第5話 魔神、旅に出る
「わしがくたばる前にまた会いに来てくれよのう」
「ああ、近いうちにまた訪ねるとしよう」
「信用ならんのう」
ほっほっほとバルトロは口髭を撫でながら、少し寂しそうにカルロスと別れの挨拶をした。
◇◇◇
食い逃げ騒動の後、カルロスは骨董市が開催されていた一週間、ベルデの町に滞在していたが、とうとう出立の日がやってきた。
その間、町の宿に宿泊したり、バルトロの家に世話になったりとのんびりとした時間を過ごしていた。
ナディアはと言うと、基本的には主人の側に仕え、興味深そうに町のあちらこちらや骨董市を一緒に見て回っていた。宿のベッドは初めてなようで、嬉しそうにぼいんぼいんとその上で子供のように飛び跳ねていた。バルトロの家に泊まる際は、ランプの中に潜んでもらっていた。お節介な彼のことなので、カルロスが女性を連れてきたとなると面倒なことになるのは目に見えていたからだ。
そんなナディアについてだが、幾つか分かったことがある。
ナディアはランプの外でずっと顕現していることも可能だが、ランプの中に自由に出入り出来るようだ。人目を避ける際には申し訳ないが、ランプの中でじっとしていて貰う場面も出てくるかもしれない。
一定距離を守っていれば、主人から離れた単独行動も可能であった。ただし、主人が滞在している町から出ると、まるで強力な磁石が引き寄せられてくっ付くように、身体が強制的にランプの持ち主であるカルロスの所に引き寄せられてしまったのだ。
試しに、一度一人で町の外に出てもらった所、見えない力に引っ張られるように、瞬く間にカルロスの元へ舞い戻ってきた。ナディアの意志ではないため、カルロスの元に放り投げられるように戻ってくるので、ナディアは盛大に地面に身体を滑らせて土まみれになってしまった。
制限の範囲は滞在している町の大きさに依存するのか、所定の距離があるのか、検証を重ねないと不明であるが、その度に土まみれにさせるのは忍びないので、急いで確かめなくてもいいだろう。
また、魔法に関しては基本的にはナディアの自由に使えるようだが、主人の利益に関わるものについては、願いとして受け入れられないと使えない誓約があるようだ。そうでなければ魔神の気まぐれで3つ以上の願いが叶えられるため、これについてはある程度の予想はできていた。
自在に宙に浮いたり空を飛んだりは出来るため、人気のない場所や真夜中にふよふよと町を散策していたようだ。
本人は知らないが、夜中にトイレに起きた町の子供が、宙に浮かぶ人影を見て悪夢にうなされたとかなかったとか…
◇◇◇
「ご主人様、次はどちらに向かわれるのですか?」
ベルデの町の入り口で、ナディアはカルロスに尋ねた。
「そうだなぁ、とりあえずあそこに見えているネグラ山脈を越えて、その麓の村に顔を出すか」
カルロスが町の西方に連なる山脈を指差して答える。幾つもの山々が続いているが、さほど標高は高くないようで、山頂付近も冠雪はなく青々とした木々が多い茂っているようだ。
すると、それを聞いていたバルトロが言った。
「ほう、次はモラド村に寄るのか?それでは耳に入れておかねばならんことがある」
「ん?なんだ?」
カルロスが続きを促すと、バルトロは困ったように眉間に皺を寄せながら、ため息混じりに言った。
「ネグラ山脈には最近不穏な噂があってのう…何でも山賊が出るとか…少し前までは荷馬車が行き交っていたんだが、盗難被害や怪我人が相次いでようでな…皆怖がって今は荷馬車は一時停止しておるのだよ。カルロスの旦那なら心配はいらんだろうが、くれぐれも気をつけてのう」
「ふむ、山賊か…気にかけておこう」
カルロスは顎に手を当てながらバルトロの忠告に答え、町を旅立った。カルロスの姿が見えなくなるまで、バルトロは町の入り口に立って手を振っていた。
「ご主人様はバルトロ様にとても懇意にされているのですね」
器用に後ろ歩きをしながら、バルトロが小さくなるまで手を振り返していたナディアは嬉しそうにカルロスに尋ねた。
主人が慕われているのは従属する魔神にとって誇らしいことなのだ。
「ん?そうだな、あの町には何度か訪れたことがあるからな。バルトロが町の外れで魔物の群れに襲われているところを助けたんだ。それから親しくして貰っている。…こんな俺にも分け隔てなく接してくれる大事な友人だよ」
カルロスの言葉に少し自虐の気を感じ、ナディアは恐る恐る隣を歩くカルロスの顔を覗き込んだ。
その表情にはほんの僅かだが寂しさが滲んでいるように感じられた。
「ご主人様…」
ナディアは何故だか、胸が締め付けられる感覚がした。そんな寂しそうな顔をしないで欲しい。だが、何と声をかけていいのか分からず俯いていると、頭上で小さく微笑む気配を察知した。
ナディアが顔を上げようとすると、
「さあ、今日は山の中腹を目指すぞ。人目がない時は浮いていていいからな」
ポンっとカルロスはナディアの頭を撫でた。そのままスタスタと歩みを進めるカルロスの顔には、もう先程感じた寂しさは消えていた。
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