傘を忘れたら幼馴染と一緒に帰ることになった
束白心吏
傘を忘れたら幼馴染と一緒に帰ることになった
梅雨にしては早すぎるな──5月の初頭、そう思いながら、俺は学校の玄関前にあるベンチに腰掛けて空を見上げる。
見るからに分厚そうな雲から大きな音を立てて雨粒が勢いよく降り注いでいる。止む気配は一向にない。
この中を帰れ──それも傘なしで──というのは酷だろう。風邪を引くだろうし、鞄に入っている教科書類も最悪の場合濡れてもう一度買う羽目になるかもしれない。
しかし両親を呼ぶわけにもいかない。というか呼んでも仕事中の為これないだろう。
止むまで……いや、親の仕事が終わるまでどう過ごそうか。それを考え始めた時、不意にトントンと横から肩を叩かれた。
俺はくすぐったさと驚きとが入り混じった感覚に肩を震わせながら振り向く。
「ようモッチー。何やってんの」
「ビビった……瑞葉か」
「相変わらずいい反の……じゃなくてビビりだねぇ。で、何やってたの?」
「……待ちぼうけ」
「あ、迎え?」
「いや、雨止むの待ってるんだ」
からかい半分で話しかけてきたのは十年来のクラスメイトである幼馴染の
珍しいことに、どうやら彼女も今帰りらしい。その手には傘があった。
「もしかしてモッチー傘忘れ? 珍しいね。天気予報見なかったの?」
「今朝は寝坊してドタバタしてたからな」
「あぁ、モッチー急ぐといい事起こらないタイプだもんね」
どんなタイプだ……と思ったが、事実なので口には出さずに瑞葉と会話を続ける。
「瑞葉は今帰りか。部活は?」
「休み。これから更に強くなるからって顧問が練習中止にした」
「げ、マジか」
天気予報見ればよかった……てか確かに止む気配はなかったが更に強くなるとは思いもしなかった。
これは覚悟を決めるかと思考を巡らせていると、瑞葉から意外な提案があった。
「……なんだったら一緒に入ってく?」
「いいのか? 助かるけど、変な噂立たないか?」
「大丈夫でしょ。私達、幼馴染だし。それに、私的には……」
「? すまん。最後の方よく聞こえなかった」
「な、なんでもないよ!? とにかく! 私は気にしないし、一緒に帰ろ! ね?」
「ああ……」
勢いに押される形で、俺は瑞葉の傘に同伴させてもらう形で帰路につく。
「こうして帰るのも懐かしいな」
「そう? え、もしかしてモッチーって相合傘経験者?」
「相合傘経験者ってなんだよ……お前としただろ? ほら、小学生の時」
確かあの時は立場が逆で、瑞葉が傘を忘れてたな……と少し昔に思いを馳せていると、瑞葉は雨音よりも小さな声で何かを呟いた。
一体何を言っているのだろうか? 気になるが、またはぐらかされるとわかっているので、俺は話を続ける。
「あれ以降、瑞葉って傘を忘れたことないよな」
「そんな毎度毎度、忘れるわけないじゃん」
「確かに」
瑞葉は真面目だし、負けず嫌いの気もあるからな。からかった記憶がある俺は自信満々に返された言葉に大きく頷いた。
それにしても……
「なんかいつもより上機嫌だな。何かあったか?」
「ん~、別に何でもないけど~?」
「……?」
更に上機嫌になったような? まあ学校でのことだろうと高を括り、深くは考えず前を見て歩いていると、ふと水しぶきをあげてこちらの方向に走ってきている車が視界に入った。
……水たまりは近くにもあるし、これ確実にかかるよな。車道側を歩く瑞葉を見てそう思った時には、行動していた。
「ちょっとすまん」
「え? きゃあっ」
俺が無理に立ち位置を変えるのと、車が通って水しぶきがあがったのは同時だった。
「すげー飛ばす車だったな……大丈夫か?」
「私は大丈夫。だけどモッチー、めっちゃ濡れてるじゃん!」
そう言って瑞葉はびしょ濡れになった俺のワイシャツにハンカチを当てる。正直、焼石に水感が否めないが……そう心配された気持ちを向けられただけでも庇った甲斐があるというものだ。
「大丈夫だって。教科書無事だし。これは明日にゃ洗うんだし」
