第13話 女神の慈悲

 後宮の中にある図書室。

 そこの主と称されているナターシャは、その日は珍しく男女の悲恋ものを読んでいた。

 そして、主人公の恋人たちが今世では結ばれるのが難しい、ならば来世では結ばれよう、と身投げをする場面まできて、とあることを思い出した。

 生まれ変わり云々というネタ。

 それにまつわる奇妙な話を、ナターシャは義姉から聞かされていた。


(たしか、あの時は試作を聞いてほしい、と頼まれたような?)


 あれはいつの事だっただろう。

 少なくともミズキが義姉になる前の事だったはずだ。

 ナターシャは気になって、その時のことを思い出そうとした。

 その話は、いつも通りといえばいつも通りの胸糞話だった。


 ***


 ある日のことだ。

 その日、ミズキはナターシャを訪ねて男爵家へとやってきた。

 新作予定の、試作話を聞いてもらい、改善点などを洗い出すためだ。

 ナターシャの自室で、いらないテーブルなんかを持ち込んで舞台を作る。

 なにかやっているな、と勘づいた兄ふたりも現れる。

 長男のイクスと次男のゼータである。

 イクスは、ミズキがいるとわかると目を丸くして、


「ミズキじゃないか、どうしたんだ?」


 そう聞いてきた。

 一方、ゼータはといえばピン、となにか勘づいたようで、


「あ、もしやこれは、女子会をするところだったか??」


 なんて言ってきた。


「ミズキに新作の試し読みに付き合って欲しいと頼まれたんですよ」


 とくに隠すことも無いので、ナターシャは正直に説明した。


「試作なので、絵は棒人間の落書きですけどね」


 ナターシャの説明に、ミズキが恥ずかしそうに紙芝居の下書きのようなものを出して見せてきた。

 本人が言ったように、棒人間が描かれているだけで全く状況がわからない。


「あ!ミズキ!

 兄様達にも見てもらって意見をもらいましょう?」


 いい提案、とばかりに無邪気にナターシャが言った。

 しかし、ミズキは苦笑する。


「いえ、ですが」


 ミズキとしても、いろんな感想や意見は大歓迎だ。

 しかし、貴族の令息である二人は多忙だろう。

 迷惑をかける訳にはいかないと考えたのだ。

 ミズキの心配を察してか、脳天気な声でそれに賛同したのはゼータだった。


「お、いいな!

 おもしろそうだ!

 どうせ、暇だしな」


 ゼータの言葉に、しかし、イクスも困り気味だ。


「……女子会の予定だったのなら、逆に邪魔にならないか?」


 イクスとしても憎からず思っている女の子と過ごせるなら、それに越したことはない。

 しかし、少女同士の楽しみを奪っていいものか、悩んでしまう。

 これで、図々しいとか礼儀知らずだとか、紳士の風上にもおけないだとか思われて嫌われてしまうんじゃないか、という考えがイクスの脳内を過ぎる。


「そんなことないですよ!

 イクス兄様だって、今日はなんの予定もなくて暇だ、って朝食のときに言ってたじゃないですか!」


 そんなことを言いだしたら、ナターシャだってイクスのミズキに対する感情を察していながら、彼女の来訪を伝えていなかったりする。


「私は、大丈夫ですよ。

 いろんな感想や意見が欲しいのはその通りですから」


 力説するナターシャの横で、ミズキも加勢した。

 ゼータは元々そのつもりだったので、ウキウキと使用人に指示を出して人数分の椅子と菓子、そして茶を用意させた。

 イクスはと言えば、ミズキに何故か謝っていた。


「なんか、すまん」


「いいんですよ。

 こういうのは人数がいた方が楽しいですから。

 なんなら、夏も近いですし、予定が合うようなら百物語でも皆さんでやってみるのもアリかもしれませんね」


 ミズキは楽しそうに、そんなことを返してきた。

 ミズキが不快になっていないのなら、それでいい。

 しかし、


(ひゃくものがたり、ってなんだ??)


