第10話 神域侵犯

「いいか? 

 くれぐれも、失礼のないようにな!」


 他国からの客人を待たせている部屋の前で、国王に何度も何度も念押しされた。

 念押されているのは、ナターシャである。


「そこまで心配なら、断れば良かったのではないですか?」


 ナターシャの冷めた言葉に、国王はうぐっと黙る。

 部屋の向こうで待つのは、この度親善大使としてやってきた龍神族の国の姫である。


「仕方ないだろう。

 なにしろ、ルファードリオン姉様の直々の指名だったのだから」


 ルファードリオンというのが、件の龍神族の姫である。

 かの姫の母国と、このナターシャの住む国は古くからの同盟国である。

 国王も学生時代に龍神族の国に留学していたことがある。

 その時に色々世話を焼いたのが、ルファードリオンだったらしい。

 それ故の、【姉様】呼称である。

 そして、国王は彼女に頭が上がらないのだ。


「そこがわからないんですよ。

 何故、私なんです?

 こういった事、国賓のおもてなしは、正妻のアザリーナ様のお仕事でしょうに」


 ナターシャも、一応妻ではあるが、側室である。

 そんな彼女が国賓を、もてなすど相手からしたら無礼もいいところだ。

 相手は一国の姫、こちらは男爵令嬢である。


「たしかに公式的な場であったなら、アザリーナの出番だが。

 今回は私的なものだ」


「私的??」


「あくまで、プライベートとしてお前と会って話がしたかったようだ」


 ますます意味がわからない。

 龍神族の国に知り合いはいないし、家柄的にも釣り合わないのでルファードリオンの名前こそ知っていたが、これまでの人生で関わり合うことなどなかった。

 話が合うとも思えない。


 そうやって部屋の前でまごまごしていたことに焦れたのか、中から声が届いた。


『客を放って何をしておる。

 さっさと入ってこんか』


 その声に、国王が硬直した。

 心做しか顔色も青ざめている。

 しかしすぐに意を決して、部屋の前を守る警備兵へ、国王は頷く。

 すると、警備兵が扉を開けた。

 2人は部屋へ入る。

 すると、優雅にソファに腰掛けていた龍神族の姫が国王とナターシャを交互に見た。

 龍神の血を引いていることもあり、その肌はところどころ鱗が見える。

 頭には一対の角。

 髪は星々の煌めきのような銀色で、瞳は太陽のような金色だ。

 外見は十歳前後の幼女だが、二十代超えの国王が【姉】と称するだけあり、おそらく控えている侍女や衛兵よりも年齢は上である。


「おお、そなたがあのミズキの妹か」


 ナターシャは恭しく頭を下げた。


「苦しゅうない。頭をあげよ。

 ささ、こちらへ、妾にあの楽しい語りを聞かせてほしい」


 ルファードリオンの言葉に、国王がお前もかと言わんばかりの苦々しい顔になった。

 ただ、国王もいわゆるムフフな本の恩恵的なものを受けてはいるので、何も言えない。


「あ、お主はもういいぞ。さっさと下がれ」


 まるで犬でも追っ払うかのように、手でシッシッとされてしまう。

 かなり失礼な態度だが、もちろんそれはここがプライベートな場であるからだ。

 ルファードリオンだって、公の場であったならこんな態度をいくら旧知の間柄とはいえ、国王相手にとったりはしない。

 ナターシャが言葉に甘えて、頭を上げる。

 それとなく、国王を見ればとても胃が痛そうな顔をしていた。


(逆らえないんですねぇ)


