第23話 警備隊分隊長
「さて、瘴気の件はこのぐらいにして、今後のことについて話そう」
カルロスは、ウーゴとアルトゥロの二人の顔を見比べる。
「そもそも俺とナディアは、モラド村の山賊被害を救うためにお前達を捕らえることが目的だった。だが、この数日でお前達のことも色々知った。正直同情するところもあるが、これまでの罪が無くなるわけでも、これまでの被害者の傷が癒えるわけでもない。だからお前達を警備隊へ引き渡そうと思う」
「ああ、そうしてくれ」
「しゃあないわな。俺ももう腹を括った。後で仲間達に事情を話すとするさ」
カルロスの言葉を受け、ウーゴはもちろんだと頷き、アルトゥロも困ったように頭を掻きながらもカルロスの言葉に頷いてくれた。
エスメラルダ王国の王都は憲兵隊という王家直属の部隊が守護している。その憲兵隊に属する形で、地方の自治や警備を担っているのが警備隊だ。この国は広大な王国のため、警備隊の数も多く、正確な数はカルロスにも分からないが、20部隊以上はあるはずだ。その部隊それぞれが警備隊の分隊として各地に散って警備活動に精を出している。部隊の大きさも様々で、数十人規模の隊員を率いている隊長もいれば、少数精鋭で実力に特化した部隊もある。
「俺の古い知り合いに警備隊の分隊長を任されている奴がいる。捕まった荒くれ者や犯罪者達を隊員として率いて更生させた実績もある。この場合は刑罰としての兵役だな。アルトゥロ達は恐らくそいつの下について警備隊に入ることになるだろう。ウーゴについては、本意でないにしろ人を殺めている。正直どういった刑罰が下るかは分からないが、事情はしっかり伝えさせてもらう」
「へえ、警備隊に顔が効くなんざすげぇな」
「まあ腐れ縁みたいなもんさ。随分変わり者なんだが…腕は確かだと保証しよう」
カルロスはそう言うと、懐から紙と羽ペンを取り出した。そしてサラサラと何やら文章を綴った。そして書き終わった紙に口を寄せ、フゥッと息を吹きかけた。すると、ただの紙だったものが命を吹き込まれたようにバサバサと羽ばたいたかと思うと、次の瞬間には真っ白な小鳥になって空へと飛び立った。
「な、なんだ今のは?」
呆気に取られるアルトゥロと、不思議そうに目を瞬かせるウーゴ。ナディアはもう何も驚くまいと悟りを開いたようなスンとした表情をしている。
「さっき話した警備隊の分隊長に手紙を飛ばしたんだ。確か近くの町に駐屯してたはずだから、アイツならモラド村まで2日もあれば来るだろう。というわけで、俺とナディアは一旦村に戻ろうと思う。ウーゴは…申し訳ないが村人を怖がらせるかもしれない、アルトゥロと一緒にアジトに留まって貰えるか?仲間達をみんな連れて、明後日の朝、モラド村まで来てくれ。村の外の櫓付近で落ち合おう」
「ああ、わかった。アルトゥロ殿、すまんが世話になる」
「いいってことよ。ここにいる間はせいぜい仕事をしてもらうさ」
カルロス達は約束を取り付け、細かい確認を済ませた後、早速モラド村へと立つことにした。アルトゥロが洞窟の外まで送ると進言したため、3人は洞窟の外へと向かった。
「なあ、一ついいかい?」
「ん?なんだ?」
カルロスとナディアを洞窟の外まで送ったアルトゥロは、真面目な顔つきでカルロスに問いかけた。
「俺達は2日後に警備隊に引き渡される。言わば捕まるってこった。普通に考えれば逃げてもおかしくない状況だが、お前は俺達に監視もつけずにここを去っていく。仮にも俺達は山賊を名乗っているんだぜ?あまりに不用心すぎなんじゃないか?」
「何だ、そんなこと心配していたのか?俺はお前を信用している。お前達はここで逃げるような男じゃない、ただそれだけさ」
カルロスは真っ直ぐアルトゥロの目を見て答えた。そしてフッと意地悪な笑みを浮かべながら言った。
「それに今回の一件で懲りただろうしな。逃げ隠れる生活にも疲れただろう」
そう言われたアルトゥロは目をパチパチと瞬かせ、ガハハハと豪快に笑った。
「ああ、そうだな。あんたはそういう男だな。大丈夫だ、逃げも隠れもしねぇ。ちゃんと明後日約束の場所まで全員説得した上で連れて行くさ」
「じゃあ、明後日また会おう」
カルロスはアルトゥロに右手を差し出した。アルトゥロは少し驚いたようにたじろいだが、照れ臭そうに鼻をかきながらカルロスの手を取り、二人はガッチリと固い握手を交わした。
◇◇◇
「数日しか離れていないのに村に戻るのも随分久々に感じるな」
「色々なことがありましたからねぇ」
アジトを出て数時間、遠目にモラド村を視認したカルロスは懐かしむように目を細めた。
「ディエゴ達、心配しているだろうな。きちんと事の顛末を説明しないとな」
「そうですね」
村の門が見える程になった時、門番の二人がこちらに気が付いたようで、血相を変えて駆けてきた。
「カルロスさんっ!無事だったんですね」
「みんな心配しています。さぁ早く中へ」
二人に促されてカルロス達は村の門を潜った。すると門のすぐ前を行ったり来たりしているディエゴが目に入った。
