第12話 村長の娘

「カルロス殿、もう一つ大事なお話が…」


 改めて神妙な顔つきになったディエゴ。


「なんだ?」


 カルロスが続きを促すと、ディエゴは静かに立ち上がり、奥の部屋への扉に手をかけた。

 そして、ゆっくりと扉を開いた。


「ご紹介します。娘のレイナです」


 レイナと呼ばれた人物は、開け放たれた部屋の中央で、布団を頭から被って蹲っていた。


「実は…次の収穫の時に、レイナを連れて来いと言われておりまして…山賊の頭の目に叶ったら連れ帰られてしまうやも…」


 ディエゴは苦しそうに唇を噛み締める。


 何でも、前回の収穫の際に、逃げ遅れた村の子供を追って村の外に出たところを山賊に見られてしまったのだとか。若い娘がいると報告を受けたのだろう。山賊の頭は手下の山賊を遣いに寄越し、次回村を訪れる際に、レイナを自分の元へ連れて来いと言伝したという。


「それはまずいな。恐らくそのまま連れて行かれるだろうな」


 カルロスの言葉に、ディエゴはきつく下唇を噛み締める。


 森の中で出くわした山賊達は恐らくは下っ端。肝っ玉も小さそうだったし、あくまでも予想だが、自分達の頭が豚人族オークと繋がっているなんて夢にも思っていないだろう。

 現に、山賊の頭は、豚人族オークと村を襲撃した際に、手下にさせればいい作業を自ら行っていたと言う。そのことからカルロスは、山賊の頭以外は豚人族オークの存在を知らされていないと踏んでいた。


 だから、奴らが森で言っていた人身売買の話ーーー恐らく奴らのお頭の”お得意先”と言うのが豚人族オークなのではないか?だとしたらぼんやりであるが繋がりが見えてきた。


 山賊の頭は、豚人族オークの力を誇示し、自分の思うがままに村の住人達を従える。

 豚人族オークは山賊の頭から、人間の女を差し出させる。


 ギブアンドテイクの関係が成り立っているのだろう。



「それで、豚人族オークと山賊のアジトに心当たりはあるのか?」


 どうにかすると言ったものの、どのように接触すれば良いのか。思案しながらカルロスが尋ねると、ディエゴは首を横に振った。


「後を追おうと思ったこともありますが、あまりにも危険ですので…断念いたしました」

「それは懸命な判断だな。だが、なるほど手がかりはなしか」


 さて、どうしたものか。カルロスが唸っていると、ルシアが言った。


「田畑を見る限りそろそろ収穫の時期なのでは?収穫期の違う作物を色々植えているようですね」

「それだ!」


 こちらから出向かずとも、実った農作物の回収をしに向こうからやって来るではないか。その時にレイナを連れて来いと言われているが、山賊の頭は彼女の顔を見ていないはずだ。

 つまり、誰か別の人物がレイナに成り代わっていても気づかないのではないだろうか。


「…なんでしょうか?ご主人様?…何故でしょう、嫌な予感がするのですが」


 カルロスがジッとナディアを見つめると、ナディアはぶるりと背筋を震わせた。


「レイナの代わりに山賊達に捉えられてくれないか?」

「えーーーーーーーっ!!?」


 嫌な予感が的中したとナディアは絶叫した。


「そ、そんな危険なこと…」


 カルロス達のやりとりを見ていたディエゴも狼狽えている。


「大丈夫だ、俺が隠れて着いて行き、奴らのアジトを突き止めたら一網打尽にしてやる。それにこう見えてナディアは強いからな」


 な?と、カルロスにいい笑顔を向けられたナディアは満更でもない様子で、「いやぁ、それほどでも…ありますかねぇ」とヘラヘラ頬を緩ませている。


「という訳だ。レイナも安心するといい。山賊達が来るまでは念の為、外出は控えた方がいいかもしれないが…」


 カルロスがナディアの反応を肯定と取り、奥の部屋の布団の塊へ声を掛ける。

 すると、モゾモゾと布団が波打ち、できた空洞から恐る恐るといった様子で、レイナが顔を覗かせた。淡い桃色の髪をした美しい娘だった。


「ほ、本当に大丈夫なの?」


 消え入るような小さな声で尋ねるレイナ。山賊に捉えられるのは恐ろしいが、身代わりに誰かが傷つくのも耐えられないのだろう。眉根を下げて心配そうにカルロスとナディアを見ている。

カルロスは安心させるように、さらに話しかける。


「ああ、俺とナディアを信じてくれ。決して君にも村にも危害を加えさせない」


 レイナは、自信に満ちたカルロスの目をジッと見つめる。そして、そっと被っていた布団を肩から下ろし、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます…!本当にありがとうございます…っ」


 涙ぐみながらお礼を言うレイナの肩を支えながら、ディエゴも瞳を潤ませている。カルロスは、その様子に笑みを溢した。そして、手をパンと合わせると、


「よし!そうと決まれば、当日の算段を練っておきたいな」


 早速、来たる収穫の日に向けた具体的な作戦について話し始めたのだった。



「…あっ!『身代わりになってくれ』という願いとして聞き入れればよかったのでは…!?」


 ふむふむとカルロスの話に耳を傾けていたナディアであるが、3つの願いを消化する大チャンスを逃したことにようやく気づいたようで、一人頭を抱えることとなった。

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