貴族院議会と舞台
第4話 1
「おばあちゃん、王様ってなにをする人なの?」
絵本を見ながらのわたしの問いに、おばあちゃんはいつものようにわたしを膝の上に抱えあげて。
「基本的には偉そうにして、敬われるのが仕事だね」
頭を撫でながら教えてくれるおばあちゃんに、わたしはふと思いついて顔を上げる。
「魔女が怖がられるのがお仕事みたいな感じ?」
「そうだね。
あとは民を慈しみ、暮らしを支えてやるのも仕事かねぇ」
むむ、なんか急にむつかしくなったぞ?
「――慈しむって?」
「大切にするって事さ」
「おばあちゃんがわたしにしてくれるみたいに?」
「そうそう。
王様はみんなの父親みたいなものなのさ。
だから、民を自分の子供のように可愛がらなきゃいけない」
……ふぅん。
「でもさ、こないだ村におつかいに言った時、村のみんなは王様の悪口言ってたよ?
大事に思ってるのに、悪口言われるなんて可哀想だね?」
わたしの言葉に、おばあちゃんは寂しげな、どこか悲しげな表情を見せた。
「人の世ってのはね、いろいろと面倒なものなんだよ。
王様がどれだけ民を大事にしたくても、そうできない場合もあるんだよ」
んー、相変わらずおばあちゃんの言う事はむつかしい。
「……おまえがもうちょっと大きくなったら、どういう事か見せてやるよ」
わたしの頭を撫でながら告げたおばあちゃんの言葉は、ついには果たされる事はなかったんだよね……
「――それじゃあクレア、おさらいよ?
シルトヴェール王国の政治体制は?」
黒板の前で、アンは指し棒をわたしに突きつけた。
「えっと……立君議会制?」
「その内容は?」
「ええとね……法衣貴族達の議会――貴族院で法案を検討・提出して、それを王が承認する方式。
逆に王が法案を出して、貴族院で検討させる場合もあるんだよね?」
わたしの解答に、アンは満足げにうなずく。
今、わたしはアンの次の一手の為に、シルトヴェール王国の政治体制のお勉強中。
わたしがこれを理解して、魔女としての立場から見て、アンの計画が間違ってないか判断する必要があるんだって。
「じゃあ、この体制の落とし穴は?」
これは教わってないよ?
自分で考えろって事なのかな?
んー、基本的に法律を作るのも運用するのも、貴族院なんだよね?
王もまた、作られた法には従う必要があって、だから王も法案を出す事ができる。
んん? これってさ。
「その気になれば、貴族院は王をがんじ絡めにできちゃうんじゃない?
ああ、だから承認を拒否する事もできるのか。
でも拒否ばかりはできないから、ある程度、通す必要があって……」
逆に王がやりたい事があっても、貴族院で否決されちゃう事もあるって事だよね?
