第15話 三つ指ミイラ

 ナターシャは、よく王都の図書館に遊びに行く。

 それは、慰問の帰りだったり、プライベートでだったり色々だ。

 時々観劇にも行く。

 その都度、外出許可の書類を提出しなければならないのが億劫だが、楽しみのための努力は惜しまない。

 しかし、立場上どうしたって一人で出かけるということはできない。

 お目付け役の侍女と、護衛はどうしたって必要だ。

 侍女は普段から彼女の世話をしている者だ。

 護衛はその時々で違ったりする。


「文字ばっかりの本って眠くなるんすよねぇ」


 図書館で借りた本を持って、休憩がてら近くの喫茶店に入る。

 護衛、侍女、そしてその主だとわかってしまってもアレなので、毎回設定は変えている。

 ちなみに、ナターシャも地味な服に化粧も最低限しかしていないので、慰問時の彼女といまの彼女を結びつけるのは、中々に難しい。

 化粧とはよく言ったもので、まさに化けるものなのだ。

 今回、護衛は若い騎士である。

 ナターシャよりも一つ、二つ年上らしい。

 その騎士が、そんなことを口にした。


「あー、多いですよね。そういう方」


 ナターシャが借りてきた本から視線をあげ、騎士を見やって、答えた。

 ナターシャは側室の中でもっとも低位であり、その育ちから騎士や侍女に対してもとても親しげな態度で接している。

 それが、お忍びの時はとても役に立っていた。

 友人同士、知人同士と言っても説得力があるのだ。


「だから、男爵領から入ってきた漫画!

 あれは衝撃的でしたよ!

 ものすごく面白いし、なにより眠くなってた小説も漫画だったら普通に読めたし。

 今まで古典的な物語とか退屈で見る気もなくて、それ話したらマウントとってくる連中ってのが結構いたんですよ。

 でも、漫画でそういう古典作品の知識をつけたらマウント連中、悔しそうにしてましたねぇ。

 でも、俺が漫画で知識を得たってわかったら、またバカにしてきましたけど」


「そういう、自称知識人の方とは距離を置くか、縁を切るかした方が良いですよ」


 もとより、そういう目でしか他者を見ていない。

 同等と見ていないのだ。

 そのやりとりに、不思議そうに首を傾げる者がいた。

 侍女である。


「……あの、何故漫画だとバカにされるのですか?

 媒体、表現方法が違うだけで内容は基本的に同じですよね?

 私もナターシャ様の本をチェックするとことがあるので、何度かそういった古典作品を取り扱った漫画に目を通すことがありますけど、どれも素敵な作品ばかりですし。

 バカにする、というか、そのような発想がなかったんですが」


 そもそも表現方法が違うということで、内容は同じでも別物に見えることもよくあることだ。


「そうですねぇ。

 まぁ、理由は1つではないのですけど。

 最近はそうでもないですが、貴族社会では、ロマンス小説等が下世話なものとされていますよね?

