第9話 天使の髑髏

 「道徳的、いえ、この際ですから教育的なモノをお願いします」


 とある養護施設の所長との打ち合わせで、そう言われた。

 所長は、初老のシスターである。

 数日後に、ナターシャが慰問する場所だ。

 そこで披露するお話、紙芝居の内容についての打ち合わせだった。

 打ち合わせ場所は、後宮の応接間の一つである。

 女性限定だが、商人含め、入宮した妃達の家族等が面会を希望した場合などにここを使用するのである。


 「教育的であるなら、元々あるお話でも良いのでは?

 なぜ、わざわざ紙芝居を望まれるのですか?」


 女官を伴って、打ち合わせにやってきたナターシャは所長の提案にそう切り返した。

 すると、


 「えぇ、そうですね。その通りです。

 昔からあるお話でも構いません。

 しかし、他の施設でのナターシャ様のご活躍を耳にして、思いました。

 ただ教育的なものを押し付けるだけでは、誰も覚えないのです。

 ひとえに、楽しくなくては。

 まぁ、娯楽ですね。

 子供はとても賢い。

 時には大人以上の聡明さを見せることもあります。

 子供たちは、私たち大人が考える以上に、見抜く力に長けています。

 押し付けがましくなっては、子供たちは退屈してしまいます。

 恐れながら、ナターシャ様の語るお話はこの退屈の範疇ではないと考えました」


 所長は、おだやかに説明してくれた。

 なるほど、それは最もである。

 ナターシャ自身、押し付けがましい、昔ながらの教訓話は嫌いだった。

 しかし、ナターシャには危惧していることがあった。

 賛否は分かれるが、娯楽的要素には刺激的なものが付き物である。

 男爵領ならいざ知らず、ここは王都なのだ。

 つまり、教育として読み聞かせをする分にはいいが、それ以上に子供たちが楽しむためにはある程度、刺激が強い作品であることを理解、了承して貰わなければならない。

 例えば、人が死ぬ。

 例えば、誰かが怪我をする。

 ヒトの醜い部分、弱い部分。それを直接的に書いてあるのだから。

 例えば、例えば、例えば。

 そんな残酷描写。

 王都では一般的な感覚では変に見えてしまう描写、ある程度薄めることは出来ても、全てを修正しろと言われてしまったら、所長には悪いがナターシャには出来ることがない。

 他の施設でもこのことを説明し、事前に候補の物語を各施設の職員に確認してもらっていた。

 その上で、話す物語を変更することも少なくなかった。

 ナターシャは、丁寧にそれらを説明した。

 ナターシャからの説明を聞きながら、所長は難しい顔をしていた。

 やがて、ナターシャの説明が終わると、真剣な表情で所長は彼女を見つめ返した。

 

 「お話はわかりました。

 なるほど、たしかにその通りです。

 刺激的なものは、毒にもなり得る。

 ですが、よく言うではないですか。

 毒を以て毒を制す、と」


 所長は、そんなことを口にした。


 「と言うと?」


 ナターシャは不思議に思って聞き返した。


 「いえ、やはりどんなに幼い子供でも、私共が相手にしているのは人間なのです。

 大人にもいるでしょう?

 何を言っても聞かない、暴れる、そして時として他者へ加害する者が。

 子供の中にもいるのです」

 

 少なくとも、王都の一般的な大人達にはナターシャの話す物語は、刺激が強い、子供の教育に悪いとされることが多いのだ。

 しかし、あえて教育に悪いとされている刺激的な物語をこの所長は望んでいる。

 そして、それを【毒を以て毒を制す】と言い切った。

 所長はどこか楽しそうに、言ってくる。


 「痛みを知らずに、大人にはなれませんよ。

 また、痛みを伴わない教訓に意味なんて無いのです。

 早いか遅いかだけの違いです。

 早めに転んで、怪我をして、痛いということを学べば次は転ばないよう、怪我をしないよう気をつけるものです。

 そして、その疑似体験にナターシャ様が語る怖い話はうってつけなのです」


 「つまり、悪い子がいる、ということでしょうか?」


 「えぇ、その通りです。

 言っても聞かない。手を上げることも、最近では厳しいですから。

 口頭のみでの注意しか出来ないのです。

 もちろん、口頭の注意でも聞いてくれる子はいますよ」


 「……これは、個人的な意見なのですが。

 偶然を装って、物置にでも閉じ込めればいいのでは?