貴族叙勲の権利は王にあるけれど、取り潰しの際は貴族院での採決が必要なんだっけ。
「全体的に、王より貴族院の方が力を持っちゃってない?」
「正解よ。
王はひとりだけれど、貴族院は多数。
そして議席は世襲なのだもの。
法衣貴族達は長い時間をかけて、密かに王を縛るように動いてきたの」
アンは深い溜息をついて首を振る。
「貴族院を設置した先代王の頃は、中原大戦の真っ最中でね。
戦で疲弊した民の声を吸い上げる目的で、議会を設置したのだけれど」
中原大戦というのは、五十年ほど前に魔属の国ホツマが、中原中の国を相手取って起こした戦だね。
当時は各国が連合を組んでホツマ相手に戦って。
最終的に蒼の勇者とそのパーティが、魔王を討ち取った事で終戦したんだって。
この戦に関しては、各国の守護は静観する取り決めを結んだって、おばあちゃんが言ってたっけ。
だからこそ、人同士の戦は凄惨を極めて長く厳しいものになったって教えられたよ。
わたしが大戦について思い出してる間も、アンの説明は続く。
「――元々官僚として働いていた法衣貴族は、領主達と違って民と触れ合う機会が少ないものね。
先代陛下がおわした頃はともかく、今上になってからは目に見えて腐敗を始めたわ」
省庁ごとに派閥を組んで利権を取り合って争い、民なんかそっちのけで、自分達に都合の良い法案を提出したり……
「そして今、王が倒れて、オズワルドが王の代理をするようになってからは、さらにそれがひどくなってるんだよね?」
わたしの問いに、アンはこめかみに指を当ててうなずく。
「アレは、今説明した政治構造を理解してないの。
王になれば好き勝手できると思いこんでいたわね……」
「自分の国の体制なのに、勉強してないって……」
「いえ、今上は弱気だからナメられてるだけで、自分が王になれば引き締めるって豪語してたわ」
「それができないように、法律で縛られてるのに?」
「だからアレに見切りをつけたのよ……」
なるほどねぇ。
アンは王太子妃になったら、この体制をどうにかしようと考えてたんだって。
だから必死に勉強してたみたい。
けど、オズワルドは具体案もなく、ただ即位すれば勝手に貴族院が従うものと思い込んでたって事か。
「まあ、アレがそうなるよう、
「アン……」
寂しげに告げるアンに、わたしはどう声をかけたら良いのかわからない。
けれどアンはすぐにいつもの微笑みを浮かべて。
「政治体制についての理解は問題ないみたいね。
魔女として、この体制を滅ぼす事をどう思う?」
「どうもなにも。
この体制じゃあ、民は苦しむだけじゃない」
法衣貴族に繋がりのある平民――商人なんかには都合が良いのかもしれないけどさ。
民が減るのは、それを力の源とする守護貴属としては困るんだよね。
「じゃあ、次は政治体制を崩壊させるって事で良いわね?」
正直、アンの授業を受けるまで、政治ってわたしとは関わりのないものだって思ってたんだけどね。
なんか王や貴族が勝手に決めた、人の世の理のひとつだって思ってたんだよ。
でも、政治がちゃんとしてないと、民が苦しみ、やがてそれは守護貴属の弱体にも繋がるんだって、よーっくわかった。
そして、それさえもルミアとかいう、あの外道な魔女の思惑に思えてきた。
民が減れば、わたしの使える鬼道が制限できるもんね。
悪知恵の働くあいつなら、やりそうな手だ。
「――それで、具体的にはなにをするんだい?」
それまで出窓で日向ぼっこして丸くなっていたイフューが、顔を起こして尋ねた。
「そろそろ例の証文を有効にする為に、議会が開かれるはずなの」
そうだよね。
あれって今の段階じゃ、ブラドフォードとミゲル――に指示を出したオズワルドとの間で交わされた約束でしかないもんね。
シルトヴェールの法に則るなら、貴族院の採決と王の承認が必要だよね。
オズワルドが勝手に決めたものだから、承認が先に通っちゃってる形だけど、議会採決は必要だよね。
「ああ、
そこに乗り込んで、反応を見ようってわけかい」
イフューの言葉に、アンは満足げにうなずく。
「ええ。そこで気付かずに賛成するような無能は要らないわ。
まともな感覚を持ってる人物なら……わたくしが姿を晒せば、きっとこちらになびくと思わない?」
「面白いね。
議会を舞台にしようってわけだ」
ふたりの意味ありげな会話も、今のわたしは理解できるよ。
「つまり、わたしはアンが決めた法衣貴族を転移でブラドフォードに送れば良いんだね?」
ちゃんとわたしが話について行けてるのに驚いたのか、アンが目を丸くする。
イフューは苦笑して喉をゴロゴロ鳴らした。
「……クレアはね、アン。
興味なのない事はとことん覚えないだけで、頭は悪くないんだよ」
なんだか、すごく失礼な事言われた気がするっ!
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