第24話 レオン

「それにしても、随分変わったメンツだなぁ」


 警備隊分隊長のレオンは、その場にいた山賊や豚人族オークを見て面白そうにニヤニヤしている。

 身の丈はカルロスと同じぐらいで、短いが艶やかな黒髪を靡かせ、切長の瞳は金色に輝いている。笑みを浮かべるその薄い唇からは、鋭い犬歯が顔を覗かせている。かっちりとした漆黒の軍服に身を包んでおり、腰には剣を帯刀している。


「ああ、ここにいる奴ら皆お前に預けたいんだが大丈夫か?」

「余裕余裕、俺様に任せとけって」

「相変わらず適当だな…副隊長に同情するぞ」


 お気楽に手を振りながらケラケラ笑うレオンの様子に、彼の副官である女性の気苦労を想像してため息をつくカルロス。


「んあ?お前が女連れなんざ珍しいじゃねぇか。アンタ、名前は?」

「えっと、ナディアです」

「へぇーーーーー…」


 ナディアの存在に気付いたレオンは物珍しそうに近付くと、マジマジとナディアを観察した。そして、ナディアの首元に顔を寄せてクンクンと匂いを嗅いだ。


「ちょぁーーーっ!?なにすんですか!?セクハラですか!?」

「んー?人間の匂いじゃねぇな…魔物…とも違う感じがするし、お前何者だ?」


 ナディアは急に匂いを嗅がれて勢いよく後ろに飛び退いた。首を押さえて顔を真っ赤にしながら抗議しているが、レオンは気にも留めずに鼻を擦りながら首を傾げている。


「ああ、ナディアは魔神なんだ。このランプの主さ」


 カルロスが懐からランプを取り出して見せると、レオンは目を見開いてランプを観察した。


「へぇー!本当にランプの魔神なんて存在したんだな!なるほど、お前が側に置くのにも合点がいったわ」


 うんうんと一人納得しているレオン。先ほどから無視されているナディアは怒り心頭でカルロスに訴えかける。


「ご主人様ぁ〜!この男失礼ですよ!何なんですか!いきなり人の匂いを嗅ぐなんて考えられません!」

「悪いな、レオンは異様に嗅覚が優れているんだ。コイツなりの挨拶だと思って許してやってくれ」

「むむむぅ〜」


 ナディアは頬を膨らませて不貞腐れる。レオンはそんなナディアの横を素通りし、呆気に取られているアルトゥロ達に歩み寄り、今度は彼らの観察を始めた。


「ふぅーん。なかなか鍛えがいのありそうな奴らだな。このデカイ兄ちゃんなんて中々いい感じじゃねぇか。面白そうだ」


 レオンは口角を上げて悪そうな笑みを浮かべながら、アルトゥロの体をペチペチ触り始めた。


「おい、カルロスよぉ。本当にコイツは大丈夫なんだな?」


 先程からのレオンの様子を見て、少し不安げにアルトゥロがカルロスに尋ねた。仲間の山賊たち諸共その身を預ける相手として相応しいのか疑問に感じているようだ。


「ああ、こんなんだがレオンの腕は確かだ。俺が保証する。レオンの隊には人間だけじゃなくて魔族もいる。コイツはそんな多種多様な奴らをその腕一本で束ねているんだ」

「まぁな!俺様は強いからな!それでもカルロスには全戦全敗なんだよなぁ〜さっきも不意打ちつきゃぁ勝てるかもと思ったんだが…」


 フンッと自慢げに胸を張った後、残念そうに頭を掻くレオンに、カルロスがため息をつきながら答える。


「お前のことだから絶対襲い掛かってくると思ったんだよ」

「ちぇっ、バレバレだったか」


 レオンは頭の後ろで手を組み、唇を尖らせる。そして気を取り直したように山賊達に向き合うと、彼らをビシッと指差して言った。


「ま、それはさておき、お前らは最近手配されている山賊一派なんだよな?あちこちから被害報告が上がってるぜ?窃盗に脅迫、人身売買と来たらそれ相応の刑期だと思った方がいい。カルロスに免じて自首の形を取るが、見たところ牢に繋ぐより体を動かす方が向いてそうだ。お前らには俺様の手足となって働いてもらうぜ!」


 ニヤリと黒い笑みを浮かべるレオンに、山賊達は不安そうに顔を見合わせザワついている。アルトゥロはそんな山賊達の様子に何やら考え込んでいる。


「んで、アンタだな。カルロスが言ってた瘴気でおかしくなっちまってたって豚人族オークは」

「む…そうだ」


 陽気な雰囲気から一転、真剣な表情になったレオンがウーゴに向き合う。


「俺様も瘴気の影響で凶暴になった魔物を見たことがあるし戦ったこともある。正直言うと、そういった奴らの処遇については難しいところでな…俺様の手に余るからお前は王都に移送されることになるだろう。そこで然るべき措置を受けてもらう」

