第1話 魔法のランプ

 エスメラルダ王国。

 花と緑の大国と謳われる平和な王国。多種多様な種族が共存し、手を取り合い生きている美しい国だ。


 100年前、勇者と呼ばれる1人の英雄とその仲間により、魔族の王が倒され、その後長い年月をかけて平和な国を築いてきた。


 当時の惨状を知る先人や長命種により、二度とかつての惨状が繰り返されないように、勇者と魔王の物語がこの国に生きる者達に語り継がれている。


 種は違えど、隣人を愛し、敬い、共に生きるーーー今のエスメラルダ王国を支える国民達は皆、平和な共生の道を望んだのだ。



 そんなエスメラルダ王国の田舎町である『ベルデ』にて、1週間の間、大規模な骨董市が開かれると聞いて、珍しいもの見たさでその町を訪ねた者がいた。


「おぉ!カルロス殿!久しいのう」

「バルトロか。息災なようで何よりだ。それにしても…老けたな」


 カルロスと呼ばれた青年は、町長である口髭を蓄えた中年の男に声をかけられた。


 すらりと伸びた長身は、足首までスッポリと蒼色の外套で覆われており、手には赤く輝く鉱石を嵌め込んだ杖を持っている。髪は栗色であるが、日の光を浴びて時折金色に輝いていた。


 深いエメラルドグリーンの瞳に一瞥されたベルデ町長のバルトロは、苦笑いをしながらカルロスに手を差し出す。


「老けもするとも。カルロス殿と最後に会ったのはかれこれ20年前だからのう」


 カルロスは差し出された手を握りながら軽く挨拶をした。


「…そうか、もうそんなに経っていたのか」

「もう少し早く遊びに来てくれると思っておったがな。カルロス殿はあの頃とちっとも変わらず色男で羨ましいですなあ」


 ほっほっほと貫禄たっぷりの笑い声で、旧友との再会を喜ぶバルトロ。


「すまん。各地を転々と旅していたら気付けば20年経っていたようだ」


 頬を掻きながらカルロスは侘びた。


「なぁに、せっかく再会できたんだ。積もる話もあるんだが…この町に来たのは骨董市が目当てなんだろ?」

「そうだなぁ、古い書物や何か面白そうなものがあるかと思ってな」

「今日はまだ準備中だし、今夜はうちに泊まっていけ!友人を20年も放っておいた罰として一晩中晩酌に付き合わせてやるからのう」

「ったく、いい歳なんだから酒は控えろよ、長生きしてほしいんだから」

「ふん、それならばワシが飲み過ぎんように夜通し見張るしかあるまい」


 ほっほっほと再び笑いながらバルトロはたっぷりの口髭を撫でた。


「じゃあ久しぶりにこの町を回りたいから、日が落ちたらバルトロの家に寄ることにするよ」


 晩酌の約束を取り付け、バルトロは満足そうにカルロスを見送ったのだった。



◇◇◇


 翌朝、二日酔いでうなされているバルトロを介抱し、カルロスは御目当ての骨董市へと繰り出した。


 昨夜は20年分のこの町の出来事、主にバルトロの自慢話や身内話に花を咲かせた。


 会わないうちに世帯を持ち、男3兄弟、3児の父となっていたバルトロ。奥さんには頭が上がらないようだったが、円満にやっているようだ。


 昨日見て回った町の様子も20年前と大差なく、皆勤勉に働き、町には笑顔があふれていた。


 唯一大きく変わったところというと、人間の町であるベルデにも少しずつ他種族が行き来するようになったことだろう。現にカルロスと同様骨董市目当てに、魔族やエルフといった種族もチラホラ見かける。