「か、カルロス殿にナディア殿…!あぁよかった。本当によかった…!」
カルロス達にすぐに気づいたディエゴは目に涙を浮かべながらその場に崩れ落ちた。
「ああ、安心しろ、怪我一つないぞ。心配をかけたな。全部片付いた。もうこれからは山賊や
「な、なんと…ありがとうございます…ありがとうございます…!」
カルロスがディエゴの肩に手を置き、安心させるように語りかけると、ディエゴはボロボロと大粒の涙を零しながら何度も何度も感謝の言葉を言い続けた。
それからカルロス達は、ディエゴの家へ向かった。
家の前に着いた時、中からディエゴの娘のレイナが飛び出してきて泣きながらナディアの無事を喜んでいた。ナディアの身が心配で夜もろくに眠れなかったようだ。ナディアに抱き着きながら泣き崩れるレイナに、ナディアはオロオロ狼狽えていたが、恐る恐るといったようにレイナの背中を優しく撫でていた。人との触れ合いや感謝されることに慣れていないナディアは、戸惑いながらも嬉しそうに頬を緩めていた。
皆が落ち着くのを待ち、ディエゴの家に入ったカルロス達は村に出てからの出来事を語った。ディエゴは驚いたり青ざめたりしながらも耳を傾けていた。レイナはナディアの無事を確認し、安心したのか今は奥の部屋でぐっすりと眠っている。
「…という訳で、山賊達と
「ええ、もちろんです」
「村人達は出来れば近づけないで欲しい。不必要に怖がらせることもないだろう」
「そうですね、近づかないようにさせましょう」
カルロス達は約束の日まで村で休養を取らせて貰った。もちろん宿は老夫婦が切り盛りする酒屋である。大きな怪我もなく戻ってきたカルロス達を見て、老夫婦は嬉しそうに微笑むと、腕を振るった料理でもてなしてくれた。
◇◇◇
そして約束の日の朝。カルロスとナディアは朝食を済ませると、村の外の櫓の前でアルトゥロ達の到着を待った。半刻程経過した頃、ふよふよ上空に浮かんで山賊達が来るであろう方角を確認していたナディアが、カルロスの元へ降下してきた。
「ご主人様。アルトゥロ達が見えました!もうしばらくすれば到着するかと思います」
「そうか、ありがとう」
カルロスが頭を撫でると、ナディアは嬉しそうに頬を緩めた。ナディアが言った通り、それからしばらくしてゾロゾロと山賊達全員を引き連れてアルトゥロとウーゴが現れた。
「よぉ、約束通り全員連れて来たぜ」
片手を上げて軽く挨拶をしながらカルロスに歩み寄るアルトゥロ。山賊達は不安そうに辺りをキョロキョロ見回している。
「ああ、全員説得するのは大変だっただろう」
「あーまあな。何せ警備隊に捕まりに行くぜ!って言ってるんだからな。お前らが去った後、全員にきちんと俺が今までして来たことを話したのさ。その上でみんなで今までしでかして来たことをしっかり償って人生やり直そうぜって根気強く話したら、初めは渋ってた奴らも着いて来てくれたぜ!」
「お、俺たちはお頭に一生ついて行くって決めたんだ!」
「生まれ変わってみせるぞー!」
彼らの様子に改めてアルトゥロの人望を感じ、カルロスは思わず笑みを漏らした。
「で、肝心の警備隊の分隊長とやらはまだ来てないのか?」
アルトゥロは辺りを見回して見知った人物しかいないと確認をすると、カルロスに問いかけた。
「ああ、そろそろ来てもいい頃だと思うんだが…」
カルロスも辺りをキョロキョロと見回したちょうどその時ーーー
「オルァァァァァァァッ!!」
カルロスの背後の茂みから突然黒い影が飛び出し、カルロス目掛けて飛び掛かった。
「えっ!?」
ナディアは咄嗟のことで反応が出来なかったが、カルロスはひょいと身を屈めて相手の蹴りを躱した。ヒュッと鋭い蹴りが空を切る音がしたかと思うと、蹴り掛かってきた者は地面に両手をついて体制を整え、そのまましゃがんでいるカルロス目掛けて踵を振り下ろした。
が、振り下ろされた踵はカルロスの手に掴まれてそのままグルンと後方へと投げ飛ばされた。相手はクルクル回転しながら空中で体勢を整え、着地の際に深く膝を落として落下の衝撃を受け流した。
「いきなり何なんですか?!」
遅れて臨戦体制となるナディア。全身黒尽くめの男はゆっくりと砂のついた膝を叩きながら立ち上がると、
「ふっ、フハハ!腕は衰えてねぇようだな!カルロス!」
漆黒の髪をかき分けて、金色の目を細めながら嬉しそうにそう言った。
「はぁ、そう言うお前は相変わらずだな」
片やカルロスはというと、呆れたように腕を組みながら黒髪の男に歩み寄った。
「久しぶりだな、レオン。元気だったか?」
「見ての通りさ。お前も元気そうで何よりだぜ!」
そして二人は固い握手を交わした。
「えーっと、もしかして?」
「そうだ、コイツが警備隊分隊長のレオン。俺の古い友人だ」
「レオンだ!!俺様に
レオンと呼ばれた男は、ポキポキと指を鳴らしながらニヤリと加虐的な笑みを浮かべてそう言った。
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