第9話 モラド村

 山賊一行に襲われた夜、カルロスとナディアは近くに小さな洞窟を見つけ、そこで野営することにした。


「ご主人様!また奴らが仲間を連れて戻ってくるやもしれません!私が寝ずに番をしますので、ご安心ください!」


 今度こそ役に立とうと、ナディアの鼻息は荒い。


「大丈夫だ。防護魔法と隠匿魔法を展開してあるから、外からこの洞窟の中は何も見えないし聞こえないさ。だからナディアも安心して休むといい」

「…へ?」


 カルロスは杖を洞窟の中心に突き立てており、その先端の魔石はぼんやりと温かな光を放っている。その灯りで洞窟内は十分に照らされており、暖かさをも感じられる。


 カルロスは、隠伏、照明、防寒の全てを涼しい顔でこなしているのだ。

 更に魔法で火を起こして、近くで採取した山菜やキノコ、木の実を調理し始めた。上機嫌に鼻歌を唄いながら。


 ナディアは、カルロスの隣にストンと腰掛けながら、本当に自分の出番がないなと苦笑した。



◇◇◇


 翌朝早く、ぐっすりと眠ったカルロスとナディアは、身支度を整えると、目的地である山麓のモラド村へ向かった。


 今度は山賊や獣などに襲われることもなく、日が傾き始める前に村に到着した。



「は〜、やっと到着しましたね!」


 新たな地に到着し、期待に胸膨らませながら、ナディアは嬉々として伸びをしている。


「そうだな。ここに来るのも久しぶりだな…昔世話になった村長は高齢だったから流石に代替わりしているだろうな…」


 少し寂しそうに村の入り口にある立派な木製の門を見上げるカルロス。この村の門はこんなに立派な佇まいだったかと首を傾げていると、門番と思われる男性2人がこちらに気付いたようで、驚いた様子で駆け寄って来た。


「君たち…!ま、まさか山を越えてやって来たのか!?よく無事でいたな…」


 歳の頃は20代後半から30代前半といったところか。2人とも門番らしく鍛え抜かれた身体で、笠を被り、手には槍を持っている。1人は漆黒の短髪で、もう1人は茶色がかった肩ほどまで伸びた髪を後ろに纏めている。


 カルロスとナディアを交互に眺め、怪我の有無を確認している様子だ。2人が傷ひとつないことに安堵したようにホッと息を吐いた。


「さあ、中に入って。じきに日が暮れる。ここらは最近物騒でな…外には出ない方がいい」

「ありがとう。遠慮なくお邪魔させてもらうとするよ」


 辺境の地では、他所者よそものを邪険にする村もあるが、このモラド村はそういった風潮はないようだ。ベルデの町とも交易を重ねていたようだし、閉鎖的な村ではないようでカルロスは好感を持った。


 村の門をくぐると、広場を中心に住居が点在しており、村を囲う柵沿いには畑が耕されているようだ。


「ん?この村にあんなに高い柵があったか?」


 カルロスの遠い記憶によると、この村は、森を傷つけることなく、自然に溶け込むように拓かれていたはずだ。


 ところが、村はぐるりと高い木の柵で囲まれていた。カルロスの倍ほどはあろうか。見上げるほどの高さだ。その全ての柵に、丁寧に忍び返しが施されている。柵の外側には、1m程の幅で、深さは2m程の堀も掘られている。忍び返しに堀。つまり、侵入者を封じる手立てが厳重に施されているのだ。随分入念に守りを固めているようだ。


 それに、夕暮れ時だからか、人通りはひどく少なく、静まり返っている。西陽に照らされた家屋はどこか寂しそうだ。出歩いている人々も辺りを気にして、落ち着きがないように見える。背中を丸めて早足で家を目指し歩いてゆく。


「やはり、この村も山賊の被害に遭っているんだな」


 カルロスが神妙な顔をすると、一緒に村の中に入った門番の1人である黒髪の男が苦々しい表情をして頷いた。


「ええ、それはもう。奴らが現れたのはここ1年から半年前のことです。農作物の被害から始まり、徐々に家屋に侵入しての窃盗まで…最近では行商人も襲われ始め、怪我人も…今は一時的に交易を止めていますが、いつになったら再開できることやら…」


 思った以上に被害は深刻のようだ。自衛のための策として、村の防衛に力を入れているのだろう。


「それは心配だな。俺にできることがあったら喜んで力になろう」


 被害を思い返して悔しそうに唇を噛む門番の男に、カルロスは申し出た。


「はぁ…ありがたい申し出ですが…あなた1人でどうにかなる相手ではないかと…」


 カルロスを一瞥し、門番の男は首を横に振った。その様子に反論したのはナディアだ。


「なっ!あなた!失礼ですよ!ご主人様はこう見えて、とーーーーってもお強いのです!それは!もう!山賊なんか一捻りです!」


 けちょんけちょんにしてやりますよ!と腕を振り回し憤慨するナディア。


「は、はぁ…それは、すみません」


 ナディアの勢いに圧倒されて思わず謝罪する門番。


「いや、気にしないでくれ。ところで良かったら名を教えてくれないか?俺の名前はカルロス。こっちは同行人のナディアだ」


 カルロスは苦笑しながら遅れて自己紹介をした。


「あ、失礼しました。自分の名前はラウルです。門に残ったもう1人の男はシモンと言います」


 笠を外して胸の辺りで持ち、軽く頭を下げる門番の男ーーラウル。


「今日はもう遅いので、小さいですが宿舎があるのでそちらに案内します。明日の朝、村長の家を訪ねましょう」


 そう言って、ラウルはこじんまりとした酒屋に案内してくれた。1階では酒や食べ物を提供しており、2階に2部屋宿泊可能な部屋があるらしい。初老の夫婦2人で切り盛りしているようだ。


 2部屋しかないが、現在の村の状況を見るに空いているのだろうというカルロスの予想は的中した。カルロスとナディアは1部屋ずつ借り、今夜はそこで眠ることとした。


 簡単な食事ではあったが、カルロスが1階の酒屋でしっかりと村の料理を味わったのは言うまでもない。

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