Case.1 探偵なのに盗むんだゆ ④

「はっ!?」


 意識が戻るとそこは、見知らぬ暗い廊下ろうかだった。

 両端の床スレスレには淡い間接照明が一定間隔で設置されており、それによる光の反射で、廊下の壁が一面金属のような黒い素材であることが分かる。

 その洗練された無機質さは、一言で表現するならば、


「SFっぽいなあ……」


 と、思わず口に出してしまうくらいの完成度だった。

 で、俺はというと、こんな高揚感こうようかんを覚えてしまう素敵空間に自らの足でやってきた記憶は一切ない。

 理由は簡単。

 あの宇宙的小瓶こびんスプレーは、吹きかけた相手の意識を消失させるという代物しろものだ。

 それだけでも恐怖のアイテムなわけだが、さらに恐ろしいことに、意識がなくても相手の身体を動かせる、というところにある。

 吹きかけた者の言う通りに行動出来るため、「付いてくるゆ!」と言われてしまえば、このような場所へもホイホイお供しちゃうわけだ。

 毎度のことであるが、自分の意思関係なく動けてしまうのは、あらゆる意味でよくないと思うぞ。


「良成様、意識が戻られましたか」

「あああ、ヨーグルさぁん! 俺、もうどうしたらいいか……! 本当はこれ以上こんなことはしたくないんです!!」

「偶然の事故で人を殺めてしまった挙句あげく、たまたまその現場を見られて口封くちふうじのため次々と罪を重ねる2時間ドラマの犯人みたいな台詞ゆ」

「なんだと。というかやま田、どこからそんな知識得たんだ」

「この前、地球の探偵についてお勉強したくてテレビ見てたらやってたゆ。葬儀屋のおばさんが探偵になって活躍する」

「それ以上はまずい、カットだ!」


 俺は右手で、左から右に素早く手刀を繰り出し、その先を封じる。

 うっかり固有名詞など言われては、厄介な問題になりかねないのだ。

 

「で、ここは……?」

「今回のミッションの舞台、とある南の島にある、とある施設でございます」

「まさかの?! でも、どこからどう見てもSFにありがちな3Dスリーディーダンジョンですよ。もうちょっとリゾート地めいた場所がいいんですが」

「お外はそんな感じゆ。ミッションが終わって朝になったら、バカンスでもするゆ?」

「お、そりゃいい。海なんて家族居なくなってから行ってないしなあ」


 そう、数年前に母親と妹が出て行き、さらに父親は仕事でほとんど家を留守にする星川家は、そういった家族の営みはない。

 かといって、高校になってからは海に行くまでの友達は出来なかったから、少しあこがれはあったのだ。

 ただ、南の島といっても、こんな施設がある以上、さすがに有名なリゾート地というわけではないだろう。

 つまり、やま田とヨーグルと3人で貸し切りビーチを満喫まんきつ、なんてことも有り得る。

 この前もヨーグルは夜になるとなぜか俺とやま田を二人きりにしようとしていたから、今回も同じような状況になるかもしれない。


「……」


 改めてやま田を見る。

 ミッションの時は、桜色の下地に古代文明的紋様もんようを思わせるような白いラインの入ったレオタードスーツに、デニムのショートパンツを合わせて、白いニーソにヒールのあるくつくというのが現行のスタイルだ。

 出会った当初はレオタードのみだったので目のやり場に困ったものだが。


「何ゆ。ボクをじっと見て」

「いや……」


 全体的に平坦へいたんなやま田を見て、複雑な気持ちになる。

 そう、こいつの可愛い見た目にだまされてはならない。

 この一見ロリ美少女なやま田は、本当の姿ではないのだ。

 地球に来る宇宙人にありがちな「擬態ぎたい」というものを行っており、そのご尊顔そんがんこそ初回を含め拝謁はいえつすることはまだ出来ていないのだが、もう少し大きめ(といってもやはり小柄で多分平坦ではあったが)の人型生命体であった。

 ただ、そうは言っても宇宙人は宇宙人。

 地球人ではないことによるズレのようなものを、これまで共にした時間で痛感している。

 深入りは厳禁ってやつだ、良成。

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