第1話 6

「……ねえ、殿下ぁ。

 この指輪、似合うかしら?」


 ルミアの甘えた声に、私は微笑みを浮かべてうなずく。


「君にはなんだって似合うさ」


 王城の私室に宝石商を招いて、ルミアが求めるままに買い与えてやる。


 ルミアに言い寄る男は多いが、こんな事ができるのは私くらいだろう。


「私のそばにいれば、なんだって与えてやるぞ」


「王妃様にもなれる?」


 ルミアは可愛らしい笑みを浮かべて無邪気に尋ねる。


「その為にアンジェラとの婚約を破棄したんだろう?」


「――アンジェラ様といえば!」


 ルミアは両手を打ち合わせた。


「殿下、あの人をどこにやっちゃったんですか?

 せっかく殿下に頂いたドレスを見せようとしたのに、いなくなっちゃってるんですもの!」


 怒ったように頬を膨らませながら話す彼女も可愛らしい。


「――父上やアレの実家が探りを入れてきてな。

 会わせろとうるさいから、出家した事にした」


「ああ、グレイブ達がやりすぎて、ボロキレみたくなってたものね。

 あんなのじゃあ、陛下やご家族には見せられませんよね」


 父上はブラドフォードとの関係を氣にしすぎている。


 いかに大公といえど、所詮は臣下なのだから王権でもって命じればいいものを。


 アンジェラを捕らえさせてから。


 私は関わった騎士達に緘口令を敷いて、地下牢にアンジェラを幽閉した。


 捕らえた直後こそ怒りに任せて鞭を奮ったが、一向に屈しようとしないあいつに薄気味悪さを覚えて、そのまま放置する事にした。


 だが、怒りを覚えていたのは私だけではなく。


 グレイブをはじめ、ジュードもミゲルもジンも。


 代わる代わるにあの女の牢を訪れては、思い思いに弄んだらしい。


 抵抗できないよう手脚の腱を切り、目を焼いただの、指を切り落としただのと自慢気に報告しにくるあいつらにも、正直なところ辟易していたのだ。


 それこそルミアが言うように、最後にはボロキレのようになっていて。


 修道院までの道のりや到着後に、その有様を他者に見られるわけにはいかなかったから、宮廷魔道士に金を握らせて、治癒の魔法を施してやった。


 送る先の修道院は、この国で最も厳しいとされる修道院だ。


 魔境である最果ての森のそばにあって、毎年、数名の修道女が魔獣に襲われて亡くなっていると聞く。


 使用人にそれとなく、厳しい修道院を知らないか聞いてみたら、そう教えてくれたのだ。


「そろそろ修道院に到着して、あまりの厳しさに泣いている頃ではないか?」


「あのアンジェラ様が泣くの?

 この目で見られないのが残念ね」


「私もだよ」


 俺はルミアを抱き寄せながら同意する。


 あの女は昔から可愛げがなかった。


 思えば初めて出会った夜会でも、私の婚約者となれたのに喜ぶ事もせず。


 あまつさえ、私がどこぞの娘を泣かせたなどと言って、私を張り倒したほどだ。


 大公家の娘であり、王位継承権三位を持つ身であるから、父上を頼って裁くこともできない。


 本当に忌々しい奴だった。


 そうだ。私はずっとあの女から逃れる機会を待っていたのだ。


 その機会を与えてくれたルミアには感謝しかない。


「――ふぅん。なるほどね……」


 ――不意に。


 舌っ足らずな高い声がして。


 いつの間にか、私達が座っているソファの前のテーブルに、黒猫が座っていた。


「あのグレイブってヤツも、ヤバいヤツだったけどさ。

 他の連中もどうしようもないヤツみたいだね」


 黒猫は前足で顔を洗いながら、そんな事を言う。


「で、殿下……ね、猫が喋ってる……」


 ルミアが私に身を寄せてくる。


「き、貴様、何者だ!?」


「――これは失礼。

 ボクは果ての魔女の使い魔イフューさ。

 今日はキミらに見て欲しいものがあってね」


「――果ての魔女だと?」


「そんなの、お伽噺じゃない!」


 ルミアが言うように。


 果ての魔女というのは、シルトヴェールに伝わるお伽噺の存在だ。


「良いから、黙ってこれを見なよ」


 途端、黒猫の前に半透明な板のようなものが現れる。


 ――遠視の魔道器か?


 そこに映し出されたのは――


『――いぇ~い、王子様見てるぅ?』


 腰まである赤毛を波打たせた、黒づくめの少女。


「――今代の果ての魔女さ」


 黒猫が短くそう告げる間にも、赤毛の少女――黒猫の言葉を信じるならば、果ての魔女は、わずかに退いて後ろに手を差し伸ばす。


 そこには縛られて座らされた騎士達の姿。


「――なっ!?」


『あいつらがさ、わたしの領域で好き勝手やろうとしてくれたもんでね。

 ちょっとお仕置きしてやったのさ。

 まずはそのご報告』


 そうして魔女は笑顔を浮かべ、映像の枠から外れる。


 次いで現れたのは――


『――オズワルド。久しぶりね』


「――アンジェラ!」


 治癒を施してさえ、身じろぎひとつできないほどに衰弱していたあの女が。


 ボロボロの貫頭衣を着ていてさえ、なお強い意思を湛えた目をして映し出されている。


 なぜおまえがそこにいる?


 魔女とどういう関係だ?


 聞きたい事が多すぎて、言葉が出てこない。


『今日はひとつ、宣言をしようと思うの』


 短く笑って、アンジェラは髪を掻き上げる。


『――わたくし、アンジェラ・ブラドフォードは古き盟約に従い、果ての魔女の助力をもって、この国を終わらせるわ』

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