第2話 3つの願い

 これは…本物の魔法のランプだったということか。


 今目の前で、ふよふよ宙に浮かびながら、優雅に頭を下げる魔神。実際にランプから魔神が現れた。つまりそういうことだろう。


 しかし、ランプの中身は空だった。召喚魔法か?それにしては術式や魔法陣が刻まれた様子もなかった…いや、もしや秘匿魔法で上書きされていて一見分からなかっただけなのか、それとも…


「ご主人様?」


 一人悶々とランプの仕組みに思考を巡らせていると、自分の呼びかけに反応のない主人を怪訝に思ったのか、魔神が恐る恐るカルロスの顔を覗き込む。


「…綺麗な瞳だな」


 深い思考から呼び戻されたカルロスは、視界に入った魔神の瞳を見るなりポロッと呟くようにそう言った。


「えっ、綺麗…?私の瞳が、ですか?」


 すると魔神は分かりやすく狼狽した。ブツブツと、そんなことを言われたのは初めてですだとか何とか照れ臭そうにしている。


 なんだ、愛嬌のある奴じゃないか。


「それで、3つの願いだったか…お前は何でも叶えることができるのか?」

「ええ!勿論ですとも!何なりとご命令ください!何せ外に出るのは久方ぶりですので、私頑張っちゃいますよ!!」


 主人の質問に、魔神は胸を逸らせて得意気に答えるが、


「…と、言いたいところですが、幾つか出来ないこともございます」


と、気まずそうに頬を掻いた。


「ふむ、教えてくれるか?」

「ええ、勿論でございます。大きく分けて3つございます。まずは、他者の命を奪う行為、或いはそれを助長する行為は致しかねます。また、他者の気持ちを操作することも出来ません。異性を意中にするといったことは出来ないのです。最後に、この世界に大きな影響を及ぼす行為でございます。例えば、大規模な森林破壊、砂漠化といった環境破壊行為や世界を破滅に導く行為には助力出来ません。不老不死なども世界の理に反するため叶えられません。病気を治す等であれば可能でございます」

「なるほど、至極真っ当な内容だな」


 魔神は指折り数えながら説明し、カルロスは腕組みをしながら耳を傾けている。


「それ以外のことであれば何なりと!」


 ふよふよカルロスの周りを舞いながら、さあ!願いを!願いをどうぞ!と爛々と催促してくる魔神。少し狂気じみたものを感じる。


 カルロスは苦笑しながら、顎に手を当てて勘案する。


「願いか…そうだな、俺の願いは…」


 期待に目を輝かせながら、魔神はカルロスの答えを待っている。


「よし、俺の願いはーーー」

「はい!何でございましょう!」

「…うん、ないな!」

「かしこまりました!では願いを叶えーーーって、ない!?!?そんな訳ないでしょ!?」


 おっと、想定外の回答にうっかり素が出てしまっているようだ。ターバンに隠れて素顔は見えないが、恐らくものすごい形相をしているのだろう。カルロスの眼前で魔神は鼻息荒く捲し立てる。


「ほら!誰にも負けないような強大な力が欲しい!とか!」

「こう見えて意外と強いんだ」

「ぐ…王国一の大魔術師になりたいとか!」

「魔術の腕もこの国随一だと自負している」

「金銀財宝ざっくざくー!」

「生活に困らない程度には資産も土地もある」

「うぐぐ…はっ!魔術師だったらこの世の全ての魔法を知りたくないですか!?知りたいですよね!!」

「知りたいが、自分の足で集めてこそ価値あるものだからなぁ。コレクター気質なんだ、こう見えて」

「くっ…では!絶世の美男子に…ってよく見るとご主人様は元々整った顔をしていらっしゃるし、ガタイも程よく引き締まって……じゅる」

「おい今何か悪寒がしたぞ」

「はっ!失礼しました!むむむ…っ他に、他に何か……これまで叶えて来たよくある願いは言い尽くしてしまった…うーむ」


 うんうんと頭を抱えて自問自答する魔神。頭から湯気が出そうだな、なんて呑気に考えるカルロス。


「まあここで問答してもキリはないし、そろそろ日が高くなって来た。町に戻って昼飯にしよう」


 カルロスは手庇を作って日の高さを確かめる。ちょうど太陽はカルロス達の真上に位置していた。


 昼食の提案をするカルロスに、尚も食い下がる魔神。


「昼食よりも何か願いを…はっ!ではここに豪華なお食事をご用意するというのは…!」


 名案だと言わんばかりに目を輝かせる魔神だが、カルロスはその提案に首肯してくれなかった。手を前に出して魔神の言葉を制すると同時に否定の意を示した。


「俺はその土地ならではの食事をその地に根ざした店で食べるのが好きなんだ。折角だし付き合ってくれよ」

「うっ…」

「飯でも食いながらお互いの自己紹介でもしよう。俺はお前のことがもっと知りたい」

「!」

「あと浮いてたら目立つから歩いてくれよ」

「は、はあ…」

「よし、じゃあ町に戻るか」


 すっかりカルロスのペースに乗せられた魔神は、ふわっと地に足をつけ、「なんか違う、思ってた展開と違う…」とブツブツと呟きながらも素直に彼の後をついて町へ向かったのだった。

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