第12話  戻らず峠の怪

 報告書に目を通す。

 そして、彼女は深いため息をついた。

 彼女は王都にある、冒険者ギルドの受付嬢である。

 今しがた、彼女が目を通した書類は全部で3枚。

 それぞれには、別々の冒険者パーティについての調査結果が記載されていた。

 調査結果と言うからには、よほど素行が悪いのだろうと思われるかもしれないが、違う。

 それは、クエストを受注後、仕事先にて行方不明となっていたもの達の死亡が確認されたという報告書であった。


「今月に入って、これで十組目」


 新人だらけのパーティ、あるいは少し仕事に慣れてきたくらいのパーティ。

 そのうちの十組が、今年に入り命を落としている。

 別に珍しいことではない。

 冒険者の仕事には、基本的に危険が付き物だからだ。

 例えば、なんてことは無い怪我を知識不足故放置した挙句、帰らぬ人となったパーティもいた。

 例えば、新人だけで名をあげようと張り切り、実力に見合わない魔物の討伐クエストを、受付嬢の反対を押し切って受注し命を落としたパーティがいた。

 内容はそれぞれだが、共通していることはひとつ。

 油断である。

 他にも言い方はあるが、彼らが命を落としてしまった原因は、まさにそれだった。

 新人は、知識不足の経験不足。

 少し仕事に慣れてきた新人は、そのための油断。

 受付嬢が注意喚起しても、なしの礫である。

 せめてベテラン冒険者のパーティに、新人研修と称して一定期間面倒を見てもらいたいが、中々うまくいっていなかった。

 さて、どうしたものかと悩んでいた時だ。

 妙な噂を耳にしたのだ。

 それは、男爵領から王室へ輿入れしたとある側室の噂だった。


 なんでも、とある孤児院で悪名高い子供を更生させたとか。

 妙な、というのはその更生のさせ方だ。


「いやいや、いくらなんでも嘘だろ」


 話を聞いていた冒険者が、受付嬢の内心を代弁してくれた

 しかし、話をしていた者はといえば自信満々に、


「それがそうでもないんだ」


 と続けた。

 直感が働いたのか、それともこれ以上犠牲者を出したくなかったからか。

 いずれにせよ、受付嬢は気づいたらその噂話をしていた者たちに声をかけ質問攻めにしていた。

 職務中ということをすっかり忘れていた。

 すぐに受付嬢は行動を起こした。

 仕事が休みの日に書店に赴いたのである。

 店員に、男爵領産の本が陳列されているコーナーを訊ね、向かう。

 そこには、とても立派なコーナーが設けられていた。

 そのコーナーの光景を見て、受付嬢は軽く驚いた。

 大人になってからは物語に触れるなんて無かった。

 それもそのはずで、彼女にとって物語というのは子供向けのものというイメージが強かったのである。

 だから、舞台なども興味が無かった。

 ちなみに大人向けのものもあるというのは知ってはいた。

 しかし、彼女の場合、どうにも読んでいると眠くなってしまうという事が多かった。

 だから書店に寄るとなると、専門書の類かそれこそ、ギルド内に置く新聞や下世話なゴシップが掲載された雑誌を購入するくらいだった。

 しかし、いま受付嬢の目の前には広がる光景は老若男女問わず、楽しげに物語を選んでいるのだ。

 その中に混じって、彼女も目当ての本を探す。

 しかし、どれに目的の話が記されているのかわからない。

 そもそも、探している話があるのかどうかもわからない。

 他の客を観察しつつ、真似をして受付嬢も一冊手に取り試しに中を確認してみた。

 どうやら、1冊で1つの話ではなく、本にもよるが5話から10話くらい入っていて、それぞれ一話完結になっているようだった。

 目次には簡単なあらすじもついている。

 何冊か購入して、数日かけて読んでみた。

 新鮮というか斬新な話ばかりだった。

 読後感は、正直に言ってしまえばあまり良くなかった。

 けれど、少しだけ噂を信じることができた。

 だが、あれだけの量の話がありながら、受付嬢が求める物語は見つからなかった。

 それから、何度か書店に足を運び、店員にこれこれこういう内容の話がないかと訊ねたが、結局見つからなかった。


 そうして、手を尽くした上で上で受付嬢はダメ元でその側室、ナターシャ妃に手紙を書いた。

 本来なら、雇い主のギルドマスターに相談するのが先だったが、とにかく行動せずにはいられなかったのだ。


 果たして、受付嬢がダメ元で書いた手紙は、本来の手順で検閲された後、目的の人物へ届いたのだった。

 そして、その目的の人物ナターシャ妃は手紙を検めるとすぐに女官とスケジュールの相談をした。

 手紙には、一部の冒険者が知識不足諸々で仕事先で命をおとしていること。

 風の噂でナターシャ妃が男爵領から持ち込んだ、教訓話。

 不躾ながら、山での遭難の話を探している。

 注意喚起として、新人冒険者にそれらを読ませたい。

 もしもご存知なら、それが掲載されている本を教えてほしいというものだった。


 ダメ元だった。

 返事が来るなど、正直考えていなかった。

 けれど、意外なことに返事がきたのだ。

 それも、ナターシャ妃本人から。

 そこには、こう書かれていた。


 【もし宜しければ、語りきかせに伺いましょうか?】