 しみじみとそんなことを思うナターシャの横で、国王はルファードリオンへ言葉を投げた。


「それでは、姉様。

 しばらく妻をよろしくお願い致します」


 ルファードリオンはその言葉にからかうように返した。


「手も出せていないのに、自分のモノであることは強調するか」


 下品な話題になりそうだったので、国王は聞かなかった振りをして部屋を出ていった。

 入れ替わりに、給仕のメイドが入ってきてお茶とお菓子をセッティングする。


「さて、立ち話というのも悪くは無いが、足が疲れるだろう。

 座りなさい」


 先程とは打って変わって、とても優しい声でルファードリオンはナターシャへ言った。

 ナターシャはそれに従う。


「それでは、お言葉に甘えさせていただきます。

 失礼します」


 メイドがテーブルを挟んだ、ルファードリオンの向かい側の椅子を引いてくれた。

 ナターシャはそこに座る。


「そなたの義理の姉とは、友人でな。

 我が国でも紙芝居をしていたことがあっての」


 そんな感じで、ルファードリオンは語り始めた。

 それは、何故ナターシャをわざわざ召喚したのか、という説明にも繋がった。

 ナターシャの義姉ミズキと、ルファードリオンは友人である。

 かつて、龍神族の国で紙芝居の公演をしていた際にルファードリオンは客としてミズキと知り合った。

 ミズキの繰り広げる物語に、ルファードリオンはすっかり夢中になってしまったと言うのだ。

 今でも二人は、手紙を交わす程度には親交があるらしい。

 いつだったかの手紙で、ミズキはナターシャの輿入れのことを書いたらしい。


(全然、知らなかったです)


 まさか義姉が、大国の一つでもある龍神族の国の次期女王と親交があったなんて、とナターシャはとても驚いた。


「ルファードリオン様にとって楽しい時間を提供できたのであれば、義姉あねのミズキも喜ぶことでしょう。

 妹の私もとても鼻が高いです」


「そんな固い口調はしなくていいぞ?

 ミズキはもっと、だっからのぅ」


「そういうわけには」


 本音を言ってしまえば、ナターシャとしては、お偉いがたの相手などしたくない。

 なぜなら気疲れするからだ。

 そんなことでストレスを溜めるよりも、物語の続きを気にして溜めるストレスの方がいい。


「仕方ないのぅ」


 ルファードリオンはしょんぼりとそう呟いた。

 場の空気を変えようと、ナターシャは気を取り直して訊ねる。


「あの、確認なのですが。

 ルファードリオン様は」


「むぅ、せめてリオンと呼んでくれぬか?

 お主の夫も姉と呼んでおるし。

 そうだのぅ。

 リオン姉様、と呼んでくれると嬉しいのだが」


 先程のこともあり、ナターシャは頷いた。


「分かりました。

 それで、リオン姉様。

 リオン姉様が、私を指名したのは語りきかせを所望されたから、で良いでしょうか?」


「うむ。ミズキのいる男爵領まで行くのは中々骨だからの。

 いや、転移魔法はあるが、あれは一度行った所でないとダメなのだ。

 どうしても片道の労力がかかってしまう。

 しかし、丁度よくミズキの話を受け継いだ妹が、ここにいる。

 とあれば、期待くらいはしても良かろう?」


 ナターシャの姉様呼びに、すっかり気をよくしたルファードリオンは饒舌に語った。


「では、どの話をご所望でしょうか?」


 どのような話、ではなく、どの話がいいか?

 そうナターシャは聞いた。

 ミズキの紙芝居を知っている者は、すでに聞きたい話が決まっていることが多いからだ。


「それがな、タイトルを忘れてしまったんだ。

 内容は覚えているのだが」


「十分です。あらすじだけでも聞かせてください」


 ナターシャの言葉にルファードリオンは覚えている限りの内容を、先程の饒舌さはどこへやら、思い出しつつ訥々と語ってくれた。


「なるほど、わかりました」


 あらすじを聞き終えたナターシャが答える。

 すると、ルファードリオンがぱぁっと、幼女という外見に相応しいあどけない笑みを浮かべた。


「そうか! やはりお主もミズキからこの話を聞いておったか!!」


「はい、ただ、少し問題が」


「問題?」


「リオン姉様は義姉と手紙のやり取りをしている、ということでしたね?」


「うむ」


「では、義姉が私に紙芝居を贈ってくれたこともご存知でしょうか?」


「あぁ、もちろん。

 妾は、その紙芝居を目的にお主を呼び出したのだからな」


 ナターシャは、申し訳なさでいっぱいになりつつも、残酷な現実を告げた。


「大変申し訳ないのですが。

 その話の紙芝居は届いていないのです」


 ナターシャの言葉に、ルファードリオンはまるで雷に打たれたかのような衝撃を受ける。

 そして、次にはどころか愕然として、声を震わせた。


「なんという、なんという仕打ちだ!!

