第3話 6

 グレイブを追ってやってきた衛士や騎士達が、招待客を護るように立って壁を作る。


 魔道士が結界を張って万全の体制。


「――アルドワ、ちょっとゴメンね」


 ボクは視界を確保する為に、エドの護衛についたアルドワの肩に跳び乗った。


「――イフュー殿。

 クレア殿は下がらせなくてよろしいのですか?」


 グレイブはアンに固執してるようで。


 彼女の名前をうわごとのように呼び続けながら、拳を振るう。


 そのたびに突風がホールを駆け抜け、招待客達は悲鳴じみた声をあげてる。


「平気へーき。

 キミさ、アンの強さには自信満々なのに、クレアのコトはナメてるよね」


 グレイブがアン目掛けて、組んだ拳を振り下ろす。


「――よいしょっとぉ!」


 その太いグレイブの腕を、クレアが長杖で横から殴りつけた。


 狙いがそれて、グレイブの両拳はアンのすぐ横の床を陥没させる。


 その腕をアンが駆け上がり、唯一元のサイズの顔面に蹴りを放った。


「――あ、あのっ! 今のはっ!?」


 クレアは同じ年頃の子に比べたら、ちっちゃいもんね。


 誤解するのはわかるよ。


 だけどさ。


「あの子は、五つの頃から最果ての森を遊び場にしてたんだぜ?

 あそこの魔獣の強さって知ってる?」


「若い頃の私が必死になって、ようやく生き延びられる世界だぞ。

 ……あそこは」


 エドが苦笑しながら、アルドワに説明する。


「旦那様でも……では、クレア様は――」


「肉体強度で言ったら、キミらのお姫様も大したものだけどね。

 同程度には強いと思って良いよ」


 ボクはそう笑ってみせる。


「――とは言えね。

 今のあの子は、百体の鬼道傀儡を並列制御しながらだから、アンとふたりで丁度良い感じかな?」


 グレイブの症状は多少、進んでるようだけれど。


 まだを保ってるんだから、ふたりが負けるわけがない。


「――あああんんじぇじぇじぇららあぁぁ!」


 アンの蹴りを受けて鼻を陥没させているのに、グレイブの動きは止まらない。


 もう痛覚なんてなくなってるからね。


 そもそもああなった生き物は、魔道で身体を動かしてる。


 クレアが神経を焼くデスウォンドを使わないのも、それが理由だね。


 ちゃんとエイダの教えを覚えてたようで、なによりだよ。


 真紅のドレスをひるがえして宙返りから着地したアンに、グレイブが拳を振り下ろしたけど。


「――えいっ!」


 漆黒のドレスをなびかせて。


 クレアが間に割り込んで、長杖で拳を打ち上げる。


 力の向きを逸らされたグレイブは、打ち上げられた拳を振り上げぐるりと回って尻餅をついた。


 その隙に。


「――アン、心臓を狙って!」


 アンがクレアを飛び越えて、高く跳躍する。


 風精の魔法で身体を加速させて。


「――ハアッ!」


 アンは解き放たれた矢のように、グレイブの胸に飛び蹴りを叩き込んだ。


「アアァァァ――ッ!」


 グレイブの巨体に右足を突き刺して、さらに加速するアン。


 そのままホールの壁に激突して、ふたりはようやく止まる。


 衝撃にホール自体が揺れたくらいだよ。


 アンの肉体強度は、本当に人属を凌駕してるね。


「――フッ!」


 グレイブの胸に左足を添えて。


 突き刺さった右足を引き抜いたアンは、宙転して身体を回し、再び半身にグレイブに向き合う。


 グレイブは壁に叩きつけられたまま、虚ろな目で頭を巡らし。


「……る、るみ……あ……なんで……」


 呻くような声をあげて右手をルミアの方へと向けた。


 直後、胸板からおびただしい鮮血が噴き出して。


「――があああああああッ!?」


 獣のような咆哮。


 そして、その声が不意に止んで、まるで胸の穴に吸い込まれるように、グレイブの身体が渦巻きながら収縮して行く。


 招待客達が一様に息を呑むのがわかった。


 噴き上がったはずの鮮血は霧のように消え去り、三メートルを超えるほどだったグレイブの巨躯もまた消え去る。


 カツンと乾いた音を立てて、グレイブのなれの果てが床に落ちた。


 人の拳ほどの大きさをした、歪んだ鈍色の石。


 心臓を失ったことで現実領域に引きずり出された、グレイブの魔道器官だ。


 誰もが絶句して動けずにいる中で。


 クレアがヒールを響かせて歩み寄り、それをつまみ上げて。


 魔道を通して改変記録を辿っているんだろうね。


 目を伏せたままブツブツと口の中でなにか呟き。


「……なるほどね」


 目を開いたクレアは、ミゲルと並んで立つルミアを見据えた。


「……おまえも魔女か。

 ――ルミア・ソルディス!」


 クレアは怒っていた。


 彼女の怒りに魔道器官が呼応して、辺りに紫電が迸るほどに。


「……クレア、どういう事?」


 ようやく我に返ったアンがクレアに声をかける。


「――あいつはさ、魔女なんだよ。

 シルトヴェールの騎士達を化け物に変えたのは、あいつの仕業だ」


「それ、本当なの!?」


 戸惑ったように尋ねるアンに、クレアはうなずき。


「――アクセス。オープン・ログ……」


 途端、クレアの手の上にあったグレイブの魔道器官の上に、映像が浮かび上がった。


「これはね、グレイブが化け物になる直前の記憶だよ」


 映し出されたのは、鉄格子の向こうで微笑むルミアと、彼女が連れている魔道士の姿。


『――言ったでしょう? おもちゃの後片付けよ。

 そしてアンジェラ様への嫌がらせ。

 ひと手間で一気にこなしちゃうなんて、ルミアって賢いと思わない?』


 映像の中、そう告げるルミアの目の前には、古代文字が羅列された光る板。


 彼女はそれに触れると、指先を光らせて書き記していく。


 やっぱりソーサル・リアクターのステータスを書き換えてたんだ。


 そして、そんな事ができるのは、この世界では竜属か妖属の血を濃く残した魔属か。


 あとは貴属たる魔女しか残っていない。


『ルミアに感謝してね?

