第1話 5
わたしが館の前庭に出ると、騎士達は警戒したように剣に手をかけた。
『――ここは果ての魔女の館。
あなた達は何用があってこの地を訪れたのか?』
声を低くして問いかけたのは、魔女は畏怖されるべきっておばあちゃんに教わってたから。
「……果ての魔女? あのお伽噺の?」
騎士達がざわめき、わたしは杖で地面を叩いて、再度注目を集める。
「質問に答えなさい。
……何用があって、この地を訪れたのか?」
すると<兵騎>の手の上に乗っていた、アンがグレイブと呼んでいた青年が地面に降りて、わたしの方へ進み出る。
よく手入れのされた長めの金髪を掻きあげる仕草は、騎士というより役者のようで、すごく癪に触るよ。
「――小娘、黒髪の女がここに来なかったか?」
魔女を相手に舐めきった態度。
「いいや。見てないね。
わたしに用がないなら、さっさとお帰り。
ここは人の理の外の領域だよ」
わたしはそう告げるて手を振る。
「そう言われて帰られるわけがないだろう?
おまえ達、館の中を探せ」
と、グレイブは騎士達に顎をしゃくって、行動を促した。
「――隊長はどうなさるんで?」
「俺はこの小娘に用がある」
グレイブはそう言うと、舐め回すような目つきでわたしを見た。
「隊長も好きですねぇ」
「ルミアとしばらく会えてないからな。
多少、貧相な身体つきだが、この際我慢しよう」
グレイブがなにをしようとしているのかを理解して、わたしは頭に血が登るのを感じた。
「隊長~、そんな事ばっかしようとしてるから、あの女にも逃げられるんですよ~?
懲りないなぁ」
騎士の下卑た言葉に、グレイブもまた野卑な笑みを浮かべて。
「俺が使い終わったら、おまえらにも使わせてやる。
もちろん、あの女も、な。
だから早く行け!」
彼らの会話から――アンもまた、襲われそうになったのだと、わたしは理解した。
あまりの怒りに目の前が真っ赤に染まる。
これが今のシルトヴェールの騎士か。
アンが滅ぼしてしまおうと言うわけだ。
「――待ちなさい!」
腕を一振り。
それだけで館は虹色に輝く多面体の結界に包まれ、騎士達の行く手を阻む。
「――帰れと言ったよ。
それ以上踏み込もうというなら、こちらも相応の態度を取らせてもらう」
「……黙れ」
グレイブは手甲に覆われた手でわたしの頬を打とうとして。
わたしはその腕を長杖で弾き飛ばす。
「――小娘ぇ!」
顔を怒りで真っ赤に染めたグレイブが喚くけれど。
怒りたいのはこっちだって一緒だ。
「侯爵家の俺が望んでいるのだ!
おまえは黙って股を開けば良いのだっ!」
「そうやって民を虐げるのが、今のシルトヴェール貴族のやり方かっ!」
もう怒った。
アンに頼まれたからだけじゃない。
長くシルトヴェールを見守ってきた魔女の末裔として。
今の王国のあり方は看過できないぞ。
「――クレア!」
玄関からイフューを連れたアンが飛び出してくる。
「やはりそこに居たか、アンジェラ!
おまえ達、早く取り押さえろ!」
叫びながら、グレイブはわたしを捕まえようと手を伸ばしてくるけれど、そんなものに捕まらない。
こっちは小さな頃から、この最果ての森で魔獣の相手をしてきたんだから。
身をひるがえして、腰のポーチに左手を突っ込み、黒色の短杖を取り出す。
先端に虹色の文様を輝かせるそれを握りしめ。
「――目覚めてもたらせ。デスウォンド」
魔道が通った感触を受けて、わたしは右手に居た騎士にそれを振るう。
アンが手練れだと評したように、騎士はギリギリでかわそうとして、短杖は騎士の面頬をかすめただけ。
けれど、それで十分。
「――ガアアアァァァァッ!?」
騎士は絶叫しながら身を震わせて、その場に崩れ落ちた。
「――小娘!
貴様、なにをしたっ!?」
「魔女をナメるからさ。
おまえらみんな、ぶっ飛ばす!」
わたしの宣言を受けて、結界を破ろうとと躍起になっていた騎士達が剣を構えてわたしを見据える。
けれどわたしは短杖を右手で長杖と一緒に持って、左手を再度ポーチへ。
取り出したのは、手のひらサイズの黒色の拳銃。
「――ハッ! 庶民め! 騎士に銃など!」
魔法を使える騎士に火薬式の銃は通じない。
そんな事はわかってる。
「――目覚めてもたらせ。パラライザー」
黒色のそれは、わたしの声に応じて目覚める。
先端を騎士に向けて引き金を引けば、騎士は声もなく倒れ込んだ。
あとは作業だ。
残る八人の騎士にパラライザーを向けて、引き金を引く。
それだけで騎士達は次々と倒れていき、残るはグレイブと二騎の<兵騎>だけとなる。
「怪しげなマネを! だが<兵騎>には叶うまい!」
気づけばグレイブはわたしからかなり距離を取っていて。
気持ち悪い思考をしているアイツは、徹底的に心を折ってやろう。
「……ユニバーサルアームのデッドコピーが、魔女に勝てると思ってるのがおめでたいよね?」
イフューがアンに同意を求めるように呟いたのが聞こえたけど。
きっとアンには意味がわからないと思うよ。
パラライザーをポーチに仕舞い、デスウォンドを再び左手に。
「……加減しろよ。楽しみが減るからなぁ」
相変わらず下卑た笑みを浮かべるグレイブに応じるように、<兵騎>は武装を構えることすらせず、左右から手を伸ばしてくる。
わたしは逃げようともせず、その手にデスウォンドを打ち付けた。
瞬間、<兵騎>の関節から火花が散って。
わずかに遅れて、どろりとした白色の血液が噴き出して、そのまま膝から崩れ落ちた。
「デスウォンドは神経を焼くからね。
合一してる騎士はともかく、<兵騎>はもう素体が使い物にならないよ」
イフューがアンに呑気に説明していた。
そう。
わたしにとって、これしきの敵は物の数じゃない。
――魔女ナメんなよっ。
「さあ、グレイブとかいうおまえ。
あとはおまえだけだよ」
「――クソっ!」
グレイブは部下の騎士達を省みる事なく、即座に逃げようとした。
けれど。
「――逃がすわけがないでしょう?」
再びパラライザーを取り出して、あいつの背中を撃つ。
最弱設定だから、身体は麻痺しても意識は残ってるはずだ。
わたしとアンを陵辱しようとしたあいつだけは、とことんまで泣かしてやるんだ!
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