 このために、クソめんどくさい仕事を引き受けたというに!!」


 国家間の友好のための、それは大事な仕事をクソめんどくさいと言い切ったルファードリオンへ、ナターシャは声をかける。


「あ、あの、紙芝居ほ無いのですが。

 件のお話ならここにあるので、語り聞かせは可能ですよ?」


 ナターシャは言って、自分の頭を指した。

 がばっ、とルファードリオンがナターシャを見る。


「なんと!?

 覚えておるというのか?

 あの長い物語を?!」


「まあ、一応。

 陛下の時も、紙芝居無しで語りましたし」


【訪ねてきた騎士】の時の話だ。

 他にも、後宮の洗礼として第二妃のカタリーナのお茶会へ招かれた時も暗記していた話を語ったのだ。


「ふむ」


 なんて事ないように言ってのけたナターシャを、ルファードリオンをまじまじと見つめる。

 やがて、


「記憶に加護があるのか?

 もしくは……」


 そんな呟きを漏らす。


「あの、リオン姉様?」


 ナターシャに名前を呼ばれ、ハッとしてルファードリオンは言った。


「いや、なんでもない。

 しかし、そうか、それなら語ってくれ。

 妾はあの話がとても好きなのだ」


 ナターシャは快く頷くと、メイドが入れてくれた紅茶を口にして唇と喉を湿らせる。

 そして、語りはじめた。


「それでは、【神域侵犯】を語らせていただきます。


 とある教会に、その素行の悪さから親からも見放された少年がおりました。

 少年は教会に預けられてもなお、更生する兆しがありませんでした。

 教会を管理する神父様ですら匙をなげつつあったのです。

 しかし、そんな彼を気にかける者がありました。

 母親代わりのシスターと、少年とはまた違う理由で教会に預けられた姉のような少女です。

 そんな二人にも、少年はキツく辛く当たっていました。

 ですが、シスターと少女は匙を投げることはありませんでした。

 時折教会の手伝いに来てくれる近隣の村人からも、アイツに構うのはやめろ、と散々っぱら言われましたがやめませんでした。

 匙をなげつつある神父ですら、彼が成人したらこの教会から出て行ってもらう、追い出すとシスターにこぼしていました。

 シスターは、それを何度も宥めては思いとどまらせるよう、言葉を尽くしました。

 そんな風に少年に対して心を砕いていたシスターへ、まさに少年は親の心子知らずで、手酷い言葉を投げつけ、彼女の精神こころを痛めつけてしまったのです」


 そこでナターシャは、一度ちらりとルファードリオンを見た。

 彼女は、ワクワクとした笑顔で話の続きを期待し、出された甘味を口に運んでいる。

 しかし、その瞳はどこか真剣で、何かを見通そうとするかのようだ。


「その日はたまたま神父様は仕事で教会を留守にしておりました」


 そこで、ルファードリオンは周囲へ素早く視線を走らせた。

 そして、


「ふむ、なるほどな」


 そんなことをまた呟いた。

 ナターシャが不思議に思って、語りを一旦止める。


「あの、なにか?」


 ナターシャの疑問に、ルファードリオンは愛想笑いを浮かべて返す。


「いや、なんでもない。

 続けてくれ、しつこいようだが、私はこの話が好きなのだ」


 言いつつ、彼女はお茶の入ったカップを口元に運んだ。

 ナターシャは、その言葉に従う。


「神父様の手伝いで、少女も留守でした。

 なので、誰も少年を宥める者はおりませんでした。

 神父様と少女が教会に帰ってきた時には、シスターに罵声を浴びせ続ける少年がいました。

 神父様はシスターに近づき、背中をさすります。

 少女は、少年に近づいてなおも暴れようとする彼を取り押さえました。

 さすがにシスターに乱暴こそ振るってはいませんでしたが、物に当たり散らしたのでしょう。

 礼拝堂に飾り付けてあった花の活けられた花瓶。

 それが尽く床に落ち、砕け、水と花びらを撒き散らしてありました。


 あんたね!!反抗期もいいかげんにしなさいよ!!?

 お母さんシスターが、どれだけ、あんたの事考えて、想ってるのかわかんないの?!


