問いを解く④

 放課後の自習室で僕は英語の長文問題を解いていた。

 赤ペンで答え合わせをしてみると、以前より明らかに丸印の数が増えていて少し嬉しい。め瑠香はスマホを指で叩いている。

 僕はもうひとつ、答え合わせを始めた。

「昨日、瀕死の猫がいたんだ」

「そうなんだ」

「その猫が急に転んでさ。それがかなり痛そうでつい目を逸らしたんだよ。で、振り返ってみたんだけどもう猫いなくなっててさ」

「うん」

「そのとき、正直ほっとしたんだよな」

 窓から赤い夕焼けが差し込んで自習室を照らした。それがカギとなったのか、昨日の不甲斐ない自分がありありと蘇ってくる。

「安心したんだよ。もう見なくていいんだって。本当はガリガリの身体も、ボサボサの毛も見たくなかったんだ。そういうところも含めて猫なのにさ。ほんと、ひどいよな」

 猫は生きていた。

 平和な表情と命の期限が確かに共存していた。なのにその片方しか見たくないなんて、僕はどこまで自分勝手なんだろう。

「ひどくないよ。全部見てたらやってけない」

「でも、知る努力は必要だと思う」

 明るい部分だけを見て、暗い部分に目を瞑ったまま『それになりたい』だなんて、そんなの相手を知る努力を放棄するのと同じだ。

「目を開けて、ってのはそういうことだったんだな」

 そこで僕はこの間の彼女の台詞をふと思い出した。

 もしかすると、あれは褒め言葉なんかじゃなくて。

「大志ってイケメンだよね」

 目の前にいる彼女の声と、記憶の中の彼女の声が重なった。

「そのうえ真面目で、行動力があって、努力家で、真っ直ぐだ」

「中身は残念だけど?」

「そこがまた良い」

 僕は目線を上げて瑠香を見た。

「みんな、ちゃんと見てよ」

 彼女はいつものように下を向いたまま、リズミカルに液晶画面をタップする。しなやかな細い指に目を奪われた。

 そして、その隙を突くように彼女は予想外の言葉を差し込む。


「おめでとう。半分正解だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る