第13話 村と聖地と最後の希望
「家の作り方ぁ? そんなもん柱を立てて、組んで、布をひっかけたら終わりじゃろ」
「ええー……いやもっとその……なんかこう……」
「ま、見たければ見るがいい」
言われて、見てみれば、言われた通りだった。
さっきの従者のエルフさんが何やら地面に棒を当てて何かつぶやくと、まず穴が開いた。
そしてそこに先端が風車みたいな十字になった棒が一本運ばれてきて、それを穴に入れて立てる。
棒には小さな足場がついていて、ひょいひょいとエルフの一人がそこを布を持って上る。
それをばさっと棒にひっかけて、飛び降りて、その端を何名かのエルフが広げて、各々が布を地面に木の杭で固定して、それでおしまい。ほぼテントだ。
「今は夏じゃし、とりあえず外布はこの一枚でいいじゃろ?」
「あ、はい、ところでトイレって……」
「ああ忘れとった、この位置なら南側に掘るのさえ守れば何でも良いぞ。個人用は小さいし中も狭くなるが、ついでに作らすか?」
「ぜひお願いします」
あると助かる、どころじゃない。
「心得た。家具も大したもんはないが、寝具くらいは用意しよう」
「ありがとうございます」
で、衣食住揃ってしまった。
なんか本当にこっちの世界に来てから衣食住っていう生命活動に困らなすぎて、今一つ危機感がない。
バスからみんなの服とか持ってきたから一応服の替えはあるし、サイズの合わないものは布として村に全部渡したし、まあうまい事リサイクルしてくれるだろう。
「さーて行くぞアマネ! セイギ!」
そう言って、ぐいぐいと僕らを引っ張るグリムさん。
僕らも流されるようについていき、畑、牧場、集落……と見て回る。
「グリム様! そのお方が例の……」
「そうじゃよ、『転生者』のお客人じゃ。人間どもの撃退を手伝ってくれる」
「ああ、ありがとうございます!」
ちなみに今は貰った布を顔に巻いているので、一目では人間とわからないようにしてもらっている。
まあいきなり人間を連れ歩くわけにもいかないし、別に気にすることでもない。
「グリム様! 先ほど森で手に入れた鶏肉と薬草を……」
「おおすまんないつも。宴に使うか。『大鍋』に持って行ってくれ」
「かしこまりました!」
その道中、時たま声をかけられては説明や指示を出すグリム。
どうやらかなりカリスマもあるらしく、誰もが本気で慕ってる感じだ。
「只今戻りました、グリム様!」
「おおお! 帰ったか!」
で、一番すごかったのが、これだった。
成人してるらしいエルフが十名くらいのチームになって、村の井戸の前で『それ』を洗っていた。
「はぐれオークを仕留めたか!」
「あ、やっぱこれオークなんだ。っていうかオークって魔族じゃないの?」
「さっきの話だと、この大陸にはいないはず……」
「ははっ、何言っとるんじゃ、オークは獣じゃろ? 魔法を使うオークなんぞいるわけなかろう」
「へぇ」
「ふーん」
なんかものすごくフラグっぽく聞こえたのは、僕の心が穢れてるからなんだろうな。
「それにしても、新鮮な肉ってのはきれいだね」
「うまそうじゃろ?」
皮をはいだのが大部分なのでいまいちわかりにくいが、どうやらオークのバラバラ死体だったらしい。
無数の弓が刺さった太ももが電柱くらい太いから、迫力が凄まじい。
「ハラワタの煮込みでも作るか。他は干し肉にするとして、大鍋まで運んでおいてくれ」
「承知しました!」
敬礼らしきポーズをとってから、去っていく成人エルフ。
一応変装してるのもあるけど、僕らが人間なことに気づいてないようだったのは、やっぱり疲れてんのかな。
「これ、仕留めるの大変だったんじゃない?」
「だいたい五日くらいかの」
「……? 五日?」
何が? と聞こうとした僕らに、平然とグリムさんは言う。
「仕留めるのにかかる日数に決まっとろうが」
「え……じゃあ……」
「五日間……これをずーっと追い回してきたってこと?」
牛よりでかいこいつを、追い回して……弱らせて、殺す。
……想像もつかない。
「狩りってそういうもんじゃろ。食べるわけだからそう毒も使えんしな」
森でエルフと敵対するってのがどういう行為か、改めてわかった気がする……
「さっきも言ってたけど大鍋っていうのは?」
「名前の通り、村に一つしかない大きな鍋じゃよ。宴の時はそこで煮たものを配るんじゃ」
「ほーなるほどねー」