 聞きなれない単語に内心首を傾げたのだった。

 けれどそれを確認する暇もなく、ミズキの新作紙芝居、その試作が始まったのだった。


「タイトルは、そうですね。

 まだ仮称ですが、【女神の慈悲】と、しましょうか」


 そう前置きをして、ミズキは語り始めた。

 正直、描かれている絵が棒人間なのでそちらに集中すると話が入ってきそうにないので、語りの方に男爵家の三兄妹は意識を集中させた。


「さて、ここに人の良さが災いして、他人の借金を肩代わりしまくったため、首が回らなくなった男がおりました。

 首が回らないのなら、もういっそのこと縄で固定して吊るしかない、そんなことを考えては、一人笑って、トボトボと歩いておりました。

 そんなことを考えていたからでしょうか。

 男の目に、とても頑丈そうな木が映りました。


 あぁ、そうだ。

 さっさと、死んで楽に成ってしまおう。


 男はそう考え、最後に手元に残っていたなけなしの金でロープを買いに行こうとしました。

 その時です。

 頑丈そうな木を背にして、今から死に行く者とは思えないほど軽やかな足取りで歩き出した男の目に、今度は馬車とその手前に飛び出す子供が映りました。

 咄嗟のことでした。

 気づいた時には、すでに彼の体は動いていたのです。

 間一髪、男は子供を突き飛ばし、なんとかその命を救うことが出来ました。

 けれど、その代償として。

 そして、彼の人生が今までそうであったようにわりを食ってしまいました。

 友人たちを救うために借金を肩代わりしたように。

 今度は子供の命の代わりに、男は馬車に轢かれ命を落としたのです」


 ミズキの話に、三兄妹は集中する。

 集中しようとする。

 しかし、ダメだった。

 どうしても、簡略化されすぎた棒人間の絵と場面と、あとセリフや擬音の書き込みが目に入ってきてどうにも集中できない。

 笑いをこらえるので精一杯だった。

 なにしろ、冒頭の主人公が歩いてる場面は棒人間と【テクテク】という擬音が描かれている。

 男が首吊りを決意した場面なんて、棒線に簡略化されたスプーンがぶら下がってるようにしか見えなかった。

 本当なら、頑丈そうな木と首吊り用のロープが描かれるのだろうが。

 しかし、どこをどう見たって棒線とスプーンにしか見えない。

 主人公が馬車に引かれる場面なんて、棒人間を横にして頭の部分に三角を付けたものの横に、四角形が描かれていた。

 多分、馬と車の部分だろう。

 普段のミズキの公演を見ているだけに、ギャップの激しさで三兄弟の肩が笑いを堪えようとブルブルと震えている。

 つくづくわかったのは、絵師は偉大であるということだ。


「み、みずき、悪い、絵は感想とかいけ、意見の対象外だと思うから、話だけ、語りだけにしてくれないか?」


 笑いをこらえて腹痛が起き始めていた、男爵家次男のゼータだった。


「あー、やっぱり集中できませんか」


 ミズキも薄々勘づいていたようで、それに応じた。

 絵は無しになり、ミズキの語りのみとなって話が続く。


「気がつくと、男は不思議な場所にいました。

 真っ白な空間でした。

 そして、その男を見つめる美しい少女がいました」


 三兄弟はそれぞれ思い思いの美少女を、想像する。

 棒人間の絵で無くて良かった。


「彼女は女神様でした。

 女神様は言います。


 申し訳ありません。

 私の手違いで貴方の人生を、とても試練の多いものにしてしまっただけでなく、死なせてしまうことになるなんて。


 どうやら男の苦労の多い人生は、人が良すぎたばっかりに借金と裏切りまくられる人生は、この女神様の手違いミスによるものだというのです。

 女神様は平身低頭謝ります。

 そして、こんな提案をしたのです。


 お詫びと言ってはなんですが、貴方に新しい人生を用意しましょう。

 貴方は、私の用意した苦難に満ちた人生をそれでも、清く正しく生き抜いてきました。

 そのせめてものお礼も兼ねて、今度は苦労のない人生を用意しましょう。


 それは、最初から才能に恵まれ、金に困らない、そして人に裏切られない人生でした。

 恵まれた才能を使って、お金を生み出し続ける、そんな豊かな人生でした。

 男はそれを受け入れました。

 女神様はさらに続けます。


 今までの人生の経験を活かせるように、記憶はそのままにしておきましょう。


 どうやら、本来は生まれ変わる時にそれまでの人生の記憶は一度リセットされてしまうようです。

 しかし、今回は特別だからと女神様はこれまでの辛い経験も、さらに利益に繋がるようにと残すことにしたのでした。

 男としては、好都合でした。

 なぜなら、それまでの人生経験が活かせるということは、これまで自分に借金の肩代わりをさせようと利用した、悪い奴らと同じ種類の人間を見分けることが出来るからです。

 新しい人生なら、もう二度とそんな奴らとは関わりたくない。

 男は心の底からそう考えておりました。

 そして、次の人生はやりたいことをやりまくる、と意気込み始めていたのです。


 さて、それでは才能の使い方とお金の生み出し方ですが……。


 女神様は懇切丁寧に、男へお金の生み出し方――稼ぎ方をレクチャーしました。


 占い師をやるのです。


 女神様が言うには、生まれ変わったら赤ん坊からではなく、すでに働けるように大人からのスタートにするとのことでした。

 だから、占い師として働けと言うのです。

 理由はいくつかありました。

 赤ん坊からだと、親やその親族からの絡みがあり自由に動くことが出来ないだろう、ということ。

 また、金持ちである王侯貴族への転生も考えては見たものの、責任感があり多忙。

 ならば、自営業フリーランスの方がまだ時間の自由が効くだろうという考えからでした。

 それならば、最初から大金を持たせて男を生まれ変わらせる――転生させればいいだろうと思われるのですが、そうはいかないらしいのです。

 神さまの世界にもルールがあり、特別に才能を授けて豊かな人生を用意することは大丈夫なのですが、大金を持たせての転生はダメらしいのです。

 しかし、最低額のお金なら持たせることはできるらしいので、もうわけが分かりません。

 けれど、神様と言うのは人智を超えた存在です。

 人の頭では理解のできないルールが存在しているのです。


 まず、占いにやってきた人をよくみるのです。

 そうすると、その人の今後の人生を貴方は手に取るように知ることができます。

 そして、選択肢を教えてあげるのです。

 より良い未来に繋がる方の選択肢、その答えを教えてあげるのです。

 ただ、ひとつ、注意してください。

 けっして、死に行く者の運命を変えようとしてはいけません。

 長患いをしている方に助言をしてはいけません。

 良いですね?

