第12話 幕間 同時間軸の放置世界にて


 高速道路に貨物機が墜落した、その日の昼。

『探偵学園』学園長「倶利(くり) せきな」は、日本全国から殺到する電話の対応を部下に任せて、現場に来ていた。


「危険です! お下がりください!」

 黒服にサングラス、といういかにもボディガードな格好の男が、今まさに規制線を乗り越える、白を基調にした巫女服の女子――

 ――にしか見えない成人女性を止めるが、それを意に介さず女性は進む。

 そしてそれを、『周囲は認識できていない』。


「はいお疲れ。キミのギフトもなかなかに優秀だねえ」

「は、はぁ……」


 黒服が使ったのは彼の『ギフト』。

『注意した人間と自分を周囲から認識されなくする』という能力が発動して、結果女性は悠々と事故現場に近づいた。


「名前を付けるとしたら……」

「あ、そういうの結構です」

「なんだよつれないなあ。つけようぜ、格好いい名前」


 言いつつ、二人はブレーキ痕を追っていく。

 屈強な体格の黒服と、華奢そのもの、銀の長い髪をなびかせる巫女服の女性が並んで歩く様子は、あまりにも事故現場にそぐわない。


「それ、持ちましょうか?」

「いいよ、大したものは入ってないし」

「そうですか……? 絶対嘘ですよね……」


 そして女性はなぜかキャリーバッグを転がしており、従者である黒服の申し出を断って先頭を進む。

 消火活動は終わっているのか、消火で使った水が足元に小川をいくつも作っているものの、ブレーキ痕を追う中でそれは途切れた。


「ふーん……」


 ただでさえ子供のような顔つきで、つまらなそうにつぶやく女性。


「こ、これは……」

「本当に消滅、してるねえ」


 驚く男性をよそに、特に驚くこともなく『それ』を見ながら女性は言った。



 ――墜落した飛行機によって崩れた高速道路。


 崖と化したその崩落場所の手前、折れた街灯の前で、ブレーキ痕は途切れていた。

 しかしその終端にあるべきバスは、そこにはない。

 周囲にはブレーキ痕の先に横転、炎上した車は数多くあるのに、ここにだけは何もない。もちろん運び出されたわけでもなく、バスは忽然と消えていた。


「……もう一回確認するけどさ」

「はい」

「運転手以外は全員無事なんだよね?」

「ええ、ここで発見された生徒は全員命に別状も、それどころか外傷もほとんどなく無事ですが……運転手の方だけは……」

「即死。聞いてはいたけど、この腕前には感謝以外無いね」


 長く続くブレーキ痕は、折れて倒れた街灯の前で止まっている。

 それだけを見るなら単なる事故だが……


「……そこに横転したトラックと乗用車を避けて、最後にここか。速度も出てただろうにね」


 バスはその二台を避け、そのうえで折れた街灯に激突していた。

「…………」

 街灯の先は、奈落。もし街灯にぶつからなければ、バスは丸ごと下の国道に落下していたことは間違いない。

 そうならなかったのは、崖と化した道路の手前に垂れる、この街灯にバスを意図的に激突させる以外にない。


「君ならこれ、できる?」

「無理ですね」

「正直だね。ちなみに心と技術、どっちの意味で?」

「両方です」

「……だよね」


 どう見ても、バスはわざと街灯に激突していた。

 しかもただぶつかるだけでなく、明確に運転席を先頭に――犠牲にして、少しでもバスが停止する可能性に賭けたのだ。


「……」

「……」


 どちらから言うともなく、手を合わせる。

 感謝と、冥福の祈りと……あるいは敬意か、尊敬か。

 色々なモノを混ぜ合わせた思いが、二人を自然にそうさせた。


「さて、湿っぽいのはこのへんにしとこうか。バスの運転手は腕前も心も最高の人だった。それはそれとして、探偵としちゃ現状を確認しないとねぇ」

「はい」


 小さな顎に手を当てて、女性が考える。

 全ての情報はすでに見た。

 後はそれを処理するだけだ。


「ん……」


