第11話 村が襲われた日

豚人族オーク…か」


 やはり、山賊の背後には魔物の存在があったのか。

 カルロスは村に訪れてから感じていた小さな違和感に合点がいき、1人頷いた。

 だが、そこで新たな疑問が生まれる。


「えっ!古の時代では豚人族オークは獰猛で他種族を襲っては喰らう凶悪な種族でしたが…魔王が討たれてからは、かつての獰猛さは無くなり、人間と共存できるほどに温厚になったはずでは?」


 ナディアも同じ疑問を抱いたようで、代弁してくれた。


 そう、昔と今では、別の種と言えるほど豚人族オークは変わったのだ。


 かつて世界を覆っていた瘴気しょうきは、ある種族の生命を脅かし、ある種族の気性を荒くする要因となっていた。

 だが、魔王亡き今、瘴気は種族に影響を与えないほどに薄まり、その影響で荒れていた大地や生命は息を吹き返した。


 豚人族オークも、本来は温厚な種族であるが、瘴気の影響を顕著に受け、手の付けられないほどの獰猛な種族と化していたのだ。

 今では、王国の中心街では、人間や土妖精、龍人族といった他の種族と共に生活をしている。

彼らの腕力により、土木建設業は栄え、上手く生活に馴染んでいると聞き及んでいる。


 だからこそカルロスは、この村で恐れられている豚人族オークの存在に疑問を感じずにはいられない。


「ええ、この村にも以前は豚人族オークの旅人や商人と交流したことがあります。ですので、豚人族オークに対して、そこまで恐ろしいと感じたことはありませんでした…奴がこの村を襲いに来るまでは…」


 ディエゴはその時のことを思い出してか、身震いをした。そして震える身体を抱きしめるように両肩をさすった。


 それからディエゴは、ポツリポツリとその時のことを話し始めた。


「奴が初めて村に来たのは、ちょうど半年ほど前でしょうか…その前から時折、頭と呼ばれる男に率いられた山賊達によって農作物が盗まれたり、家から金目のものが盗られたりしており、村に柵を立てて簡単な対策は取っていたのです。今の半分ほどの高さの柵でしたが、多少の効果はありました」


「そして、しばらく被害が出ない期間が続き…もうこの村にちょっかいを出すのは諦めたのかと安心していた頃、奴が来たのです」


 ディエゴは額に滲む汗を取り出した手布で拭い、一つ息を吐いた。



◇◇◇


「な、なんなんだ…アレは…」


 その日、ディエゴは門番の二人と共に”それ”を発見した。


 森の向こうから、木々を薙ぎ倒すように、巨大な塊が接近してくる。樹木と変わらぬほどの背丈、時折除く先の尖った耳、一呼吸遅れてそれが豚人族オークであると気付いた。


 昨今の豚人族オークは、寡黙で温厚な種族であり、背丈も人間より一回り大きい程であるはずだ。だが、今、村に迫り来る脅威は、更にその一回りも二回りも大きいではないか。


「い、いかん…女子供を避難させろ!集会所を使え!」


 ディエゴは村長という責任感から、辛うじて立ちすくむことなく指示を出すことが出来た。ディエゴの声でハッと我に返ったラウルとシモンは、素早く踵を返し、村を駆け回って避難誘導をした。


 脅威の発見が早かったことで、大きな混乱はなく避難が完了し、動ける男達は槍や農業用の鍬を構えてディエゴの元へと集まった。


「村長…この村も今日で終わりなのかの…」


 ディエゴと同じ年頃の男が震える声で言う。その男だけでは無い、皆武器を構える手が震えている。顔は青ざめ、既に恐怖により涙を流している者もいる。


 それもそのはず、もう村の目前まで豚人族オークが迫ってきていた。


 固く尖った蹄、口元からそそり立つ鋭利な牙。

 二本足でドシンドシンと迫り来る重量感のある巨体。


 村には山賊対策の柵があるが、豚人族オークの巨躯を前にすると何とも頼りない。吹けば飛ばされてしまうのでは無いかと思われるほどだ。



ーーーそしてその時がやってきた。



「ウボォォォォォォオオ!!!」


 柵の手前で豚人族オークは立ち止まり、深く息を吸うと、大きく吠えた。

 耳をつん裂くような咆哮は大地を揺らし、木々は大きく震えながら木の葉を落とした。衝撃波によりガタガタ揺れる柵をいとも簡単に薙ぎ払い、豚人族オークが村に侵入したのだ。


