第6話
単語テストも無事終わり、4限目の数学もあと数分で終了だ。
皆あと少しで昼休みということもあって、そわそわしだしている。
俺は一番後ろの席のため、残りの時間は皆を観察することにした。
前に座っている雅人はそっと鞄から財布を取り出して既に食堂に行く準備をしている。4限目の途中まで眠そうに船を漕いでいた奴らもすっかり目が覚めたのか、前を向いている。真剣に授業を聞いている風に見せかけて黒板の上の時計でも眺めているんだろう。
窓際の席に目をやると、まっすぐに黒板に視線を向けている櫻井がいた。
窓から入ってくる風が櫻井の細い髪の毛を揺らす。教室全体は落ち着きがない空気が漂っているが、櫻井の周りだけゆっくりした静けさが漂っている。
先生の板書に少し遅れて櫻井の手が動く。ここからでも分かるくらい丁寧にノートを取っているだろうことが伝わってくる。
耳に掛けていた髪の毛が落ちる。
櫻井はシャーペンを動かすのをやめ、その手で髪の毛を耳にかけなおした。
そこで授業の終了を知らせるチャイムがなった。
「じゃあ、今日はここまで。下に載ってる練習問題を次の授業までにしてくるように。はい、起立。礼。」
「ありがとうございました。」
教室のざわめきが俺の頭を現実へと引き戻した。
「和。めっちゃお腹空いた。早く食堂行こう。」
「お前、授業の途中から財布だしてスタンバってたろ。」
「朝、親子丼の話してから親子丼の口になっちゃって。売り切れる前に早く。」
そう言って雅人にせかされながら小走りで食堂へ向かった。
「美味そう。ラーメンもいいけどたまには違うの頼むのもいいな。」
雅人はキラキラした目で親子丼を見ていた。
「お前は人生楽しそうでいいな。食堂の親子丼でそこまで目を輝かせられるなんて。」
「和、人生は楽しんだもん勝ちなんだぞ。お前はたまに目が死んでるからな。もっと楽しんだ方がいいぞ。」
雅人に言われてドキッとした。
「俺、目死んでるときある?眠いだけなんじゃね。」
「いや、あれは眠い目じゃないね。何かどんよりしたこと考えてるんだろうなって思ってた。てかお前、女子の会話で有りがちな‘誰々ってこういうところ空気読まないよね‘みたいな話嫌いだろ。そん時だもん、目が死んでることが多いの。」
雅人は何も考えていないようでよく人を見ているなと思った。変にごまかしても怪しいだけなので俺は降参した。
「そうだよ。俺ああいう話苦手なんだよな。本人には絶対言わないくせに裏では色々話してるの。しかも同じグループの奴の話だったりするじゃん。いつもはそんな素振り見せず仲良くしてるのに。まさか雅人にばれてたとは意外だったな。他の奴にも気づかれてそうだ。」
「他の奴は気付いてなんじゃないかな。俺そういの敏感なんだ。」
そう言って雅人はニヤリと笑った。
「てか和、カレーちょっと頂戴。それも美味しそう。」
もうこの話題は終わりなのか、雅人は俺のカレーにスプーンを伸ばしていた。
「俺まだあげるって言ってないのにスプーン伸ばしてくんなよ。」
そう言いながらも俺は自分のカレーを少し雅人の方へ近づけた。
「カレーうめえっ。次はこれにしよう。」
誰が作ってもそんなに違わないだろうに雅人は美味しそうにカレーを味わっている。
「それと和、お前のその絶妙な気遣いが女子を勘違いさせるんだからな。気を付けろよ。」
「なんのことだよ。」
俺なにもやってないんだけど。
本当に心当たりがなくて雅人の方を怪訝そうに見た。
「今俺にカレーくれるとき、そっとこっちに近づけてくれたろ。」
「だってそっちの方が取りやすいだろ。こぼしにくいし。」
「だーーーーっ。そういうとこだよ。そういうさりげない優しさが女子を心を射抜くんだよ。あと、俺の心もな。」
「へえー。そういうもんなんだ。」
俺は食べることに集中するふりをして考え事をした。
雅人が「いや、俺の心もなってとこに突っ込めよ」とギャーギャー騒いでいるが、放っておいた。
俺が何も考えずしていることが、他の人にとってはそうでないこと。ましてや女子の気を引いてしまうことに少し嫌悪感を覚えた。
勝手に向こうで物語を作って盛り上がらないでほしい。俺は何も考えていないんだから。
ふと、今朝見た線路に近づいていく櫻井の後ろ姿が脳裏をよぎった。
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