最終話 好きなものは好きだと伝えたい
「君は僕の、僕たちの女神、天使、プリンセスなんだよぉ? それがこんなところにいちゃいけないんじゃないかなぁ? それに」
男の目が俺に向けられる。
その額に青筋が立つ。
「男と一緒にいるなんて行けないんじゃないかなぁ……アイドルっていうのはファンのために愛の全部を捧げないとダメだろぉ。そんな男に、個人に愛を捧げるなんてダメじゃないかぁ。君は男の竿を咥えた口で僕たちへ愛の言葉をささやくつもりかぃ?」
「…………ッ!」
初女の肩が震えた。
図星を突かれたとかそういうのではない。多分、純粋な恐怖だ。
そして、懐からギラリと光るモノを取り出す。
ナイフだ。
「君みたいな……ビッチ……許すことはできない……ここで死んでくださぁ~い!」
ナイフを腹部に添え、切っ先を初女に向け、まっすぐに突っ込んできた。
「きゃ……!」
一瞬の事だった。
俺は釣りざおを男に向かって投げ放った。
「イデッッッ……!」
竿のグリップ部分を男に向け、思いっきり引っ張るような動きで、後方に向かって投げ放つ。そっちの方が空気抵抗が少なく、まっすぐ竿が槍のように飛んでいく。
見事に男の額に当たり—――隙ができる。
「ダアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
一気に走り寄り、ナイフを持つ手を蹴り上げる。
ドラマで見た動きの見様見真似。素人がやっちゃいけない非常に危険な行為だ。切っ先部分を思いっきり蹴り上げて、指を切断する危険性もある。
だが—――俺は幸運だった。
ポ~~~~~~~~ン!
ナイフは空中を弧を描いて飛んでいき、そのまま海に落ちていく。
俺の蹴りはナイフの根元に当たり、男の手からすっぽ抜けさせることに成功していた。
「くっそっ……! 何だよお前! お前こそ意味わかんねぇんだよ!」
ストーカー男の怒りが今度はこちらの向いた。
「俺たちと同じ一般ピーポーの分際で! 彼女に告白された程度で図に乗ってるんじゃねぇぞ! アイドルと付き合う覚悟もないだろう!」
「あぁ、なかったよ」
男の胸倉を掴む。
そして、まっすぐ、男の目を見て言う。言ってやる。
「俺はただ、のんびりと家でテレビを見ていたら、告白されただけの男だ。それからお前らみたいなやつらのイタ電で毎日毎日迷惑している。告白されなきゃよかったって思ったりもした! けどな! 堂々と自分が好きなものを好きだと言ってのけた彼女の勇気にはちゃんと応えなければいけない。俺は、真正面から彼女の勇気を受け止める。そう、決めた。お前らみたいなやつがどれだけ来ても、真正面から立ち向かってやると、それが、初女の勇気に報いる俺のやり方だ!
正面切って堂々と来い! 俺は彼女の隣に居続ける!」
ガンッ!
いきおいあまって、ストーカー男の額に頭突きをかましてしまった。
「ヒ、ヒィィィィィィィィィ~~~~~~~~~~~~~~‼」
男の額から若干の血が流れる。
それにビビってか、男はダッシュで逃げていった。
「隣に居続けてくれるんだ」
振り返ると、ニヤニヤと初女が笑っている。
「……お前が後先考えて公共の電波を使って告白したのか、それとも全く考えなしで告白してきたのかは、知らん。
だけど、好きだと言ってきた相手から逃げることは簡単だ。そして、リスクを考えて自分の好きを押し込めることも。それを押して、好きだと伝えてきた相手に報いなければ、俺は余りにも情けない男になる。そう思ったんだ」
竿を拾い上げ、再びルアーを海に向かって投げる。
何事もなかったかのように。
「そう」
「そうだよ」
「これからも大変だと思うけど、宜しくお願いします……」
ペコリと初女が頭を下げた。
クンクンッと初女の竿の先が動いた。
ただテレビを見ていただけなのに、推しのアイドルが俺に向かって告白してきた。 あおき りゅうま @hardness10
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