第11話 エルフの村と『転生者』
「それでは行きましょうか、転生者様! ご案内いたしますのでついてきてください!」
というわけで、エルフの村、あるいは集落を目指して進むことになった。
「……ここから何キロくらいあると思う?」
歩き出してすぐ、木崎さんが呟いた。
「だいたい十キロくらいでしょうか」
ところがやっぱり耳はいいらしく、前を歩くチフレさんからはすぐに反応が返ってきた。
「ふーん……うん?」
「え?」
キロ?
「……ちょっと待って、この世界って、キロメートル法なの?」
「えっと、キロメートル法、というのは……?」
……ああ、はい、そういうことね。
「日本語に訳される段階で、距離の単位も併せて翻訳されてるわけね」
「ああ、言葉の話ですか? 私達も一応、『言葉の鎖』は解いてますから……」
「……言葉の鎖?」
「はい、この世界の生き物はみな、生まれ落ちたときに『言葉の鎖』によって言葉が通じなくなりますから、それを解く魔法をかけるんです」
「便利……それ、一度解いたらそれっきりなの?」
「ええ、まれにまた『鎖』がかかる場合もありますが、それもすぐ外せますからね」
「羨ましいな……」
つまりその鎖さえ外せば、誰とでも会話できるって事か……いいなあ。
「転生者様の世界では、『鎖』を外さないのですか?」
「ウチの世界では神様をかなり怒らせたらしくてね。ずっと言語はバラバラらしいよ」
バベルの塔がどれだけ高かったは知らないけど、言語をバラバラにするのってかなりガチ切れじゃないだろうか。
「そうですか……そちらの世界では神様がそうしたのですね。私たちは『世界で一番最初に地上に降りた悪魔』がこの鎖をばらまいたらしいので」
「へえ」
面白そうだな。
「その悪魔は何でこんなもんをばらまいたの?」
「名前の一部でも呟かれたら消えるくらい弱かったから、『不完全な言語』を教えるために世界のあらゆるところを走り回ったそうですよ」
「ふーん、大した根性だな」
世界中を走り回って言語を教えて回ったのか、悪魔が。
「そのせいで、私達は『不完全な言葉』しか使えないんです。だから、言葉を介しても完全には分かり合えないし、動物や植物とは話せない」
「面白い表現」
「へぇ」
言葉を交わしても分かり合えないのは、言語が不完全だから、って考えは嫌いじゃないな。
「……でも、その悪魔の名前がわからないなら、悪魔のたくらみって成功してるってこと? 本当に弱い悪魔なの?」
確かに。やったことだけ考えたら世界の支配みたいなもんだ。
「ところが、喋れないはずの魚がいつもその名前を口にするようになったから、それだけでこの世から消えたそうです」
「……なるほど」
「つまり音を立てて口を開けたときの音が悪魔の名前の一部って事ね」
「ええ、ですから魔除けにもなりますよ。あまり遊びでやると怒られますけど」
パッパッ、と音を立てて悪魔の名前の一部? を呼んでみる。
やっぱり世界が違えば神話も違うもんだ。
「ところで、十キロってことは二時間くらい? あなた達、何でこんなところまで来たの?」
などと神話に感動していたら、木崎さんが探偵っぽいことを言った。
確かに片道二時間は結構な距離だ。
「それは……食料を……」
「食料?」
「この森には、もう食料が少ないんです……村のたくわえもありますけど、それを若い私達が減らすわけには……」
「……なら、あげる」
「そ、そんな! 転生者様のお食事をいただくなど」
とそこまで言って、
ぐ~。
と、腹の鳴る音がした。
「こらチルフ!」
「ご、ごめんなさい……」
「いいの、気にしないで……はい、カロリーフレンズ」
「かろ……?」
カロリーフレンズの封を切って、チルフちゃんに渡す木崎さん。
「それ、食べられるよ。僕は……サラミ……があったけど、食べる?」
「これは肉……ですか?」
「エルフって肉食べるの?」
しかも油ぎっとぎとなんだけど、良いんだろうか。
「若いエルフは普通に食べます……千年くらい生きれば木々に触れるだけで魔力を蓄え、それで生きられるらしいのですが、今そんなことができるエルフは数えるほどしか……」
いるにはいるんだな、そういうエルフ。
「というか、なぜエルフだけ肉を食べないイメージなのでしょうか……獣身族じゃあるまいし、一生肉を食べるほうが珍しいと思うのですが」