 おまえみたいなクソもらしに、もう一度だけアンジェラ様に仕掛ける機会をあげるんだから。

 うまく行けばお望み通り、アンジェラ様を犯せるかもね』


 邪悪に微笑むルミア。


 ルミアとミゲルのそばにいた招待客達は、逃げるようにルミアから距離を取る。


「……ル、ルミア……君は……」


 ミゲルまでもが逃げ腰になって。


 途端、ルミアは。


「アハハハハハハハハ――――っ!」


 まるで狂ったように身をよじって笑い出した。


 そして、恐怖に染まったミゲルの首を鷲掴みにする。


「――ぐっ!? ル、ルミア!?」


「ひどいわ。ミゲル。

 あんなに愛してあげたのに、そんな顔するなんて」


 ミゲルの足が床を離れて吊り上げられていく。


 小柄とはいえ、ミゲルもルミアより上背があるというのに。


 ルミアは片手で彼を吊り上げている。


「ルミア、悲しくて泣いてしまいそうだわ」


「――ルみょっ!?」


 ゴキリと。


 鈍い音が響いて、ミゲルの首が折り砕かれた。


「アハハハっ! 変な声変な声!

 聞いた? ルみょっ! だってぇ。

 アハハハハハハ――――ッ!」


 ミゲルを床に放り捨て、再び身をよじって哄笑するルミアに、今度こそ招待客達は悲鳴をあげて退いた。


 衛士や騎士が彼女を取り囲む。


「あーあ、バレちゃったぁ。

 世代交代したてのヒヨコちゃんだって聞いてたのに。

 やるじゃない、果ての魔女」


 グレイブが最後に見たのと同じ、邪悪な笑みを浮かべて。


 ルミアはミゲルを片手で吊り上げたままに、クレアとアンを見据えた。


「――そうか。

 キミはボクらの領地を狙う、<放浪者>か」


 アルドワの肩の上でボクが問うと。


「アハっ! せいか~い!

 ネコちゃんは先代のおさがりなんだっけ?

 賢いじゃない」


 ルミアは笑い、かたわらの魔道士の肩を叩く。


「あーあ、せっかくアンジェラ様に嫌がらせしてやろうと思ってたのに、バレちゃったら仕方ないわね。

 ――今日のところはお暇するわ」


 ルミアと魔道士の足元に転移魔芒陣が浮き上がる。


「――待てっ!」


 クレアがポーチからパラライザーを取り出して追いすがるけど。


「あなたと直接戦うなんてごめんよ。

 じゃあね、皆様、ごきげんよう」


 ルミアはクレアにミゲルの遺体を放り投げ。


 クレアがそれに気を取られた、わずかな隙に、転移魔法が完成してしまう。


 高笑いを残して、ルミアと魔道士の姿が消え去り。


「逃したっ! ちくしょう!」


 クレアはパラライザーを床に叩きつけて叫んだ。


「あんな……あんな外道、そのままにしちゃいけないのにっ!」


 その場にへたり込んで、ボロボロと涙を流すクレアを。


「……クレア……」


 アンがそっと抱きしめる。


 ――頼むよ、アン。


 その子はまだ、魔女の戦に不慣れなんだ。


 きっと衝撃が大きかったと思うんだよね。


 中庭に目を向ければ、あちらの獣達もあらかた片付いていて。


 砕かれた紅晶華の花びらと、残された魔道器官が月明かりに照らし出されて妖しくきらめいていた。


 やれやれだね。


 ボクはクレアから傀儡達の制御を引き継いで、魔道器官を回収させる。


「――さ、さあ。

 みな、疑問もあるだろうが、危機は去った。

 すぐに部屋を用意する。

 詳しくは明日、必ず報せるので、今日はゆっくり休んで欲しい」


 エドが手を叩いて招待客達の注目を集め、衛士達に誘導を始めさせる。


 招待客達は顔色を悪くしたまま、素直に誘導に従い。


 やがてガランとしたホールに残されたボクに。


「……説明してくれるんだよな?」


 エドがそう尋ねてくるから。


「約束するけど、今日は待って欲しいかな。

 整理する時間が欲しいし。

 休息が必要だよ。

 ――キミも、あの子らもね……」


 エドの顔色もあまり良くない。


 いかにエイダに師事してたとはいえ、人の世の理の外を本格的に垣間見たのは、今回が初めてだからね。


 ――ボクらは、恐ろしいだろう?


 ゆっくり休むべきだよ。


 そして、ホールに座り込んで抱き合ったクレアとアンは、支え合うようにして眠ってしまっていた。


「とりあえず、あの子達を運んであげてよ」


 なんだか、ボクも眠くなって来たんだけどねぇ。


 エドとアルドワはうなずきあって、ふたりの少女を抱えあげる。


 とりあえずふたりとも、お疲れ様。


 ボクは傀儡の送還っていう後始末が残ってるから、夜更しになりそうだけどね。


 まあ、みんなさ。今夜はゆっくり休みなよ。

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