 約束ですよ。


 幸福で満ち足りた、そしてお金に困らない人生を送れるなら、男はそれで良かったので、二つ返事で了承しました。

 そして、女神様によって転生し、新しい人生を歩き始めたのです」


 物語に触れまくってきた、そして、ミズキの紙芝居の常連である三兄妹は、女神の念押しにピンとくる。

 あ、これは後々、主人公の男がなんらかの形で約束を破って酷い目にあうやつだ、と察してしまう。

 ミズキの話は、今までナターシャたちが苦手としていた教訓話がネタとして入っている。

 しかし、その苦手なところを上手い具合に娯楽として消化しているので、聞いていて楽しいのだ。


「さて、生まれ変わって早速、男は占い師として商売を始めました。

 これはとても大当たりしました。

 前の人生では手にできなかった大金を手にし、女神様が言ったように豊かな人生を送り始めたのです

 借金もなく、貯まっていくお金。

 男は、ついに前の人生では文字通り一生縁のなかった豪遊を始めたのでした。

 お金がなかった前の人生では、女性が向こうから寄ってくるなんてこともなかった男です。

 しかし、今の人生はどうでしょう。

 一生使っても使い切れないんじゃないかというお金と、それに付随する豊かさがありました。

 そのお金と豊かさでもって、男は豪遊を楽しんだのでした。

 寄ってきた女達を囲い、そのための豪邸を建てたり。

 その女たちを侍らせて、旅行に行ったり。

 その様はまさに、王侯貴族のようでした」


 と、ここでゼータが呟いた。


「税金でかなりの額を徴収されてそうだな」


 ナターシャも少しだけ、知識として税金というものを知っていたので頷いた。


「たしかに」


 女性を、それも複数囲う。

 食べさせるだけじゃない、服や家、化粧代とかなりのお金が必要になるはずだ。

 さらに、その女性たちを連れて豪遊するとなると、そのための費用は馬鹿にならないくらい。

 その程度の知識は、ナターシャにもあった。

 男爵家、というか領で徴収した税の何割かは国に徴収されていたりする。

 そのことをイクスも知っていたので、


「豪遊した費用を、出張での交際費として計上してそうだな、その男」


 なんて身も蓋もない、というより夢もへったくれも無い感想が滑りでた。

 ミズキはただただ、苦笑するだけだ。


「まぁ、お話ですから」


 たしかに、税金云々の話ではない。

 しかし、物語というものに多く触れ過ぎてしまうと、その後の展開を考察して予想したりする癖ができてしまうのだ。

 それは、この三兄妹も例外では無かった。

 まだまだ、物語は途中だと言うのに、


「やはり、お金でバッドエンドになるのでしょうか?」


 と、ナターシャが考えを口にする。


「欲を出しすぎた結果、ついに女神様に見放されるとか?」


 ゼータも今まで観てきたミズキの紙芝居の話の傾向パターンを、彼なりに分析してオチを予想する。


「男が欲を出しすぎて痛い目にあうのは、たぶんその通りだと思うが。

 あのミズキの話だぞ?

 絶対なにか、不穏なオチになるんじゃないか?」


 イクスも弟と妹の考えに、そう口を挟んだ。

 ミズキは顔を引くつかせた。

 当たらずとも遠からずだからだ。

 しかし、どんなオチになるのか、こればっかりは最後まで話を聞いてみないとわからない。


「妙な信頼がありますねぇ」