「唯一、鍛冶場以外で火を使って料理しても良い場所じゃから覚えておいてな」
「……あれ? でもさっきの明かりって……」
「ああ、あれも使っていいのはあの場所だけじゃ。各々が火を使うわけにはいかんからな」
「でも……火を使えないとさすがに不便じゃないの?」
「代わりに『太陽石』があるじゃろ……と言っても知らんのか。よかろ、後で見せてやるわ」
などと話をしていながら、周りを見る。
この集落は本当に小さくて、見た感じ百名いるかいないかくらいだった。
その中で成人男性っぽいのがどれだけいるかは知らないけど、四分の一としても25……そりゃゲリラ戦でもしないと勝ち目はない。
「普通はうろつく連中を殺せばそのうち消えるんじゃがのう。今回の人間どもは何が目的か、なかなか帰らんわ」
「……逆に今までの目的は何だったの?」
「土地が欲しいとか、森……ああそうじゃ、この森を切り拓きたいとかいう話もあったらしいな」
「……いや切り拓いてどーすんの」
「この森を抜けん限り、この先の別の都市には遠回りじゃからのう」
それにしたって結局山一つ越えるんだから楽じゃない気はするけど……
「さて、着いたぞ」
「え? ここって……」
そこにあったのは、大きな黒い門。三メートルくらいの黒い丸太が壁になって、山へ向かう道を隠している。
「……立ち入り禁止って聞いたんだけど」
「わらわ以外は、な」
さっき聞いた、『聖域』への道だった。
「アマネ、お主はこういうの、興味あるじゃろ?」
「うん! すごく!」
食いつく木崎さん。
そして僕も興味はある。
エルフの聖地……どんなんだ?
少なからずわくわくしていると、グリムさんが門の前に立って、そこに触れる。
すると光の文様が一瞬奔って、ごりごりと音を立てて門が開いた。
「……流石転生者様、驚かんのじゃなあ」
「魔力で開くの?」
「そんなところじゃ。……ああそうそう、ここから先は一度着替えてもらうが問題なかろ?」
「……ああ、そこはそういう場所なのか」
門が開くと、目の前にはもう一つ門があって、左右には小屋。
それぞれの前に真っ黒な面をつけた二人のエルフが立っていて、こっちに頭を下げる。
中まで進むと門は勝手に閉まって、門で挟まれた日陰に僕らは取り残される。
「話はつけてある。身を清めたらここに来い」
まさか男女別で着替えられるとは思ってなかったけど、まあありがたいことには違いない。
小屋に入ると、顔を額から垂らした布で隠したエルフがいた。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします、さっそくですがこちらの服をどうぞ」
渡されたのは、絹みたいな素材の、分厚い着物みたいな白い服、と下着。
着物の方は帯があったからわかりやすいんだけど、問題は下着の方だ。
下着と言っても……思いっきりふんどしだった。
と言って拒否できるわけもなく、小屋の中で着替えて、
「あ」
どさりと音を立てて例のエロ本が落ちた。
そう言えばシャツと制服の上着の間に入れてそのままだったので、
カゴに入れて外に出て、学生服その他と一緒に渡す。
「こちらの服は洗って……」
「あ、自分で洗いますんでそのまま後で返してください」
「承知いたしました」
色々と危ないところだった。
そして反対側の小屋を見ると、丁度扉が開いて二人が出てくるところだった。
「おう着替えたか! なかなか似合うぞ」
「どーも。……? 木崎さん?」
「……なんでもない」
なぜか木崎さんが、もじもじと落ち着かない。
パッと見て変なところも何もないんだけど。
「……寒い?」
「違う」
「だーからわらわが巻いてやると言うたのに」
「え? 巻くって……え」
気づいた。
「ちゅ、中途半端に短くて……」
「ああ、さらしが足りぐへっ」
殴られた。痛くはない。
「何で言葉にするの?」
「すいませんでした……いやでも考えてみたらグリムさん用サイズなわけだしね」
「お前それ以上口開くなよ?」
グリムさんにまで怒られた。解せない。
「ごほん……とにかく行くぞ」
そう言って、いつの間にかグリムさんが手にしていた杖を掲げ、次の門にはそれで触れる。
するとまたさっきと同じように文様が奔って、ゆっくり開く。
「……これは」
「へえ……」
「意外じゃったか?」
そこにあったのは、『池』と『道』だった。