 ブレーキ痕、横転した二台の車と、『二人を除いて全員無事の生徒』。


「……発見された時、全員『ここ』にいたんだよね?」

「はい」

「ケガの程度は?」

「打撲程度はあったようですが、重症は誰も……」

「でも全員気絶してたんだよね?」

「は、はい……」

「……ふん」


 気に入らないな、と呟く。


「つまりあるはずのバスと例の二人が忽然と消えて、残りはここに置いていったわけだ」

「……一応言いますが、下の瓦礫に……とか……」


 ここも下も、十分すぎるほどに地獄絵図だ。

 運よく人通りの少ない時間帯だったが、それでも数台、数人は高速道路崩落の直撃を受けている。


「瓦礫に混ざったバスがわからないほど日本の警察は無能じゃないよ。言ってみただけだろ?」

「はい」


 勿論、死体が混ざっていたとしても――だ。

 つまるところ、バス一台と人間二人がきれいさっぱり消えている。


「誘拐……か。ふざけたマネしてくれるよね……本当に」

「ゆ、誘拐……ですか?」


 黒服の男からしてみれば、学園長から急に現場へ行くからついて来いと言われ、来ただけだ。

 普段は業務の補佐をしている身で、確かに自分の職場は『探偵学園』だが、それでも彼はこれを『事件』だとは思っていない。


「ん? それ以外の何なの?」

「い、いえ……確かに言われてみれば誘拐です、はい」

「そう。それと……ほら」

「は、はい?」


 投げ渡されたのは、メガネだった。

 黒いサングラスのようなそれはよく見ると機械仕掛けで、受け取った瞬間、スイッチが入る。


「……サーモグラフィー、ですか?」

「それであのあたりを見てみなよ」

「……え?」


 指さすのは、上空。

 黒服の男が、絶句する。

 なんてことのない事故現場の空が、渦を描くように温度がおかしい。


「『異世界への転移』が発生した時に見られる現象らしいよ」

「い、異世界って……最近言われてる、あの!?」

「ああ、行方不明者が帰還して、『まともな精神のままで荒唐無稽な世界の話をする疾患』だね」

「……作り話かと思ってました」

「そりゃこれでも政府が関わるレベルのトップシークレットだもの。別世界があったら侵略したくなるだろ?」

「……」


 男は、言葉を喪う。

 それはそうだろう、二十数年で培ってきた常識が、たった今目の前であっさりと、自分の上司に破壊されたのだから。


「複雑な心境のところ悪いけどね、さらにもう少し働いてもらうよ?」

「え、な、何ですか?」

「そこに、目撃者」


 そう言って、石を投げた。


「ぎゃん!」

「え?」

 石の軌道が何かにぶつかったように変わって、どこかから、声がした。

「え、何ですか!? どこからですか!?」

 見上げていた中空、温度の渦が人の形をとって、喋った。


「ふーん、まだ利いてるのか。キミの『ギフト』もなかなかだねえ」

「いや何してんですか!? なんですかあれ!」

「そんなの僕も知らないよ」


 現れたのは、ピエロのメイクをしたバニーガール。

 それが翼もないのに、事故現場に『浮いている』。


「僕のギフトは知ってるだろ?『だって宇宙は丸いから(スターライトサーチャー)』。探してる奴の位置を知らせてくれるだけの能力なんだけどさ」


 そう言った瞬間、黒服も気づいた。

「学園長! 貴女まさか……!」

「そう! サーチしたのは『ウチの生徒をバスごと攫った誘拐犯』! 犯人はぁ! お前だあああああ!」


 声に反応して、ガシャン! と音を立てて、キャリーバッグが変形する。

 そこから現れたのは、犯罪者を捕獲する電磁網を打ち出す、暴徒鎮圧用バズーカ。


 一瞬のためらいもなく打ち出された弾丸は正しく作動して、空中にいた『それ』を捕獲。

「あばばばっばばばば!」

 そして電気が流れて、その『何か』は世界で初めて捕獲された。

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