 そう一喝する少女を少年は力任せに突き飛ばします。

 そして、怒鳴りました。


 うっせぇよ、ぶっ殺すぞ!?ああ?!


 ぎゃあぎゃあと血の繋がらない、姉弟きょうだいの喧嘩がはじまりたした。

 と、そこへ、神父様が静かに声を掛けました。

 それは、いつもの優しく慈しみに溢れた声ではありませんでした。

 どこか、そう、気迫のようなものを感じさせる声でした。

 怒りとはまた違う感情が込められていたのです。


 お前たち、止めなさい。


 そして、少年の前に神父は立つと真っ直ぐ彼を見て、こう言いました。


 何度も見放そう、ここから追い出そうと思っても出来なかった。

 口だけだった俺も悪かった。

 それでも、やはり息子として扱っていたつもりだったが、もうやめだ。


 神父様の声に、その迫力に、少年は一瞬怯みました。

 しかし、構わず神父様は言葉を続けます。


 このことをお前に話すのは、もうお前が地獄に堕ちて業火に焼かれても構わない。

 そう考えたからだ。

 協会の裏手に、禁足地があるのはお前も知っているだろう?


 そう前置きをする神父様の言葉に顔色を変えたのは、少女でした。

 父親代わりである神父様に何か言おうとする少女を、神父様は制してさらに続けます。


 お前、あそこに行ってここでしたように暴れてみろよ。

 出来るものならな。


 続けた言葉はとても短いものでした。

 そして、乱暴な言葉遣いでした。

 しかし、少年を煽るには充分過ぎるほどでした。

 イラついて、神父様を睨みつける少年でしたが、その少年には一瞥もくれず神父様はシスターを伴って教会の奥にある母屋へと消えて行きました。

 少年はどうせはったりだ、と考え、まんまと神父様の言葉に煽られることとなりました。

 少女が止めるのも聞かず、少年は準備を整え、教会を飛び出しました。

 その背を、世話好き故に放っておけず、少女が追いかけます。

 追いついた時には、その禁足地のすぐ前まで来ていました。


 やめなって!!

 ここは神様の領域なんだよ?

 帰るよ!!


 少女は説得しますが、少年は聞く耳を持ちません。


 はっ、要は神様に殺されろってことだろ?

 聖職者でも結局は人間だ。

 自分のことしか考えてない。

 俺のことは体良く厄介払いできるし、死体も見つからないなら好都合ってことだ。


 違う、違うの!!

 お願いだから、話を聞いてよ!!

 ここはダメなの!

 ねぇ、なんで言うことがきけないの?!


 俺は人間なんだよ!!

 操り人形なんかじゃねぇ!!

 それなのに、家のヤツらもあの糞神父も、シスターも、俺のこと馬鹿にしやがって!!

 お前だってそうだ!!

 言うことを聞け?

 なんで、そんな上から目線なんだよ?!

 いつもいつも、ウザイしムカつくんだよ!!

 あ、そういや、お前もお年頃だもんな?」


 そこで、ナターシャの表情も変化する。

 ニヤニヤと、嫌な笑みを浮かべてセリフを続けた。

 ルファードリオンはそれをとても興味深く、観察する。


「お前は神父と仲がいいもんな。

 どんな手管で誘ったんだよ?


 少年の物言いに、少女が困惑します。


 なにを、言ってるの?


 どうせ、あのエロ糞神父に股を開いたんだろ?

 だからお前は可愛がられてる、ずっとな。

 教会に預けられたってのも、怪しいよな?

 お前、そのために神父に売られたんじゃねーの?あ?

 どうせなら俺の相手もしてほしいくらいだよ。


 あんたって子は!!

 言っていいことと悪いことの区別もつかないの?!


 少女が激昂した時です。

 その怒りに満ちた顔が、急に真っ青になりました。

 それまで、真っ直ぐ少年を見ていた瞳が、その背後へ注がれます。


 と、とにかく、もう帰るよ!

 言って、少女は少年の手を掴んで引っ張っていこうとします。

 それを少年は振り払います。


 俺に指図すんな!!


