子爵家の生意気な女の子は公国のお姫様でした
それからの入学式はいつものごとく退屈だった。最も私は先輩になったので、寝たりしなかったが……
学園長の長い挨拶の後、キラキラしたアドのムカつく挨拶は無視した。
「時には優しく」とか、
「友達のしたことも許すのも大切だ」とか
言う度に私の方を見て言うのは止めてほしかった。
「また、殿下とフランは喧嘩しているんだ」
アルマンの独り言が静かな講堂に響き渡って、失笑が我がクラスを中心に広がったが、本当に止めて欲しかった。
「本当にもう、どう思う? あのアドの態度、新入生の前でやるなんて信じられないんだから」
私は昼の食事時にメラニーに愚痴っていた。
「まあ、殿下もあなたの事がそれだけ好きなんじゃない」
メラニーは適当に相槌を打ってくれた。
何が好きだ。それは良いけれど、何も礼儀作法の煩い王妃様の前で抱きつく必要は無かったはずだ。
それも他のご婦人たちもたくさんいたのに。噂好きのボンネット伯爵夫人があっという間に有る事無い事尾ひれを付けて噂を広めてくれて、私にそういうことはうるさい父からは殿下と近すぎるのはどうかと思うぞと手紙が来るし、母からは早く孫の顔が見たいとか訳の解らない言伝が来るしでもう最悪だった。
むしゃくしゃした私はお昼を目一杯食べて忘れようとした。
今日のメインは白身魚のフライだ。
湯気が出ているそれはとても美味しそうだ。
私は早速食べようとしたのだ。
「頂きます!」
そして、箸を伸ばそうとした時だ。横からメラニーに突かれたのだ。
「えっ、何?」
「後ろ」
メラニーが後ろを指差す。
「きゃっ、あれ、殿下じゃない」
「本当だ。王太子殿下だ」
一年生の席から黄色い悲鳴が上がった。
もっとも在校生のみんなはまたかとあまり驚いていない。特に我がE組はそうだ。
我がクラスのみんなは見慣れたアドを見ているみたいだけど。
私は不吉な予感がして後ろを見るとアドが手を合わせて私を拝んでいるんだけど……私は仏様か何か?
パキンと何かが切れて私は無視することにした。
「美味しい。この白身魚のフライ本当に美味しいわ」
アドを無視する私をみんな呆れてみていた。
「さすがフラン。王太子殿下に頭下げさせたまま食事をするなんて」
「こんな事、フランしかできないよな」
アルマンとバンジャマンが呆れて言い合うのを聞いて、みんなそれを頷いて見ているんだけど。
一年生の軍団が呆けたようにこちらを見ているのも止めてほしい。
「ああ、もう煩いわね」
私は仕方なしに立ち上がると後ろを見た。
「何なのよ。アド」
ムッとして私が言うと、
「いやあ、この前はあまりにフランへの愛が勝っていて母が迷惑かけたね」
「本当に、最悪だったわよ。そもそも王妃様も文句ならアドに言えばいいじゃない。なんで私が延々怒られるのよ」
私がムッとして言うと、
「そう、母にははっきり言っておくよ」
「ちょっと待ってよ。そんな事したらまた私が怒られるじゃない」
私は慌ててそう言いかねないアドを遮った。
「その母が呼んでいるんだけど」
「えっ?」
私はその瞬間固まってしまった。
「なあ、メラニー、フランの基準が良くわからないんだけど。ルートンの王太子とか、アルメリア国王とか自国の王太子は平気で張り倒すのに、なんで王妃様は駄目なんだ?」
アルマンの不思議そうな声が聞こえるんだけど。
「そんなの知らないわよ。本人に聞いてよ」
「そんなの怖くて聞けるかよ」
外野からとんでもない言葉が聞こえる。
何を外野は言っているのだ。
王妃様に手なんて怖くて上げられるわけ無いじゃない。
ゲスなアルメリア国王とかとは相手が違うのだ!
「ごめん、アド、お腹の調子が」
私がお腹を押さえてうめき出すと
「そんな仮病が通用するわけ無いだろう」
そう呆れて言うと私はあっさりとアドに連行されたのだ。
い、嫌だ。王妃様の前には行きたくない!
しかし、私の心の声に誰も助けてくれなかった。
寮の特別室に行くと既に陛下と王妃様とグレース、ピンク頭、それに今年から1年生のクラリスと王弟殿下の息子のカミーユ、ヴァンにジェドが揃っていた。
昨年の倍の人数がいるんだけど。
「姉上、是非ここに」
弟たちの二人の間が空いていて、そちらに行こうとした私は
「いや、フランこちらだ」
「えっ、兄上」
二人の声は強引にアドに遮られていつものごとく二人席にアドと座らされてしまった。
「おう、揃ったか」
陛下が私達が来たのを見て頷く。
でも、陛下の横に二人分の席が空いているんだけど、誰が来るんだろう?
また、他国から王族の転校生でも来るんだろうか?
私は去年の二学期の嫌な記憶が蘇った。
その時ノックの音が響いた。
「陛下、夫人らがいらっしゃいました」
アロイス・シャンポール外務卿が母親と思しき女性と娘と思しき生徒を連れて入ってきた。
「えっ」
私は思わず声を上げそうになった。
その女生徒はなんと昨日問題を起こしていたマドレーヌ・モラン子爵令嬢だったのだ。
でも、なぜ子爵令嬢なんかを陛下が紹介するのだろう?