 と。

 ここで、受付嬢はてっきりナターシャ妃が人を派遣してくれるのかと考えた。

 しかし、如何せん先立つものがない。

 なので、遠回しに、そして失礼のないように断りと、本さえ教えて貰えばそれでいい、という旨の返事を書いた。

 さらに返事が来て、その内容に受付嬢はさらに驚くことになる。

 その返答とは、なんと、職場見学も兼ねてとある孤児院の子供たちを招待したい。

 そのため、冒険者ギルドでの語り聞かせを是非やりたいというものだった。

 もうこうなってくると、一介の受付嬢だけでは判断が出来なくなる。

 そのため、受付嬢はこれまたダメ元で上司のギルドマスターに相談したのだ。

 元来、面白いことが好きな人なのであっさり過ぎるほどあっさりと、諸々の許可が出た。

 こうして、冒険者ギルドの酒場を使っての語りきかせが実現することとなったのだった。

 さらにこの企画の打ち合わせのために、城から派遣されてきた、語りきかせをする人と顔合わせをした。

 それがナターシャ妃本人で、受付嬢が度肝を抜かれたのは言うまでもない。


 ***



「今度は冒険者ギルドで語りきかせをする?」


「はい」


 役目として、夜のお茶会にやってきた王にナターシャは話の種に、今度冒険者ギルドで怖い話をするのだと告げた。

 ちなみに、この夜のお茶会は正室であるアザリーナの入れ知恵だった。

 体裁だけでも取り繕っておかなければ、ほかの貴族から『ナターシャとうちの娘を入れ替えろ』などという意見が出かねないからである。

 嫁の臀に敷かれているので、王は断れなかった。


「そうか」


 とくに話の内容に興味はない。

 なので、王は素っ気なく返す。

 構わず、ナターシャは続けた。


「外出に関する書類は、明日提出予定です。

 ですが、アザリーナ様やリリア様、そうそうルファードリオン姉様に言われたんです。

 場所が場所だから、護衛をつけろ、と」


 偏見や差別ということも差し引いても、冒険者ギルドという場所はやはり荒くれ者が多い。

 そのため、いつもより多めに護衛をつけろと忠告されたのだ。


「わかった。手配しておこう」


「ありがとうございます」


 お礼を言いつつ、ナターシャはこれまた話の種にと孤児院の子供たちも職場見学も兼ねて話を聞きに来ること。

 そもそも企画の発端になった、冒険者たちの死亡事故の事なども説明した。


「…………。

 まぁ、危険な仕事だからな。常に死は付き物だとは聞いたことがある」


 話を聞いた上で、王はどんな話をするのか珍しく興味を持ったようだった。


「それで、どんな話をするんだ?」


「珍しいですね。

 陛下がこの話に興味を持つなんて」


「軍でも時折、山で演習をするからな。

 雪中行軍もやる。

 今のところ大きな事故は起きていないが、自然は舐めたらいけないものだ。

 彼らはこの国を護る存在でもある。

 少しでも有益な情報なら提供したいと考えている」


「そうですね。

 その通りです。

 現に身分関係なく登山などを楽しむ方々の中には、ベテランであっても遭難するという事例が領関係なく毎年報告されています」


 王の言葉に、ナターシャも真面目に返す。

 そして、続けた。


「今回、冒険者ギルドで語る話は、対象はあくまで冒険者の方々なので、十人ほどが遭難する話です。

 ですが、義姉のミズキにはもう一つ別の話を聞いたことがあります。

 それは、ミズキの故郷の軍隊が、先程陛下も仰った雪中行軍の最中に遭難した話です。

 どちらも実話を元に作られた話です。

 軍の遭難の話、もとになった実話の方を少し話すと、雪中行軍に参加した二百余名の方、全員が遭難し亡くなったそうです。

 もしも、軍部の方々が希望されるならそちらの話を語るか、書籍をお渡しします」


「それは、全滅したと?」


 噛み締めるように、王は確認する。

 ナターシャは頷いた。


「えぇ、ミズキの話ではそれこそ雪に詳しい方々も居たのに、決して素人の集まりでは無かったのに、全滅したそうです」


「……なるほど。

 もしかしたら、頼むこともあるかもしれない。

 その時は、受けてくれるか?」


 王は、ルファードリオンの忠告が頭を掠めた。

 ナターシャを表舞台に出すな、というあの忠告である。

 しかし、大々的なものではないし、語りきかせで少しでも命を落とす者が少なくなればこれに越したことはないと判断したのだ。


「もちろんです。陛下」


 そんなやり取りがあった、数日後。

 ナターシャは、侍女と女官、そして護衛を伴って舞台となる冒険者ギルドを訪れた。

 すでに、諸々のセッティングはすでに終わっている。

 そして、今日は紙芝居ではなく久しぶりの語りのみとなる。

 たまに踊り子などが来てダンスを披露するための、簡易な舞台。

 そこに、ナターシャが座る椅子が置かれている。

 そして、その舞台の前には客席とテーブルが並べられていた。

 客席には、ほぼ強制参加させられた冒険者と子供たちがすでに席に着いている。

 冒険者という職業に多かれ少なかれ、憧れを抱いている子供たち相手にさすがの荒くれ者達も、その無垢なキラキラとした視線を向けられては、普段の悪そうな雰囲気は鳴りを潜めていた。


