第26話 出発
カルロスとナディアは、村に戻るとディエゴに山賊達を警備隊へ無事引き渡した旨を伝えた。
「本当に何から何まで…お世話になりっぱなしでカルロス殿には何と礼を言ったらいいのか…」
「気にするな、俺達が好きで協力したことだ」
カルロスは、ペコペコとひたすら頭を下げるディエゴを制した。
「警備隊には定期的にこの村にも顔を出して欲しいと伝えておいた。困ったことがあったら分隊長のレオンという男を頼るといい」
実はカルロスがレオンに飛ばした手紙に、たまにでもいいのでモラド村の様子を見て欲しいと書いておいたのだ。レオンはああ見えて義理堅いところがあるので、しっかりと気にかけてくれるだろう。
「ありがとうございます…!せめて何かお礼の品をお渡ししたいのですが、何せ貧しい村ですので目ぼしい物は何もなく…」
困ったように眉根を下げるディエゴに、カルロスは思いついたようにこう言った。
「あ、じゃあ弁当を用意してくれないか?このまま次の町へ立とうと思うんだが」
「なっ…もう行ってしまわれるのですか!?…ええ、分かりました。残念ですが引き止めるわけにもいきません。持ち運びのしやすい弁当をすぐに用意します!」
ディエゴは思わぬ提案に目を瞬かせるも、踵を返してカルロス達が宿泊していた酒屋の方へと駆けて行った。
半刻程で、笹の葉で包まれたおにぎりと、簡単なおかずを用意してくれた。そのお弁当を見て、ナディアはキラキラと目を輝かせて喜んでいる。若干よだれが垂れているように見えるが気のせいだろうか。
「うわ〜!美味しそうですね!食べるのが楽しみです!」
「ありがとう。酒屋の二人にも礼を言っておいてくれ」
「ええ、もちろんです」
カルロスはディエゴに礼を言うと、村の門へと向かった。
「あっ、ご主人様っ!見てください!」
村の門の様子に気づいたナディアが声を上げた。
弁当を頼んだ後、恐らくディエゴが村人達に声をかけたのだろう。門の前には門番であるラウルやシモンはもちろん、レイナや他の村人達もカルロス達の見送りのため集まってくれていた。
「ナディアちゃん!またいつでも遊びにおいでね」
「カルロスさん、あんたはこの村の恩人だよ」
「絶対絶対また来てね!」
村人達は口々に感謝の言葉を述べている。
「…全く、こういうのは苦手なんだが…」
「ご主人様、照れてるんですか〜?」
「うるさいぞ」
「うふふふふ」
カルロスが気まずそうに頬を掻いていると、ナディアがニヤニヤしながらカルロスの顔を覗き込んでくる。カルロスは軽くナディアの額を小突くが、ナディアは嬉しそうに笑みを深めるばかりだ。
「じゃあ、長い間世話になったな」
「また会いに来ます〜〜〜!!」
カルロス達は村人達に見送られながら、モラド村を出発した。
◇◇◇
「うふっ、うふふ」
「どうしたんだ、ずっと笑っているな」
村を出てからもずっとナディアがニヨニヨと頬を緩めているため、カルロスが怪訝な顔をして尋ねた。気持ちが浮ついているからか、ナディア自身もふよふよと揺れながら宙で漂っている。
「いえ、誰かに感謝されるってとても嬉しいんだなと思いまして」
ナディアは、長くランプの魔神として人々の願いを叶えてきたが、皆一様に願いを叶えることばかりに意識が行っており、ナディア自身が感謝されることはほとんどなかった。そのため、多くの人に囲まれて感謝の言葉を述べられるのは今回が初めてだったのだ。
「ああ、そうだな。感謝される喜びを知っていると、人に優しくすることができる。大変な思いもさせてしまったが、ナディアにとってもいい経験ができたな」
ナディアの様子を我が子を見るような暖かな視線で見守るカルロス。次第に落ち着いたナディアはくるりと宙返りをすると、カルロスの前に浮かび、尋ねた。
「それで、次の目的地はどちらでしょうか?」
「うーむ…」
ナディアに目的地を尋ねられ、カルロスは言葉に詰まった。どうしてもウーゴが被害を受けた瘴気のことが気になっていた。
「サルモン…ウーゴは確か最後に覚えているのはサルモンという街だと言っていたな。少し距離はあるが町や近くの様子も見ておきたいしそっちへ向かおう」
「承知いたしました!サルモンというのはどの辺りにあるのですか?
「そうだなぁ…」
ナディアが首を傾げて尋ねると、カルロスは杖で地面に簡単な地図を書き始めた。
王都を中心にして、その南西にカルロスとナディアが出会ったベルデの町がある。そこから北西に向かい、ネグラ山脈を越えたところにあるのがモラド村だ。王都から見ると真西に位置している。そして、ネグラ山脈は王都の西側に南北に走る山脈で、山賊達のアジトがあったのもこのネグラ山脈の北部であった。
次の目的地であるサルモンは、ネグラ山脈沿いにさらに北上して行くと現れる大きな湖の東側に栄えた街である。それなりに大きな都市であり、雪解け水が溜まってできた透明度の高い湖には休暇のために訪れる人が後を絶たない。そのため、観光業で活気付いていたはずだ。
「…こんな感じだな。俺もあんまり覚えていないが、街並みも華やかで魚がうまい街だ」
「えっ、楽しみですね!ジュル…はっ!お弁当!そろそろ食べませんか!?」
カルロスの説明にふむふむと聞き入っていたナディアだったが、食べ物の話から、楽しみにしていた弁当の存在を思い出したようで慌てて溢れそうになるよだれを拭っている。
「ふっ、そうだな」
カルロスは地図を書いていた手を止めて、山道の横に都合よく見つけた切り株を机代わりにして弁当の包みを開いた。
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