黒い木々の間に一直線に伸びた白い砂利道が、最後に丸い池を貫いて、洞窟らしい山肌まで伸びている。
目立つのは、その『池』の色だ。
「黒い……よね、これ水が……あ、違う」
グリムさんの後ろについて、池の真ん中あたりまでくれば、嫌でも気づく。
「……油?」
「『燃える水』じゃが? 見たことないのか?」
「……うん?」
つまるところ油じゃないの? と思ったけど、『言葉の鎖』とやらのバグみたいなもんだろうか。
「ここにあるのは純度が低いがな、それでもわらわが手に持てる以上の持ち出しは禁じとる」
「へえ、貴重なの?」
「いやいや、単に危ないからじゃよ。こんな危険な水、うっかりこぼして火事になったらえらいことじゃ」
「ふーん」
しずしずと歩いていく先は、無造作に掘ったような洞窟。
聖域、という割には乱暴に開けた穴が、奥へと続いている。
「ふっ」
真っ暗だったその内部で、グリムさんが杖に息を吹きかけると、炎が立つような音とともに黄色く先端の宝石が光る。
そして宝石をこつん、と壁に当てると、陽光のような明るさで洞窟内が照らされた。
「これが太陽石じゃよ。魔力を込めると近くの物同士、反応が連鎖するんじゃ。この隣の洞窟でとれるんじゃが……まあ今は関係ないか」
「すごい……虫もいない」
「はっはっは、そんなのこの聖域には一匹もおらんよ」
「へぇ……」
「というか、生物がおらん」
「……へえ?」
変な声が出た。
そういうもんなのかな、とか思いながら、等間隔で太陽石が壁に埋め込まれた道を進む。
螺旋状に階段で下る作りになっているその洞窟は、感覚で大体三回くらい回ったらすぐに『そこ』についた。
「……着いたぞ。ここが聖域……我らの伝説がある場所じゃ」
「ここは……」
「……すごい」
凄い。
その一言しか、出なかった。
いきなり目の前に広がった、ドーム状の空間。
高さ何メートルかもわからないけど、天井にちりばめられた蒼い太陽石が光って、暗い洞窟を神秘的に照らしている。
そして、空間の奥にあるのは、真っ白な――社。それと、そこを囲う黒い『燃える水』の泉だった。
「……綺麗、としか言えないなあ」
蒼い光が満ちた広大な空間に、社の白色と、地表の黒。
そしてところどころに点在する黄色い太陽石の光がまるでライトアップするみたいに、この聖域を照らしている。
黒い泉の奥にぽつんと立つ『社』は、その色もあって、ここから見ているだけでも特別な空間であることが感覚でわかった。
「……これが、エルフの聖域……」
「そう。ざっと千年、我らが守ってきた聖域じゃよ」
「千年……か」
その年月が、エルフにとって長いかは、知らない。
けれど、少なくとも人間の僕らにとっては、畏怖や敬意を呼び起こされるには十分な年月だった。
「あの村が滅びるときにはここに逃げろ……というのが、言い伝えなんじゃけどな」
「ここに……?」
「……食料も何もないのに?」
木崎さんと僕の考えたことは同じだった。
避難所にしては明らかに不便そうで、日本の神社みたいに、津波とか地震の避難所に使えるとは思えない。
「はは、別の場所に移してしもうたわ。このような場所、逃げ込むには美しすぎる」
「……わかるけどねえ」
「ねえグリムさ……いえ、グリム。一つ聞かせて」
「おう、いいぞ、なんでも……」
「何で……私達にここを教えたの?」
「……」
木崎さんが、問う。
僕は黙る。
そして、グリムさんは……少し悲しそうに、笑っていた。
「……お主らにだけでも、覚えておいてほしくてな、ここを」
「だけでも、って、あの集落は……」
「もちろん永遠に続く。わらわが何に換えても守り抜いて見せる。じゃが……何事にも終わりはある」
「……」
そこで、そんなことはない、と言えるほど、僕らは楽観的でもなかった。
人は死ぬ。
大切なものはいつか壊れる。
場合によっては、僕らの目の前で。
それを、『探偵』である僕らは、現場に行くたび知っている。
誰かがが死ぬとき……それは、何かが壊れるときだ。
命とかじゃなくて、もっと大きな……多分、その人がもっと歩めたはずの、『未来』が壊れる。
そして、それをするのは神様でも運命でもなくて、人なのだ。
人が、人の未来を、壊す。それを僕らは解決する。
……でも、解決したところで何も帰ってこないことを、僕らは知っている。