 諍いもなく仲良く共存しているようだ。


「ここは相変わらず心地よい町だな」


 無邪気に駆け回る子供達を眺めながら、カルロスはふっと柔らかい笑みを浮かべる。


 町長であるバルトロの家は、町の中心近くに位置している。そこから東に道を下り、開けた広場に目的の骨董市が催されている。


 今回の骨董市は規模が大きいもので、王国中から商人達が貴重なものから一見価値があるのか分からないものまで、様々な商品を持ち寄り陳列している。


 カルロスが到着する頃には既に広場は賑わいつつあり、早い露店では取引が始まっているようだった。


 まずは書物を扱っている店を探し、古い魔導書をいくつか手に取る。独特のカビ臭さが鼻をつき、それなりに年代物であることを証明している。


 ぱらりと中を見て、ふぅと息をつく。


「うーむ、どれも読んだことがあるものばかりか…」


 長く旅をしているので、旅先で見つけた魔導書は片っ端から目を通している。そのため、今や初見のものはごく僅かとなってしまっていた。


「久々に見たことがない本が見つかるかと期待していたんだが…」


 残念そうにぽりぽりと頭を掻いて、魔導書を元の位置に戻したカルロスは、他の店を物色し始める。


「…ん?」


 食器や置物を取り扱う店の前を通りかかった時、何か不思議な感じを覚え、カルロスは足を止めた。


 ーーこの感じは、恐らく魔力の類か。


 魔力の強い者が想いを込めて作った物には、その者の魔力が宿ることがある。

 あるいは、魔道具が紛れ込んでいるのか。


 …どれだ?


 カルロスは一つ一つ商品を確認し、該当する物を見つけた。


「ランプ…か?」


 それは薄汚れた古びたランプであった。


「あー!お客さんお目が高い!それはあの御伽噺でも有名な魔法のランプと言われているんですよ!」


 カルロスがランプを手にしたことに気づいた店主が飛んできて、手をこまねきながらランプの説明をしてくれる。


 ふむ、確かにそんな話を聞いたことがあるな。


 ランプと魔神の話を熱心に話す店主に、カルロスはふと浮かんだ疑問を口にする。


「本物の魔法のランプならば、擦れば魔神が出てきて願いを叶えてくれるのだろう?何故あなたはランプを使わない?」


 すると店主はギクっと分かりやすく肩を震わせた。


「あーーー…お客さん鋭いねぇ…実の所、私も魔法のランプなら喜んで使いたいところなんですがね…あまり知られていない話なんですが…魔法のランプとは、実は呪われたランプという噂もありまして…ランプを使用した者は願いを叶えてもらう代わりにその命を差し出さなければならない、と」

「なるほど、それは厄介な品だな」


 へへへっと冷や汗をかきながら、気まずそうに店主は目線を逸らした。

 こちらが指摘しなければ呪いの話は黙ったまま、得体の知れない商品を厄介払いをしようという魂胆だったのだろう。


「呪い、ねえ」


 確かによくよく観察すると、強力な魔力が秘められているようだが、呪いのような禍々しいものは感じない。

 どちらにせよ、興味深い品であることには変わり無かろう。


「よし、このランプを買おう。いくらだ?」


 骨董市へは魔導書や、面白い品を探しにきた。

 このランプはまさに後者ではないか。


「へい!まいどありぃ!」


 店主はかなりの安値でランプを売ってくれた。よっぽど長い間売れ残っていたのだろう。


「ありがとう」


 カルロスは買ったランプを手に、広場を抜けて、東の門から町を出た。

 万が一本物のランプだった場合、街中で魔神なんて現れようものならとんだ騒ぎになってしまう。


 町から少し離れた丘の上に腰を下ろし、カルロスはランプを観察した。


「ふーむ。中身は空っぽなんだな。だが、やはり強い魔力を感じるな。本当に本物だったりするのか…?」


 物は試しだ。


 カルロスは手持ちの手巾を取り出し、ランプの汚れを落とすように擦ってみた。


 すると。


 カタカタっとランプが振動し、カッとランプが眩いほどに光を放った。そして、注ぎ口からもくとくと白い煙が立ち上がった。


 その激しく渦巻く白煙の中、人影のようなものが徐々に大きく顕現していく。


 しゅうしゅう…と地面を這うように白煙が霧散していき、その姿が白日の下となる。


 頭から首にかけて淡い空色のターバンを巻き、顔は目以外隠れている。身体も外套で覆われて隠されているが、カルロスよりも一回りほど小柄なようだ。


 やがて閉じられた瞳が静かに開き、青い宝石のような瞳がカルロスを捉える。


 主人を視認し、魔神と思しき人物の瞳がゆっくりと細められ、深々と頭をさげた。


 そして、ターバン越しでも凛と通る声でこう言った。


「ごきげんよう、ご主人様。3つの願いを叶えましょう。さあ、願いをどうぞーーー」

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