 それと同じ扱いというか。

 ちょっと違うというか。

 文章で綴られた小説よりも劣るもの、というレッテルが漫画には貼られているんです。

 よくある事なんですよ。

 小説の挿絵は認められるけれど、漫画は話の全てを絵やセリフで説明することになるので、想像力が育たず読んだ子が馬鹿になる、なんて言う人もいますね。

 たしかにジャンルによっては、まぁ、その、頭がおかしくなっても不思議ではない作品があったり、それらを生み出す方もいたりしますが」


 ナターシャが好んで読んでいるノンフィクションの方が、よほど頭をおかしくさせそうだが、この場でそれを指摘する者はいない。


「とにかく、漫画は小説よりも下に見られてるんですよ」


 ナターシャの侍女は、他の妃の侍女と違い基本的に平民の娘や、下位の貴族の家の娘から選ばれている。

 この侍女は平民出身であり、もともと物語にあまり触れて来なかった。

 だからか、ナターシャが輿入れと共に持ち込んだ物語の数々にとても驚いた。

 こんなにも種類があるのか、と。

 文字だらけの小説ばかりかと思いきや、紙芝居や漫画という媒体まであるという事実にも、とても驚いた。

 侍女にとっては上も下も無かった。

 好みで好き嫌いこそ分かれるものの、どれも面白く、素晴らしい作品であることは変わらなかったのだ。

 まさか、媒体で上下を決める者がいるなど意外だった。

 貴族と平民という身分があるように、創作物にもそんな区分けがされているとは。


「まぁ、これは媒体の違いからくる話ですけど。

 最近は別のことでもよく聞きますねぇ」


 のんびりとナターシャは、この店でお気に入りの珈琲を口にした。


「というと?」


 好奇心に負けて、騎士が訊ねる。


「……タイプライターってあるじゃないですか?」


 言葉を選びつつ、ナターシャは聞き返した。


「た、たいぷらいたぁ??」


「事務の方には、少し前に導入されたと伺ったのですが」


 ナターシャの返しに、しかし騎士は【タイプライター】がなんなのかわからないようだ。

 侍女が説明した。


「最近普及しつつある文字を打つ機械のことですよ。

 王宮でも大量に買い入れたとか」


「あ、あー、あれか?