僕等探偵はさも何かが解決したように思いがちだけど、誰かが死んだ時点で、それはもう二度と戻らない消失なんだ。
「終わりは、明日かもしれん。二月前はまるで的外れなところを彷徨っておった人間の群れも、今や村を脅かすほど近くを探りよる。
洞窟と『黒の森』で隠してはおるが、時間の問題じゃろ」
「……それは、」
「おいおい、勘違いするなよ? 別にお主らが来なくとも変わらんよ」
言葉の先を読んで、グリムさんが笑った。
「でも……」
「それに……わらわとて、何もせんかったわけではない」
「え?」
「別の集落の……『北の森』の姉様に、助けは頼んだ。簡単に助けに来られるような話ではないが……それでも、血を分けた姉妹じゃ」
「別の集落があるんだ……」
「遠いがな。それに、道中で人間や獣に襲われんとも限らん」
「……」
「だが、望みはある。姉様が軍を出してくれれば……人間の群れを撤退させるくらいのことはできる、かもしれん」
「……強いの?」
僕もエルフの軍隊、って言われると結構期待してしまう。
「もちろんじゃ! 何せ魔獣と真正面から戦っても負けぬ強者ぞろいじゃぞ! 装備だって……我々の村とは……」
言いながらも、グリムさんの声が涙で潤んで、体が震えだした。
「わらわは、情けない……先代様からこの村を継いで、わらわは何もできなかった……強く、なるべきだったんじゃ、わらわも、そして村も」
「……」
言うほど、簡単でもないだろう。
この森がまともに食料もとれないような森なのは見てわかるし、人間が止められないのもきっとそのせいだ。
おそらく、森には食料がもう残ってない。
季節とかはわからないが、どちらにせよ食べられるものは人間に消費されつくしたか、手の届かない場所にある。
――兵糧攻め――わざとか、偶然かは知らないが、エルフの森に食料がなければ、エルフの負けは絶対だ。
武器とか兵器じゃなくて、食料。
こんな森で、それを確保するのは無理があったんだろう。
すっかり弱弱しい、きっと村の中じゃ出せなかったグリムさんの一面が、今僕らの前にあふれ出ている。
「だから、せめて……客人には、ここを知ってほしかった……」
「……グリム」
「村のみんなには伝えておく、明日にはお主ら、この村を……」
「グリム!」
「なんじゃ……?」
叫ぶように、木崎さんが言った。
「大丈夫! あの村に手出しはさせないし、ここだって守って見せる! だから、安心して!」
何の根拠もない、ただの感情、だと思う。
けれど、これは木崎さんを木崎さんたらしめる、本気の叫びだ。
「……できるのか……?」
「できる!」
それが通じたのか、涙を流したまま、グリムさんは言葉を続ける。
「本当に……? 嘘じゃないのか……? う、嘘なら許さんぞ、何の根拠があって……」
「私たちは、『転生者』。正確には転移だけど」
「だ、だからと言って……」
「考えがある。ねえ『天使』聞いて」
「確認します。顕現してもよろしいのですか?」
「構わない」
ぱきん! とガラスを割るような音とともに現れたのは、球体の天使。
「グリム。これが……私達に力を貸してくれる、天使。よく見ておいて」
「……っ、これ、が……」
「初めまして、エルフの長。私は、この方……マスターに仕える天使です」
「は……あ……初めまして、と言うべきかの」
「挨拶は結構。正しく認識さえすれば、結構です」
言葉を失いつつも、どこか何かを期待する眼で天使を見つめるグリムさん。
そして天使はというと、ゆっくりと木崎さんに近づく。
「ねぇ天使」
「はい」
「……五分。五分だけ、私を、天使っぽく見せられる?」
「確認します。具体的には、どのようなことでしょうか」
「弓も効かない、剣も弾く、人を軽々と放り投げる……『その程度』を、五分。できないとは言わせない」
「肯定します。マスターの莫大な魔力を用いれば不可能ではありません。しかし、何故そう考えたのですか?」
「そもそもこの世界って、私達、あり得ないくらい力が強い」
それはそうだ。
忘れかけてたけど、僕は今、大男を拳で貫ける程度には、強い。
「タネは、重力でしょ? この世界は、地球に比べて格段に重力が低い」
「……だからかあ」
言われて、納得した。
言われてみれば、何で気が付かなかったんだろうな。
「そう、だから、私達にとっては全ての物質が脆い。そんな世界の武器……鉄くらいなら、今の私達なら耐えられる。間違ってる?」
