第10話 村長の話
翌朝、カルロスとナディアが1階の酒場で軽い朝食を済ませていると、
「カルロスさん、昨日はよく眠れましたか?」
黒髪の門番の男、ラウルが訪ねて来た。
「ああ、お陰様で。食事も美味いし、小さな店だが居心地がいいよ」
食後の珈琲に舌鼓を打ちながら、カルロスは笑顔で答えた。ナディアは隣で苦い珈琲に悪戦苦闘している。ちょろっと舌をつけては、眉間に皺を寄せて舌をべーっと突き出している。砂糖を入れればいいものを。
酒場の夫婦はその様子を微笑ましそうに眺めている。寡黙だが、綺麗に掃除された店や、料理の優しい味から夫婦の人の良さが滲み出ている。ホッとするような、とても温かみのある店だ。
「村長の所に寄って客人が来ていると伝えてあるので、準備が出来たら一緒に行きましょう」
「ああ、それはありがたい。支度してくるよ」
カルロスとナディアは簡単に身支度を整えると、ラウルについて店を出た。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
酒屋の夫婦は少し心配そうな、困ったような笑みでカルロス達を見送ってくれた。
◇◇◇
「いい店だな」
道中、カルロスはラウルに言った。
「でしょう?料理もお袋の味!って感じで安心するんですよね。人の出入りがあった時は、あの店も賑わっていたんですがね…」
嬉しそうに頬を緩めた後、悔しそうに視線を落とすラウル。
「ああ、あの夫婦のためにも現状を打破したい所だな」
「そうです!お布団も暖かくてぬくぬくほっこりでした!」
ナディアもあの店が気に入っているようでやる気十分だ。
「着きました。ここです」
村長の家は、村の門と反対側に位置していた。他の家と同じような造りで、遠慮がちにそこに鎮座していた。
「村長!先程お伝えした客人をお連れしました」
ラウルが戸をコンコンと叩くと、中から「どうぞ」と男性の声がした。
「失礼します」
ラウルの後に続いて、カルロスとナディアは家の敷居をくぐった。
「よくぞおいでくださいました」
迎え入れてくれたのは初老の男だった。髪は白髪混じりであるが、腰はまっすぐ伸びており、凛とした佇まいをしている。
家の中は簡単な造りで、玄関を入ってすぐに居間があり、奥の部屋は扉が固く閉じられていた。
「大したおもてなしも出来ませんが、どうぞおかけください」
カルロスとナディアは、藁で編まれた座布団に腰掛けた。中心には囲炉裏がある。ラウルは門番の仕事があると言うので、ここで別れた。
カルロス達は簡単に自己紹介をしあった。村長の男はディエゴというらしい。
「それで、こんな辺鄙な村にどのようなご用件で?」
急須にお茶を淹れながら、ディエゴが尋ねた。
「いや、気ままに旅をしてるんで、特に用があって来たわけじゃないんだが、ベルデの町で山賊の噂を耳にしてな…実際、山道で山賊に出くわしたし、村の現状を知りたい」
カルロスは村の状況を尋ね、一口お茶を口に含んだ。
「な、なんと…!よくぞご無事で…」
山賊に出くわしたと聞いて、ディエゴは目を丸くして驚いている。少し顔が青ざめている。
「ふふふ、ご主人様はお強いので、山賊なんてちょちょいのちょいで追い払ってしまいましたよ!」
ナディアは、ふん!と自慢げに鼻を鳴らしながら拳を振り回した。主人自慢が好きな奴だな。
「さ、左様でしたか…ええ、噂の通り、最近この村から続く山道に山賊が頻出しておるのです。それだけじゃなく、村自体も奴らの餌食になっており…」
ディエゴは目を伏せ、溜息を吐いた。冷静に見えるが、湯呑みを持つ手には、強く力が込められている。山賊の好きに荒らされているのが我慢ならないのだろう。
「ああ、昨日ラウルに少し聞いたよ。被害が出始めたのはここ1年から半年ほど前からなんだな?何か異変はあったのか?」
どこか別の場所からこの辺りに移って来たのか。流れ者達が集まって徒党を組んだのか。しかし、森で遭遇した山賊達はかなり統率が取れていたので、急拵えの組織ではないように思えた。
昨日の彼らの話ぶりでは、山賊をまとめる統率者がいるようだった。"頭"と呼ばれていたが、どのような人物なのだろうか。
「山賊には頭がいるようだったが、ここには現れたことがあるのか?」
カルロスが尋ねると、ディエゴはビクッと肩を震わせた。
「……えぇ、恐ろしい男でした」
視線を落としたディエゴの顔は青ざめているようだった。その時のことを思い出しているのか、手で口を覆っている。
山賊の頭の話になった時、奥の部屋から小さなガタンと言う物音が聞こえた。
カルロスは人差し指と親指で自分の顎をつまむように撫でながら、ディエゴの様子を観察する。
「山賊の頭は、体格のいい武骨な男です。他の山賊達を従えて統率を取っているので厄介な奴です」
頭の話をしている間、ディエゴは黒眼をキョロキョロと左右に揺らしている。いくら屈強な男とは言え、1人の人間である山賊の頭にここまで怯えるだろうか?
「ディエゴさん、あんた何か重要なことを隠してないか?」
カルロスは真っ直ぐにディエゴを見つめる。見つめられたディエゴは目を泳がせながらも、カルロスの目線に射抜かれたように、萎縮している。
「い、いえ…そんなことはありません」
そして、ディエゴは額にじんわりと脂汗を滲ませながら、しゃんと伸びていた背を少し丸め、ぎこちなく胸の前で腕を組んだ。
まるで、カルロスとの間に壁を作るかのように。
ディエゴの挙動を観察していたカルロスは、顎に当てていた手を静かに下ろした。
「ディエゴさん、あなたは嘘をついている」
何かを誤魔化そうとする時、人は無意識に口元を手で覆い隠そうとする。また、身体を縮こませて腕組みをする時、人は防衛本能が働いている状態となり、焦りや動揺を感じていることが多いという。実際、問い詰めるカルロスと心理的に距離を取りたいと言う気持ちが働いたこともあるだろう。
指摘されたディエゴは、顎まで滴った汗を手の甲で拭いながら、観念したように深いため息をついた。
昨日村に来た時から抱いていた小さな違和感。
ただの人間の賊相手にしては、村の守備が厳重過ぎることが気になっていた。高すぎる柵、深すぎる堀。山中で遭遇した山賊達に対する守りにしては十分過ぎる。
それに、夕刻に見かけた村の人々の怯えた表情。
まるでーーー人間ではない"何か"に怯えているようだった。
そして、覚悟を決めたように、祈るように手のひらを合わせながら、ディエゴは絞り出すようにこう言った。
「実は…奴らの、山賊達の背後には…
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