第五十五話 エルジオの過去

『これより昼休憩に入ります。午後の部、第二種目は今から二時間後、午後二時より開始といたします。繰り返し……』


 競技場内では一旦モニターが地面へと沈んでいき、アナウンスが流れている。


「最下位か……」


「クラフっちが落ち込むことないよ。けどまあ、ね。ちょっと、よくないよね」


「フレイツェルト……」


 フレイとエルジオの応援に来ているクラフ、ベルナ、ラフィの三人。怪しい雰囲気はあったものの、なんだかんだフレイの事を信用しきっていた。彼らからも多少なりともショックの表情がうかがえる。


 そして、それは別の場所でも。





「……」


「あの、フローラ様?」


「話しかけないでくれ」


「は、はあ」


 紅茶を運んできたフローラの付人つきびとピオニー。彼女がフローラの部屋を開けた瞬間、そこには珍しくフローラが机に突っ伏す姿があった。


「なるほど、専用モニターでフレイツェルト様の試験の様子を確認していらしたのですね。あの方ともなれば、高等科は簡単なものでしょう」


「……」


(私もそう思っていたよ!)


 少し間の後、フローラはようやく顔を上げる。


「現地へ行くぞ」


「え? でも騒ぎになるからってフローラ様自身が」


「いいから早く! ピオニー、君も準備だ」


「は、はい! ただいま!」









「ふぅ……」


 分からない。どうするべきなのかが。

 今までも悪い結果になりかけることはたくさんあった。でも、それは結果として良い結果に結び付くものだった。


 今回は違う。はっきり考えさせられる結果となった。

 おれは周りに助けられていただけで、決してリーダーの素質なんてないんだよな。テオスは偉大だった。あんなに多くの人をまとめ上げて。おれもあんな風になれたらなあ。


「じゃ、じゃあ、フレイ、後で、な」


「うん」


 エルジオが気まずそうにするのも当たり前だろう。今のおれはめちゃくちゃ恐い顔をしていた自覚がある。自分への苛立ちだ。


 そういえばグロブスは? あ、通路の所に。

 あれは、エルジオを待ってる? 


「……」


 少し考える。

 盗み聞きは好きじゃない。が、すまないなエルジオ、後でいくらでも叱ってくれ。


 予想通り、グロブスに裏へ連れていかれたエルジオの後を気配を消して追う。





「なんの用だよ」


「……お前はこの期に及んでまだこれか?」


 会場裏、周りには誰もいない場所で話している二人の内容を身をひそめて盗み聞く。いつもの雰囲気だ。


「お前の友達が困っているぞ?」


「フレイには! ……申し訳ないと思っている」


「それでもなお、は出さないと?」


「……それは」


 ? あれとは一体なんだ?


「俺たちも無論そうだが、フレイツェルト・ユングにとっては特に大事な試験じゃなかったか? 闘技大会に出てあのフローラと闘う約束しているのだろう? 高等科試験は数あるものではない。これで落ちれば間に合わないかもしれないな」


 グロブスの言っていることは正しい。わかってるなら喧嘩せずにもう少し協力してほしいものだけど……今はその話じゃないか。


「……オレにとっても大事なんだよ。攻撃系統で高みへ往く。それが出来なけりゃオレは、オレは」


「果たしてそれはお前か?」


「うるせえ!」


 カランカラン。


「あ」


 グロブスが胸ぐらを掴もうとしたところを、エルジオは一蹴いっしゅうする。エルジオの腕が自身のペンダントに引っ掛かり、ペンダントは飛ばされて地面に落ちる。


……」


 エルジオがペンダントを拾いながらつぶやいた。兄貴?