 ナターシャは、例の受付嬢によって椅子へ案内される。

 そして、腰掛け、挨拶もそこそこに語りが始まった。


「さて、これより語るは【戻らず峠の怪】というお話です。

 そうそう、お話する前にいくつか注意事項を説明しますね。

 まず、このお話は虚構です。作り話です。

 ですが、その全てが全くの虚偽、嘘であるということはありません。

 この話は、現実に起きた出来事をベースにつくられているからです。

 ここにお集まりの皆様。

 どうか、そのことを頭の片隅にでもおいてもらえたら幸いです」


 この前置きを、一番後ろの、そして隅っこの席で聞いている者がいた。

 新人冒険者だ。

 ナターシャと同年代くらいの、十五、六歳ほどの少年である。

 彼は内心、どこかバカにしてナターシャの話を聞いていた。

 毎年毎年、たしかに事故で命を落とす者だって少なくない業界だ。

 だからといって、ちみっこ達に混じって話を聞くなど馬鹿馬鹿しいと考えていた。

 こんなことに時間を使うなら、一秒でも早く冒険に出たかった。

 しかし、受付嬢が有無を言わせず強制参加させられたのだ。

 彼の不満は募るばかりだった。

 現実に起きた出来事だからなんだ。

 そんなのは実力が伴ってなかったからだ。

 自分なら平気だ。大丈夫だ。

 少年はそう思っていた。


「昔、とある国にそれはそれは優秀な冒険者のパーティがありました。

 深い谷、奥深い山々。

 彼らは危険を省みず、どこへだって行きました。

 時には、あわや命を落とす場面だってありました。

 その回数は、両手両足の指を足しても足りないくらいです。

 そうして積み上げた功績により、冒険者ギルドはとあるクエストを彼らに依頼します。

 それは、【死神山脈】と呼ばれている山、そのマッピング調査でした。

 そう、地図を作成し、そこに棲む魔物を含めた生き物の調査です」


 そこで、少年がつまらなそうに舞台へ視線を向けると、何故かナターシャと目が合った。

 そこから一気に、彼は物語へと引き込まれて言った。

 彼の周囲には、物語の場面が臨場感溢れるまま展開していく。

 登場人物は、主人公が彼、仲間たちはかつての知り合いだったり、冒険者になってから知り合ったもの達で構成されていた。


「地味ではありますが、とても危険なクエストです。

 そのため、成功報酬として冒険者ギルドはそのパーティへこんな提案をしました。

 それは、もしも成功したらAランク冒険者である彼らを、SSSランク冒険者へ昇給させると言うものでした。

 異例すぎる、三階級特進です。

 それだけ危険なクエストなのだと、パーティメンバーは息を飲みました。

 しかし、冒険者ギルドもなにも考えていなかったわけではありません。

 マッピングなどの調査を目的とした冒険者パーティ……、そうですね主人公たちのパーティをAとするな、こちらのパーティをBとします。

 パーティBにも同様の内容でクエストの依頼を出しました。

 つまり、この仕事は共同で行うものだったのです。

 ほどなくしてパーティAとパーティBの顔合わせ、まぁ打ち合わせですね。

 打ち合わせをして、クエストの準備を進めていきました。


 後に発見されたパーティメンバー、AとBそれぞれに所属していた別々のメンバーの日記にこの時のことが記されていました。