 ミズキは苦笑したまま、そんなことを呟いた。

 三兄妹の考察がとりあえずおさまるのを待って、ミズキは語りを再開した。


「しかし、使えば無くなるというのがお金です。

 女性たちは男の懐に惚れていたので、金が無くなった男から去っていきました。

 これはこれで身軽になっていいもんだ、と男は思いました。

 お金が無くなったのに、不安なんて欠けらも無い余裕そのものでした。

 それもそのはずで、


 なぁに、また占い師をやれば稼げるんだ!

 そうすれば、金はまたガッポリ入ってくるさ。


 女神様から約束された才能と豊かさが、彼の余裕であり自信だったのです。

 男は久方ぶりに、占い師として活動を始めました。

 しかし、どうしたことでしょう。

 待てど暮らせど、男の元には閑古鳥が鳴く始末。


 おかしいなぁ。

 前は、看板を出すだけで客が来たんだが。

 今は、わざわざ占いにくるほど悩みを抱える人間が少ないのか?


 なんて考えていた矢先でした。

 男を訪ねてきた者がありました。

 それは、身なりのいい、六十代ほどの男性でした。


 いらっしゃい、さて、何におなやみですかな??


 威勢よく男が尋ねます。

 すると客は、こう答えました。


 あぁ、いや私じゃないんだ。

 実は、私には歳をとってから出来た娘がいてね。

 ただ体が弱くて、恋のひとつもしたことが無い。

 もう十五だというのに、だよ?

 そして、その命はもう幾ばくもないのだ。

 どんな名医に見せてもダメだった。

 皆、匙を投げてしまってね。

 それでもなんとかしてほしくてここに来たんだ。


 客の話をまとめると、こうでした。

 娘の体調不良の原因を、占いで調べることはできないか、もしかしたら誰かから呪われているのかもしれない。

 それを突き止められないか、と言うことでした。

 男は、そんなことはできないと断りました。

 占う相手の運命をみることはたしかにできます。

 そして、それをより良い方へ選ばせるよう誘導することもできます。

 ですが、体調不良の原因を突き止めるということは、出来ません。

 客は、そんな男にそっと金を握らせました。

 男は男で、金を欲していました。

 だから、握らされた金を突き返すことはせずに、しぶしぶといった体で、客に言いました。


 そんなに言うなら、見るだけ見てみましょう。


 客は喜んで、男を自宅に案内しました。

 客に連れられ男が自分の家を出ると、貴族の家紋が彫られた馬車がありました。

 なんと、相手は名家の貴族様だったのです。

 驚きつつも、男は馬車に乗り込み客の家へ向かいます。

 着いたのは豪邸でした」


 ここで、また三兄妹が口を挟んだ。


「ミズキ、このお客様が来る場面なんですけど、名家の貴族ならお供の者を連れているか、せめて代理人が呼びに来る方が自然な気がします」


 ナターシャの言葉に、ミズキが頷きました。


「あー、やっぱりそう思いますか。

 いえ、元々の話でも代理人がやってくる流れだったんですよ。

 なら、ここは元ネタの方の流れにしましょう」


 続いてゼータも意見を口にする。


「主人公の男は、冒頭で清廉潔白、清貧な好印象の人物として描かれてるから、途中途中で金に執着、金の亡者になりつつあるっぽいし、この金を受け取る場面でも、もう一言二言そのことを強調する説明なり、セリフがあってもいいんじゃないか?」