 私の実家の兄達は、幼い頃悪さをするとそうやって物置に閉じ込められてご飯抜きとか普通でしたよ?

 あとは、庭に生えてた大きな木に縄で括り付けられたりとか」


 ちなみにナターシャは、おやつを盗み食いしたために物置に閉じ込められたことがある。

 閉じ込められたあと、程よく物置の中が暗かったので許しが出るまで寝てたのは、いい思い出だ。


 「昔は、できたんですけどねぇ」


 ツッコミすらないところに、所長の苦労が偲ばれる。

 児童虐待防止のため、教育的指導であろうと子供を叩くことは禁止されている。

 そして、所長も言ったが子供といえど人間なのだ。

 つまり、悪知恵程度は普通に働く。

 口だけでの注意のみで、叩かれないとなれば調子にのる糞ガキがいるということだ。

 理不尽に、教育や躾と称した暴力の餌食になる子供が減ったのは良い事だ。

 しかし、こういうデメリットもある。

 中々難しいのが躾というものだ。

 

 「……つまり、その【悪い子】を更生させたいということでしょうか?」


 「そうですね。そうなってくれるのが第一です。

 でも別にそうはならなくても、それならそれで構わないんです。

 なにかしら、考える切っ掛けになってくれたなら、それでいいんです。

 いまなら、まだ、本当の意味で道を踏み外すわけじゃないので。仮にそうなっても、私たちが助けることができます。

 でも、大人になったらそうはいかないじゃないですか」


 「わかりました。

 では、物語を選びましょう。

 希望された条件、【道徳的】であり【教育的】なものはいくつかありますし。

 他にもこんな話しがいいと仰って頂ければ、その条件に合うか、なるべく沿うものを用意します」


 ナターシャの言葉に、所長は深々と頭を下げた。


 「ありがとうございます。ナターシャ様」


 そんな感じで打ち合わせが終わると、ナターシャは女官とともに後宮の自室へと戻った。

 話はきまった、あとは練習である。

 幸い、慰問する日まで時間はたっぷりとある。



 「そんなわけで、恐縮ですが。

 リリア様、協力ありがとうございます」


 翌日。

 ナターシャの自室にて、リリアを招いてのお茶会。

 リリアを相手に、練習しようと考えたのである。

 リリアとしては願ってもない申し出だったので、これを快諾した。


 紙芝居の舞台をセットして、お茶とお菓子を出す。

 ナターシャとリリア、それぞれの侍女は脇に控える。

 リリアの侍女は、あの肝の据わった侍女である。

 こほん、とナターシャは咳払いを一つすると、語り始めた。

 今回の話は【天使の髑髏】というタイトルだ。


 「えー、昔むかしのこと」


 そんないつもの冒頭部分から語りは始まったのだが、なんといつもと違うことが起きた。

 コンコン、と控えめにナターシャの部屋の扉が叩かれたのである。

 その場の全員が目を合わせる。

 ナターシャ側には他に来客の予定はなかった。

 リリア側にも、急を要する用事はなかった。

 なので、連絡や報告というのは考えられなかったのである。

 ナターシャの侍女が扉を開ける。

 すると、そこにはアザリーナが国王を伴って立っていたのである。


 「陛下?