「獣身族?」
「獣の血をその身に宿した者たちです。私達とはほとんど交流がありませんので詳しくは知りませんけど」
「ふーん」
言いつつ、サラミを口に含むチフレさん。
「んぐっ、ごほっ」
「え、大丈夫?」
「だ、大丈夫です……こんなに味が濃いと思ってなくて……」
「水要る?」
あまり口に合わなかったっぽいな。
それにしても獣身族か……話からして、ケモ耳とかの種族っぽいんだけどな。
交流がないとは言うが、そういう種族同士の交流って少ない世界なんだろうか。
普通に考えたら異種族でもしっかり言語が通じるんだから、何かしらの交流くらいありそうなもんだけど。
とかなんとか考えながら川を越え、また森を進むと、山肌の見える崖の前に着いた。
「……ここは?」
「少しお待ちください」
そう言ってチフレさんが山肌に触れて、何かを呟くと、岩が割れるような音。
何だろうと思ってよく見ると、山肌がゆで卵の殻みたいに割れ落ちて、隠されていた『それ』が現れた。
「洞窟……?」」
木崎さんが呟く。
「はい、この洞窟を抜けないと、この山を越えられないんです」
「すげ……」
隠し通路、って事なんだろうけど、素直にすごい。
「……今のは、魔法、ってこと?」
「ええ、私達は土に関する魔法が得意なので。わかっていても、他の種族には難しいでしょうね」
「へぇ」
「洞窟……初めて見た。やっぱ真っ暗なんだなあ」
ゲームなんかだと普通に明るいけど、奥は真っ暗だった。そりゃそうか。
「あ、ちょっと待ってくださいね」
チフレさんがそう言って取り出した石を弓の先につけると、それが黄色く輝きだす。
ランタン程度には明るいそれで先を照らしながら、手を壁について進む。
「絶対に、右手を岩壁から離さないでくださいね」
「なるほどねー」
水が湧きだしているのか、全体的にぬるっとした壁に触れつつ、ほどなくして外に出る。
30分程度で抜けられたから、距離的には大したことないトンネルなんだろうけど、だからって迷ったら死なない保証はない。
「外……」
「意外に早かったね」
「……でも、また通れって言われたら無理」
「確かに」
滑って転んで、迷って死ぬのがオチだと思う。
そして洞窟を出て、そのまま道なりにまっすぐ進むと、だんだんと周りの木々が低くなってきた。
いや低くなってきたというより……
「木が……」
「……うん」
低いというか、細い。
明らかに弱った木々しかなくて、葉も弱弱しい。
「あまり栄養のある土地ではなくて……」
「エルフって栄養のない土地に住むの?」
木崎さんが意外そうに聞いた。
確かに、なんかイメージと違うなあ。
「い、いえ、そういうわけでは……あ、もうすぐ森の端です。あちらに川がありますよ」
あちら、と言われて見せられたのは、森を抜けた坂の向こう。
「……へえー」
「なんていうか……予想外」
坂を上った先に見えた、川を越えた先に広がるその森は、黒かった。
木の幹や葉がほぼ黒一色、そりゃ地球じゃないんだから全然違う植物もあるんだろうけど。
曇り空の下、真っ黒な森っていうのはダークファンタジー感がすごい。
「え……」
「この川も……なのか」
森を反射してるのかと思ったら、川の水まで黒かった。少なくとも飲めそうな水じゃない。
飛び石伝いに手前の川を渡って、木々の方にも触ってみると、確かに黒いだけで質感は植物だ。
「……簡単に燃えそう」
「よく見ると濃い緑だけどね、葉脈とか真っ黒だよ」
「でも触ったら黒くなるとか、そう言うことはない」
指でぐりぐりと触りながら木崎さんが言う。
僕も一枚千切って匂いを嗅いでみたけど、なんというか青臭い油みたいな匂い。
「燃やしたらすぐ炭になりそう」
「燃やすなんてとんでもない!」
チフレさんが振り返って叫ぶ。
怒っているというよりは、驚いてつい叫んじゃったって感じ。
「ごめんなさい……不謹慎だった?」
「い、いえ、危険な木ですから……」
「名前とかあるの?」
「ラブアの木です」
「名前の響きは平和だなあ。……それで、危険な木っていうのは?」
「燃やすと何かあるって事?」
僕らの世界にも山火事で種子が破裂する木があるけど、そんな感じなんだろうか。
「いえ、とにかく、とてもよく燃えるんです……それこそ、うっかり火が付けばこのあたりの森は……」
「そりゃ危険だわ」