「もう終わりだ…」


 誰かが呟く声が聞こえたが、その時誰もがそう思っていただろう。死を目前にして、ディエゴの心臓はバクバクと心拍数を跳ね上げていた。


 立ち尽くす村人達を一瞥し、豚人族オークは村を見渡した。そして、畑を見つけると、そちらへ歩みを進めた。豚人族オークの歩いた後には、巨大な蹄の跡が地面に刻まれていた。


 そして豚人族オークは、実った農作物を根こそぎ掘り返した。村人達は、肩を寄せ合い震えながらその様子を見ていることしかできなかった。


 豚人族オークの狙いは農作物であったのか…?もしそうであれば、黙って見過ごせば命は助かるかもしれない。

 ディエゴが、豚人族オークの行動を固唾を飲んで見守っていると、壊れた柵を越えて、誰かが侵入して来た。

 肩ほどにまで伸びたボサボサ頭、首にかけられた動物の牙でできた首飾り。どれも見覚えのある姿であった。


 それは、以前から村に手を出してきていた山賊の頭であった。


「まさか…」


 山賊が豚人族オークに従っているのか?


 ディエゴの予感は的中した。山賊の頭は掘り返された農作物を手際よく麻袋に詰めては村の外に運び出していく。


「へへっ、旦那はやっぱりすげぇな。これでしばらく食うには困らねぇぜ!」

「…ウボォォォ…早くシロ」

「へいへい」


 豚人族オークは地を這うような声で山賊の頭に指示をしている。


 どういう経緯で手を組むことになったのかは不明だが、最悪の事態に変わりはなかった。山賊の頭に、凶悪な豚人族オークが協力している。


「フン、この村ニハ、若い女ハいないノカ。ツマラン」


 山賊の頭が手際良く農作物を運び出している間に、豚人族オークは村人達を見下ろし、鼻を鳴らした。

 女子供を素早く避難させておいてよかったと、ディエゴは密かに胸を撫で下ろした。かつての豚人族オークは人間の女を捕まえては喰らうことがあったという。村の女達が襲われたらと、考えただけでも悍ましい。


 そして、全ての農作物を村の外に運び終えた山賊の頭は、ディエゴの前に立ち、


「また実りの時期に作物を頂きに来る。旦那の力を借りられたくなけりゃ素直に言う通りにするんだな


 そう言い残して、豚人族オークと共に、壊した柵の間から立ち去った。



◇◇◇


「それから実りの時期になると、山賊の頭の男は他の山賊達を引き連れて村にやって来ては農作物を根こそぎ奪って行きます。私たちも生活がありますから、密かに村の裏手に田畑を増やして、自分達の分はそちらで賄っていますがね」


 村の田畑はあえて山賊達の目につく所に作っているのだろう。目立つ位置にあったのにも合点がいった。


「村を踏み躙られるのはたまりませんからね。二度目からは村総動員で収穫をし、村の外に積み上げています。そうすることで、奴らは農作物だけを持ち帰り、立ち去ってくれるのです」


 深く長い溜息を吐き出しながら、ディエゴは言った。


「柵を高くしたのも、堀を掘ったのも、あの豚人族オークからすれば無意味なものだとは分かってはいるんです…ですか、いつまた奴がやって来るか分からない…そんな不安に押し潰されそうな村人達を見ていると、何もしないよりはマシかと思い…」


 ディエゴは自嘲じみた笑みを溢し、俯いていた顔を上げると、カルロスを見つめた。


「そういう訳でね、村を行き来する人に被害が及ばないとも限りませんので、今は村を封鎖しているような状況なのですよ」


 少しずつ、息をつきながらその日の出来事を語ってくれたディエゴ。

 村長として、村を守ろうという気持ちはあれど、恐ろしい豚人族オークを目の前にして、何も出来ない無力さや恐怖はどれほどのものだっただろう。


 凶悪な豚人族オークの存在が村の外に洩れると、村は社会的に孤立してしまう可能性もある。村を守るためにも、"タチの悪い山賊が横行している"に留めて人の流れを止めた判断は正しかったのだろう。


 だが、今のままだと永遠に搾取し続けられてしまう。やはり、今の状況を作り出している根源を断つ必要がある。


「分かった。俺が豚人族オークと山賊を何とかしてみよう」


 平然と請け負うカルロスに、ディエゴはポカンと口を開ける。


「え…いや、身の上話としてお話ししたまでで、お客人にそのような危険なことをさせるわけには…」


 狼狽えるディエゴの肩に手を置いたのは、カルロスではなかった。


「大丈夫です!ご主人様は最強ですから!私も今の話には憤りを感じます!お力になりましょう!」

「だから何でお前がそんなに得意げにしているんだ」


 ぷりぷり怒るナディアに、「もう発火はしないでくれよ」と冗談で言うと、少し恥ずかしそうに身体を縮めた。

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