 紙を挟んで、ピアノの鍵盤みたいに、指でちっこい文字のスイッチを叩く機械」


「それです。

 一部の小説は、それで綴られるようになってきています。

 ですが、まだまだ手書きの方が多いです。

 だからか、タイプライターで書かれた作品には魂や感情が込められていない、という理由で敬遠や忌避する方も多いんです。

 便利なんですけどね。

 あと、楽して書いてて気に食わない、という方もいますし」


 ここでもまた騎士は首を傾げた。


「たいぷらいたぁ、を使うと作品が早く仕上がるんですか?」


「まさか。

 たしかに文字を書く、いえ、打ち込むという点では作業効率はかなり上がりました。

 しかし、それと、作家の脳内にある物語を紙に書き出すというのはまた別なんですよ」


「な、なるほど」


 騎士はあいにく、物語を綴るような趣味は無い。

 なので、いわゆる【産みの苦しみ】について想像できなかった。


「タイプライターでも手書きでも、書き上げられた作品には変わりありません。

 ですが、機械で書いたものは下に見られがちなんです。

 なぜなら楽をして書いているから、と判断する人は多いです。

 単に嫉妬のこともありますけど。

 これは噂ですがタイプライターで書かれた小説原稿がとある出版社に持ち込まれました。

 ですが、タイプライターで執筆なんて生意気だから、という理由で落選、不採用になった作品があるとかないとか。

 ただ好奇心旺盛で、資金に余裕がある人はすぐにタイプライターを用意して執筆しているのもまた現実なのですが。

 それで新作を書き上げた方を何人か知ってます」


「り、理不尽ですね」


「人の心なんてそんなものですよ。

 新しい物は少しずつ受け入れられていくものなんです。

 あとは、まぁ努力が形になって見えない、見えづらいというのもあるんだと思います。

 労働は汗水垂らして、苦労してこそ、みたいな。

 そんな考えに近いみたいです」


 努力の対価として成功がある。

 だからこそ、楽をしているように見えるタイプライターでの執筆は疎まれている。

 しかしそれも、もう少しの我慢だろう。

 タイプライターが普及して、それを使用しての執筆が普通になれば、誰も何も言わなくなるはずだ。

 と、そこで侍女がなにやら首を傾げている。


「どうかしましたか?」


 ナターシャが訊ねた。


「あ、いえ、なにかそういうお話を以前拝見したなぁ、と。

 こう、お願いを三つ叶えてくれるお話で。

 でも、願い事をした人間には、願いこそ叶うけれど結果的にあまり良くない結果が待ってる、みたいな。

 そんな話、ありませんでしたっけ?」


 侍女の疑問に、ナターシャは考え込む。

 そのため、騎士の方が反応が早かった。


「あ、この前読んだやつかな。

 ランプを擦ると魔神が出てきて三つだけ願いを叶えてくれるってやつじゃないか?」


 侍女が騎士に返す。


「それは、ハッピーエンドのものですね」


 つまり、侍女が読んだものはハッピーエンドでは無いものということだ。

 騎士と侍女の視線が、考え事をしているナターシャに向けられる。

 やがて、そんな二人を交互に見返して、ナターシャは思い当たる作品、その特徴を上げた。


「もしかして、呪われた手、あるいは指が題材の話じゃないでしょうか?」


 侍女が頷く。


「あ、はい!

 たぶん、それです!!」


 ナターシャがそれを受けて、


「【三つ指ミイラ】の話ですね」


 タイトルを口にした。

 内容が気になったのか、騎士がナターシャに問う。


「どんな話なんですか?」


「そうですねぇ、先程貴方が言った、ランプの魔神の話と似てますね。

 とは言っても、魔法のランプも魔神も出てきませんけど。

 代わりに、タイトルにあるようにミイラが出てきます。

 手の、というより腕のミイラです。指が三つあります。

 これが願いを、三つ叶えてくれるんですよ」


 騎士はもう少し突っ込んだ内容を知りたかったのだが、返ってきたのはそんな説明だった。


「つまり、魔法のランプの話のパクリ?」


「うーん、一概にそうも言えないんですよねぇ。

 たしかに、三つの願いを叶えるという部分は同じです。

 元の話でも、私がミズキから聞いた話でも、たしかにランプの話の方が古いらしいです。

 三つ指ミイラのベースになった話は、それよりも後世に作られているらしいです」


 不可思議な魔法のアイテムが願いを叶えてくれる。

 重なっているのはこの部分だ。

 しかもミズキによれば――ミズキも人づてで知ったらしいが――魔法のランプの魔神が三つの願いを叶える、というのも大元の話では無制限で、さらに魔神は、ランプと指輪の二人いたらしい。

 後世で作品を改めて出す時に、子供向けだったため、修正と改ざん、改良がされたようだ。

 ストーリーも大元の話からだいぶ弄られているらしい。

 そもそも何故叶えられる願いが三つなのか?