消せるわけがないからなあ。
一応それなりに広めのさっきの川が隔ててるから、山の向こうに燃え移ることはなさそうだけど。
「あとはこの坂を下れば私たちの集落ですよ」
「エルフの集落……」
そう言われ、黒い霧の森の中を抜けるため、歩くこと15分くらい。
意外と早く、それはあった。
「へえー」
「あれが、エルフの集落……!」
山の頂上から少し下った先の、丸太の柵で囲われた区画。
盆地がほぼ半分くらい集落になっているようで、今僕らがいるあたりからしか下には下れない。
切り立った崖になっている部分が左右にぐるっと広がっていて、向かい側にも道らしきものが見える。
「あの道の向こうは?」
「山の反対側ですけど、聖地があるので……限られた者しか通らないんです」
聖地ねえ。
まあ聖地にほいほい行くわけもないけど、そう言われると気になるな。
「ふーん……」
見た感じ畑もあるし、池? みたいなのもあるし、井戸も見えるから暮らすのに不自由はなさそうな感じだ。
教科書とかでしか知らないけど、標高の高いところに住む民族の皆さんはこんな感じなのかもしれない。
黒い森と川のイメージからあっさりと変わって、普通の平和そうな集落だ。
「行きましょうか」
「はーい」
そうして黒い草の生い茂る道の先、村の門の前に着いた。
点在する櫓からは弓を持ったエルフがこっちを見ていて、しばらく視線をこっちに向けていた。
けれどチルフさんが何かの合図のように布を手首に巻いて、右、左、右と手を振ると、こっちへの警戒を解く。
「チフレ! チルフ! 何があった?」
「お父さん!」
「パパただいまー」
そして、見るからにお父さんらしいエルフが、丸太の扉が開くとすぐに出てきた。
チルフちゃんに抱き着いて、僕らに気づく。
「こちらの方は? 人間……だろう? 敵では、無いと言うが……」
「転生者様です」
「なっ……つ、ついに……しかもここにか!」
「ええ、私も、驚きましたけど……」
「し、失礼しました! 転生者様! 私この村のゴルフと申します」
「……名前、短いんですね」
「名前……ですか? あ、もしかしてチフレの奴……」
「『真名』を名乗りました。それくらい当然でしょう?」
「お前……! い……いや、お前が決めたことだものな……」
「ん? ちょっと待ってどういう話?」
尋ねると、ゴルフさんがこっちを向いて言う。
「私たちは普段使う名前と、森に還るための二つの名前を持つのです」
戒名みたいなもんか。
「森に還るための名前を真名と呼び、一度聞けばどの森のいつ生まれかまでわかる名前なのですが、魂を繋ぐ名前なので、よほどのことがなければ他人には……」
「そうだったんですか……光栄です」
「……」
僕は何も言えず、木崎さんがそう返した。
しかしチフレさんは毅然と、
「……いえ、転生者様に救っていただいた身、それくらいはわきまえております」
凛とした雰囲気で、そう言う。
なんだかなあ、と今ひとつ面白くない気持ちが湧くが、まあ相当に気を遣ってくれてるみたいだし、有難く厚意は受け取ろう。
「では、村長のところまでご案内いたしましょう。夕食の用意も致しますのでごゆっくり休んでいただければ……」
「ありがとうございます、よろしくお願いいたします」
「お願いいたします」
……で、当然、断る理由もないので歓迎は受けることにする。
そして気味が悪いくらいすんなりと、僕らは一番奥の一番大きいテントに通された。
「……」
「すごい……これがエルフの文化……」
テントを支える木の枠はところどころを黒い縄で縛る形で組まれていて、かなり頑丈そうに見える。
中央に大黒柱がないのは、外にあった柱と綱でこのテントを上から吊っているんだろう。
そう思って上を見上げると、採光用の穴と吊るされたいくつかのランプがあって、半分くらいに火がついていた。
ちなみに燃えているのは……マリモ? みたいな黒い球が、ランプ皿の上で延々と燃えている。
やたら明るく感じるのはそのせいらしくて、まだ燃えてない玉もあるのに家の電気くらいの明るさと大差ない。
そしてそこから視線を落とすと、テントの内周を周るようにぐるっと円形になった木の枠から布が垂らされている。
……もしかすると、あの裏に誰かいるかもなあ。弓とか構えて。
しかしそれさえ気にしなければ垂らされてる布はかなりきれいで、刺繍もものすごく細かい。