私はキョトンとして陛下を見た。
「こちらはシュタイン公国のシュタイン大公夫人のセシール殿とその子供のマドレーヌ殿だ」
陛下が紹介してくれた。
「シュタイン公国って?」
私はこの国の名前は聞いたことがあった。
「フランのところのご先祖様がファドーツの戦いで撃退した」
「ああ、あの戦したくて仕方がなかったのに、グレースのところのご先祖様に駄目って言われた我が先祖の所にノコノコと出てきたあのドジな国ね」
私は思い出した。
何も欲求不満が溜まっている我が祖先の前にわざわざ現れるなんて余程のお人好しだ。
嬉々としたご先祖様の前に殲滅させられたのだ。
その私をギロリと夫人が見たので慌てて私は首を竦めた。王妃様の目も怖いんだけど。
今のが聞こえてたら、流石にまずい。
「良いかな。フランソワーズ嬢」
陛下までこちらを見てくる。
グレースの呆れたような目がウザイんだけど。
「はい。すみません」
私は一応謝っておいた。
「シュタイン公国には我が国にも領地があってそれがモラン子爵領なのですが、マドレーヌ嬢は子爵令嬢としてこの学園に通われるのです」
外務卿の声に私はやっと納得した。モラン子爵領はシュタイン公国の飛び地だったのか。それで留学生だから相手は私を知らなかったのだ。私もモラン子爵令嬢の顔を知らなかったはずだ。
最もそれをアドに言うとまたバカにされるから言わないけれど。
何しろ記憶お化けのアドは全ての生徒の顔と名前を覚えているし、新入生も全て覚えたはずだ。当然全貴族、下手したら世界中の貴族の顔と名前が一致しているのかもしれない。
まあ、誰かわからない貴族はアドに聞けばいいから便利は便利なのだ。それとヴァンもほとんど同じだから二人うちどちらかがいれば問題はない。
でも、誰も驚いていないということはモラン子爵寮がシュタイン公国の飛び地というのは常識みたいで、知らないと言うともっと勉強しろと怒られそうだから私は黙って大人しくしていようと思った。
「しかし実際は公国のご令嬢、古の古代帝国の公爵家の血を引いておられるので、ここにお集まりの高位貴族の方々に置かれましても十二分にご注意賜り、困っておられたらぜひともお力添え頂ければと思い、陛下に無理言ってお集まりいただいたのです」
外務卿が付け足した。
「ということで、みんなもよろしく頼むぞ」
陛下の声に私たちは頷いた。
「それではアドルフから順番に自己紹介を」
陛下の声に合わせて、
「アドルフです。3年A組にいるので、わからないことがあれば何でも聞いて下さい」
アドが自己紹介した。そして、私をつついたので、
「フランソワーズです。2年E組にいます。よろしくお願いします」
私はそう言うと一応ニコリと無理して微笑んだ。
本来ならば、学園在籍中は身分を傘に着て物を話すなと文句を言いたかったが、お客様には黙っていた方が良いだろう。私はそう思ったのだ。それにルブランの名前を出して嫌な思いをさせてもあれだし。私はこの時はまだ善意の塊だった。
「あら、あなた、ここに呼ばれたと言うことは高位貴族の方だと思うのだけれど、Eクラスなんて最低クラスにいらっしゃるのは何かわけがおありなの?」
嫌味ったらしく夫人が言ってくれた。
この夫人、私に言われたのを根に持っているみたいだ。もっともルブラン公爵令嬢と知ってのことかもしれない。
「ああ、夫人、彼女は我が始祖の『学園内では身分差に関係なく勉学に励め』という、学園の標語を一から実践してくれているルブラン公爵令嬢だ」
アチャー、陛下がバラしてくれた。
大公夫人と娘が鋭い視線で私を睨んでくるんですけど、やっぱりわが家は相当恨まれているみたいだ。最も、実際に領土を取り上げると決めたのは文官のグレースの所の先祖様だから文句はグレースに言ってほしいんだけど……
「まあ、さすがのルブラン家のご令嬢ね。いきなり我が娘も作法がなっていないと注意を受けたそうですけれど」
「セシール。フランソワーズが、あなたのよく出来た娘に礼儀作法で注意するなどありえませんわ」
王妃様が言ってくれるんだけど、私に反発しているグレースやピンク頭が頷くのは判るんだけど、アドやヴァン、ジェドまで頷くのは何か納得出来ないんだけど……
「まあ、平民の作法がなっていなかったのかしら。流石にお猿さんの真似をされる方は違いますわ」
何かムカつくことを言ってくれるんだけど、猿の真似って何だ?
「大公夫人。フランソワーズ嬢が真似たのはターザンじゃよ」
陛下が指摘してくれて私は初めて判った。
あのターザンのマネか。ルートン王国で海賊の襲撃を受けてターザンの真似をして海賊たちをやっつけたやつだ。決して猿になったわけではない。
それをルートンの王子が海賊が記録していた映像を取り出して公開してくれたのだ。
本当にルートンの王太子もとんでもない映像を残してくれたことだ。
絶対に今度会ったら文句を言ってやる。
私が決心したのだった。
「あ、あれはターザンでしたのね。てっきりサル山のボスかと思ってしまいましたわ。失礼いたしました」
夫人の言葉を聞いてグレースとかピンク頭が笑ってくれた。
不機嫌な王妃様がいるから私は黙っていたけれど、いつもなら絶対に逆襲するのに!
でも、更に最悪な事が起こったのだ。
「フランソワーズ、この後時間あるかしら」
そう聞かれた王妃様は顔は笑っているが、目は笑っていなかった。
ガーン、これは絶対に不味いやつだ。
私はどうやったら逃げられるか死にもの狂いで考えたのだ。
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絶体絶命のフラン。
果たしていい考えが思い浮かんで逃げられるのか?
今夜更新予定です。
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