 それにアザリーナ様」


 側室、侍女含め、全員が目を丸くした。

 と、アザリーナと国王の影から、ひょこっと数日前に面倒を見た幼女が姿を現した。


 「あら、ヴィクトリア様も。

 ご機嫌麗しゅう」


 部屋の主のナターシャが三人に対して、優雅な礼をする。

 リリアもそれに続き、侍女達はただただ、頭を下げている。


 「あら、お茶会の最中だったのね。

 ごめんなさいね。ヴィーがどうしてもまた貴方の所へ行くって聞かなくて」


 とりあえず、三人に部屋へ入ってもらう。

 国王とアザリーナは、紙芝居の舞台を見るのは初めてなので、怪訝そうな顔をしている。

 急遽、椅子とテーブルを増やしてお茶とお菓子を出した。

 ヴィクトリアには、水飴を強請られたのでこの前と同じようにそれも出した。


 「後宮に忍び込んだ所を衛兵に見つかったの。

 それで、ちょっとした騒ぎになって陛下にまで連絡が行って」


 アザリーナの説明によると、こういうことだった。

 事前に手紙を出して来訪を連絡しようとしたのだが、ヴィクトリアがそのまま突っ走りそうだったので国王と共に散歩ついでに寄ったのだという。


 「これはなぁに?」


 アザリーナが紙芝居を見つめながら、聞いてくる。

 と、それに答えたのは、ヴィクトリアだった。


 「これはね、紙芝居って言うのよ、お姉様」


 自信満々に言うヴィクトリア。

 すでにヴィクトリアにはナターシャが、側室であり、彼女の義姉であることは伝えてある。

 そんなヴィクトリアに、リリアとナターシャが笑顔を向ける。


 「ヴィー様、よくご存知ですね」


 リリアがそう言葉をかける。


 「えぇ、だってこの前読んでもらったのだもの」


 国王は苦笑している。

 事後報告だが、ちゃんと手紙で知らせておいて正解だった、とナターシャは改めて思った。


 「この飴も美味しかったし」


 そう言いつつ、ネリネリと水飴を練って口に運ぶ。

 上流階級の人達にとっては珍しい菓子に、アザリーナと国王も興味津々である。


 「これは飴なのか?」


 国王の呟きに、ナターシャが答える。


 「はい。

 水飴という、菓子です。陛下」


 ナターシャは、とても簡単に水飴について説明した。

 駄菓子という、男爵領の庶民の子供たちの間ではとてもメジャーな食べ物であること。

 よく練ってから食べることから、ねり飴とも呼ばれていること。

 

 「試食なさいますか?」

 

 「あら、いいの?」


 アザリーナが嬉しそうに笑顔を向ける。


 「もちろん。陛下もよろしければ」


 「あ、あぁ。それじゃあ頂こうか」


 そうして、ナターシャは国王と正室にも水飴を振舞った。

 国王の反応は正直微妙だったが、正室のアザリーナの口には合ったようで反応が良かった。


 「それで、ナターシャ姉様。

 今日はどんな話をしていたんですか?」


 ヴィクトリアが紙芝居を見ながら、訊ねる。


 「今度、施設に慰問に行くので、その時に演る紙芝居の練習ですよ。

 リリア様にその聞き役をお願いしたんです。

 お話しの内容は、怖い話ですね」


 国王が、なんで、慰問先ですら怖い話をするんだ、とでも言いたげな顔でナターシャを見るが、なにも言わなかった。


 「ヴィーも聞きたいです!!」


 「んー、そうですねぇ」


 ヴィクトリアに答えつつ、ナターシャはちらっと国王を見た。

 国王の顔が引きつっている。


 「あら、いいわね!

 まさか、子供向けの怖い話で逃げ出すような根性無しなんてこの場にいないでしょうし。

 私も聞きたいわ。

 紙芝居、こういう形でのお芝居なんて初めてだもの」


 国王、逃げ場が無くなって青ざめている。


 (うーん、尻に敷かれてますねぇ。

 ファイトです、陛下!)


