第五十三話 “速さ”

 『高等科チーム試験』本番当日。

 

 受付は朝。三人一組のチームが全員集まって受付をしなければならない。

 しかし、受付終了十分前になってもおれ以外の二人は姿を現さない。うち以外のチームはとっくに受付を完了しており、中の会場にて作戦会議やウォーミングアップをしているだろう。


 やはり、おれがしっかりと仲介しておくべきだった。

 エルジオと長身の男グロブスの仲が良くないのは当にわかっていたことだ。何かきっかけになる出来事がなければ、お互い知った上で険悪になんてならないだろう。おれがその氷を溶かすべきだった。今は同じチームなのだから。


 ふう、と少し空を見上げて息をつく。


「ダメだったかあ」


 正確に言えば受付はまだ終了していない。けど、気持ちが途切れてしまった。

 自分のせいだ、と反省しながら足を向ける。その受付とは反対の方向へ。


「どこへいくつもりだ?」


「!」


 後方から低めの声がする。この声の主は


「グロブス! ……とエルジオ!」


 グロブスは右手に彼の魔道具である銃をたずさえ、左手でエルジオを引っ張ってきている。


「お前は諦めたのか? さっさと受付を済ますぞ」


「わりいフレイ。一週間も顔を見せなくてよ」


 エルジオはおれと目を合わせにくそうにしている。ギリギリまで迷っていたのかもしれない。それをグロブスが力ずくで連れてきたように見える。やはりこの二人はただ仲が悪いわけではないんだ。でも、それより今は、


「いこう、二人とも」


「無論だ」


「ああ」


 もう一度気持ちを入れ直す。おれたちはまだ終わっちゃいないぞ。








「あっ、やっと出てきたわ!」

「いやあ、ヒヤヒヤさせますなあ。時間ギリギリじゃない?」

「でも良かった。来ないかと思ったよ」


 初のチーム試験ということから、その試験会場は解放され、多くの生徒が観客として集まっている。

 今回は参加せず、中等科で鍛錬を続ける選択をしたラフィとクラフ、そしてベルナもこの試験を見に来ていた。彼らが来た理由は興味本位でもあるが、メインは友達の応援である。


「まったく、エルジオったら。ちっともわたしたちの前に顔を出さないんだから」


「そだねー。最近はちょっとギクシャクしてたかもね。ま、男の子なんて喧嘩してなんぼでしょ」


「そんなもんかしら」


 そんな会話をしつつ、女子二人はクラフをじーっと覗き見る。


「えっ、僕がどうかした?」


「うーん、あんたは喧嘩しなさそうね」


「ま、クラフっちはクラフっちでそれが良いとこだよ」


「なんのことだよ~」


(フレイツェルト、頑張りなさいよ。エルジオも足を引っ張るんじゃないわよ。あんたたちなら出来るわ)


 ひそかに人一倍友人を応援するラフィであった。








「さて、俺たちに作戦や連携なんてものはない。試験の内容は公開されていないが、他チームにおくれをとっているのはまず間違いないだろう。どうするのだ、フレイツェルト・ユング」


 口を開いたグロブスがおれに投げ掛けてくる。


「えっ、おれ?」


「この中で指揮をするならばお前しかいないだろう」


「ああ、異論はないぜ」


 とんとん拍子でリーダーがおれだと決まる。まあ、こっちの方がやりやすくて助かるのは確かだ。


「わかった。ところで、グロブスは単独で動くと言っていたような気がするけど?」


「本当にするはずがないだろう。そんなのはバカのすることだ。だが」


 グロブスがエルジオを睨んで続ける。


「お前が変わらないのならば、俺がチームとしての行動は最低限だ。組む気はなれない。こんなナメ腐った奴などとはな」


「……」


 エルジオは八重歯をちらっと見せながらグロブスと睨み合う。少しまともになったかと思ったが、二人の仲は相変わらずか。


「時間になりました。それでは『高等科チーム試験』を始めます。受験される生徒は中央にお集まりください」


 会場内の教員によって試験開始が宣言される。

 二人が来てくれたことで少し安心したが、両者共にまだ何を考えているのかはわからない。おれは不安をぬぐいきれないまま、整列に向かう。





『迅速にお集まりいただきありがとうございます。それでは今回の試験内容を発表いたします』


 教員の声は拡声の魔法によって会場全体に行き渡っている。チーム試験という初の試みということもあってか、さきほどから会場のどよめきが止まらない。


『争っていただくのは全二種目のポイント制。種目は“速さ”を競うものと“強さ”を競うものとなっております。午前、つまり今から開始する第一種目。そして午後から第二種目開始といたします』


 “速さ”。なるほどな。チームにおける速さが如何に大事か、分かっている者はここにどれだけいるだろうか。


『それでは早速第一種目を開始します。これから受験される皆様には、三人一組でこちらの転移装置テレポートパネルに乗っていただくことで、あるフィールドへと飛ばされます』


 教員が手を向けた先に転移装置テレポートパネルが現れる。相変わらずの魔法と設備だ。


『各々、転移した先から目指していただくのは中央。ただし、チームにより飛ばされる場所は。それぞれのチームは、中央への距離が等しくなるように違う場所へと飛ばされます。そして、この種目では速く辿り着いた順に高いポイントがもらえます。皆様、協力してチームで励んでください』


 チーム、か。今のおれたちはチームとして成立しているだろうか。


『それではこちらから順に転移していただきます。開始の合図は受付時にもらった“腕時計型魔道具”からアナウンスされますので、お聞き逃しなく』





 転移した先、周りを見渡す。

 見上げるほどに高い木々が生い茂り、日の光は枝葉をかき分けて僅かながらに届くほど。この高さだと<強化魔法>“跳躍脚ちょうやくきゃく”を使っても上からは覗くことは出来ないだろうな。そんな、まるで“禁忌の森”を思い出すような光景だ。


 チーム行動における“速さ”。それは時に“強さ”以上に大事な要素だ。より速く目的地に辿り着けば選択肢が増えるし、いざ逃げるとなった際には当然追いつかれない速さでのチーム行動が必須となる。

 セネカと旅をしている中で、どれだけ“速さ”についての大切さを学んだことか。チーム行動とは、指示する人間、それを信頼してついていく人間がいて初めて成立する。チーム全員での信頼関係・コミュニケーションが必要なのだ。……が、


「……」

「……」


 依然後方の二人は互いに対しては口を開こうとしない。はっきり言うとチーム状況は悪い。


『それでは皆様。全員の転移が完了いたしましたのでこれより第一種目を開始します! なお時間制限は二時間。それまで辿り着けなかったチームは脱落となります。それでは開始してください』


 そこでアナウンスは切れる。

 ってまてまて、肝心な部分を聞いていないぞ。目指す“中央”ってのはどこなんだ? これはもしかして、


「目的地すら自分たちで探せということか」


 同じ事を考えていたグロブスの発言で確信する。


「そうゆうことだな」


 ごくり、と唾を飲む。

 高等科試験、さすがに甘くないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る