 長々と語ってもアレなので、簡単に説明すると、揉めたそうです。

 何に対して揉めたかって?

 誰がこの合同パーティのリーダーになるか、についてです。

 名誉欲もあったのだろうと、それぞれの日記に書かれていました。

 しかし、どちらかのパーティ所属の者がリーダーになれば、一定期間とはいえ合同パーティそのものの支配権を渡してしまうということです。

 つまり、自分たちの意見が通らなくなってしまう可能性がありました。

 というのも、Aはどんな場所にも危険を省みず進むのを特徴とした、まさに冒険者といったらこれ、という代表みたいなパーティでした。

 一方、Bはといえば、Aよりも慎重派なパーティでした。

 危険と感じたらすぐ引き返す。

 徹底すぎるほど準備をし、それでも足りないと考えている節のあるパーティでした。

 それもそのはずで、そのBパーティはメンバーの代替わりをしながら二十年近く活動を続けている古参のパーティでした。

 なぜ、そんなパーティが今まで昇級しなかったのか、不思議ですか?

 簡単です。

 彼らは、とある遺族で結成されたメンバーだったからです」


 そこで、ナターシャは言葉を切った。

 そして、客席へゆっくりと、じっくりと視線をやった。

 少年は、だからなんだと反発心のようなものが芽生えていた。

 冒険者パーティAに感情移入していたために、ナターシャの語りにバカにされたと感じてしまったのだ。

 Bは経験豊富、Aは功績はあるがそれだけ。

 そんな風に行間を読んでしまったのである。


「パーティBの構成メンバーは、何かしらの形で山や森で遭難し、身内を亡くしている方々でした。

 所属条件、それ自体が遺族であることでした。

 そもそも、このパーティBが結成された理由が痛ましい遭難事故を少しでも減らすというものだったのです。

 だから彼らが受ける仕事は、マッピング調査、あるいは行方不明者の捜索ばかりでした。

 パーティの活動目的、そのものが他のパーティと違ったんです」


 そこで、女戦士が手を挙げた。

 どうやら質問があったようだ。


「すまないね、姫様。

 質問だ。

 いまさっき、あんた話の中で日記がって言ったね?

 つまりなにかい?

 この後、日記だけが発見されるようなことが起こるってことかい?」


 女戦士の質問に、ナターシャは穏やかな笑みを向けた。

 その笑みに、冒険者たちは全員寒気のようなものを感じてしまう。

 そう、穏やかな笑みだと言うのに三日月のように目と口が弧を描いていて、酷く不気味なものに見えたのだ。

 しかし、その笑顔に期待を向けるものたちがいた。

 孤児院の子供たちである。

 これから陰惨なお話が語られることを察知したのだ。


「な、なんだよ?」


 女戦士がたじろいだ。

 ナターシャが答える。


「いいえ。

 いい質問だな、と思いまして。

 もしかして、推理ものお好きですか?」


「い、いいや」


「そうですか。

 今度読んでみてください。貴方のような方はきっと楽しめると思いますよ。

 質問の答えですが、その通りです」


 冒険者達が、緊張のため喉を鳴らした。

 話の内容、その先取り。

 言わばネタバレをされたのだが、肝心なところをナターシャは語らない。

 日記だけが発見される。

 では、書き手は?