カラフルなだけじゃなく、一つ残らず絵画みたいな『絵』になっていて、中には古代の洞窟の壁画みたいな絵を再現した布もある。
他に目立つものと言えば、木を彫ったお面に、あとはだいたい武器だ。
槍や盾もあるけど、目立つのはやっぱり弓。
特に入り口から入って正面に見える弓が、どんな素材なのかは知らないけど黒く大きくて……
「お気に召しましたかね、お客人?」
目の前の、杖をついた老いたエルフがそう言った。
「あ、すいません、見入ってました」
「私も……」
そう言った時、少し僕の右側の布が揺れた、ような気がした。
「只今帰りました、大ばあ様」
すると、チフレさんたちが片膝をついて老エルフに頭を下げる。
「おかえりなさい。無事で何より……それで、こちらの人間が、転生者だということか?」
「それでなくとも、命の恩人です」
それはお互いさまの気もするが。
「そうか、そうか……どうぞおかけください、そろそろ茶も出せる頃でしょう」
「ありがとうございます」
木崎さんが言うが早いか、男性っぽいエルフが二名現れて、布の塊をしいて、老エルフに向き直る。
「ありがとう、下がりなさい」
「はっ」
「はっ」
右のエルフはちらっと僕を見て、左のエルフはまっすぐ去っていった。
作法的なものは分からないけど、とても分厚い布の塊……椅子? というかほぼクッションなそれに、とりあえず先に僕が座ることにする。
「失礼します」
するとそれに合わせて老エルフがゆっくりと腰かけて、少し迷ったように杖を床に置く。
そしてそれを追い抜かない程度の速さで木崎さんが腰を下ろした。
そのタイミングでチルフさんが小さな机とお茶を置いてくれて、早速飲んでみたが、ハッカみたいな味だった。
人をダメにしそうな質感のこのクッションと合わせるとものすごく落ち着く。
「甘いお茶なんですね」
「ええ、お疲れかと思いまして……このあたりでとれる薬草を煎じています」
言われてみれば、確かになんとなく疲れが取れるような味だった。
毒かどうか疑ってはいたけど、まあこんなタイミングで飲ませるってこともないだろう。
「……それで、お二人に伺いたいのですが……」
「はい」
「何でしょう」
「……なぜ、この森へ?」
そう問われて、僕と木崎さんは顔を見合わせる。
「なぜ、というか……気が付いたらあの森にいたもので」
「そう……ですか……」
まあそういう反応になるわなー、という反応だった。
そもそも人間と戦争中なんだから、あからさまに『転生者』とやらじゃなければ人間なんか入れたくもないだろう。
最悪の場合、あの人間を殺したのが仇になってこの集落が攻め込まれかねない。
「それでその、お二人はどのようなご関係で?」
「どのような、と言われても……」
木崎さんが、言葉に詰まる。けっこう申し訳ないので、
「罪人とそれを捕らえた人、ですかね」
「!?」
正直に言ったらすごく驚かれた。木崎さんに。
「あ、もちろん罪人は僕です。今は、罪を償うために彼女に仕えています」
「そ、そうですか……」
そう老エルフが言うと、また僕の右側の布が揺れる。
「ところで、一つ聞いていいですか?」
「はい、何なりと……」
その時、ちらっと木崎さんを見て、頷いてもらって、意思の確認をしてから聞いてみる。
「あなた、そもそもこの村の何なんですか?」
「……えっ?」
振り向いて、チフレさんも見てみると、やはり驚いていた。
まあバレるとは思わなかったって驚いてるんだろうけど。
「いえ、てっきりこの集落の長の方とか思ったんですけど、そういう事でもなさそうですし……」
「な、何故……」
「貴方が、長に見えない」
続けたのは、木崎さん。
「杖の置き場がない、偉い人ならそんなのはあり得ない」
「あ……」
「出された器も全部同じとか、他には……」
その時だった。
「そっこまでじゃああああああ!」
「!?」
今度は僕が驚いた。
さっきからチラチラ動いていた右側から飛び出してくる影。
それは一直線に僕に向かって、
「ぐへっ」
結構派手にぶつかった。
しかしあまりに軽くて、体当たりした側が僕の目の前にしりもちをつく。
ナイフとか持たれたら死んでたかもしれない。
「いててて……あー硬い。なんちゅう肉体じゃ……大ばあ様、もうええよ、すまんかったな」
「姫!」
姫?
