間話一 大切な人からの杖

「間話」は不定期更新の本編の間で起こったショートストーリーです。直接本編には関わってきませんが、ぜひ主人公達の日常を覗いてもらえればと思います。ネタバレ等ございますので、前話まで読んでいただくことをおすすめします。

―――――――――――――――――――――――


 ラフィはそのピンクのショートカットを風になびかせ、膝に手を付いて息を切らしている。


「ッ――! なんでよ! もう一回、もう一回よ!」


「ラフィ、今日はもうこの辺にしておこう。それに勝負は一回までだ。怪我をすれば元も子もない」


 おれは、ラフィの勝負に付き合っている。二人とも今日の探求は終わり、訓練施設で自主的な鍛錬をしているところだ。

 大抵はおれが魔法について教えて実践する、という形なのだが、いつも最後には何故か勝負へと発展してしまう。まあ、この向上心が彼女を強くしているのだろうな。


 ラフィとここ叡学園で会った時に勝負して以来、十勝0敗。入学して一か月経った今でも、負け続けながら彼女は挑戦してくる。着実に強くなってはいるが、まだ負けないかな。


 あと、もう一つ気になった事があった。


「ラフィ、その杖」


「え?」


 これは彼女の父からもらった大切な物だってわかってる。けど、ここははっきりと言うべきだと思う。


「もしかして今のラフィには性能が追い付いていないかもしれない」


「! ……そ、そう」


 ラフィの顔が曇る。

 しまったな、ラフィの為と思って言ったがこれは間違いだったか。


「い、いや、やっぱりなんでもな――」


「フレイツェルト!」


「は、はい」


 急なラフィの大声に背筋がピンと伸びる。


「……明日、魔道具専門店に付き合って。朝九時に都市エリア入口の時計塔に集合で。じゃあ」


 ラフィとは思えぬ早口にごにょごにょとした喋り方でそう言うと、彼女はきびすを返して早足で寮へと向かって行った。


「……急に?」





◇◇◇




 お、八時五十分。

 待ち合わせた時計塔で時刻を確認し、少し早めに来れた事に安堵あんどする。


 ラフィはさすがにまだ……ってあれ。


「ラフィ?」


「! お、おお、遅いわよ! こっちは何分待ったと思って」


「あ、ごめん。時間通りには着いたつもりだったんだけど……ってまだ五十分だけど、何時に来たの?」


「そ、それは別にいいでしょ! さあいくわよ」


「う、うん」


 最後の一言は少し野暮だったかな。それにしても、そうか。そんなに早く来るほど楽しみにしていたのか。




 それにしても、なんだこのドキドキは。

 彼女と街を歩く中で、段々と胸の鼓動が大きくなっていった。

 あれ、昨日言われて何も考えずに来たけど、これよく考えたらデートでは? と今になって気付いたからだ。


 よく見てみれば、ラフィはちゃんとおしゃれをしてきている。

 ピンクのショートカットの髪は、左の横髪が後方へ束ねられていて、耳が出るような形でピンで留められている。服装はカジュアルで、下は黄色のフリルスカートだ。戦闘には適さないだろうから、普段は穿くことがないだろう。


 可愛い。全体を見て、それが素直に出る感想だ。


「ねえ、フレイツェルト、聞いてる?」


「うわっ」


 まだおれより少し背の高いラフィが、下から覗き込むように話しかけてくる。


「ほら、聞いてなかったでしょ。まったく」


「ごめんごめん、なんだっけ」


「どこへ行くかって話よ。あんたの意見は参考になるんだから、ちゃんと考えてよね」


「そうだなあ」


 都市エリア。それはリベルタ叡学園の東側、もはや都市とも言えるほど発展した学園内の街のことを指す呼び名で、もちろん今回探しにきた杖を扱う魔道具店もずらりと並ぶ。種類が多いのは喜ばしい事なのだが、それゆえ迷ってしまう事もしばしば。杖のような人気で王道の魔道具ともなれば、その数はかなり多い。


「まあ、焦る事はないよ。今日は休日だし一日ゆっくり付き合うから、一緒に悩もう」


「! 良いの? ありがとう、フレイツェルト!」


 またドキっとしてしまう。……どうやらおれは笑顔に弱いみたいだ。





「うーん、これじゃちょっと物足りないわよね」


「そうだね。ラフィは広範囲の<光魔法>が持ち味だしもっと大きい方が良いかも」


 魔道具というのは大きければ大きいほど、大火力の魔法を出すのに適している。しかし大きいというのは、それだけでその分接近戦において不利になることを意味しており、まさに一長一短。自分の戦闘スタイルに合わせて選ぶことが何より大切なのだ。