 そんな疑問が、それまで嫌々だったもの達を物語に集中させる。


「最初に揉めはしたものの、所属の冒険者ギルド、そのギルドマスターも参加し、さらにはリーダーを務めるということで問題は解決しました。

 いわば公平な第三者の加入によって、事なきを得たのです。

 と、思われました」


 思われたってなんだ。

 少年を含めた冒険者全員が心の中でツッコミを入れた。


「準備に追われ、日々は過ぎていきます。

 そして、その日はやってきました」


 少年が幻視していた光景が切り替わる。

 それは、まだ雪の残る山の光景だ。

 白銀の世界。

 その世界を進む、冒険者たち。

 二組のパーティということだから、きっと十人前後なのだろう。

 ナターシャの話に合わせて、自分を投影した登場人物たちが春先の雪山を進んでいく。


「なぜこの時期だったのか、これも記録が残されていました。

 パーティBは雪が完全に溶けた頃がいいと主張していましたが、依頼者から提示された期日とパーティA、そしてリーダーとなったギルドマスターの判断で、春先となったのでした。

 春先とはいえ、まだまだ雪の残る場所でした。

 そこに、かつての身内と同じように、大丈夫大丈夫と楽観視しながら向かおうとする彼らにパーティBの面々は、嫌な予感がしていました。

 昇級関係なく、あとでなんと罵られようと身の安全のためなら、パーティBはそのクエストから外れることも検討しました。

 しかし、彼らは遺族でした。

 だからこそ、放って置けなかったのです。

 自分たちのような想いを彼らの家族にさせてはいけない。

 たとえ、疎ましがられてもいざと言う時はなにがなんでも無事に連れて帰ろう。

 そう、心に決めていました。

 念には念をおいて、一人だけパーティメンバーを残していくことにしました。

 万が一何かあった時のために、そう例えば全員が遭難し連絡が取れなくなった時のために、軍に通報して捜索隊を出してもらう係を残していたのです。


 この残された人物を、そうですね、仮にYさんとしましょうか。

 Yさんは、死神山脈に一番近い町で宿を取り、パーティBからの定期連絡を受けていました。

 これは、通信魔法の類です。

 ちなみに、クエストの日程は一週間でした。

 Yさんはこの時のことを詳細に記録していました。

 三日目までは順調でした。

 とくにトラブルもなかったそうです。

 そのことを、パーティBの面々は不気味に感じていました。

 何故なら、死神山脈と呼ばれるだけあって、雪はたしかに残っているものの、冬の眠りから覚めつつあるだろう動物や、ましてや季節なんてあまり関係ない魔物にすら出会うことが無かったからです。

 いいえ、生き物、そのものの気配がありませんでした。

 ですから、その当時、その場で生きているものは一部の植物と彼らだけだったのです。


 そして運命の四日目を迎えました。

 定期連絡が無かったのです」


 ゴクリ、と大人たちが息を飲む。

 その場の全員が察していた。

 何かが起こったのだ、と。


「Yさんはすぐに行動しました。

 軍に連絡し、捜索隊を派遣して貰いました。

 しかし、ここで問題が起こります」


 主人公たちになにが起きたかもわからないまま、別のトラブルが起こったらしい。


「天気が荒れだしたのです。

【死神山脈】では例年ならまず降らない雪が降り、風が吹き乱れ始めました。

 ボランティアとして地元からも捜索隊が派遣されました。

 その方々は、口々にこう言ったそうです。


 ――死神様が荒ぶっておられる――


 と。

 それを耳にしたYさんは、地元の人達に話を聞きました。

 それは、なぜこの山々が【死神山脈】と呼ばれているのか?

 という説明でもありました。

 なんでも、この山には昔から死神様と呼ばれる神様が住んでおり、植物以外の生き物を寄せ付けなかったそうです。

 一度、山に足を踏み入れたが最後、その者たちは死神様に拐われてしまう、という言い伝えがあったのだそうです。

 それを裏付ける、というわけではありませんが古い風習として、ボランティアの方々が子供の頃には姥捨山としてこの【死神山脈】は機能していたそうです。

 今ではさすがにそのような風習は廃れつつある、と言うことでした。

 さて、その死神様ですが、山の神様という面もそうですがもう一つ、天気を操る神様という面も持っているとのことで、機嫌が悪いとこうして山にだけ嵐を起こすのだと言うのです。

