第13話 収穫の日ー前編

 それからナディアとカルロスは、収穫の日まで、村人と共に農作業に勤しんだ。収穫の日は順調にいけば、あと十日程だという。

 山賊達はどうやって農作物を回収しに来るのかと、カルロスがディエゴに尋ねたところ、山賊達は不定期に村の周囲にやって来て、農作物の出来高や収穫の頃合いを確認しているという。そして、頃合いと見ると村の外にある櫓に旗を立てて行く。旗が立った翌日に山賊達は農作物を回収しに来るのだ。

 村人達は、旗を確認すると、一斉に実った作物を収穫し、旗が立っている櫓に運び出す。まるで供物を捧げるようにして農作物を積み上げるのだ。そうして積み上がった農作物を奪いに、旗を立てた翌日の真昼に山賊達がやって来る。

 この流れが出来上がってからは、山賊の頭は現れず、下っ端の山賊達だけで回収を行なっているようだ。


 ディエゴによると、豚人族オークがやって来たのはちょうど半年前のことで、2ヶ月に一度のペースで山賊達に農作物を奪われているということだ。窪地に密かに作った田畑のおかげで、村人達は食うには困っていないようだが、単純に農作業の負担は倍増しているため、村は疲弊している状況だ。


 不定期に山賊が偵察に来ると聞いて、カルロスは外に出る際は、藁でできた傘を目深に被り、首には口元にかかるように手ぬぐいを巻き、顔が分からないようにした。ナディアは身代わりが決まった日から、魔法で髪を桃色に変え、服もレイナに借りたものを着用して過ごしている。

 カルロス達は山で山賊達に遭遇しているため、顔が割れてしまっている。一悶着あった上に、力量を示してしまっているので、バレて下手に警戒されると厄介である。そのための措置であった。


 ナディアは一村娘としての生活が新鮮なようで、毎日嬉々として村を散歩して見たり、カルロスと共に農作業に精を出していた。「汗水垂らして働く!なんて素晴らしいことなのでしょう!」と本当に生き生きとしている。



◇◇◇


 そして、いよいよその日がやって来た。


 カルロスは朝から畑に水を撒き、作物の状態を確認していた。畑の果実は水々しく、葉野菜は青々とした葉を広げ、燦々と降り注ぐ太陽の光を目一杯受け止めている。カルロスの目からもそろそろ収穫の頃合いかと思っていた正にその時、門番のラウルが畑に駆け寄ってきた。


「旗が、旗が立ったぞ!」


 カルロスはラウルと共に村の外に出て、櫓を確認した。

 櫓は元々、村の警備のために存在していたもので、村の家屋の倍ほどの高さに作られている。上部に物見台があり、そこへは梯子で上り下りするようになっている。屋根代わりに藁が敷き詰められ、雨除けになっている。その櫓の下に、山賊達に農作物を捧げるための簡易的な荷台が作られている。作物の上げ下ろしがしやすいように、荷台の高さはカルロスの腰ほどである。

 そして櫓の物見台の手すりに、一本の木の棒が括り付けられており、そこに山賊の旗が掲げられるという。

 遅れてやってきたナディアと共に、カルロスが櫓の物見台を見上げると、普段は何もないその棒に、恐らく血文字だろう、赤い罰印が書かれた薄汚れた布が付けられていた。

 隣で旗を見上げていたナディアがぶるりと身震いをした。


「いよいよ明日か」


 旗が立ったということは、その翌日である明日が作戦の決行日となる。まずは収穫の作業をし、荷車を使って櫓まで作物を運び出す。櫓の荷台に作物が傷まないように丁寧に積み上げていく。村人総出で作業を行うため、朝から作業を行い、昼過ぎには完了していた。


 あとは明日の真昼に、レイナに扮したナディアが、櫓に赴き山賊達と対面する。予定通り、ナディアが農作物と共に山賊達に連れ帰られたら、カルロスは、山で使っていた隠匿魔法を使用し、すぐさまその後を追う算段だ。


「ナディア、大丈夫か?」


 ナディアであれば、いざとなれば自力で山賊を倒して逃げ出すことができるだろう。実力的には心配していないのだが、一人で野蛮な男達に囲まれるのは心細いだろう。


「だだだ大丈夫ですよ!!このナディアにどーんとおまかせくだしゃっ…いったーい!舌噛んじゃった…ぐすん」


 ナディアは強がって見せたが、やはり不安な様子。うっかり舌を噛んで涙目である。そんなナディアに、カルロスは懐からとあるものを取り出して渡した。


「これは?」


 ナディアが掲げると、透明な糸で編まれた紐を通した小さな魔石ーーーつまり魔石のペンダントが、きらりと陽の光に反射して光った。カルロスの瞳の色と同じ、エメラルドグリーンの光を宿している。


「…綺麗」

「俺の魔力が込められた魔石だ。それがあれば俺はナディアの居場所を探知することができる。万一見逃した時のために持っているんだ」

「っ!ご、ご主人様ぁぁ〜ありがとうございまずぅぅ」


 主人からの贈り物に、ナディアは感極まっている様子。涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっている。そこまで感動されると思っていなかったカルロスはやや困惑顔である。


「まあ、あまり離れるとランプに強制的に引き寄せられるかもしれないし、そうなると山賊達を見失うことになるからな、なるべく近くに潜んでついて行くよ」


 首に巻いていた手ぬぐいで、カルロスはナディアのぐちゃぐちゃになった顔を拭いてやった。


「さて、この村のために山賊達、そして豚人族オークをやっつけてやろう」

「おー!!」


 カルロスとナディアはその日、翌日の戦いに向けてしっかりと酒屋で腹ごしらえをし、ぐっすりと朝まで休息を取ったのだった。

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