 内心で国王にエールを送りつつ、ナターシャは紙芝居を再開した。


 「むかしむかし。

 とある村にとても仲のいい、何をするのも一緒の男と女がいました。

 男はザンド、女はミリィといいました。

 この二人、将来は大金持ちになるんだ、と夢を見て、生まれ育った貧しい村を出て王都に移り住みました。

 ザンドとミリィは、それはそれは真面目に働きました。

 二人は許嫁でもあったのです。

 ミリィはある時、客寄せのために歌っていた歌声が芝居小屋関係者の目に留まり、スカウトされることとなりました。

 ザンドはこれを大いに喜びました。

 それからすぐの事です。

 ザンドは悪い商人に騙されて、金を失くし、そのショックで酒に溺れ身を持ち崩していきました。

 一方、ミリィの方は輝かしい日々をおくっていました。

 天使の歌声と評される彼女の歌を聞こうと、芝居小屋には連日客が押し寄せて大賑わいとなっておりました。

 そんなミリィを近くで見ていたザンドの心は穏やかではありませんでした。

 騙されてお金をなくして以来、ザンドはミリィに食べさせてもらっている有様でした。

 ザンドはしっていました。

 口性の無い人達が、ザンドとミリィをよく比べて陰口を叩いてることを。

 そして、あること無いことを口にしては、それはそれは楽しそうにわらっていることを。

 それを知っているだけに、ザンドの心は荒み、やがてあんなに愛しかったミリィに対して憎しみを持っていったのでした。

 さて、そんなある日のこと。

 仕事から帰ってきたミリィがこんなことを言ってきました。


 お前さん、もう王都に出てきて三年だろ?

 どうだい? ここで少しだけ里帰りでもしないかい?


 里帰り?

 帰れるのなら帰りたいさ。

 そんなこと言ったって、ミリィよ。

 俺に金が無いのは、お前も知ってるだろ。


 ここ最近は、酒のせいで気性が荒くなっていたザンドでしたが、この日は久しぶりにとても機嫌がよく、ミリィの話に乗ってきてくれました。

 ミリィもその事に安堵して、続けました。


 金なら、ほら、私が用意しますから。

 土産物の手配もしますからね。


 ミリィが財布を見せて、ニコニコと説得します。

 ザンドは、ミリィと、彼女が手にしている財布を交互に見ました」


 紙芝居がスライドされ、次々に新しい場面へとうつり変わっていく。

 こういう演出自体が新鮮なのか、これが怖い話だということを忘れて国王ですら真剣に物語に聞き入っていた。

 微動だにしていないが、気絶はおそらくしていないはずだ。


 「お前が、そこまで言うなら。


 渋々といった体で、ザンドは首を縦に振りました。

 その時のミリィの嬉しそうな顔と言ったら、もう、本当の天使のようでした。

 そんなこんなで、旅の準備をして二人は故郷への帰路へと着いたのでした」


 国王は見逃さなかった。

 ミリィの言葉に頷いたザンド。

 そのセリフを口にした時の、ナターシャの表情に既視感を覚えたのだ。

 ぞぞぞ、と怖気が背筋を這い上がってくる。

 ナターシャがザンドのセリフを口にした時、その表情はとてつもなく悪い笑顔に見えたのである。

 国王が過去にナターシャから語られた話。

 そこに出てきた騎士の亡霊を、ナターシャが演じた時に浮かべたものと同じ笑みだった。


 (断崖絶壁から突き落とされるような展開が来そうだな)


 「山を越え、谷を越え。

 二人の懐かしい故郷の村まであと少し、という森までやってきました。

 ここまで空模様にも恵まれましたので、思った以上に旅は順調でした。

 それもあって、二人は少し休むことにしました。

 ミリィが王都でのこと、これからの事を楽しく話します。

 しかし、ザンドはと言えばしきりに、ミリィが懐に忍ばせていた財布を気にしていました。

 そんな二人に影が差しました。

 見れば、そらにはどんよりとした雨雲がありました。

 

 ありゃま、降ってきそうだね。


 そんなことを呟くミリィに、しかしザンドは答えませんでした。

 いま、ザンドには悪魔が囁いていたのです」

 

 白と黒だけで表現された絵が現れる。

 黒い部分は、ザンドだ。

 その手には、凶悪そうな刃物が握られている。


 「ミリィは楽に金を稼いでいる。

 それに比べて、ザンド、お前はどうだ?

