、ボクもクレアと一緒で、鬼道の理屈を人に説明するのはうまくないんだけどねぇ。

 エイダが生きてたら、きっとわかりやすく教えられたんだろうけどさ」


 と、イフューは前足で顔を洗って、やれやれと肩を竦める。


「まずさ、キミらは<兵騎>にも種類があるのを知ってるかい?」


「それは――<爵騎>や<古代騎>と言った分類の話ではないのよね?」


「うん。それは現代の人の世での分類だね。

 よし、じゃあそこから説明しようか」


 イフューはわたくしのお腹を蹴って地面に降りると、器用に後ろ足で立ち上がって前足を組む。


「まずキミらが一般的に<兵騎>と呼んでるモノ。

 アレはね、魔道帝国時代に技術再現されたものでね」


 ――魔道帝国。


 百五十年ほど前に中原の大半を支配し、そして滅んだルキウス帝国の御世より、さらに遥か大昔。


 学者によって、その推定年代は様々だけれど、三千年以上は前に全世界を統一支配していたとされる大帝国の事だ。


 あまりにも昔過ぎて、半ば神話と同一視されていて、帝国の名前もすでに残っていない。


「ま、言っちゃえば劣化版。

 デッドコピーなんだよね」


 なんでも無い事のように肩を竦めるイフュー。


「ちょっと待ってちょうだい。

 魔道帝国でさえ、コピーがやっとだったって言うの?」


 <兵騎>を含む、現代の魔道器の多くは、魔道帝国時代の遺跡から発見されたものを研究して再現されたもので。


 それでさえも、不完全な再現が多くて、学者や魔道士達は魔道帝国時代の偉大さを思い知らされているのだというわ。


「そそそ。

 でね、そのデッドコピーをさらにデッドコピーしてるのが、現代の<兵騎>ってワケだね。

 ま、そこは直接関係ないから置いておいて」


 器用なイフューは、茶化すように前足で横になにかを置く仕草をする。


「大事なのは、種類の話でさ。

 今ある<兵騎>の大半はアーム……それも汎用型の量産タイプ、ユニバーサルアームって呼ばれてた種類なんだ。

 ここまでは良いかい?」


「え、ええ」


 そういう種類があるのだと、わたくしは理解する事にしたわ。


「当然、汎用があれば、特化型もあるし、特別なものもあるわけで。

 ――キミ、<闘姫>以外の<古代騎>は見た事あるかな?」


「一度だけ。

 昔、お父様と一緒にミルドニア皇国に外遊に行った際に、護衛してくれた冒険者が使っていたわ」


 無精髭を生やした男臭い人物だったけれど、不思議と嫌いじゃなかったのよね。


 豪快が服を着て歩いてるような人だったわ。


「どうだった?」


「大型魔獣を退治したのを見たのだけれど。

 圧巻としか言いようがなかったわね。

 中位風精魔法が儀式魔法規模の威力を持っていたわね」


 当時を思い出しながらわたくしは答える。


 あの獅子のかぶとを持った<古代騎>の使い手は、今はどこでなにをしているのだろうか。


「ああ、それはきっと魔道増幅型のウェポンだね」


「――ウェポン?」


「アームの上位版さ。

 キミらが<古代騎>って呼んでるもののほとんどがそうなんだ。

 なにかしらに特化された騎体で、ほとんどがワンオフのオリジナル。

 ――もちろん<古代騎>の中には、現代まで残ってた、ただのアーム――要するにハズレって事もあるんだろうけどね」


 イフューは苦笑して肩を竦める。


「さしもの魔道帝国も、ウェポンは再現できなかったみたいでさ。

 今見つかってるのは、魔道帝国時代に多少改修されたものもあるだろうけど、基本的には造られた当時のままのシロモノってワケ」


 <兵騎>にも階級みたいなものがあるという事かしら。


「ウェポンと一口に言っても、特化された用途に応じて、ソードとかランスとか色々種類があるんだけどね。

 ま、今はひとまとめにウェポンって覚えておいてよ。

 それでね、キミの<闘姫>なんだけどさ」


「そうよ、それを聞きたかったのよ!」


 わたくしは思わず、イフューの前にしゃがみ込む。


「ウェポンの一種ではあるんだけどさ、ちょっと特殊なんだよね」


 イフューはそう前置きし、小さく咳払い。


「……ウェポンのさらに上位に、レガリアと呼ばれるタイプがあるんだけどさ。

 ロジカルドライブを搭載してて、ソーサル・スフィア・リンクを可能とした騎体なんだけどね。

 その中でもアークシリーズって呼ばれる特型騎体があるんだ」


「待って! 用語がわからないわ!」


「気にしなくていいよ。スペシャル中のスペシャルなモノがあるって思えばいい。

 ああ、そうか。

 今の世の言葉で、神器って言えばわかりやすいのかな?」


「神話の存在じゃない……」


「そうだね。

 その神器を生み出す為の試作騎……EC兵装――<永久結晶エターナル・クリスタル>という最小の願望器を搭載した、ロジカルウェポンと呼ばれる騎種が、キミの<闘姫>なんだよ」


 思わずわたくしは<闘姫>を見上げる。


「この子が神器の試作騎?」


「そうだよ。喚起したからわかるだろ?

 敵はキミが望んだ位置、望んだタイミングで、キミの攻撃の前に現れたはずだ」


 ええ、覚えてるわ。


 拳を突き出したら、まるで自分から誘われるように敵騎が飛び込んできて。


 逆に敵騎の攻撃は、こちらが見えていないかのように、見当違いの位置を狙っていたわね。


 なにより、攻撃のその威力。


 雌型の<闘姫>には、雄型の正面装甲を貫くほどの力は、本来はない……と思っていたのよ。


 だからわたくしは、喚起する前は敵騎の装甲の薄い頭部を破壊するようにしていたのだもの。


「あの一撃必殺じみた威力も<永久結晶>の力って事?」


 わたくしの問いに、イフューはあっさりとうなずく。


「そうだね。

 キミが思い描いた最良最強の一撃が具現した結果さ。

 そこに装甲の厚さなんて関係ないんだ」


「……とんでもない怪物じゃない」


 思わず呟くと。


「フフ。人の世の理ならそうだろうけどね」


 イフューはヒゲを前足で器用にしごきながら、わたくしを見上げたわ。


「ボクら理の外の世じゃ、EC兵装ですら、手段のひとつでしかないんだぜ?」


 目を細めながらそう告げるイフューに。


 わたくしは思わず息を呑んだ。


「おっと、脅すつもりはないんだ。

 手にした力に溺れて、<放浪者>をナメるなって言いたかっただけ」


「え、ええ。そうね。

 ありがとう、イフュー……」


 そうしてわたくしは再び<闘姫>を見上げる。


「……わたくしの拳は、あの女に届くかしら?」


「その為にクレアとボクが居るんだ。

 ――任せておきなよ。

 クレアはきっと、キミのその願いを叶えてくれる」


 イフューはわたくしを見上げ、目を細めた。


「――なにせ、『約束』だからね」

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