「お嬢ちゃんたち、叡学園の生徒かい? 休日にデートとはまたお熱いねえ」


「ち、ちがうわよっ!」


「おお、そうかい。これはすまねえ。ま、ゆっくり見て行ってくれや」


 おじさんというのはどこの世界も同じなのか。


「ラフィ?」


 顔を赤くしている彼女を覗き見る。


「つ、次ね!」


 お気に召さなかったらしい。





「これも違うわ」


「うーん、もう少し何かないからしら」


「イマイチね」


 立ち続けに三つ店舗を回ってみたが、彼女に合う杖は中々見つからない。


「魔道具っていうのも大変だなあ」


「そうなのよ。クラフなんてコロコロ変えているわ。わたしも、あんたみたいに炎自体を扱えたらいいのに」


「ラフィもやってみる?」


「喧嘩売ってるの? クラフからどれだけ難しい事か散々聞かされているわよ」


「ごめん」


「ふふっ、冗談よ。ちょっと羨ましかっただけ」


 そんな話をしながら昼食を済ませ、次の店舗へと回る。


 一応は杖を探しに来たのだけど、さすがはリベルタ叡学園の都市エリア。ラフィの杖だけでなく、他の魔道具店、魔法書店、武器屋、など魅力的な店があふれるほどあり、気が付けば色々な所を見て回っていた。

 一日を通して色んな店を回ってみたが、これらはまだまだほんの一部だろう。幸い、なんとなく区分けがされているので、二人が見たい物を中心に見ることが出来たが、やはりこの街の大きさには驚かされるばかりだ。


 そして、夕方になりかけた頃になり、ようやく本来の目的を思い出したおれたち。そこで入った店で運命的な出会いをする。


「フレイツェルト! 見て、これ!」


「おお、これは」


 ラフィのおよそ三分の二ほどの長さのその杖。まさに求めていた長さで今のラフィの戦闘スタイルにはうってつけのサイズだ。また木材を活用して、魔法でコーティングされているその杖は、全体的な黄土色などから、雰囲気は父にもらったという杖と似ていつつも、今の風潮を取り入れた良い杖だ。おんしん。そんな言葉が似合う、ラフィにぴったりの杖だ。


「わたし、これにするわ!」


「うん! すごく良いよ。それとラフィ、その杖一度貸してくれないか?」


「え? 良いけど……」


 おれはその杖を会計をする場所へ持っていく。そして、旅で貯めたお金からその杖を購入する。叡学園生は割引されていて、格好はつかないけどね。


「フレイツェルト」


「元はおれが言い出した事だしな。これでまた一緒に修行しよう」


「ありがとう!」


 ! 彼女が手を大きく広げて抱きついて……こない。その両手は杖を持った後あっけなく閉じてしまった。


「これであんたに勝てるわ」


「望むところだよ。もう言い訳は出来ないからな」


「今に見てなさい!」


 右手の人差し指をびしっと向けてラフィが宣言した。

 新しい杖を持ってまで闘争心剝き出しとは。ラフィらしいな。



 そうして、【メモリア・ウォンド】を手にしたラフィと帰路につく。




◇◇◇





「<光魔法>“聖なる光線”ホーリー・レイ


 ラフィの放った<光魔法>は直線状にいる敵を穿うがつ。


「おい、ちょま――っおわ!」


 直線状にいたのはエルジオ。ラフィの攻撃を受けきれず後方へ尻もちをつく。


「ラフィ絶好調だなあ。杖が変わったのもあるのかも」


 クラフが関心している横で、フレイは少しうなっている。


「うーん……」


「どうしたのー、フレっち。ラフィが良いとこなのに。何か不満?」


「いや、おれから杖をあげておいてなんだけど、良かったのかなって。あれはラフィが大切な人からもらった杖だったし」


「はあ、まったく。いやあ、フレっちはなんにもわかってませんなあ」


 フレイが心情を漏らす中で、ベルナはやれやれといった様子だ。


良いんじゃん。今のラフィの杖も、大切な人からの杖だよ」

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