 騙されて、金を奪われたじゃないか。

 ミリィなんかよりも、真面目に働いてきたってのに。

 そう、そうだ、ミリィの持つ金は。

 ミリィの稼いだ金は、ズルで手に入れたものだ」


 ごくり、と、部屋にいるナターシャ以外の者たちが、緊張したまま次の場面を待った。

 そして、また場面が変わる。

 そこに、描かれていたのは血痕だった。


 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」


 ナターシャの絶叫が部屋に響く。

 ナターシャ以外の全員が、ビクッと体を震わせる。

 しかし、次には淡々と語りが再開された。

 

 「悪い考えを起こしたザンドは、ミリィを殺してその首を切り、森の奥に埋めてしまいました」


 どうやらさっきの叫びは、ミリィの断末魔の悲鳴だったようだ?ざ


 (ただの金目当ての強盗殺人じゃないか!!)


 国王はそうツッコミたかったが、妹、正室、側室、侍女達ですら真剣に話に聞き入っているので、野暮になりかねないのでなんとか踏みとどまった。

 踏みとどまったのに、それを台無しにする言葉が投げかけられた。


 「なんだ、ただの強盗殺人じゃないですか」


 あの肝の据わった侍女だった。

 アザリーナ、リリア、ヴィクトリアの三人はうらめしそうに侍女を見る。

 しかし、その視線を気にしていないところに、この侍女の神経の図太さが見えてしまう。

 ナターシャも返す。


 「そうですねぇ。

 お化けはこれから出ますよ?」


 「出るんですか」


 「出ます」


 (出るのか。

 というか、あの絶叫、いったいどこから出してるんだ?)


 そんなやり取りの後、紙芝居が再開された。

 国王は、どこかしょんぼりしていた。


 「ミリィを殺して、金を奪ったあと。

 ザンドは何食わぬ顔で村に戻ると、ミリィは王都から出ようとしたところで馬車にはねられて死んだと、村の者に言って聞かせたのでした」


 「とんでもない男っすね。なんでそのミリィさんとやらは惚れたんだか」


 肝の据わった侍女がそんなことをポツリと漏らした。

 その侍女に対して、ヴィクトリアとリリアが人差し指をピンと立てて、シィッと静かにするように注意した。


 ナターシャが苦笑しつつ、さらに続ける。


 「さて、それから三年ほどが過ぎると奪った金も無くなり、ザンドはまた働きに出ることを余儀なくされました。

 村を出て、ミリィを埋めた森を通り過ぎようとした時です。

 ザンドの耳にどこからともなく、歌が聞こえてきたのです。


 これは、ミリィの声?

 いや、まさかそんなはずは無い。

 アイツは、俺がこの手で……。


 そう考えたものの、たしかに歌声が届いてきます。

 ザンドの足は、歌声が聞こえる方へ自然と向いていきます。

 やがて、歌声は上から聞こえていることに気づき、ふと、ザンドがそちらへ視線を向けると、


 ひっ、ひゃぁぁあああああ!?


 なんと、土に埋めたはずのミリィの頭蓋骨が木の枝に引っかかっていたのです。

 頭蓋骨、髑髏のかつては目玉が収まっていた、でも今は空っぽで空虚な二つの丸い穴がニタァっとザンドを見て笑いました。

 ザンドは溜まらず逃げ出しました。

 しかし、その頭へ髑髏は落ちてきて、ごっつんこ。

 逃げられないと悟るや、ザンドはミリィの髑髏へ向かって謝り倒しました。

 

 許してくれぇ!!

 ミリィ、許してくれぇ!!


 そんなザンドにミリィの優しい声がささやきました。


 なに情けない声をだしてるんですか、お前さん。

 私は昔のことなんてとうに忘れましたよ。

 ね、お前さん、また二人で頑張ろうじゃありませんか。

 私の声は天使の声と評されたのを忘れましたか?

