蠍座

尾八原ジュージ

蠍座

 長いこと入院している私のもとに、恋人がお見舞いにやってきた。鞄の中からジャム瓶のような容器を取り出し、「これ、プレゼント」と言って私にくれた。

 瓶には、七色のアーチを描く小さな虹が入っている。

「すごい、なにこれ。どうなってるの?」

「こないだ空にかかってたのをとってきた」

 冗談だと思って「偽物でしょ?」と尋ねると、「正真正銘本物の虹だよ」と笑う。

「このベッドからじゃ、外を見るのもなかなか億劫だろうから。他になにか欲しい物ある? 空にあるもので」

 私は「じゃあ蠍座がいい」と頼んでみた。恋人は首を傾げて「ちょっと遠いけど何とかなるかな」と答えた。

「それじゃ次に来るときは、蠍座を瓶に詰めてくるよ」

 そう言って出ていった恋人は、その後三年経った今もまだ姿を現さない。「蠍座をとってくる」と言って家を出たきり、行方知れずになってしまったらしい。

 蠍座は今年も夏の夜空に輝き、私はそれを病棟の窓から眺めては後悔する。恋人は戻ってくるだろうか。蠍座なんかリクエストするんじゃなかった。せめて蠍座をとるのにどれだけ時間がかかるのか、聞いておけばよかった。

 ちなみに恋人がくれた虹は、あの後も三日ほどもって、私を楽しませてくれた。今はもう空っぽの瓶が残っているだけだ。

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蠍座 尾八原ジュージ @zi-yon

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