「転生者様! よろしくな! わらわがこの村の長、『グミアリリアステフィラコム=ベィアルバフィニアムリス』! 縮めてグリムじゃ!」
……それ『森に還るための名前』ってやつじゃないの?
「姫! そんな軽々に……」
「今更じゃろー、大体、同胞が真の名前晒しとるんじゃぞ」
え……だから? と周りが空気で尋ねる。
「わらわもそれくらいやらんと面白くないじゃろ」
こいつもしかしてバカなんじゃないだろうか。
「……なんじゃその反応は」
登場の時に抱えていたのか、いつのまにか用意していた大きなクッションに腰掛けて、バランスボールみたいにゆらゆらしながら、
周りをつまらなそうに見ている……グリムとかいう、『姫』。
他のエルフと同じような褐色の肌に、過剰すぎるくらい文様が編み込まれた服、しゃらしゃらとした髪飾り。
そして胸にかかる蒼い宝石のネックレスと、白い隈取。そして何より……小学生みたいな体躯をしている。
……まあ、口調は偉そうだから姫って言われれば納得できなくもない。ロリ体型だけど。
「……グリムさん」
「おおなんじゃ! 転生者様! なんでも聞いてくれ!」
とか思っていたら、木崎さんが口を開いた。
「貴方が、この村の長?」
「おうそうじゃぞ。ちなみにこっちは先代からの従者じゃ。騙すような真似して悪かったな」
「いえ……実は私たちは先ほどこの世界に来たばかりで、何も知りません」
「ん? ああ、うむ」
「ご迷惑でなければ、ここに住まわせてください」
「ええぞ」
「ありがとうございます」
「うん」
「……」
「……」
「……」
「……うん?」
あれ? もしかして話終わった?
「これでひとまず飢え死にすることはなさそう」
「いやまあそうなんだけど……これでいいの?」
「……逆に、何か不満?」
「不満っていうか……あれ?」
言われてみれば、僕は何が気に入らないんだろう……
首をかしげていると、木崎さんがじとっとした目で僕を見てくる。
「この村に、住みたくないの?」
「いやそうは言わないけどさ! いや……うん、どういう話になるかな、とは思ってたから」
「どういう話も何も、私達は家も何もないんだから、助けてもらうしかない。だから、礼儀として頭くらい下げるべき」
ごもっともだよ。
「……ていうか、あなたも頭くらい下げて」
ごもっともだよ!
「大変失礼しました、僕もよろしくお願いします!」
慌てて頭を下げたけど、凄い恥ずかしい!
なんか助けられたとか転生者様とか言われてたから自分たちの立場忘れてた!
「あっははは、ええぞええぞ、何もない村じゃがな」
「姫……」
「なんじゃあ。反対か?」
「い、いえ……」
「正直に言え。人間が憎いんじゃろ?」
「……」
あ、やっぱそういうのあるのね。
「下らん替え玉なんぞさせおって、なーにが『転生者とはいえ人間を軽々に信用してはいけません』じゃ」
「そ、それは……」
わからなくもない。ていうか、そっちの方が常識的な判断なんだろう。
「ま、わからんでもないがな。あの連中がいつまでも森で彷徨ったまんまってこともないじゃろうし」
「……」
「しかしそれはそれ、これはこれじゃろ、人間よりもチルフとチフレを助けてくれた我らの仲間を、これ以上疑うか?」
口調が、変わる。
孫とお婆さんみたいな見た目の差なのに、雰囲気はそんなんじゃない。
「い、いえ……」
上に立つものと、従うもの。
さっきまであれだけふざけていたのに、今この瞬間、この小さなエルフが確かに『上』だった。
「我らの同胞を救い、わらわに頭を下げた者にこれ以上礼を失することはわらわが許さん。良いな?」
「はい、申し訳ありませんでした」
……そしてこの時初めて、僕はこのエルフ……グリムさんを、『姫』なんだな、と思った。
「それで、改めて名前を聞こう、お二方」
「木崎 天音と申します」
「芹沢 正義と申します」
「ふーん、森をうろつく連中とはずいぶん違う名前なんじゃな。アマネとセイギじゃな、覚えたぞ」
はー疲れた、と体勢を崩して、グリムさんは胡坐をかく。結構きわどい。