 これも実は元ネタがある。

 別のおとぎ話で、三つ願いを叶えるという話があるのだ。

 つまり、よく知られている【魔法のランプ】のお話も、こう言ってはなんだがあちこちのおとぎ話の小ネタの寄せ集めで改造されているのである。


「つまり、規制もろもろの関係で、あちこちからパクリまくってごった煮にしたのが、よく知られている話だというわけですか」


「まぁ、そういうことになっちゃいますね」


 ナターシャは首肯した。

 全てが全てオリジナルの話など、存在しない。

 絶対どこかで影響を受け、参考にされているものだ。

 少なくとも、創作物が溢れ、特産品となってしまった男爵領ではそれが普通だった。

 だからこそ、ニッチでマニアックな話も多かったりするが。

 ナターシャが、もう一口、珈琲を口にした。

 言おうかどうしようか迷っていた騎士が、好奇心に負けてナターシャへ言った。


「あの、図々しく不敬なお願いになるのですが。

 その【三つ指ミイラ】の話を聞かせて貰っても良いでしょうか?」


 書店で探せば、おそらくその話が収録されている本が見つかるだろう。

 しかし、出来ればナターシャの語りで聞きたいと、騎士は思ってしまった。

 彼女の語りは、スっと頭に入ってくるしなによりも臨場感のある場面を想像しやすいのだ。

 ナターシャは嫌な顔ひとつせず、これを快諾した。


「ええ、良いですよ」


 ただ、ここは公共の場なので声は抑え目にしなければならない。

 そして、紅茶を追加で注文した。

 話すと喉が乾くのだ。

 ほかの二人も追加で飲み物を注文する。

 ついでとばかりに、軽食として揚げポテトも注文した。

 それらが、届くのを待ってナターシャは語り始めた。


「とある国に、冒険者パーティの雑用係をしている男がおりました。

 この男、いつかはパーティの正規メンバーになるんだ、と夢を見て日々仕事に打ち込んでいたのです。

 ですが、ある日、パーティリーダーにこう言われてしまいました。


 え?お前なんかが正規メンバーになれるわけねーじゃん。


 そう、パーティリーダーは最初から正規メンバーにするつもりはなく、使い潰すために男を雑用係として雇っていたのでした。

 これには、男も驚き、怒りました。

 しかし、パーティリーダーには敵いません。

 ボコボコにされて、


 お前には一生そうやって地べたを転がっている方がお似合いだ。


 そんな酷い言葉を投げられてしまったのです。

 その日以来、男はパーティの奴隷へと成り下がりました。

 表情が暗いものから完全に消失し、日々無感動に、そして希望なく生きておりました。

 そんな中、彼と親しくしている友人が尋ねてきました。

 その日は、さすがに逆に引っかかるから、という理由で非番の日でした。

 友人は細長い箱を抱えていました。

 なにやら相談事があったようですが、自分のこと以上に男の現状が気になりました。

 男は、現状を説明しました。

 すると、友人が深刻な顔をしてこんなことを言ってきたのです。


 もしも、なんでも願いが叶うマジックアイテムがある、って言ったら、お前、使うか?


 男は意味がわからず友人を見返しました、

 友人は説明します。

 それによると、友人はひょんなことから【なんでも願いが叶うマジックアイテム】を手に入れたというのです。

 そして、願いを叶えたとも。


 ただ、ひとつ問題があってだな。


 歯切れ悪く、友人は続けました。


 願いは叶うことには叶うんだ。

 けれど、代償が必要になる。

 端的に言えば、願いを叶えた代償としてなんらかの厄災がふりかかる。

 良くないことが起こる。


 言いつつ、友人は脇においていた箱を男に見せました。


 これが件のマジックアイテムだ。


 友人は言いつつ、箱を開けました。

 そこには、干からびた三つの指の腕が納められておりました。

 その見た目は木の枝、そのものでした。

 よく見なければ、暖炉にでも焚べてしまってもなんら不思議ではありません。

 男は興味深そうに、その腕のミイラを見ます」


 騎士は、ナターシャが語る話の中の光景を幻視する。

 自分が主人公の男。

 友人には、何故か男装したナターシャが当てはめられていた。


「男は、疲れていました。


 ほんとになんでも願いが叶うのか?


 もしも、このクソのような現実が何とかなるのなら。

 そんな想いが、男にそんな言葉を呟かせました。

 友人は答えます。


 あぁ。

 何でもだ。

 けれど、さっきも言ったように代償が必要になる。


 友人の言葉に、男は思いました。

 今以上の不幸が訪れる?

 今が一番最低最悪なのに??

 これ以上下があってたまるか、と。

 そんな思いがあったからでしょう。


 代償がなんだってんだ。


 男は決意しました。

 そして、願ったのです。


 もしも、願いが本当に叶うなら、自分を正規のパーティ、いいや冒険者ギルドの会員にしてくれ、出世させてくれ!!