「教科書やワイシャツも心配だったけど、モッチーもだよ! 風邪引いたらどうすんのさ!」
「そ、そこまで虚弱になった記憶はねぇって……あー、あとさ」
「ん? あ……ご、ごめん」
勢い余ってか、瑞葉は密着と言い表していいくらいに俺にくっついてきていた。
流石に俺も思春期男子。瑞葉の女性的な膨らみに対して何も反応しないわけではない。どうにか耐えてるが……多少濁したながらもそれを指摘してからの道はどこか気まずい空気が流れ、会話しようって雰囲気はなくなってしまった。
言わなきゃよかったか……けど言わなきゃ俺の理性は瓦解してたし庇わなかったらやっぱ理性瓦解する可能性があったわけだし……少し熱を持った頭では中々に思考がまとまらず、俺は柄になく辺りを見渡す。先程のように車は影もないし、人の姿も同様になかった。
「……モッチー、さっきはありがとね」
「え……いや、いいんだよ。瑞葉が濡れなくてよかった」
「――っっ! そ、そういうこと素面で言うの禁止!」
「えぇ……」
急にどうして……。
そういう瑞葉の顔は心なしか赤くなっていた。まだ先程のことが尾を引いているのだろうか……いや、俺も赤くなってる自覚あるから、人のこと言える義理はないけど。
つーか意識しだすとこの状況すらヤバいな。女子と相合傘だぞ? 気心知れた仲とは言え憎からず思ってる相手と肩が触れる距離で歩くって……ヤバい。考えたら耳まで熱くなってきた。
それからは会話という会話もなく、いつの間にか俺達は瑞葉の家の前についていた。
「ありがとな。傘に入れてくれて」
「ありがとなって……え、モッチーこれからどうすんのさ」
「走って帰る」
「傘貸すよ?」
「もう濡れてるし、今更問題ないだろ」
「そりゃそうかもだけど……それ以上濡れて風邪引かれても私の気分が悪くなるから、持ってって」
そう言われると痛いな……俺も風邪なんて引きたくないし。あと授業に遅れたくない。
俺のそういう心象を知っている瑞葉は傘を俺に押し付けた。
「明日の朝返してくれたんでいいからさ」
「お、おう……って、ええ!?」
それってもしかしなくても一緒に登校しようってお誘い……だよな?
真意がわからずにいると、瑞葉は恥ずかしかったのか、頬を真っ赤にして上目遣いでこちらを見やる。
「ダメ……かな?」
「だ、駄目じゃない……から。ありがとうな」
「いいよいいよ。お互い様ってことで♪」
「?」
お互い様って……俺はよく頼ることあるけど、あっちからはあったっけ?
しかしとても機嫌よさそうな時にそんな野暮なことを聞く気にもなれず首を捻っていると、瑞葉は何故か笑った。
「やっぱり気づいてない──あ、そうだ。ついでに起こしに行ってあげよっか?
「っっ!」
先程の上目遣いから一転、からかいモードになった瑞葉からの魅力的な提案と不意打ちのような名前呼びに、思わず目を見開く。
そ、そりゃあ何とも拒否しがたいお誘いだ……。
「なーんてね。じゃ、また明日ね!」
「あ、ああ……また明日」
先程の誘惑でショート寸前の思考を働かせている間に、瑞葉は元気に別れの挨拶をして心なしか早足で家に入ってしまった。結局、傘は借りてしまった訳で、つまりは明日一緒に登校することが確定したわけ、か。
マジか……俺は傘を見やる。好きな子と相合傘って時点でヤバかったが、明日一緒に登校とか考えるだけでも緊張してしまう。
でも、だ。
「集合時間とか、決めなくてよかったのか?」
忘れているだけだろうけれど、瑞葉もそういうところ抜けてるよなぁ。俺は取り敢えず家に帰ることにした。
それから程なくして、メッセージアプリで『ゴメン! 明日何時くらいに出る?』という文言が瑞葉から送られてきた。
後書き ※5/15
すいませんジャンルを間違えてました。現在は修正済みです。
傘を忘れたら幼馴染と一緒に帰ることになった 束白心吏 @ShiYu050766
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