第15話 山賊達のアジト

 カルロスは村を出てすぐ、山賊一行を見つけた。


 農作物とナディアを積んだ重い荷車を引いているので、成人男性の歩行スピードより幾分かスローペースではあるが、小慣れた様子で足場が整った道を選んで進んで行く。

 何度もアジトと村を行き来しているため、運搬経路はあらかた決まっているのだろう。

 カルロスからすれば、追手によりアジトがバレないように毎回違った道を選ぶべきだとは思うのだが、荷が多いため難しいのだろうか。そんなことを考えながら、一定距離を保って追跡を続ける。

 山賊のアジトまでどれほどかかるか未知数なため、カルロスはしばらくして魔法を解いた。いつ戦闘になるかも分からないため、極力魔力の消費を抑えておきたかったからだ。幸い、ガラガラと荷車を引く音が大きく、離れた距離に潜むカルロスの微かな音は奴らの耳には届かないだろう。物音を立てないよう、息を殺して山道を進む。


 山賊達は真っ直ぐ北を目指しているようだ。

 村の北側には、カルロス達がベルデの町からモラド村に到着するまでに通った山道とは比べ物にならない程の険しい山脈があったはずだ。切り立つ崖や深い谷、入り組んだ洞窟なども数多く存在するため、山賊達の根城にはこれ以上ない程好都合だろう。しかし、険しい環境のため、草木は育たず、食材を確保するには厳しいと思われた。

 だから山賊達は、山を降りて、村から豊かな実りを奪って行くのかもしれない。

 それが許される行為ではないにしろ、住む環境が厳しいと、生きるために多少乱暴な行動を起こしうることをカルロスは知っている。

 かつて王国が建国された時代、先の戦で各地は荒れ果て、決して豊かとは言えない生活をあらゆる種族は経験している。当時の国王が、隣人と手を取り合い、争いが起こらぬ国を興すとは宣言したものの、その頃の人々は疲弊しきっており、しばらく窃盗や小競り合いといった諍いは絶えなかった。次第に緑が増え、衣食住の環境が整い始めた頃、ようやく人々は心にゆとりを持ち始めた。


 そんな建国当時のことを、カルロスはよく知っていた。まだ余裕のなかったその当時のことを思い出し、少し気が沈んでいると、山賊達が山間の洞窟の前で立ち止まった。一見したところ、かなり深い洞窟のようだ。山賊達は慣れた手つきで松明を取り出し、火をつけると、臆することなく洞窟へ入っていった。すでに陽は傾き始めている。村を出たのがちょうど真昼の頃だったため、既に数時間経過しているようだ。


 このまま洞窟内で夜を迎えると、気温が急激に下がり危険なように思えるが、迷わず洞窟へ進んでいったところを見ると、さほど時間をかけずに抜けることができるのだろうか。

 カルロスは追跡する立場であるため、暗い洞窟で存在を示すような明かりを灯すことはできない。洞窟内に隠れる木々や草花もないが、松明の灯りが届かない距離であれば暗闇に紛れ、視認されることはないだろう。カルロスは山賊達との距離を保ちつつ、洞窟の暗闇へと歩みを進めた。


 洞窟内は外とは比べ物にならないほど、ひんやりとした冷気で満ちていた。急な気温の変化にカルロスはぶるりと身震いをした。辛うじて視認できるぼんやりとした松明の灯りを頼りに洞窟を進む。

 壁伝いにしばらく歩いていると、次第に暗闇に目が慣れてきた。少し観察したところ、洞窟の高さはカルロスの倍以上はありそうだが、道幅はさほど広くはない。山賊達が引く荷車がギリギリ通るほどだろうか。麻袋に入れられたナディアは辛くはないだろうか。寒さに震えていなければいいのだが…とカルロスがナディアを心配したちょうどその時、


「へっくしぇーい!!!」


 と、大きく女っ気のカケラもないくしゃみが洞窟内にこだました。ちなみに魔石を通じて音声を拾うことができるのだが、静かな森や洞窟内ではその些細な音すらも気付かれる要因となりかねないため、音声を遮断していた。

 ナディアの豪快なくしゃみに、山賊達も歩みを止めてざわめいているようだ。ヤバいだとか女のするくしゃみじゃねぇだとか、耳を澄ますと山賊達の辛辣な意見が反響して聞こえてくる。カルロスは苦笑しつつも背に冷や汗が一筋走るのを感じた。

 山賊達はひとしきり感想を言い合った後、再び荷車を引き、洞窟を進み始めた。このまま無事にバレずにアジトまで辿り着きたい。



「っ!」


 そのまましばらく道を進んでいると、急に強い光が差し、視界が真っ白になった。

 出口から外の光が差し込んで来ているようだ。手のひらで光を遮るようにして薄目を開けて出口を確認すると、光の中に山賊達が消えていくのが見えた。

 カルロスも慎重に辺りを気にしながら洞窟を出る。外に出ると、山脈が夕陽を反射してオレンジ色に染まっていた。陽はまだ沈みきっていない。思った通り洞窟はそこまで深いものではなかったようだ。

 洞窟を出たところは、四方を山で囲まれた窪地のような地形になっていた。洞窟と対面側にいくつか簡易的な小屋がある。出入り口はカルロス達が通って来た洞窟だけのようだ。


 もしかするとここが…


 そう思い、カルロスは再び隠匿魔法を使用して姿を隠した。そして、ナディアに持たせた魔石に接続する。


「さて、アジトに到着だ!流石に人一人積んでると慣れた道でもキツかったな」

「そうだな、この村長の娘という女、中々重たかったな」

「何はともあれ無事に到着したんだ、日が暮れる前に早速お頭に献上と行こうぜ」


 やはりここが山賊達のアジトで間違いないようだ。アジトにはナディアと農作物を運ぶ山賊達とは別に、数名の姿が見え、各々火を起こしたり武器の手入れをしたりといった作業をしているようだ。