 その証拠として、山頂は雲で覆われ酷い天気だと言うのに、麓では、曇ってこそいるものの雪など欠片も降っていないのでした。

 結局、捜索は二次被害を避けるため中断され、再開されたのはそれから二ヶ月ほど経過した後でした。

 この二ヶ月、【死神山脈】は荒れ続けていたのです。

 Yさんのところにも、一度も仲間たちから連絡はありませんでした。

 予備の食料や装備品のことを考えても、生存は絶望的だと分かっていました。

 しかし、連れて帰らない訳には行きません。

 Yさんは、軍とボランティアの捜索隊に混じって、仲間を探しに行きました。

 そして、変わり果てた姿のパーティAとパーティBの面々を発見したのです」


 そこで、冒険者たち限定で客席にとある絵が配られた。

 それは、とても奇妙な絵だった。

 子供たちは興味津々に、大人たちに配られた絵を見ようと覗き込んでいる。


「これは、裸の男女の絵?」


 誰かが言った。

 裸と言っても、けっしていやらしい印象は受けなかった。

 簡単なラフであったし、おそらく子供たちが見ることにも配慮していたのだろうと思われる。


「えぇ、そうです。

 これは、とある知り合いの画家に依頼をして描いて頂いた想像図です。

 これが遺体の状態でした」


 場が騒然とした。

 何故、雪山で裸で発見されたんだ?

 そうナターシャに問いかける。

 しかし、ナターシャはなぜ遺体が裸だったのか、については答えず、淡々と話の続きを語る。


「発見された遺体の殆どは、このように裸体のもの、もしくは薄着のものだったそうです。

 遺体は、彼らが最後にキャンプをした場所から数百メートルほど離れた場所で、転々と倒れていたそうです。

 しかし、全員ではありませんでした。

 さらに離れた場所から、残りのメンバーの遺体が発見されました。

 先に見つかった者たちと同じように薄着でした。

 しかし、いくつか異なった点があったそうです。

 ある者は眼球と舌が、またある者は内臓が、別の者は頭部が無かったそうです。

 それをみたYさんは、ただただ神に祈りを捧げました。

 それは軍の捜索隊の人たちも同じでした。

 しかし、地元のボランティアの方々だけは違っていました。

 ポツリと、誰かがこう漏らしました。


 体が見つかるなんて、珍しいこともあるものだ、と。


 聞いて、Yさんはそこでハッとしました。

 そう、現場ではすでに雪は溶け、土が見えていました。

 だと言うのに、過去、この山にやってきた者たちの遺体を見ることが無かったのです。

 地元の人から聞いた話では、誇張もあるのだろうがそれなりの遺体がその辺に転がっていても不思議ではない。

 だと言うのに、誰もなにも見ていなかったのです。


 不思議なのは、それだけではありませんでした。

 冒険者パーティAとBが張ったテントは、天気が荒れ狂う環境の中にあって、倒れることのないままそこにあったということです。

 しかし、テントは無傷というわけではありませんでした。

 内側から切り裂かれていたとの事です。

 さらに、テントの中には先程まで人がいた形跡がありました。

 湯気の出ているコーヒーが置かれ、登山用の靴やスキー板がそのまま残されていたのです」


 気味の悪い状況だ。

 さっきまで人がいた形跡があった?

 二ヶ月も経過していたのに?

 だというのに、テントの持ち主たちは異様な死に様を晒していたという。

 わけがわからなかった。


「そんな遺留物の中に、先程話した日記がありました。

 パーティBのメンバーが残した日記その最後の部分には、たった一行、こう記されていたそうです。


 ひとりふえている、と。



 おしまい」


 ナターシャの締めくくりの言葉に、冒険者たちが呆然とする。


「おしまい?」


「え、これで終わり?」


「何があったのか、原因究明は????」


「悪い、意味がわからなかった」


 ただただスッキリしない不気味さだけが残っている。

 それを、冒険者たちがそれぞれ口にしていた。

 ナターシャが、補足説明する。


「話を始める前に、私がこう申したことをお忘れですか?

 これは、作り話でありますが、その全てが嘘であるわけでは無いのです。

 元々のお話、実話の方でも謎が残されておりその全てが解かれた訳では無いのです。

 そして、元々のお話の方では、調査の結果、このような結論がでたときいています。

 曰く、『彼らはあらがい難い自然現象によって、死に至った』と」


 つまり、この話の元となった実話でも何もわからなかったと言うことだ。


「皆様、失礼は百も承知で言いますが。

 万が一にもこのような最期を迎えたとして、本当に遺体が出てくる、とお思いですか?

 自分だけは大丈夫、その根拠はどこからくるのでしょう?

 そこのところを念頭において、仕事においては、十分すぎるほど十分な準備をされることを願っています」


 子供たちが見計らって拍手をした。

 大人たちは、ただただ無言であった。

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