第28話 湖に起きた異変

 翌朝、カルロスとナディアは早速役場へ向かうべく宿屋の店主に場所を尋ねていた。


「ああ、この店が面してる大通りをずっと行ったところに噴水の広場があるんだが、その広場に面したデカい建物がこの街の役場さ。その辺りで一番デカい建物だから行ったらすぐに分かるよ」

「そうか、ありがとう」


 店主はわざわざ店の外に出て、広場の方向を指差し説明してくれた。カルロスは親切な店主に礼を言い、広場へ向かった。


「すっっごーーーーーい!」


 広場に着くなり、ナディアは目を輝かせて噴水を見上げた。ナディアが興奮するのも頷けるほど大きく立派な噴水だった。真っ白な煉瓦を積み上げて作られた噴水は、中央から勢いよく水を噴き出していた。

 カルロスもナディアと同じように噴水を見上げていたが、ふと小さな違和感を感じた。


 湖は干上がっているのに街の水路には特に影響がないのか?湖と別の水源から水を引いているのだろうか。


 カルロスは感じた疑問を胸にしまい、辺りを見回した。噴水を中心として円形の広場には、各所にベンチが置かれて憩いの場ともなっているようだ。そして、広場を囲むようにいくつか建物が隣り合っている。その中でも一際大きくて立派な建造物がある。ここが街の役場で間違いなさそうだ。


「ナディア、いくぞ」

「あっ、待ってください!ご主人様〜」


 カルロスが一声を掛けて先に役場に向かうと、ナディアが慌てて追いかけて来た。そのまま二人は立派な扉を開け、中に入った。


 大きな街の役場だけあり、中は役人や諸々手続きをしている人々で賑わっていた。カルロス達は、扉の近くのカウンターに座っていた受付嬢と思しき女性に声をかけた。


「すまない、旅の者なんだが、湖の状況について詳しい者はいないか?」

「ようこそサルモンへ!はぁ、そうですね…湖の管理を担っている者がおりますので…少々お待ちください」


 受付嬢は、急な頼みにも関わらず嫌な顔ひとつせず取り合ってくれた。そして、該当の人物に思い当たった様子で、近くにいた他の役人を呼び止めて何やら頼み事をしているようだった。


 しばらくすると、その呼び止められた役人が別の人物を連れて受付まで戻ってきた。


「ご苦労様。お客様、こちらが湖の管理を行なっておりますマルコでございます」

「あなたですか?湖について聞きたいという旅の方は…」


 受付嬢にマルコと紹介された男は、表情は疲れて切っていたが歳の頃はまだ若そうな青年であった。この若さで湖の管理者を任されているとは感心である。


「ああ、降水量や降雪量が少なかったという話はあちこちで聞いたんだが、もっと他に直接的な原因があるんじゃないかと思ってな」


 カルロスが単刀直入に聞くと、マルコは顔をこわばらせ、辺りを見回した。そして声を低くして言った。


「…すみません。その話はここでは…応接間に案内しますので着いて来てください」


◇◇◇


 応接間に通されたカルロスとナディアは、出された茶と茶菓子に舌鼓を打っていた。ナディアは給仕の女性に、図々しくもおかわりを頼んでいた。


「場所を移してもらって申し訳ありません」

「いや、こちらこそ急に訪ねたにも関わらず取り合ってくれて感謝する」


 マルコは手巾で汗を拭いながら、一口茶を含んで息をついた。


「それにしても、この役場は立派な建物だな」


 カルロスは少し場の空気を和ませようと話題を変えてみた。すると、マルコは嬉しそうに目を細めて部屋の中を見回しながら言った。


「ええ、半年と少し前に完成したばかりなんです。腕のいい大工の方が2年もかけてそれは丁寧に建ててくださいました」

「そうか…ん?もしかしてこの役場を建て替えたのはウーゴという豚人族オークの大工じゃなかったか?」

「ええ!ええ、そうです!お知り合いなんですか!?寡黙で真面目で、本当に腕のいい職人さんでしたよ!」


 そういえばウーゴはサルモンの役場の建て替えをしたと言っていた。そのことを思い出して尋ねてみると、マルコは目を丸くして驚きながらも、嬉しそうに何度も首肯した。そして建築当時のことを語り始めたマルコは本当に嬉々としていて、話の節々からウーゴへの信頼も感じ取れた。隣に座るナディアも鼻の穴を膨らませて、どこか誇らしげな顔をしている。