「それでお二方よ、とりあえず『客』として扱うし、お二方に危害が及ばんように話はつける」
ちらっと『おおばあ様』を一瞥すると、杖を突きつつもそそくさと去っていく。
そう言えば名前も聞かなかったけど、おそらく村のエルフの皆さんに話をつけに行ったんだろう。
「チルフ、チフレ、おぬしらも行くんじゃよ」
「え、それではその……」
「しつこい! 客人と話がしたいんじゃ、文句あるか!」
「い、いえ、失礼しました!」
「失礼しました!」
そういって走り去るように二人が出て行って、このテントには僕等だけだ。
「……で、お主ら何もんじゃ?」
そこで僕らに見せたのは、今までの『姫』の表情ではなかった。
もちろんその前の、子供のようなそれでもなくて、
悪戯をたくらむような、面白いものを見たような……笑み。
「何もの、と言われましても……」
「あー固い! 堅苦しい! もう少し砕けて話せんか? アマネ」
「……それじゃ、グリムさん……」
「敬語はイヤじゃ」
「……じゃあグリム」
本当に……このエルフは、キャラが分からない。
あの悪魔みたいな『裏』があるタイプってよりは、性格のパターンをいくつも持っている……
……そんな気がした。
「おう!」
「えっと……何が聞きたいんで……何を聞きたいの?」
「何、と言われてもな。聞きたいのは全部じゃよ。そもそもお主らが何者か全然わからん」
まあそりゃそうなるよね。
「まずなんじゃその服は。どんな編み方したらそうなるんじゃ? 細かすぎるとか言う次元じゃ無かろう」
「えっと……」
「それにその金の糸の刺繍も意味が分からん。そんないかにも動きにくそうなカッコで森にいたら頭おかしいじゃろ。王族か?」
金の糸、ってのは多分校章の部分のことだろう。確かに金色の糸って目立つかもな。
「いえ、そういうわけでは……」
「じゃろうな。伝説でしか知らんが、転生者とはそういうもんらしいからな」
「……それなんですけど」
「うん?」
ここに来るまでに確認してなかったから、この際僕が聞くことにした。
「転生者、って何なんですか?」
「固い!」
「……転生者って、何?」
そもそも、僕らは『転生』じゃなくて『転移』だしなあ。
「伝説にあって今を生きる、別世界の記憶を持つ存在じゃよ。『無敵の剣士』『不死の旅人』『至高の魔導士』『迷宮の鬼の長』『大陸の魔王』『精霊屋敷の令嬢』……有名なのはこのくらいじゃがな」
魔王、という名前に、木崎さんがぴくっと反応する。
「……詳しく聞いても?」
「詳しくも何も、本当に名前の通りじゃぞ。この世界のどこかに、別の世界から『転生』あるいは『転移』した存在がいるってだけじゃ」
「でも、『転生者』って呼んでる……転移じゃなくて?」
「さっき言った『無敵の剣士』が今のところ一番最初の『生きる伝説』で、間違いなくこの世界の生まれらしいからな。そこからじゃよ。ま、噂の上ではじゃが」
「それが……無敵だったり、不死だったりする、人間なの?」
「いや? 人間に限らん……というか、種族が共通するかどうかすらわからんのじゃ」
「……」
「そりゃ世界は広いんじゃし、いつの世も『生きる伝説』『英雄』と呼ばれる存在は種族問わずそれなりにおる。
しかしつながりのないはずのそういう存在が、口を揃えて『私は転生者だ』『転移者だ』と名乗ってる……かもしれない、って噂じゃよ」
「……そういうもんなんですね」
「まだ固い!」
「そういうもんかあー、そっか……」
小説とかだとそういうのってバトルロワイヤルしてるイメージだけど、この世界だとそうでもないらしい。
まあ前世で因縁でもない限り、いちいちバトルする理由もないだろうしなあ。
普通に考えて、英雄って呼ばれる程度に有名になって、何不自由なく暮らせるならそれ以上バトルする意味なんてないよな。
「ねえグリム」
「おう」
「魔王って言うからには……魔族的な存在がいるの?」
「おう、言葉が通じるかは知らんがな。伝説じゃあ魔族も上位種は言葉が通じることになっとるが、実際はせいぜいがちょっと強い獣じゃぞ」
「……獣と魔族って、どう違うの?」
