第3話 8

 会議室には同盟参加の領主達がすでに集まっていて。


 イフューを抱いたお父様に続き、わたくしとクレアが入室すると、領主達はわずかに息を呑んだのがわかったわ。


 お父様は長大な会議机の上座にイフューを降ろして席に着く。


 わたくしとクレアもそれに倣って座り。


「――さ、それじゃあ昨晩の説明をしようか」


 イフューがそう言い放つと、領主達は今度こそ驚きの声をあげた。


 そりゃあ、猫が喋ったら驚くわよね。


「エドワード様、いったいこれは……」


 お父様のそばにいた領主が代表してそう尋ねて。


「彼は魔女の使い魔でね。

 先代から魔女に仕えているから、事情に詳しいんだ」


 お父様がそう告げると、イフューもまたうなずいて、一同を見回した。


「今代の果ての魔女はご覧の通り、まだまだ小娘でね。

 キミらにうまく説明できそうにないんだ」


 人見知りするクレアは領主達に見つめられ、顔を真っ赤にして俯いた。


 わたくしと森で再会した時も、変な敬語を使っていたものね。


「それじゃあ改めて。

 昨日の出来事の説明なんだけどね。

 ま、一言で言えば、シルトヴェール王国を乗っ取ろうという魔女の仕業さ」


 再びざわめく領主達。


 そんな彼らに前足を挙げて見せて、イフューは続ける。


「順を追って説明するとね。

 まず魔女――貴属ってのは、二種類あると思って欲しい」


 イフューはクレアを前足で指し示し。


「ひとつは、クレアみたいな国と盟約を結んだ――いわゆる守護貴属の魔女。

 これは盟約の内容にもよるけど、基本的には人の世の理を陰ながらに守る為に存在していると思って良いよ。

 その守護する土地や国を領地として、その力を振るうんだ。

 一方、昨晩暴れたルミア・ソルディス。

 あれは<放浪者>と言ってね……」


 昨晩の狂気に満ちたルミアの顔は、今思い出しても身の毛がよだつわね。


 ……あれがあの女の本性。


 オズワルドに言い寄る羽虫のひとり、なんてナメてたのが仇になったわね。


 学園にいた頃に、徹底的に潰しておくべきだったわ。


 オズワルドに取り入った今、シルトヴェール王国という権威があの女を守っている。


「<放浪者>ってのは、領地を持たない貴属でね。

 貴属が振るえる力は、領土の大きさ――正確にはそこに暮らす人の多さによるからね。

 彼らはいつも領土獲得を虎視眈々と狙っているのさ」


 イフューの説明に、領主のひとりが手を挙げる。


「――それでは、此度の王国の腐敗は魔女によるものという事か?」


 途端、イフューはニヤリとした笑みを浮かべる。


「それは因果が逆だよ。

 ……王国はね、元々腐りかけてたのさ」


 彼の言葉を引き継ぐように、お父様が腕組みしながら呻く。


「貴族院による専横は、王の選定にまで口を出すようになっている。

 守護貴属たる魔女の恩恵を忘れ、民をないがしろにして。

 ただその身を肥え太らせていた王国は、魔女の関与に関係なく、いずれは腐り落ちていたと思う」


 お父様の言葉に、イフューは満足げに目を細めてうなずいた。


「そして、そこを<放浪者>――ルミアに突かれた。

 あいつはさ、元々シルトヴェールを狙ってたわけじゃないと思うんだ。

 たまたま国がイイ感じに腐っていて、そしてたまたまタイミング良く守護貴属が代替わりした。

 まあ、攻めるにはちょうど良いタイミングだったんだろうね」


「……でも、アイツを守護貴属なんかにしちゃいけない……」


 クレアは吐き出すように呟く。


 イフューはうなずきを返して。


「そうだね。

 あいつは魔女の戦の作法を無視して、いきなり人の世を乱した。

 しかも禁忌にまで手を染めてる」


 イフューが言うには、魔女の戦とは人知れず行われるものであり、本来は人の世を巻き込んだりしないのだという。


「あいつの師や親がそういう性質なのか。

 あるいは元々がそういう性質なのかはわからないけどね。

 あいつは人の世の理も、魔女の理さえも無視して突き進んでるんだ」


「……ルミアは今後、どう動くと思う?」


 わたくしが尋ねると。


「――正直わからないね。

 少なくともあいつは、どちらの世の理にも疎いように思うし……まるで子供が強大な力を持って、気まぐれに振る舞ってるみたいだ。

 そんな者が守護貴属になんてなったら、その土地はこの世に現れた地獄になるよ。

 なにせ感情に任せて、気ままにその力を振るうんだからね」


 それはわたくしがルミアに抱いた印象と同じものね。


 だから、わたくしは一同を見回す。


「あの女がどう動くかはさておき。

 わたくし達のやる事は変わらないわ。

 暗愚な王と王太子、そして貴族院を打倒して、シルトヴェール王国を滅ぼす」


 それこそが法衣貴族に牛耳られて腐り落ちた、王国の民を救うことに繋がるはずだもの。


「――人の世の事は人の世の者がなんとかするしかないでしょう?」


「――そして、<放浪者>が動いた時こそ、ボクらがなんとかするよ」


 そうして、わたくし達は今後について話し合う。


「そういえば、アンジェラ嬢。

 昨日の関税についての話し合いはどうなったのだろうか?」


「ああ、ふざけた事を言ってたけど、逆手に取れそうだからそのまま呑んであげたわ。

 ミゲルの遺体に証文がなかったから……ルミアか一緒にいた魔道士が持ち帰ったのでしょうね」


 恐らくはジン辺りが入れ知恵したのかしらね。


 財務官僚――法衣貴族が考えたにしては、ひどく雑だもの。


 シルトヴェールからブラドフォードに商品を運ぼうとした場合、商品相場の六割を税として納め。


 逆にブラドフォードからシルトヴェールに商品を運ぶ場合は、税を取ってはならないという、本当にふざけた条約。


 けれど、わたくし達はすでに街道なんて使っていないもの。


 商人達だって、続々とアンゲラや同盟領に集まっている。


 いまさらシルトヴェールからの輸入に頼る必要はないし、シルトヴェール王都は転移網から外れているものね。


 わざわざ街道を進んで、商売に向かおうとは思わないはずよ。


 それらを説明すると、領主達は嘲笑を浮かべた。


「そもそもそのような不平等条約が通ると思っているなど、財務省はどうなっているんだ?」


「いや、逆にこの件が通った事で、は目が覚めるだろう」


 そう。発展していくブラドフォードには、圧倒的に人材が足りないもの。


 ちょうど良いから、ふるいに使わせてもらったというわけね。


 わたくしはお父様と領主達を見回して告げる。


「――その目覚めた人材を確保する為に。

 ……これまで攻められてばかりでしたし、ここらでこちらから攻めてみましょうか?」


 そうして、わたくしはひとつの計画を披露する。


 ……オズワルドにルミア。


 ふたりがどんな顔をするか、愉しみね。




★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★


 ここまでが3話となります。


 次回はいよいよ、王国に殴り込み!


 まだ痛い目みてない宰相の息子が……


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