第26話

「おいっ、櫻井っ。」


俺はお腹のあたりまで海につかっている櫻井に向かって叫んだ。


でも櫻井は全然こちらを見ない。


ここの海は道路に面しているが、高い堤防が音を妨げているのか、静かだ。

だから俺の声は櫻井にも聞こえているはずだ。


なのに櫻井はどんどん奥の方へ歩いていく。


「待て。櫻井。おい、聞こえてんだろ。」


そう言いながらも俺は砂浜を走り海に入っていく。


海の中は走りにくく、なかなか櫻井との距離が縮まらない。

やばい、ここの海は途中から深くなるのに。


いつ櫻井が俺の視界から消えても不思議ではないくらい、櫻井は俺よりもずっと先の方にいる。


「櫻井、お前に言わなきゃダメなことがあるんだ。」

「お前に言って、謝んなきゃダメなことが」


そう言っている最中に櫻井が視界から消えた。

急にストンッと。


「櫻井っ。」


まずい、まだ10mほど俺達には距離がある。

急いでいるのに脚は思ったように進まなくてイライラする。

くそっ、くっそ。

俺は今回も櫻井を助けれないのかっ。


櫻井が消えた地点まであと少しだ。

なんで櫻井は上がってこない。なんで俺の声が届かない。


ガクンッ。


きた、櫻井が消えたところだ。

このあたりにいるはずだ。


塩水で目が開きにくいが、無理やり開ける。


とりあえず潜った。視界が悪い。どこだ、櫻井。

潜る


潜る



潜る




いた。櫻井の黒い長い髪の毛が海の中で揺れている。

櫻井は身動き一つせず、ただただ海の中に身を任せていた。


そんな櫻井を抱えるようにして上を目指した。

抱えた瞬間櫻井が少し動いたような気がした。



「ぷはあっ。」

「。。。ごっほ。ごほ。」


とりあえず櫻井は回収できた。少しぐったりしているが、意識はありそうだ。


せき込んでいる櫻井を引っ張り脚が付く場所まで向かう。


つかんでいた腕を離し、櫻井の方を振り返る。


俺よりも長く潜っていた分水を少し飲んでしまったのだろう。せき込んでもいたし、生理的な涙か、目が赤くなっている。


「櫻井。ごめん。昔も今も助けられなくて。来るのが遅くなって。」

「でも、頼むから1人で勝手に消えようとしないで。」

「俺じゃなくてもいい。多田でもいい。誰でもいいから。助けてって言えよっ。」


櫻井は俺の涙に驚いたような表情をした。そして何か話すかのように口が動いたが、何かを察したように下を向き。次には今まで見たことないくらい柔らかい笑顔で俺のことを見ていた。


「なんで俺が泣いて、櫻井が笑ってんだよ。」


そう言いながら俺は櫻井を抱きしめた。




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