 そんなことを口にして、さらに少女を突き飛ばして少年は禁足地、少女が言うところの神様の領域へ足を踏み入れたのでした。

 ずんずんと、少年は森の中を進んでいきます。

 光源は、教会から持ち出したカンテラです。

 カンテラの中の炎がゆらゆら揺れ、先を照らしだします」


 ルファードリオンの金色の瞳が、種族的なのもあってまるで蛇のように細められる。

 彼女の瞳に映るのは、語られる物語、その場面だ。

 しかし、決して呑まれることは無かった。


 (なるほど、無意識なのか)


 内心でそう呟く。

 紙芝居の時はどうか知らないが、現在この場には魔法が展開していた。

 まるで本当に物語の中に入ったかのような、そんな場面を見せる、あるいは魅せる魔法だ。

 それは、ナターシャの魔法だった。

 しかしナターシャ本人はそれに気づくことなく、語り続ける。


「しばらく歩を進めると、少年な奇妙なことに気づきました。

 段々と頭が冷えていき、彼は足を止めて考えます。

 その視線は森の奥に向けられていました。

 やがて、考えが纏まったのか少年は数歩足を動かしました。

 その耳に、その音は届きました。

 森の奥で何かが、少年の動きに合わせて動いているようなのです。

 誰かが尾けてきたのか、はたまた少女が先回りしたのか。

 ここからではわかりません。


 ふざけやがって!


 少年は吐き捨て、さらに奥に進みました。

 しかし、音はあれど、その正体は欠片も見えません。

 やがて、少年はその場所にたどり着きました。

 そこには、一本の独特な縄が張られミミズがのたくったような文字が書かれた長方形の紙と、鈴が垂れ下がっております」


 独特な縄、というのは本来ナターシャは知らないはずの【注連縄】のことである。


(なるほど、この子の記憶から光景が再現されているのか。

 ミズキの紙芝居で、縄と呪符を絵として見たのか。

 登場人物達の顔立ちも、もしかしたらこの子の知人が当てられているのかもな)


 現に、少年の顔立ちはどことなく彼女の夫である国王に似ていた。

 少年だけではない、少女もどことなくアザリーナの面影があるし、冒頭に登場した神父、その目元はナターシャに似ているので、もしかしたら実父なのかもしれない。

 シスターに関しては、顔の作りや雰囲気がやはりナターシャによく似ていた。

 こちらも実母が反映されているのかもしれない。


「少年は怖いもの知らずにも、その縄を飛び越えて中に入りました。

 すると、


 見られている??


 視線に気づきました。

 もしかしたら、音の正体かもしれないと考え少年は叫びます。


 居るのはわかってんだ!!

 バカにするのもいいかげんにしろ!!

 ぶっ殺すぞ!?


 しん、と少年の言葉に森が静まり返りました。

 しかし、その直後のことです。

 縄が揺れ、鈴が激しくその音を響かせました。


 なんだ、なんなんだよ!?


 ここは神様の領域なのです。

 如何なる理由があれ、勝手に入って、ましてやその存在を侮辱するなどあってはならないことなのです。

 神様、というのは畏れ敬う存在なのです。

 ですから、それすら出来ない者は神様の怒りに触れてしまうのは当たり前でした。

 困惑する少年をよそに、いきなりピタリ、と鈴の音が止みました

 続いて、ずっ、ずっ、となにかが這いずって少年のほうに向かってきます。

 知らず、少年の体が震えだしました。


 何かわからない未知のものが、ここに向かってきてる。


 動物かもしれないし、その辺によく居る魔物かもしれない。

 そう思うのに、少年の本能が告げてくるのです。

 この這いずってきている存在は、格が違う、と。

 森の奥、夜の闇の向こうにそれは姿を現しました。

 そして、その姿を見てしまった少年は叫び声を上げました。


 ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛?!?!