「ふむふむ、なるほど」


 最後にイクスも意見を述べた。


「ほとんどは、弟と妹に言われてしまったな。

 しかし、まだ全部をきいた訳では無いから、なんとも言えない部分もあるし。

 そうだなぁ、あえて言うなら、俺としてはもう少しお化け要素が欲しいかな」


「お化け要素、あ、ホラー要素ってことですね」


 ミズキは持参していたメモ用紙に、三兄妹の意見を忘れないように書き込む。

 そして、物語を続ける。


「娘の部屋に案内された男は、ベットで眠る今にも死んでしまいそうな娘さんを見ました。

 病だからでしょう。

 娘さん、貴族令嬢の頬はまるで骸骨のように痩け、首筋にも骨が浮き出ておりました。


 なんとまぁ……。


 男は言葉を失いました。

 それくらい、病に伏せり、もう幾ばくもない貴族令嬢が哀れに見えたのです。


 占い師さん先生、いかがでしょうか?


 客が娘について訊ねます。

 男は、ひとつ深呼吸して令嬢の今後の運命の人をみました。

 そして、悲しそうに男は客に向かって、この娘の父親に向かって首を横に振るのでした。


 そんな!

 先生!なにか手はないんですか!?


 しかし、男は首を横に振りました。

 娘の運命はすでに決まっているのです。

 たしかに、娘が快方に向かう選択肢も見えました。

 しかし、それを教えることは女神様から固く禁じられているのです。

 けれど、客も中々諦めません。


 お願いします、娘を延命させて貰えたなら、金貨一万枚を差し上げましょう!


 客の示した金額に、男の心はグラりと揺れ、あっという間に傾いたのでした。

 男は脳内で、また女を囲い、侍らせ、豪遊する未来の自分を描いていたのです。

 男は貴族令嬢のより良い選択肢を、延命するための選択肢を教えました。

 そして、


 そうだ、人の命を助けるんだ。

 これはいい事だ。

 善行だ。


 と自分を納得させたのでした。

 金貨を何枚か懐に忍ばせ、あとは自宅へ届けるようにお願いし、感謝されながら男は帰路につきました。

 その帰り道の途中でのこと、男は女神様と再会したのです。

 女神様は男の前に立ち塞がるようにして立っていました。

 そして、とても冷たい目をして、男を見据えたのです。


 あ!女神様!!お久しぶりです!!


 男の明るい挨拶に、しかし、女神様の視線は冷ややかでした。

 そして、挨拶を返すことも無くこう問うたのです。


 なぜ、あんなことをしたのですか?


 へ?あんなこと??


 先程のことです。


 あ、あぁ!あぁ!

 いい事をしたでしょう?

 なにせ、人の命を救ったんですよ?

 それに、見てくださいよ!ほらこれ、こんな大金をまた手にできました!!


 嬉しそうに言う男に、やはり女神様は冷ややかでした。


 来なさい。


 はい?


 私と一緒に来なさい」


 有無を言わせない、女神の言葉。

 物語に引き込まれていた三兄妹は、よし!ついに来たな、と身構える。

 おそらく、ここから男が痛い目に合うのだ。

 つまり、見せ場ということになる。

 どんな胸糞場面がくるのか、三人は楽しく続きを待つ。


「女神様が冷ややかに、でも強く言って指をパチンと鳴らしました。

 すると、なんということでしょう。

 男の足元にポッカリと黒い穴があいて、男はその穴に真っ逆さまに落ちて行ったのでした。


 い、いてて、いきなり何をするんですか!!


 男は憤慨して立ち上がりました。

 そして、その場所が異様に明るいことに気づきます。


 な、なんだ、ここは?


 男はキョロキョロと周囲を見回し、灯りの正体を知りました。

 それは夥しい蝋燭の数々でした。

 全てに火がついており、煌々と燃えているものもあれば今にも消えてしまいそうなものまであります。

 女神様が男の横に立ち、説明してくれました。


 これは、人々の命、寿命の蝋燭なのです。

 蝋燭の長さは寿命の長さ、そしてそこに灯る火は命なのです。


 へぇ、よく人の命を蝋燭の火に喩えたりしますが、あれは本当のことだったんですね。


 感心する男には答えず、女神様はひとつの蝋燭を指し示しました。


 あそこで燃え盛っている蝋燭が見えますか?


