第3話 7

「――殿下、本当に申し訳ありません!」


 王城の物資不足について聞く為に、私はジンを部屋に呼んだのだが、なぜかその父親であるポートラン財務副大臣まで一緒にやってきた。


 ジンの顔は、殴られたのかボコボコに膨れ上がっていて、いつもの眼鏡もかけていない。


「どういう事だ?」


 なにがポートラン伯をここまで怒らせたのだろうか。


「それが……この馬鹿者はウチに出入りしている行商人が辞めるのを、見過ごしていたのです!

 それによって仕入れが滞り、王都への物資供給が不足しております」


 ポートラン伯はジンの頭を殴りつけ、俺に再び頭を下げる。


「ですから父さん!

 それは行商人達がシルトヴェールとの戦を不安に思っているだけで……事が収まれば戻って来ると言っているでしょう!

 そもそも所詮は荷運びなのです。

 人を雇って仕入れをすれば良いだけじゃないですか……」


 ジンの言葉に、私もうなずく。


「そうだぞ、ポートラン伯。

 なにをそんなに怒っているのか?」


「――行商人だからこそ、領を跨いで仕入れができているのです!

 行商人を荷運びなどと――」


 と、そこに。


「――殿下ぁ~!」


 ルミアが部屋に飛び込んできて、私に抱きついた。


「どうした?

 今日は見かけなかったが、どこに居たのだ?」


 するとルミアは目に涙を溜めて訴える。


「ルミアね、ミゲルがシルトヴェールに行くって言うから一緒について行ってたの。

 アンジェラ様と仲直りがしたくて……」


 ルミアから遅れて、宮廷魔道士のルーシオが部屋にやってくる。


「せっかくだから、お義兄様に転移で運んでもらったのよ。

 それなのに……それなのに……」


 言葉に詰まったルミアは、私の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。


 私は彼女をなだめる為に髪を撫でて。


「そういえばミゲルはどうした?」


 と、私はルーシオに尋ねる。


 事は数日前。


 あの巨大な腕が出現した事に端を発する。


 グレイブ率いる先遣隊が連絡を寄越さない事を不審に思った、ダブリス騎士団長が斥候を送ったのだ。


 そして、斥候が持ち帰った情報は、騎士団を震撼させる事になった。


 ブラドフォード公都アンゲラの前方に巨大な渓谷ができていて、その向こうに簡易的なものではあったが、要塞が築かれつつあるのだという。


 先遣隊は全滅したのか、あるいは捕虜になっているのか。


 外務大臣の息子であるミゲルには、その確認を命じたのだ。


 そしてもうひとつ。


 もはや公国の独立は防げない為、経済的に封じ込める為に関税率を決めてくるようにも命じてあった。


 まさかそれにルミアまで同行しているとは思いもしなかったが……


「……ミゲルは殺されました」


 ルーシオは抑揚のない声で淡々と答える。


「――なんだと!?」


 思わず腰を浮かせようとしたのだが、ルーミアに抱きつかれているので思い留まる。


「でもね、関税の証文は取り交わしてたから。

 ルミア、これだけは守らなきゃって、必死にお義兄様と逃げてきたの」


 ルミアは握り締めた証文と思しき羊皮紙を私に手渡す。


「――関税ですと? そんな話、財務省には一言も……」


 ポートラン副大臣が口を挟んでくるが。


「シルトヴェールは独立したのだ。

 事は外交に当たるだろう?」


「――なぁっ!?」


「それよりルミア。

 グレイブらはどうなった?

 ミゲルには先遣隊の安否確認も命じていたのだが……」


 途端、ルミアは涙をこぼして首を横に振る。


「――私とお義兄様の前で、みんな魔女に殺されちゃったの。

 アンジェラ様も魔女も笑いながら……ひどい人達……」


 それだけを告げて、ルミアは再び私の胸に顔を埋めて泣き出す。


「それは……恐ろしい目に遭ったな……」


 私はそうとしか言えず、ルミアの頭を撫でる事しかできない。



 魔女とはそこまで残虐な真似ができる者なのか。


 騎士団隊舎の崩落の際は、ひとりの死者も出していなかったから、甘く見ていたのかもしれない。


「――殿下、関税ならば本来は財務省が関わる案件です。

 少々、確認させてください……」


 と、空気を読まないポートラン伯は私がルミアから受け取って、机に放り出した証文に目を通した。


 そして。


「――これをブラドフォードは呑んだというのですかっ!?」


 ポートラン伯は声をあげて、ブルブルと震えている。


「ジンと話し合って決めた関税率だぞ?

 おかしな事などあるまい」


 さすがに関税率など専門外だからな。


 すでにポートラン商会を取り仕切っているジンならばと、相談したのだ。


 私は自分の考えだけで動くような暗愚ではないからな。


「――おかしな事だらけです!

 シルトヴェールからの持ち出しは相場価格の六割、シルトヴェールへの持ち込みの際、ブラドフォードは関税を得ないなど、普通の国なら呑むはずがない!

 ――ジン! 貴様、なにを考えてこんな……」


「――こうすれば、ブラドフォードから商人が居なくなるでしょう?

 経済から締め上げてやろうというのですよ

 多少、交渉が必要かとは思いましたが、さすがはミゲル。

 アンジェラをうまくやり込めたのですね」


 途端、ポートラン伯は床に座らされていたジンの腹を蹴りつけた。


「――この馬鹿がっ!

 良いか? ブラドフォードはこれを呑んだのだ!

 つまりシルトヴェールに依存しない経済基盤をすでに有しているという事だ!」


 激昂するポートラン伯は、さらにジンを殴りつける。


 ……私も良くわからないのだが。


「証文がある以上、商人は我が国に戻ってくるのではないか?

 ブラドフォードで商売しようにも、関所で税を取られるのでは商人達も寄り付かないだろう?」


「――逆なのですよ!

 すでに王都から行商人は離れている!

 ブラドフォードの方が利になると踏んだんだ!

 ――なぜ、こんな勝手な真似をした!」


 証文を机に叩きつけて、唾を飛び散らせながらまくし立てるポートラン伯に、私もさすがに怒りを覚えた。


「――不敬だぞ! ポートラン!」


「不敬がなんだ、この暗愚めっ!

 ――もう付き合っていられるか!

 爵位は返上させて頂く!

 こんな国に居ては、身の破滅だ!」


「――貴っ様ぁ!」


 机を叩いた私を無視して、ポートランは踵を返し。


「――ジン、貴様など勘当だっ!

 ポートラン商会を滅茶苦茶にしおって!

 馬鹿王子と共に滅ぶが良い!」


 そう吐き捨てて、足音も荒く部屋を去って行った。


「――クソっ!」


 再び机を叩いて呻くと。


 腕の中でルミアが身体を震わせているのに気づいた。


「す、すまない、ルミア。怖がらせてしまったか」


「……いえ、でもルミア、余計な事をしてしまったのかと……」


「そんな事ない。

 ポートランが愚かなのだ。

 あんな者を財務副大臣に任じていた父上には、ほとほと呆れさせられる」


「――そうです!

 ルミアがちゃんと証文を持ってきてくれたおかげで、関税は有効になる。

 僕らが正しかった事など、すぐにでも明らかになるでしょう!」


 ジンも同意して。


 私は深々とため息をついて背もたれに身を沈める。


 やはり古い世代はダメだな。


 頭が硬いのだ。


 父上が倒れた今、王太子である私の側近に大臣も入れ替えるべきだろう。


 次の貴族院議会で、人事を刷新せねばな……

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