 あ、すみません、ちょっとお茶飲ませてください」


 話の腰を折って、ナターシャは紅茶を口に運ぶ。

 ルファードリオンは急かすことなく、それを見る。

 この間、あの展開されていた光景は消えていた。


「失礼しました。続けます」


 語りが再開される。


「少年が見たモノは、頭でした。

 人の頭です。

 女性の生首、と言い換えたほうが伝わるでしょうか。

 それが空中にあって、二ィと歯をむき出しにして笑いかけてきたのです。

 這いずるような音の正体もわかりました。

 頭、あるいは生首を支えているのは、巨大な蛇の体でした。

 その背後から、もう数体、同じ怪物が姿を現しました。

 別々の頭でしたが、全員女性だとわかりました。

 怪物全員が、二ィ、と歯をむき出しにして少年を見て笑いました。


 そして、どの怪物のものかはわかりませんが、その蛇のような体が少年へ巻き付いてグイグイ締め上げてきたのです。

 骨と内臓の潰れる音を少年はたしかに聞きました。


 少年は意識を失って、気づくと教会の母屋、自分のベッドの上にいました。

 傍には、ずっと看病をしていたのでしょう。

 少女が少年の手を握り、目覚めた少年の顔を覗き込んできました。

 少女は少年が目覚めたことに胸を撫で下ろします。

 そして、説明して来ました。

 少女の説明によると、少年は何かに怯えるようにして森を、禁足地から走って出てきたとのこと。

 そしてすぐに気を失い、それを少女が背負って教会に帰宅したのです。

 話し終えると、少女は少年のために水を持ってこようと、その場を離れました。

 少年は一人残され、自分が見たモノがなんだったのか考えようとしました。

 ふと、少年は視線に気づきました。

 それは、部屋の天井からでした。

 寝起きということもあり、どこかぼんやりと天井を見上げた少年が、それを見ました。


 驚きで、少年の頭は真っ白になりました。


 そこには、あの森で見た怪物、いいえ、女性の頭と蛇の体を持つ神様達が張り付いていたのでした。

 あの、二ィという笑顔を絶やさずに、少年を見下ろしていたのです。


 おしまい」


 パチパチとルファ―ドリオンが手を叩いた。


「うむ、よかったぞ。

 まさにこの話だ」


 彼女は満足そうに言うと、しばらくナターシャとのお茶と当たり障りのない会話を楽しんだ。

 その後、ナターシャを解放し国王を呼び出す。

 それを予想していたのか多忙であるはずの国王は、すぐにやってきた。

 単刀直入に、ルファ―ドリオンは国王へ問いただした。


「お主、何故あの娘を娶ったのだ?」


「はい?」


 国王は戸惑う。

 その反応に、ルファ―ドリオンはしばし考え人払いをさせた。

 メイドも、侍従も部屋の外に追い出す。

 そして、念のために会話を聞かれないよう魔法を展開する。


「あの娘、ナターシャをけっして、なにがあろうと表舞台に出すな。

 いいな?」


「姉様、いったい何の話をしておるのですか?」


「あの娘、ナターシャは無自覚だろうし。

 このことを話してもそれを悪用するとは考えにくい。

 しかし、いつだって能力を利用して益を得るのは他人であるからのぅ。

 むしろ、今まで気づかれていないのが不思議なくらいだ。

 あの娘、ナターシャはおそらく記憶に神の加護を受けている、そして魔女の血を引いている可能性が高い。

 実家は男爵家という話だったが、如何せん妾も他国の貴族すべてを把握しているわけではないからな」


 国王はその話に戸惑う。

 それは無理もないことだった。

 この国では【魔女】という存在は少々特殊な存在になる。

 簡単に説明すると知恵・知識の神の別称だ。


「【叡智ある存在知恵の神】に愛されているのだろう。

 ならば、あの記憶力と物語を語るときにだけ発現する魔力、そして幻覚にも似た光景を見せつけることのできる創造力にも説明がつく。

 お主も彼女の語りを聞いて、怖くて泣いたのだろう?」


「泣いてません。少し驚いただけです」


 国王はすかさず訂正した。


「よいよい。そんなのはどうでもいいのだ。

 お前は、愚王ではない。

 だからこそ話しているのだ。

 あの子を表舞台に立たせるな。

 なにがあっても、だ。

 あの子の能力は危険なものだ。

 今はまだいい。

 今の使い方なら、変な害にはならないだろう。

 しかし、使い方を誤ればあの娘は国民を操り、簡単に死なせることができる。

 それだけの力を秘めておる。

 このまま後宮で飼い続けるのが得策ではあるな。

 ほぼ軟禁状態で、自分の能力に気づいていない。

 そして、現在の様子からして害になりにくいということだ。


 しかし、努々、忘れるでないぞ。

 世の中、善なる人々だけではないのだから」

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