「…承知した」


 レオンの言葉に、ウーゴは神妙に頷いた。


「さて、と。何か質問があるやつはいるかー?なければこのまま警備隊が駐屯している町まで行くぞー。俺一人だったら一っ走りすれば2日もかからねぇが、この人数連れてとなると数日掛かるしな」


 面倒臭そうに頭を掻きながら山賊達を見回すレオンに、待ったをかけたのはアルトゥロだった。


「すまねぇ。これからアンタの下に着く前に、実力を見させて欲しい。俺と手合わせしちゃくれねぇか?」

「んお?面白そうじゃねぇか。いいぜ?」


 アルトゥロの進言に、レオンは舌なめずりをしながら快く頷いた。恐らくアルトゥロは、自分と仲間を任せるに値するのか、自らの手で確認するつもりなのだろう。カルロスはアルトゥロの真意を悟り、静かに見守ることにした。


「アルトゥロー!そんな奴やっつけちゃってくださいよ!」

「お頭ー!頑張ってくだせぇ!」


 ナディアはというと、不躾な態度のレオンのことが気に入らないのか、山賊達に混じって全力でアルトゥロを応援している。外野は巻き込まれないようにレオンとアルトゥロから距離を取り、離れた位置で観戦する。


「実力を測るだけなら、相手に土をつけた方が勝ちってことでいいな?」

「ああ」

「よっしゃ、じゃあ行くぜ?」


 レオンはトントンとつま先で地面を数回蹴ると、グッと深く身体を落として両手を前についた。そして地面を強く蹴ると、身体のバネを利用して一気にアルトゥロの懐に飛び込んだ。


「くっ、速ぇな!だが…フンっ!」


 アルトゥロも腰を落として腕を身体の前で交差し、レオンの突進を防ぐ。そしてそのまま腕を振り上げてレオンを弾き飛ばした。


「へぇ!やるじゃん」


 レオンは上空で身体を丸めると、猫のようにしなやかな動きで地面に着地した。


「動物みてぇな動きをする奴だな…」


 レオンの動きを見て感心したように息を吐くアルトゥロ。レオンはアルトゥロから距離を取りつつも楽しそうに跳躍している。


「今度はこっちから行かせてもらうぜ!」


 アルトゥロは強く地面を踏み締めると、その巨体に似合わない素早い動きでレオンとの距離を詰め、フェイントを入れながら間髪入れずに拳を叩き込む。が、紙一重のところで全てレオンに躱されてしまう。


「いいねいいね!いい動きすんじゃん!ゾクゾクするぜ!だが…足元がお留守だぜ?そらよっと!」


 アルトゥロの拳を躱して地面スレスレまで身体を屈めたレオンが、回し蹴りをしてアルトゥロの強靭は足を振り払った。虚をつかれたアルトゥロは、その巨体を支えきれずに膝をついてしまった。


「そこまで!」


 アルトゥロが地面に膝をついたことで、相手に土をつけた方が勝ちという条件を満たしたレオンの勝利が決まった。カルロスはそう判断し、二人の取り組みを制止した。


「…くそ〜負けちまったか」

「いやぁ、アルトゥロだっけか?アンタいい動きするじゃん。楽しかったぜ」


 悔しそうに唇を噛むアルトゥロに、満足げなレオンが手を差し出した。アルトゥロは小さく笑みを漏らしながらその手を握った。


「アンタを認める。これから世話になるぜ」

「そりゃどうも」


 アルトゥロもレオンの実力を確かめることができて満足そうだ。


「アルトゥロ〜…負けてしまいました…」

「お頭が負けた…」


 アルトゥロの敗北に、ナディアを始め山賊達は皆肩を落としている。そんな様子を見て、レオンはフンと鼻を鳴らしながら言った。


「ハッ、こう見えて警備隊の分隊長を25年も任されてるんだ。そう簡単にやられてたまるかよ」

「に、25年…!?さっきの跳躍力、並外れた身体能力といい、アンタ何者だ?」


 レオンはカルロス同様、20代後半といった風貌をしている。10代で警備隊に入ったとしてもそこから25年も分隊長をしているとなると、それなりに歳を重ねている計算になる。思わず尋ねるアルトゥロに、レオンは何のことはなくこう答えた。


「ん?ああ、これから長い付き合いになるんだし言っといた方がいいな。俺は人間と人狼ワーウルフの混血さ」

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