「亡き兄の意志を継いで攻撃系統をきわめる。大層なことだ。だがお前は、お前の意志はどこにある。持って生まれたお前の才能があるだろう。俺は、認めているんだよ! お前の、その才能を!」


 グロブスが声を上げる。初めて見た、グロブスが感情をここまで表にするところは。


「……今のオレがオレの意志だ。すまねえな、午後からも頑張ろうぜ」


 エルジオはそう言い残して行ってしまった。グロブスは「チッ」と舌打ちをしている。

 エルジオが行ったのを確認して、顔を出す。

 

「グロブス」


「! いたのか。今の聞いていたか?」


「聞いてたよ」


「そうか、それは見苦しいところを見せたな」


「グロブス、話してくれ。エルジオの事を」


「……ふん、まあそこまで聞かれたのなら良いだろう」





 グロブスからエルジオの過去を聞いた。また、これはエルジオから去年聞いた話だそうだ。エルジオとグロブスは、去年の中等科試験までは親友のように毎日一緒にいたらしい。


 エルジオは十歳頃に二つ上の兄を亡くす。死因は詳しく聞いていないが、事故のようなものだと言っていたそうだ。

 エルジオの兄は魔法の天才だった。エルジオの兄が使うのは“攻撃系統”。エルジオが日々鍛錬をしている<水魔法>の使い手だった。エルジオは、今まで生きてきて見た誰よりも兄が強いと言っていたそうだ。

 この叡学園に来た理由も、亡き兄の憧れだった叡学園に入り、兄の<水魔法>の強さを証明するために来たんだとか。エルジオのペンダントに入っているのは、亡き兄の<水魔法>で創ったしずくだという。

 ペンダントはおそらく魔道具だと思っていたが、魔法を保存出来るものだったか。


 時は過ぎ、叡学園にてエルジオとグロブスが今のような関係になってしまう事が起きる。

 エルジオの本当の力、彼が生まれ持った魔法の適正は“強化系統”なのだそうだ。親友だったグロブスはすでにそれを知っていた。<水魔法>ははっきり言ってぱっとしない、でも一度見せてくれたエルジオの“強化系統”は驚くほどのものだったようだ。


 そして、中等科試験。実践方式で同時に申請した二人は直接対決することになる。

グロブスは、エルジオに“強化系統”で戦って欲しかった。勝てないかもしれないと感じていたながらも、自身の鍛えた魔法と“全力”で戦って欲しかった。

 だが、最後までエルジオは一切“強化系統”を使うことなく適正のない<水魔法>で戦い、結果グロブスの圧倒的勝利。

 グロブスはエルジオを非難した。「なめているのか」と。今でもグロブスがエルジオに対して散々投げ掛けている言葉だ。


 グロブスはそんなエルジオに対して勝ちたかったわけではなかった。エルジオと全力で戦い、勝利したかった。それで結果負けたとしても悔いはなかっただろう、と言う。




 

「そっか。エルジオが“強化系統”、か」


 違和感の正体はこれだった。エルジオが<水魔法>を出す時、魔法は生き生きしていない。無理やり出している感じだった。


「これがオレの知るあいつの過去だ。オレが試験であいつに勝ち、オレは中等科へ、あいつは初等科のままだった。どうやって中等科へ上がってきたかは知らん。だが、考えられるならば」


「“強化系統”を使ったか」


「オレはそう考えている。はっきり言ってあいつの<水魔法>は初等科でも上の方とは言えん」


 自分には全力を出してくれず、他の試験ではエルジオは“強化系統”を使った。

 それが本当ならば、グロブスはプライドを傷付けられただろうな。


「わかった。話してくれてありがとうグロブス」


「ふん、盗み聞きなどという姑息こそくな奴に話したのは少し遺憾いかんだがな」


「姑息だって? こそこそしてるのはそっちだろ!」


 グロブスは冗談も言ってくるようになった。少し距離が縮まった気がする。


「行くのか? 話をしに」


「うん、行くよ。エルジオの元に」


「お前ならなんとか出来る、かもしれん。オレもあいつの“強化系統”をまた見たい」


 薄々思ってたけど、こいつエルジオの事好きだよな。恋愛的な話じゃなくて、ファン? 的な。リスペクトとでも言うべきか。


「任せて!」


 おれはエルジオが歩いて行った先を追いかけた。


 エルジオは孤立していたおれに声をかけてくれた、大切な友達だ。

 今度はおれが声をかける番だ。

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