 到着を喜ぶ山賊達は、ナディアを下ろすことなくそのままの状態で、荷車を一番高い位置に建てられた小屋の下へと運んでいく。他の小屋より一回り大きく、入り口の前には、槍が突き立てられている。そして、狩りで捉えたのであろう立派な獣の骨がこれ見よがしに飾られていた。


「お頭ァー!村長の娘、連れてきやした!農作物も頂いて来やしたぜ!」


 山賊Aが代表してお頭を呼ぶ。カルロスはその間に気配を殺して近くの小屋の裏へと移動した。


「お前ら、ご苦労だったな」


 呼びかけに応えて、小屋から大男がゆらりと巨体を揺らしながら姿を現した。身長は2mはありそうだ。毛量の多い漆黒の髪が無造作に肩ほどまで伸びている。上半身は裸で、胸板は厚く、筋骨隆々とした身体をしている。首には獣の牙で作られた首飾りをつけており、腰には毛皮を巻いている。太く凛々しい眉に、ギラギラと鋭い眼光、ニヤリと笑みを浮かべる唇からは太い八重歯が覗いている。頬には獣の髭を模しているのだろうか、赤い線が三本刻まれている。

 一見したところ、まるで野獣のような外観をした男だった。


「食料は保管庫へ運んでおけ。女は俺が見張る」


 そう言いながら、山賊の頭は、ひょいっと小屋から飛び降り、静かに山賊達の前に着地する。巨体に似合わず身軽なようだ。そして満足げに手下達に運ばれて行く農作物を一瞥し、ナディアが入れられた麻袋に手をかけた。


 バサリと麻袋を広げて淡い桃色の髪が姿を現した。ナディアは急に視界に光が戻ったため眩しそうに両目を瞑っている。ナディアの目が慣れるのを待たず、山賊の頭は、ナディアを縛る縄を解いた。


「よーう。遠いところをよく来たな。怪我はないか?」


 自分達が連れて来ておいておかしなことを言う奴だ。山賊の頭は、顎に手を添えてまじまじとナディアを観察している。


「う…ここは?」


 少しずつ目が慣れて来たのだろう。ナディアは数度目を瞬かせるとゆっくりと辺りを見回した。


「俺達のアジトだ。といっても殺風景で小屋以外何もねぇがな」


 アジトと聞き、ハッとした表情になるナディア。無事目的を果たしたことに安堵の表情を浮かべる。が、すぐに自らの立場を思い出したのか、キュッと唇を引き結んだ。


「道中は道が悪かっただろう。見たところ目立った怪我はなさそうだが、痛むところはねぇか?」


 山賊の頭は、やけにナディアの状態を気にしているようだ。考えたくはないが、傷がつくと商品としての価値が下がるからだろうか。


「あ…大丈夫、です。寝てたし」


 ナディアは自分の体を確認し、ポロッと驚くべきことを口にした。

 嘘だろ、あの状態で寝ていたのか…さすがナディアと言うべきか…


 カルロスと同様、山賊の頭も呆気に取られたようで、しばしポカンと口を開けていたが、


「ガッハッハ!拉致られといて居眠りするとは中々肝が据わった嬢ちゃんだな!」


 大口を開けて豪快に笑い出した。


「俺の名はアルトゥロ。嬢ちゃんの名は?」

「私はナ…げふん、レイナと言います」


 ナディアはうっかり自分の名前を口走りそうになりつつも、何とか”村長の娘”を演じる。


「ふーん。レイナね。いいじゃん、気に入った」


 山賊の頭、改めアルトゥロは人差し指でナディアの顎を掬い上げ、親指で唇をなぞる。ナディアは不快感を露わに眉根を顰めている。


「俺の女にならねぇか…と言いたいところだが、久々の商品だ。惜しいが手を付ける訳にはいかねぇんでな。すまねえな」

「…何で私が振られたみたいな言い方を…」


 ナディアは不服そうにブツブツと呟きながら、身を捩ってアルトゥロから距離を取る。


「中々に強情だな。嫌いじゃないぜ。俺のものに出来ねぇのは残念だが、アンタには明日大事な取引先について来てもらう」

「と、取引先…」

「ちゃんと父ちゃんや村の奴らに別れは済ませてきたか?悪いがもう村に帰れないと思った方がいい」

「そんな…」


 ナディアは口に手を当てて顔を青ざめさせる。よろよろと後退り、その場にへたり込んだ。ふむ、中々身代わりが板についてきたな。物陰から見守りながらカルロスは感心していた。


 しかし、取引先か。十中八九、アルトゥロと共に村に攻めて来たという豚人族オークだろう。


「とにかく今日は奪って来た食糧を食って寝ろ。間違っても逃げ出そうなんて思うなよ。出入り口になってる洞窟は一本道だが、抜けた先の森は夜になると凶暴な野獣がウヨウヨいやがる。アンタみたいなひ弱な嬢ちゃんなんてひとたまりもないだろうよ」


 その後、山賊達は、窪地の中心に火を焚べ、村から奪った農作物と、恐らく森で狩ってきたであろう獣の肉で賑やかに晩餐を始めた。


 カルロスは幾つか小屋が密集している辺りに潜み、持参した携帯食を口に含んだ。いよいよ明日、凶悪な豚人族オークと対峙する。カルロスは、自分が柄にもなく少し緊張していることに気づいた。フッと自嘲めいた笑みを溢し、ナディアを見やると、明日身売りされる少女に似つかわしくなく、振る舞われた肉を目一杯頬張っていた。

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