 髑髏が奏でるは天使の歌声、ね、きっと評判になりますし、儲かりますよ?」


 ここで、アザリーナとリリア、ヴィクトリア、そしてあの肝の据わった侍女が口々に呟いた。


 「嘘ね」


 「嘘でしょうね」


 「絶対嘘です」


 「うわぁ、嘘くさいですね」


 ナターシャの侍女はとくに何の反応も無かった。

 国王は、『え、なんでわかるの?』とでも言いたそうな顔をしていた。


 「髑髏となったミリィの提案に、ザンドは恐怖を忘れて賛同しました。

 さて、そうなると確実に話題となり、稼ぎ、儲けるための戦略を考えなければなりません。

 知恵を絞った末に、ミリィの髑髏を【天使の髑髏】として扱い。

 それが歌うというものでした。

 そして、世にも珍しい、天使の髑髏の歌をあちこちで披露したのでした。

 はたして、この見世物は大評判となりました。

 ある時のことです。

 噂を聞きつけた貴族様がザンドを屋敷へ呼びつけました。

 世にも珍しい天使の髑髏、その芸を見せろということでした。

 お屋敷に招かれたザンドは、お貴族様とその部下が見守る中ミリィの髑髏を準備して、他ならない髑髏へとささやきました。


 しっかりやれよ、ミリィ。

 これで貴族様のお気に召せば褒美がたんまりともらえるからな。


 そうして準備が整うと、ザンドは自信満々に声高々に言いました。


 それではこれより、天使の髑髏が歌います!


 しかし、髑髏はうんともすんとも言いません。

 お貴族様は首を傾げて、訊ねます。


 どうした?

 なにか不都合でもあったか?


 いえ、し、少々おまちを!!


 ザンドは焦って、ミリィの髑髏へ歌え歌えと怒りました。

 しかし、髑髏はいっこうに歌いだしません。

 やがて、その場にいた部下の誰かが呟きました。


 そもそもアレは本当に天使の髑髏なのか?


 まさか、腹話術で使う小道具だろ。


 しかし、天使云々は抜きにしてもやけに精工に作られているじゃないか。


 ざわざわと、部下たちの呟きが広がっていきます。

 その中の誰かが言いました。

 

 まさか、本物だったりして。


 その時でした。

 髑髏が歌い出したのです。

 しかし、その内容はいつも披露しているものとは違っておりました。


 故郷くにへ帰る、旅の途中

 愛する者に命奪われ

 首切られ

 いまや冷たい土の下

 愛した者は、いま貴族様の眼前で

 その厚い面の皮をはっつけて

 命奪った女の髑髏で商い中

 騙されるな

 騙されるな

 こいつは嘘つきだ

 嘘つきザンド、外道なり


 なんと髑髏は美しい歌声で、ザンドの罪を告発したのです。

 すぐにザンドは取り押さえられ、取り調べを受け、有罪となりました。

 その最期は、自分が許嫁にした所業と同じ、斬首でした。


 おしまい」


 パチパチと女たちの拍手が起こる。

 しかし、国王だけは冷静だった。


 「お前、これを慰問先の子供たちに見せるつもりか?」


 「はい。もちろんです。

 内容を検めたうえで、所長の許可は頂いてますし。

 施設の子供たちと歳の近い、ヴィクトリア様の反応も上々。

 やらないわけにはいかないですよ」


 ナターシャはそう返した。

 情操教育的に問題大ありな気がするが、ここでの発言権などを実質握っているのは影の支配者たるアザリーナなので国王はそれ以上なにも言わなかった。

 実際、ヴィクトリアの気には召したようで、とても満足そうだ。


 「ま、悪いことをすればどんな形であれ自分に返ってくるというのをマイルドに伝えるには丁度いいみたいですよ」


 ナターシャの言葉に、国王は盛大に息を吐き出した。

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