「魔法が使えりゃ魔族、使えなければ獣じゃよ。未開の地には魔族がいる土地もあるらしいが……この大陸では知らんし、これもまた噂じゃな」
「なるほどねえ……」
この世界のことはだいたい分かった。
あと残るは、やっぱこれだわな。
「それで……この集落って、戦争してるんだよな」
「まあな。まあこの場所はバレとらんようじゃから、戦争というよりは襲われてるだけじゃが」
「……人間がこの村を狙う理由って何なんだ?」
「さあ……それがわからんのじゃよ」
あまりにもあっさりと、そう帰ってきた。
一瞬意味が分からずに硬直した僕を置いて、木崎さんが口を開く。
「わからない……の?」
「無論『色々聞いた』ことはあるが、全員『知らされてない』って答えるだけじゃよ」
……まあどうやって『聞いた』かは聞かないことにしよう。
しかしエルフの森まであんなのが来ておいて、それで目的が分からないってのも気味が悪いな。
「小説……物語とかだと、悪い奴は敵を奴隷にするとかなんだけどな」
エルフが片っ端から奴隷にされているとかもなくはない、かもしれない。
「それはないじゃろー」
思い付きで口走ったが、あっさりと否定された。
「え、何で?」
「今じゃお互いに『奴隷制度』は同族間でしかやらんからな。昔……それこそわらわが生まれるずっと前には、
他の種族を奴隷にすることはあったらしいが……それこそ恨みを買うからな」
奴隷制度、無いのか? ちょっと意外。
「恨み、ねえ」
「特に獣身族の恨みは凄まじいからのう、他の種族から奴隷扱いなぞされようものなら一族郎党皆殺しらしい」
ここは異世界なわけで、僕らの感覚が通用するとは限らない。
逆に言えば、僕ら以上に奴隷を忌み嫌うとか、そう言うこともあるわけだ。
「一族郎党皆殺しって……子供も?」
「いや、本気らしいぞ? 昔、こっそり『飼っていた』のがばれたエルフの集落が一つ消えてるからのう」
まあ、言われてみれば他種族に奴隷にされました、ってのはブチ切れ案件なのかもしれない。
「ま、気持ちは分かるがな。わらわとてエルフの奴隷なんぞ見つけようものなら、町一つだろうが滅ぼすわ」
うんうん、と木崎さんもうなずく。
何に納得しているかは知らないけど、まあそういうもんなんだろう。
「だからまさか奴隷ってわけでもなかろうが……となると、土地じゃろうな」
「土地?」
「人間どもは森で暮らせんのじゃろ? そりゃ我らもこれくらいの家は構えるが、石を積んで暮らすような真似はできんよ」
「……」
「それに人間どもも性欲旺盛らしいからのう……どうせ増えすぎたか何かで、土地が足りんのじゃろ」
なんだろなあ。何か違う気がするんだが……
そう思って木崎さんを見ると、木崎さんも何やら考え込んでいる。
でも何か思いついていれば口に出すだろうから、僕と同じく何も思いつかないんだろう。
「ま、考えててもわからんもんは仕方ない。せっかく客人が来たんじゃ、宴でもするか」
ぱんぱん、とグリムが二回手を叩くと、さっきの男性エルフが現れた。
「こやつらは今からこの村の客じゃ。住処の用意と、宴の準備を進めてくれ」
「はっ」
「はっ」
それだけで察したのか、また去っていく。特にしゃべってはいないけど、あのエルフたちも有能そうだ……
「さて、家と料理ができるまでどうせ暇じゃろ? この村でも見て回るか?」
そう言われたが、あちこち歩くのは正直面倒くさい。家、建てるところとか見たいんだけどなー。
とか思っていたら、
「え、いいの!? 見てみたい! エルフの村!」
木崎さんが思い切り食いついていた。
「あ、そうなんだ、じゃあ僕は家を建てるらしいからそっちの……」
「芹沢君も来て」
「え? 僕も?」
「当たり前」
当たり前なのか。
まあそう言われては仕方がないので、僕も二人についていくことにした。
……そしてこの時、僕も、というかこの村の全員がきっと、気づいていなかった。
僕らのためのその宴が、この村の最後の晩餐になることを。
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