 男は示された先を見ました。

 そこには、とても長い蝋燭が燃え盛っていました。


 貴方が助けた、娘さんの蝋燭です。


 ほう、よかった!

 あれ?女神様、その横で今にも消えてしまいそうなのがありますが、あれは??


 もしかして、娘の父親のものか、それ以外の家族のものかと考えながら聞いてみれば、意外な答えが返ってきました。


 あれは、貴方の蝋燭です。


 一瞬、言われた意味がわからなくて、男は固まってしまいました。


 え、だって、なん、俺の寿命??


 訳が分からず、支離滅裂なことを口にしつつ、それでもなんとか男はそう聞き返しました。

 女神様が説明します。


 つい、先程まで貴方の寿命は、あの娘さんの蝋燭でした。

 ですが、言いつけを破り、金とそのあとの女性との豪遊に目がくらんだために、その結果蝋燭が入れ替わったのです。

 娘さんの命を救うことは、人の世界ではとても立派です、善行です。

 しかし、神々のルールには反するのです。


 そ、そんな!!

 知らなかったんだ!

 なんとか、なりませんか??

 しにたくねぇ!!俺は、まだ死にたくねぇ!!」


 ミズキの泣きわめく男の演技は、迫力があった。

 死にたくない、死にたくない、だってまた金を手に入れた、豊かさを手に入れた。

 なによりも人の命を救ったのだ。

 それなのに、それを咎められるなんて、死ぬなんて、まだまだ生きていたい。

 そんな欲をぶちまける。


「思うところがあったのか、女神様は男にチャンスをあげることにしました。


 そうですか。そうですね。


 そう呟いて、どこからとも無く火の消えている、しかしまだまだ長さの残っている蝋燭を出現させると、男にこう言いました。


 これに火を移しなさい。

 そうすれば、この蝋燭の長さだけ寿命が伸びます。


 今回のことでは転生はさせて貰えないようです。

 それもそのはずで、前回は女神様の手違いで特別に転生させてもらえたのです。

 ですが、今回は男の自業自得。

 なので、死なないためには自分でなんとかするしかありません。

 男は、女神様の手から乱暴に蝋燭をひったくると、今にも消えてしまいそうな、自分の蝋燭、その炎を移そうとします。


 あら、手が震えてますね。

 ほらほら、早くなさいな。

 消えてしまいますよ。

 ほらほら。


 まるで焦らせるように言ってくる女神様に、男はイライラしながら、そして泣きそうになりながら火を移そうとします。


 消えますよ?

 消えてしまいますよ?


 わかってますよ!

 ちょっと黙っててくださ、


 イライラが頂点に達し、思わず男が怒鳴りました。

 その怒鳴りとともに吐き出された息で、蝋燭の火が消えてしまいました。

 ばたり、と動かなくなった男とそして蝋燭に交互に目をやりながら、女神様は少し幼い声と言葉で呟きました。


 あーあ、消えちゃった。


 おしまい」


 ミズキが語り終わり、ぺこりと頭を下げた。

 三兄妹は拍手を送った。

 そして、さらにそこから改善点などの意見交換を開始する。


 ここはこうして、あそこをあーして、と男爵領の人により楽しんで貰えるように意見を出し合う。

 話の流れで、ミズキはこの話の元々の話、その説明をした。


「これは元々、私の故郷で【落語】という、紙芝居とは別の物語を聞かせる芸の中で語られる話なのです。

 その元ネタのタイトルは【死神】というものです」


 その元ネタのタイトルに、三兄妹は納得しつつそれぞれ思ったことを口にした。


「死神、か」


「中々不穏なタイトルだな」


「でも、なんかしっくり来ますね。

 結局、男は命を落としますし」


 ミズキがさらに説明する。


「元ネタの方は色んな方が話の筋はそのままに所々を変更して、演じるのでオチが違ったりするんですよ」


「なるほど、おもしろいな」


「変わった芸だなぁ」


「ちょっとその落語も聞いてみたいです」


 そんな感じで、時間が過ぎていった。

 ナターシャにとって、これは自由で楽しい時間だった。



 ***


 思い出に耽っていたナターシャは、


「懐かしいですねぇ」


 なんて呟いて、また悲恋ものの小説に視線を落とした。

 そして、続きを読み始めるのだった。


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