「回答します、全てご推察の通りです。加えて私が貴方に力を貸すことによって、身体的能力は倍増します」
「それと合わせて、バスの中で見せた私を天使っぽく見せる力……五分、保つ?」
「結論から言えば、可能です。しかし、魔力が尽きれば、マスターの肉体はあらゆる機能を停止します。つまり、『死』と同義です」
あまりにもあっさり、『死』って単語が出た。
その言葉に木崎さんも表情を変えるけど、決意までは揺るがない。
「……そこまでは使わない。何分? 答えて」
「計算します。……二十七分。ただしこれは理論値です。加えて、魔力を使用する際の負荷により、時間経過につれ行動は苦痛や疲労を伴います」
「充分。それだけあれば私は人間の軍を説き伏せて見せる。わざわざずっと力を借りる必要もない」
にっこりと笑って、木崎さんは言った。
呆けた様子のグリムさんは、天使と僕らを交互に見て……表情を、凛としたものに戻す。
「まさか……『天使』様の加護を持った転生者とはな……我らは、まだ見捨てられてなかったんじゃな……」
「だからお願い、諦めるのはもう少しだけ……」
「だーれが諦めるものか! こんな運のいいことがあるか!? これで我らは生き延びられる!」
グリムさんは涙をぬぐって、僕らに笑みを向けて、
「信じるぞ……」
そう言った。
「あっはは……夢じゃなかろうか……じゃあ帰るか、お主ら、宴じゃぞ!」
そう言って、グリムさんは元来た道を戻っていく。
その足取りはとても軽くて、早々と僕らの視界から消えてしまった。
それに続く木崎さんの足音が、ふと、止まる。
「……ねえ芹沢君」
「ん?」
「うまくいくと……思う?」
「行くでしょ」
返事はゼロ秒で返す。
「思い付き、だったんだけど」
「大丈夫でしょ」
「私、何か考えてたとか、そういうことじゃなくて」
「大丈夫だって」
「その、気づいたら、体とか、口が、動いて……」
「木崎さん」
「……何?」
手を取って、向き直る。
視線を合わせて、言うべきことを言う。
「大丈夫だから。僕もなんだってする。それに何より……」
その言葉は、本当に胸の奥底から湧いて出た。
「木崎さんは、間違ってない」
これは、絶対だ。
天使の力があるからとかそういう事じゃなくて、今ここにある木崎さんのこの意志は、決意は、間違ってない。
理論も理屈もないけれど、僕の脳細胞はカケラもそれを疑っていない。
「……ありがと」
顔をそらして、木崎さんが言った。
「それでその……」
「ん?」
「手、離して……」
「あ、ご、ごめん」
慌てて肩から手を離すと、木崎さんはさっさと行ってしまった。
「うふふ、青春ですねー」
そしてそこへ、悪魔の声。
天使のマネをしたのか、赤い球体に蝙蝠の翼を生やして、そこにいた。
「……そりゃ聞いてるわな。要らん事言うなよ。それとさ……」
「はい?」
「お前、そろそろ僕の『チート』理解してたりする……?」
これだけが地味に気がかりだった。
別に隠したいわけでもないし、隠しきれるとも思ってなかったが、知られて面白いもんでもない。
「ええまあ、理解してはいますよ。でもまあ、今回は出番がないんじゃないですか? うふふ」
「知ったような口叩きやがってよぉ……まあ、そうだけどさ」
「あ、出番がないほうがいい、って言った方が正しいですかね?」
「……そうだよ」
正解だが、腹は立つ。
そりゃ役に立ちはするんだろうが、だからってそれでもっと悪い結果を呼ばないとも限らない。
――ゲームのチートを使いすぎれば、ゲームそのものをバグらせる。
僕がこの力を『チート』と呼ぶのは、まかり間違えばそうなるのが目に見えているからだ。
まあ木崎さんみたいなのは別だけどな。木崎さんが死なないからってバグる世界なんぞこっちから願い下げだ。
「ほら早くいかないと。戻ってきますよ? うふふ」
「わかってるよ……」
くそ、気持ち悪い笑い方しやがって……と、その時は軽く考えていた。
でも僕は、こいつが悪魔であることを忘れていた。
忘れてなかったら、ここでなんとしても悪魔が嗤ってる理由を聞きだしただろう。
それが僕を、そして……木崎さんをどうしようもなく後悔させることになるなんて、この時はまだ知らなかった。
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