 と。

 それは、実に平凡で面白くもなんともない、願いでした。

 富でも名声でもない、願いでした。

 男は、誰からも認められる冒険者になるのが夢だったのですから。

 男が願うと、指の爪にピシッとヒビが入りました。

 それを見た友人が、どこか悲しそうに言いました。


 叶うぞ、そして、お前は代償を払うことになる。


 男は返しました。


 代償がなんだってんだ。

 今まで受けた屈辱に比べれば安いもんだ。


 その翌日のことです。


 彼は、自分を奴隷呼ばわりしたパーティリーダーとその正規メンバー達の死を知ったのです」


 そこで、侍女と騎士が驚いて顔を見合わせる。

 そして、二人同時に思わず訊ねた。


「は?え、死んだ??」


「なんでまた?」


 ナターシャが、簡潔に答える。


「願ったからですよ」


 願ったって、とまた侍女と騎士の2人は顔を見合わせた。


「少し、端折った説明をしますね。

 主人公の男は、冒険者ギルドの正規メンバーになることを願いました。

 正規メンバーになるには、成果を出してギルドマスターに認められるか、パーティメンバーからの推薦をもらうか、現在の正規メンバーに空きが出来るかしないとなれません。

 男は、成果を出すのは難しい。

 なぜなら、パーティリーダーは彼を雑用係、あるいは奴隷とでしか見ていなかったから。

 これでは他の仕事をさせてもらえません。つまり、成果を出そうにもチャンスが無かった。

 同じ理由で、正規メンバーからの推薦ももらえません。

 なぜなら、パーティリーダー達にはその気が無かったから。

 そうなると、冒険者ギルドの正規会員に空きが出るのを待つしかない。

 けれど、正規会員はそれなりの修羅場をくぐり抜けて生き残った猛者ばかり。中々空かない。

 けれど、男が願った結果、空きが出来たというわけです。

 パーティリーダー達、正規会員が男の願いによって死亡した結果の空きだったわけです。

 まぁ、この話の男はこの時点ではかなり運が良いといえますね。

 もしもお金が欲しいと言ってたら、知り合いや友人、はたまた故郷に家族がいたら、その保険金が舞い込んでた可能性がとても高いので」


 ナターシャの説明を聞いて、侍女と騎士は同じことを思った。


((えげつないっ!!))


 リアルにもよく聞く話だが、改めて物語という形で突きつけられると胸糞度が増したように感じるのは何故だろう。


「えっと、死亡原因は聞いても?」


 顔を引き攣らせながら、騎士がナターシャに訊いた。


「魔物退治に失敗して死亡したんです。

 巨大なドラゴンに踏み潰されるは食い散らかされるわの、それはそれは酷い惨状になったんです。

 というのも、パーティリーダー側は主人公が休みの間に新しい雑用係を採用して、その研修も兼ねての魔物退治のクエストだったんです。

 終わったら、主人公を解雇してその新人を正規メンバーとして迎える算段だったんですよ」


((パーティメンバーの方もえげつなかった!!))


「……続けますね」


 ナターシャは、説明するよりも語って聞かせたかった。

 侍女と騎士は、それに頷いた。


「あ、はい」


「どうぞどうぞ」


 そんな、ある意味では会話に花を咲かせているように見える三人は、気づいていなかった。

 いつの間にか、ほかの客達がナターシャの語りに耳を傾けているということに。

 こほん、とナターシャは咳払いを一つして続きを語り始めた。


「自分を都合のいい奴隷扱いしたあげく、勝手な理由で解雇しようとしていた連中がむごたらしく死に、その後釜に自分が座る。

 このことに男は、内心ではほくそ笑んでいました。

 特に死んだパーティリーダー達には、【ざまぁ見ろ】以外の言葉が出てきませんでした。

 むしろ、自分を正当に評価しなかった報いだ、とも考えていました」


((人間って醜いなぁ))


 ナターシャの語る胸糞話は、胸糞話だからこそこういった部分がとても際立っているし、多い。

 面白そうな話をしているな、と聞き耳を立てていたほかの客たちは、ワクワクと話の続きを待つ者と、とても嫌そうな顔をする者とで見事に分かれていた。

 中にはお腹を痛そうにさすっている者もいる。

 きっと、こういった毒のある話に慣れていないのだろう。


「さて、そんなこんなで冒険者ギルドの正規メンバーになった男は、それまでの鬱憤を晴らすかのように仕事に打ち込みました。

 その仕事ぶりは評価され、冒険者ギルドの幹部としての道も開けました。

 ですが、人とは嫉妬する生き物です。

 男の足を引っ張ろうとする者達が現れたのです。

 その者達によって、男は無実の罪で幹部から引き摺り降ろされそうになりました。

 弁明をいくらしても無駄でした。

 誰も彼もが、男の足を引っ張ろうとする者達の意見しか聞かないのです。

 自宅で、彼は悪態をつきました。


 クソったれ!!

