第2話 3
魔女に打ち捨てられた西の丘で救助され、治療を施されて数日。
ようやく歩けるようになった俺は、近衛騎士に殿下の部屋に引き立てられ、両肩を抑え込まれながら跪かされた。
簡単な治療魔法は施されたものの、折れていた手脚はまだひどく痛んだ。
「……で、殿下……」
近衛に髪を掴まれて顔を上げさせられると。
「――このクソがっ!」
横っ面を蹴り飛ばされて、思わず意識が飛びかけた。
が、近衛に再度引きずり起こされ、頭を揺すられる。
興奮して肩で息する殿下は、俺を怒りに震える目で見下ろし睨んでいた。
「――クレイブ。私はアンジェラの護送を命じたはずだな?
――貴様の部隊の者に聞いたぞ。
あの女を陵辱しようとして逃げられたのだと!」
「――そ、それは……」
「あまつさえ、魔女に……あんな化け物にまで手を出そうなど……貴様の色狂いには、ほとほと呆れ果てる。
なあ、ルミア。
おまえだって、こんな女をないがしろにする男はイヤだろう?」
殿下はここぞとばかりに、ルミアに俺を貶めてみせる。
「――ルミア……違うんだ!
俺は君だけを……」
ソファに座ってお茶を飲んでいたルミアは。
「ねえ、殿下ぁ。
なんか変な臭いしませんかぁ?」
思わず俺は羞恥に顔が赤くなるのを感じる。
「ああ、それがな……」
殿下は怒りを忘れて思わず吹き出す。
「――こいつ、魔女の所業の所為で、おしめが手放せない身体になったのさ。
治癒の魔法でも癒せずに、常に垂れ流しだそうだ」
「えー、赤ちゃんみたい」
ルミアはケタケタ笑って。
それでも一度も俺の方を見ようとはしない。
俺は唇を噛んで、羞恥を堪えた。
それもこれも、魔女と……それを引き込んだアンジェラの所為だ。
「――殿下! なにとぞ今一度機会を!
絶対にあの女狐共に地獄を見せてやります!」
俺がすがるように叫ぶと。
「――そう、それだ」
殿下は怜悧な目で俺を見据えて。
「ブラドフォードが独立の準備をしている。
これはれっきとした反乱だ。
貴様の父親には、此度の件の責任を取らせる為に討伐を命じた」
今回の件で、俺は親父に勘当を言い渡された。
――家までをも失ったのだ。
だからこそ、俺は床に頭を擦りつけて、殿下に懇願する。
「なにとぞ! なにとぞ今一度機会を!」
そこに、ドアがノックされて。
「――殿下、お呼びとうがかい、参りましたが……臭いますね」
ジンが入室してそう告げると、俺が居るのに気づいて納得の表情を見せた。
――クソっ!
こいつまで俺の身体の事を知っているというのか。
「ジン、おまえの家のポートラン商会で先遣部隊の物資を用立ててほしい。
誰かの所為で、騎士団隊舎の物資は使えなくなってしまったからな」
殿下はジンにそう告げて。
「――クレイブよ。
貴様の父親――騎士団長には話をつけておいた。
貴様に<兵騎>大隊をひとつ預ける」
<兵騎>六十四騎に従歩騎士や魔道士を合わせて、百五十名ほどの部隊だ。
「――貴様の役目は公都アンゲラ西街の占拠による橋頭堡の確保だ。
言っておくが、次はないぞ」
アンゲラの翼と例えられる東西に伸びる大橋。その西側の確保が任務か。
「――必ずや!」
俺は拳を握り締めて、深々と頭を下げる。
首の皮一枚、なんとか繋がった。
この汚辱を雪ぎ、必ずやアンジェラやあの小娘に目にものを見せてやる。
俺とジンは退室する。
並んで歩きながら。
「――君もバカな事をしたものだ。
ルミア以外をつまみ食いしてるから、こんな事になるんだ」
ジンは嘲るように、眼鏡を直しながら俺に言う。
「――ぐっ……貴様」
思わず詰め寄ろうとする俺に。
「おっと、立場をわきまえろよ。
今の君は家を追われた、ただの平民だ。
殿下の温情で部隊を任されたとは言え、ね」
伸ばした俺の手を払って、ジンは続けた。
「君の尻拭いで――ぷっ、そういう意味ではないが――我がポートラン商会は物資を供出せざるを得なくなったんだ。
本当に感謝して欲しいものだ」
いちいち皮肉を交えて言ってくるのが癪に触るが……
隊舎に集積していた物資が使えない今、王都一の商会であるジンの実家に頼らざるを得ないという理屈は理解できる。
俺は拳を握り締めながら、ジンに頭を下げた。
「……感謝する」
「ま、ブラドフォードを騎士団が陥落させたら、優先的に商売させて貰えるようだからね。
利権の為の先行投資と思っておくよ」
そんなところだろう。
伯爵位すら金で買ったと言われているポートラン伯爵が、タダで動くはずがない。
「物資の運搬は、僕が直接手配します。
君はしっかり、働くように。
いいですね? 元騎士団長子息くん」
城の門までやってきて。
ジンはそう告げて高笑いしながら去っていく。
俺は殿下の部屋のある辺りの窓を見上げて。
「……ルミア。
見ていてくれ。俺は必ず……」
「――殿下ぁ。
本当にあんなのに任せて大丈夫なんですか?」
ソファに腰掛けて思案する私に、ルミアが身を寄せてきてそう尋ねる。
「あれでも騎士団ではそれなりの腕なんだ。
それにダブリス団長は、まだクレイブから<爵騎>を取り上げていない」
廃嫡したという事だが、この戦で雪辱を果たさせて復帰させようという思惑透けて見える。
ダブリス侯爵は多少は頭が切れるが、所詮は武門の頭。
政治の駆け引きには疎いと見える。
だが、それでも良い。
武門の家は戦で使ってこそだ。
騎士団隊舎の崩壊を目の当たりにした父上に事の顛末を説明したところ、泡を吹いて倒れ、そのまま臥せってしまわれた。
その為、王太子である私がその代理を務める義務がある。
「――いかに魔女であろうと……数の前には敵わないはずだ」
ブラドフォード公国にも自治の為の騎士団があるが。
その数は今回動かす騎士団の数に比べれば、十分の一にも満たない。
「――アンジェラ。
私に逆らった事……焼かれた故郷を目にして後悔するが良い」
ダブリス騎士団長には、アンゲラの都を徹底的に蹂躙するよう指示してある。
隊舎を破壊された騎士達も、それで溜飲が下がるだろう。
「見ていろ、ルミア。
今度は修道院送りなどと生ぬるい真似はしない。
あの毒婦を、民達の前で処刑してやろう」
そう告げる私に。
「――楽しみですねぇ」
ルミアはうっとりとした表情で身を寄せてくるのだった。
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