第14話 収穫の日ー後編

 翌朝、カルロスとナディアは最後の打ち合わせをしていた。


「いいか?もし山中で会った奴らが来たとしても、絶対に知らないフリをするんだぞ。会ったことがないかと聞かれてもシラを切り通すんだ。絶っ対に問題を起こすんじゃない」

「が、頑張ります!」

「ナディアはすぐ顔に出るからな…少し心配だ」


 鼻息荒く意気込むナディアの頭を撫でながら、カルロスは苦笑した。


 ディエゴ達村の皆は、いつも通り各々の作業をしている。山賊が櫓に農作物を取りに来る時も、その場へはよっぽどのことがない限り顔は出さないという。好き好んで村に被害をもたらす山賊に会いたい者はいないだろうと、カルロスは納得していた。


 しかし、今回は、村長の娘を連れて来いと言われている。

 身代わりにナディアが赴くとは言え、村長の娘の危機に、誰も行かないというのはかえって不自然だ。事前に話し合いを重ね、村長と門番の二人、それに事情を知る村の役人数名が少し離れたところから様子を見ることとなった。


「それにしても…なんか、すごい不服です」


 ディエゴの家で、身支度を整えていたナディアが不貞腐れた顔で胸元を手で覆う。


「まあまあ、念の為に、な?」


 山で山賊達はナディアの地雷を踏んで、飛んだ災難に見舞われた。改めてそこを指摘されて、あの時の二の舞になるのは避けねばならない。ナディアが暴走したら山賊のアジトを突き止めるどころか、村の存続の危機である。

 そこで、ナディアは胸に布をあて、サラシで固定することで、いつもより少し胸をカサ増し・・・・していた。本人は不満そうだが、リスクヘッジはとても大切なのである。


「カルロス殿、ナディアさん、そろそろ陽が高くなって来ました。櫓へ向かいましょう」


 窓から陽の高さを確認していたディエゴが緊張した面持ちで告げ、カルロス達は村の外へ向かった。



◇◇◇


「あー…なるほど」


 何ということだ、櫓へやって来たのは山で出会った山賊AからEの5人組だった。カルロスは山賊達を確認するや苦笑した。奴らにナディアだとバレなければいいのだが。


「おい!娘!こっちに来い」


 カルロスが内心ダラダラと冷や汗をかいていると、ナディアを視認した山賊Aが、ナディアを手招きした。


 ナディアはびくりと肩を震わせ、俯きながら歩みを進めた。髪を下ろし、頭巾を被っているため、まじまじと見られない限りはバレないだろう。

 ナディアは、山賊達に極力顔を見られないように俯いているのだが、奴らには恐怖から身を縮ませているように見えるのだろう。従順なナディアの態度にニヤニヤと下品な笑みを浮かべて満足そうにしている。


 ナディアが山賊達の元に到着すると、山賊Aがナディアの両手を身体の前で縛り上げた。その間に残りの4人で農作物を荷台から荷車に移動させている。


「娘に…娘に乱暴なことはしないでくれ!」


 ディエゴは縄で縛られた自分の娘を目にし、その場で崩れ落ち、おいおいと涙を流す。身代わりだと察せられないように、娘を攫われる父に徹する。迫真の演技だ。


「ふん、お頭の役に立てるんだ。光栄に思うんだな!」


 山賊達はディエゴの様子を見てゲラゲラと笑いながら、そう吐き捨てた。


 カルロスは、村人達の後方に控えて山賊達の様子を伺う。ナディアに持たせた魔石を通じて、山賊達の会話は筒抜けだった。


「さて、農作物も女も回収したし、アジトに戻るか」


 山賊Aが縄を引いてナディアを連れて行き、残りの4人で荷車を運んで行く。


「ほら、チャキチャキ歩け!」


 よたよたと、鼻を啜りながら歩くナディアの縄を強く引く山賊A。


「おい、大事な商品に傷がついたらどうするんだ。丁寧に扱えよ」

「そうだぞ、女が手に入るのは久方ぶりなんだからな」


 荷車を引きながらその行為を嗜める山賊BとC。

 やはりナディアは山賊のお頭に渡った後、お得意先ーーー恐らく豚人族に売られる手筈となっているのだろう。


「それより、アジトまで歩かせるとかなり時間がかかるんじゃないか?麻袋が余ってるからこいつに入れて荷車で運ぶってのはどうだ?」

「おお!悪くないな。その方が手っ取り早い。女は歩くのが遅いからな」


 山賊DとEが好き勝手なことを言っているが、他の3人もその意見に賛成のようで、小柄な人一人がすっぽり入るほどの麻袋を広げてナディアに被せようとしている。ナディアには悪いが、顔が隠れるのでこちらとしても好都合な展開だ。


 しかし、麻袋を被す寸前、依然として俯いているナディアをじっと見つめていた山賊Bが訝しげな顔をする。


「んー?お前最近会ったことあるか?」


 ぎくりと分かりやすく口元を歪めるナディア。だから顔に出すなと言っただろう…

 俯くナディアの顔を覗き込もうとする山賊B。カルロスがハラハラと動向を窺っていると、


「…う、うふふ、定番の口説き文句でしょうか?」


 ナディアの引き攣った笑みを浮かべ、その歪んだ笑みを間近に見た山賊Bが少したじろぐ。


「うっ…ま、まあ、よっぽどのブスじゃなけりゃ連れて来いって言われてたしな、スタイルも悪くないようだし、とりあえず連れて行くか」

「ブ…!?」


 ブスという単語に危うくナディアが反応しそうになり肝を冷やしたが、問題を起こすなとカルロスに釘を刺されていたことを思い出した様子で、グッと堪えていた。偉いぞ。


 なんとかその場を凌いだナディアは、山賊達に麻袋を被され、荷車に積まれた。


「また収穫の頃に頂きに来るからな!それまでまた農作業に勤しみ給え!俺たちのためにな!ギャハハハハ!」


 山賊達はそう言って、ナディアと農作物が山ほど積まれた荷車を引いて村を後にした。



◇◇◇


「よし、見えなくなったな。じゃあ手筈通り、俺はナディアと奴らを追跡する。後のことは任せてくれ」


 間もなく山賊達の姿が森に消えて行ったのを確認したカルロスは、肩を回して意気込む。ナディアに持たせた魔石の気配からすると、奴らは北へ進んでいるようだ。


「くれぐれもお気をつけて…無事を心より祈っております」


 心配そうなディエゴに、カルロスは手を差し出し、二人は固い握手を交わす。


「ああ、無事戻って来たら、うまい飯を食わせてくれ」


 そう言って笑うと、カルロスは村を背にし、歩みを進めた。



 さて、追跡開始だ。カルロスは杖を掲げて隠匿魔法を発動し、山賊達が進む北へと向かった。

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