 ギルドの奴らも、あの底辺のやつらも皆死んじまえ!!


 そんな男の耳に、微かな、本当に微かな、ピシッという音が聞こえました」


 喫茶店で、話の最初から聞き耳を立てていた他の客たちが、息を飲んだ。

 音の意味を正確に理解したのだ。


「まさかな、と思ってあの手のミイラを見てみました。

 すると、二本目の指、その爪にヒビが入っているではありませんか。

 男は青ざめました。

 まさかただの悪態が願いとしてカウントされるとは、思っても見なかったのです。

 その次の日の事でした。

 彼が所属していた冒険者ギルド。

 そこの正規会員、準会員の全員が原因不明の死を遂げてしまったのでした。

 そう、男を除いて」


 喫茶店の空気が重々しいものに変わる。

 店員が注意しに来れば良いのだろうが、生憎、そこまでの迷惑行為をしているわけではないので、注意できない。

 声量は普通より、少し小さい程度。

 話している内容は、胸糞話ではあるものの、作り話のおとぎ話である。

 これで注意をしてしまったら、常連のマダム達が話している、旦那や子供、義両親、ご近所さんたちへの愚痴なども逐一注意しなければならなくなってしまう。

 ナターシャ達の話はまだ作り話であり娯楽なので、まだ店員達にとっては救いがあるが、マダムたちの毒をたっぷり含んだ愚痴には本当に精神をすり減らされるのだ。

 聞いていて、気持ちのいいものではない。


「唯一生き残る形となってしまった男の元に、話を聞こうと役人の人達がやってきました。

 天気が悪くなりつつあり、黒い雲が空を覆っていました。

 遠くから雷の音が聴こえてきます。

 風の流れのせいもあり、雷は少しずつ近づいて来ているようです。


 どんどん!!

 どんどん!!


 と激しく男の家の扉がノックされ、お役人たちの強めの口調がひびきました。


 すいません!

 冒険者ギルドの件でお話を伺いたいのですが。

 いますか?

 いますよね!?


 どんどん!!

 どんどん!!


 男の中に、不審と不安と恐怖が湧き上がりました。

 冒険者ギルドの連中ですら、男の話をまともに聞いてくれなかったのです。

 もしも、この手のミイラが見つかって追求されでもしたら。

 そして、冒険者ギルドの大量死の犯人とされてしまったら。

 男は、十三階段を上り、その首を吊ることになってしまうのは明白でした。

 死への恐怖が、男をガタガタと震わせます。

 そんな男の目に、三つ指のミイラが映りました。

 恐怖と混乱で、男は叫びました。


 こんなのもう嫌だ!!

 俺の目の前から、全てを消してくれ!!


 男が叫ぶと同時に、最後の爪にヒビが入りました。

 そして、一瞬、窓の外が落雷で光ました。

 かと思うと、役人たちの騒がしい声が届きました。


 いったい、なに、


 男の思考も視界も、そこでぷっつりと途切れてしまいました。

 何故なら、男の自宅は落雷によって撃ち落とされた巨大なドラゴンによって、ペシャンコに潰れてしまったからでした。

 男も、家の中にいたためペシャンコのクシャクシャに潰れてしまったのでした。


 おしまい」


 ナターシャの【おしまい】という言葉に、他の客たちがホッと息をついた。

 こういった話が苦手な者達は、話しが終わったものの妙な余韻が残っているのか、とても渋い顔でお茶や珈琲を飲み、ケーキやクッキーをつついていた。


 侍女は面白かったのか、満足そうだ。

 騎士は、人の醜さにお腹いっぱいになって胃もたれしてそうな顔になっている。

 しかし、


「お話ありがとうございました」


 お礼は忘れなかった。

 あと、小さいながらも拍手も送ったのだった。

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