 ウーゴ、お前の仕事は本当に素晴らしいものなんだな。こんなに人を喜ばせることができているぞ。大したもんだ。


 カルロスは心の中でウーゴにそう伝えた。


「はっ!すみません!つい話し過ぎてしまいました…それで、湖のことでしたよね」

「いや、楽しく聞かせてもらったし気にしないでくれ」


 しばらく話に花を咲かせたが、マルコはハッと我に帰るとペコペコと何度も頭を下げた。カルロスはそれを静止しつつ、姿勢を正して聞く体勢を整えて改めて本題を尋ねた。


「それで?湖が干上がった原因はなんなんだ?」


 マルコは、周りに誰もいないにも関わらず再びキョロキョロと辺りを見回した。


「…街の者には開示していないので、くれぐれもご内密にお願いしますよ」

「ああ、もちろんだ」

「任せてくだふぁい!」


 落ち着きなく周りを気にしながらも話してくれるマルコに、カルロスとナディアは強く頷いた。ナディアは茶菓子をまだ頬張っているようだ。


「ネグラ山脈からアスル湖に雪解け水が流れて来ていることはご存知ですよね?確かに、降雪量が少なく、雪解け水自体も今年は少なかったんです。ですが、それだけでは広大なアスル湖が干上がることなんてないんですよ。

 私は湖の管理担当者としてもちろん現地を調査しました。すると、山から湖に流れる大きな水路が堰き止められていたんです。大きな岩がいくつも積まれていて…明らかに自然にできたものでは無く、人為的なものだと感じました」


 マルコは棚から地図を取り出して、水路が堰き止められていた箇所にバツ印をつけた。


「それにより、行き場を失った雪解け水は別の場所へと流れていっているようでした。私はその水の流れを辿っていきました。すると、その先には美しい泉があり…魔物の棲家となっているようでした」


 そこまで語ると、マルコはブルリと身震いして続きを話し始めた。


「恥ずかしながら…魔物の群れを見て恐ろしくて…慌てて逃げ帰って来たのですが、道に迷ってしまいまして…何とか山を降りた先で、地面にポッカリと穴が空いているのを見つけたのです。とても大きな穴でした。自然に陥没したものなのか、はたまた…それは分からないのですが、その穴は堰き止められた箇所とは別の水路の先にあり、山から流れる水がその大穴の中に流れ落ちてしまっていました。

 この二箇所は最も大きな水路で、そこが機能しないとなるとアスル湖は水の供給元を失ってしまうことになります。それに、大穴の位置的に恐らく元々の湖の水もこの大穴の中に流れてしまった可能性が高いかと踏んでいます」


 話を聞きながらカルロスは考え込むように視線を地図に落としていた。


「なるほどな。恐らくだが、その大穴も自然発生したものではないんじゃないか?もし地震といった災害が原因だったなら、街の人たちも気づくだろうしな」

「そうですね、大きな地震や雷といった災害はここしばらく起きていないので、私も恐らく違うかと思います」


 カルロスの推論にマルコも神妙に頷いた。

 魔物が絡んでいるのであれば、街の住民に心配をかけないように情報を隠していたのにも納得できる。だが、もし水路を堰き止めて湖を干上がらせたのが魔物の仕業だとすれば、その目的はなんだ?


「色々と気になることがあるし、俺達も現地に行ってみるとするか」

「ふぁい!いてっ」


 カルロスがナディアを見やると、ナディアがこっそりとカルロスの茶菓子に手を伸ばそうとしていたため、ペチンとその手を叩いたのだった。

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