第1話 7

「――古き盟約?」


 なんだそれは?


『勉強不足ね。オズワルド。

 果て魔女は古き貴族の当代当主に一度だけ力を貸してくれる。

 そうしてこの国は大きくなってきたの。

 ――けれど……』


 アンジェラが視線を横に向け。


 映像に再び魔女が姿を現した。


『――その恩を忘れ、国が腐り落ちた時。

 果ての魔女は、その力のすべてをもって国を滅ぼす。

 わたしは――当代果ての魔女は、この国はもうダメだと判断したよ』


 やれやれというように首を振ってため息をつく赤毛の魔女に。


「ま、待ってくれ!

 なにをもってダメだと?

 この国がおまえになにをしたというのだ?」


 途端、映像に顔のない等身大の人形が現れる。


 魔属が使う鬼道傀儡のように、勝手に動くそれの手には――


「――グレイブ!?」


 ルミアが両手で口元を覆って悲鳴のような声を上げた。


 裸に剥かれ、四肢があらぬ方向に折れ曲がったグレイブが、人形に喉を掴まれて垂れ下がっていた。


 その目は虚ろで、なにかブツブツとうわ言のように呟いている。


『こいつねぇ、わたしを犯すつもりで襲ってきたんだよね。

 わかる?

 この国のっ! 守護貴属であるこのわたしをっ!』


「――ついでに言えば、あの子の友人であるアンジェラへの仕打ちも、あいつの記憶を辿って知ってるからね?」


 黒猫が目を細めて静かに告げた。


「……アンジェラが魔女と友人だと?」


 わ、わけがわからない。


 いったい、なにが起きている?


『とりあえず、こいつは絶対に赦さない』


 抉るようにグレイブの顔を殴りつけて、魔女は語る。


『そして、こんなのを放置してる王国も赦さない。

 聞いたよ?

 こいつ、騎士団長の息子なんだって?

 こんなのがそんな立場にいる騎士団なんてロクでもないよね?』


 魔女の背後で。


 グレイブは人形によって地に組み伏せられていた。


 さらに人形がもう一体現れ、その手には人形の腕ほどの太さの鉄の棒が握られていた。


 それはグレイブの尻にあてがわれ。


『――思い知れ、女の敵』


 短く魔女が告げて。


『アッ――――!?』


 グレイブが悲鳴を上げて、上体を仰け反らせた。


『――アハハハハハハっ!! ビクっだって!

 気持ちワルっ!』


 魔女もまた哄笑して身を仰け反らせる。


『――お次はあっちだね』


 映像がぐるりと動いて、王都を見下ろす景色が映し出された。


『――アン、どれ?』


『あの西の端にあるのがそうよ』


 映像の隅からアンジェラの手が伸ばされて、指し示されたのは騎士団隊舎。


『うわー、王都の隊舎にあんなお城みたいなのいる?

 この国って隣国と停戦中でしょ?

 騎士は国境に置くべきじゃないの?』


 魔女の声がひどく明るく響く。


『……それがわかってないから、騎士団がこの有様なのよ』


 重苦しいアンジェラの声。


『――なるほどねぇ。

 まあ、いいや』


 映像の中に再び魔女が進み出て。


『――どうせ、ぶっ潰すんだしねっ!』


 魔女は長杖を水平に構え、くるりと回して先端を騎士団隊舎に向けた。


『……理不尽の果ての力を見せてやる!』


 そうして私は魔女の恐ろしさを刻みつけられる事になる。


『――目覚めてもたらせ。サテライト・ストライカー』


 短く告げられた喚起詞。


 杖の先端から赤と白、二条の光が放たれて。


 赤は上空へと伸び行き、白は騎士団隊舎へ。


 そして……静寂。


「は、はは……なにも起こらないではないか」


 思わず笑えてきて、私はそう呟いていた。


「――ホントにそう思う~?」


 黒猫が目を細めて言い放ち。


 瞬間、轟雷のような音が響いて、部屋の窓が砕け散った。


「キャアァ――っ!?」


 ルミアが悲鳴をあげて、私にしがみついてくる。


 映像の中で騎士団隊舎が大映しにされて。


 王城のものにも匹敵する隊舎の尖塔の、その屋根から亀裂が走って内側に崩れ落ちていく。


 わずかに遅れて隊舎そのものにも亀裂が走り――そして、崩落が始まる。


「これが――」


 黒猫が告げて。


『――理不尽を踏みにじる理不尽。

 果て魔女の力の一端だよ』


 映像の中の魔女が引き継ぐ。


『これはまだまだ始まりだよ?

 魔女をナメた報いだ。

 ゆっくりゆ~っくりと、恐怖と絶望を味あわせてあげるから覚悟してね?』


 満面の笑みを浮かべる魔女と入れ替わるように。


『――と、いうわけよ。オズワルド。

 おまえ達は滅ぶの……』


 アンジェラもまた、微笑みを浮かべてそう告げた。


「――い、良いのか?

 こんなマネをして、父上が――陛下が黙ってないぞ!」


『……こんな時でも権威頼み。だから滅ぼされると気づきなさいな』


「そ、そうだ! ブラドフォードに軍を送るぞ!

 ――滅ぼされる前に滅ぼしてやる!」


 そうだ。


 それが良い。あいつの拠り所を滅ぼしてやれば、あいつだって……


『――できると良いわね?

 そうそう、グレイブ達はここに置いていくから、回収してあげなさい。

 それではごきげんよう』


 映像を映していた板が消える。


「――待てっ!」


「それじゃあボクも役目を果たしたし、帰らせてもらうね」


 黒猫はそう告げると、ブルブルと身を震わせる。


 途端、その姿がブレて、次の瞬間には鴉へと変わっていた。


「――じゃあね~」


 羽ばたきひとつ、鴉は宙をすべるようにして、割れた窓から空へと去っていく。


「……で、殿下ぁ」


 怯えたような声を出すルミアを抱きしめ。


「――誰か!」


 私は人を呼ぶ。


 映像にあったあの場所は、王都西の丘のはずだ。


 学園の行事で訪れた事がある。


 まずはグレイブから事情を聞かなければ。


「あのバカめっ!

 余計なマネをっ!!」


 込み上げてくる怒りのぶつけどころを求めて私は叫んだ。


 ……どうすれば良い?


 抱きしめたルミアの温もりだけが救いのように思えた。

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