第五十話 フローラ
現叡学園の頂点、“フローラ”。
周りに聞いた限りでは、全く良い事を聞かされなかった。
彼女は一匹狼であり、その圧倒的な才覚から他を全く寄せ付けることはない。様相はとても美しい余り、間合いに入れば即座に斬られる。彼女と目が合った者は、一瞬にして腰を抜かしていしまった……などなど。
他にも多数、怖い話が寄せられたが、それらは総じて
それもそのはず、フローラは三年前に博等科、そして一年半ほど前には叡学科へと進級していったからである。今のおれには博等科どころか、高等科さえ知り合いがいないため、今のフローラを把握できていないのだ。加えて、高等科ともなればこの叡学園でもかなり少数。昨日の今日では、あまり情報を得る事が出来なかったのだ。
だがまあ、一応警戒をするに越したことはないだろう。気合いを入れていこう。
ここか。……ふう、緊張する。
時間帯は夕方。
そしてたった今、招待状を持ってとある階の入口に着いたところだ。
『叡学科 フローラ様』
そう書かれたプレートの扉を前にして、呼吸を整えている。
叡学園は一つ一つの建物が豪華だが、最近は慣れてきていた。しかし、今回は話が違う。
ここ『博等科・叡等科寮』は文字通り、博等科と叡学科、もしくは今回のように許可を持った生徒しか立ち入る事が出来ない寮だ。いわばVIP。それも己の実力で上がってきた者たちの、だ。
そして、おれが今いる、『博等科・叡等科寮』
この寮は一人に付き
などと考えていた矢先、
「お待たせいたしました。フローラ様の元へご案内いたします」
「あ、あなたは」
「ええ、昨日お会いいたしましたね。
「これはどうも」
扉を開けて出てきたのは“ピオニー”さん。そう名乗る彼女は、昨日おれに招待状を渡してくれた人だ。
趣味? でお世話をしているというのは聞き流した方が良かっただろうか。
「それでは、こちらです」
そう言われて彼女に付いていく。
すごい、本当に広いな。扉を開けた先、廊下はさほど広くはないのだが、とにかく長い。歩いていくと、左右にはそれぞれ五つずつほど扉があり、それら全てが部屋なのだろう。
そして、最奥の部屋に辿り着いたところで、ピオニーは立ち止まる。
コンコンと扉を鳴らした後、
「フローラ様。フレイツェルト・ユング様をお連れいたしました」
「ああ、入ってくれ」
ごくり。思わず唾を飲む。
何をされるかは全く分からない。もしかしたら、チャラ男Eの言う通りお叱りなのかもしれない。だがもう来てしまったのだ、ここから帰るという選択肢はない。
覚悟を決めろ。
「失礼します」
部屋に入ると同時に、深々とお辞儀をする。その後、頭を上げると……!
美しい。
ひとえにそう思わずにはいられないほど、そこには麗しき女性の姿があった。
「なんだ、今度は急にじっと見て。」
「い、いえ……」
「まあいい。とりあえずそこに座ってくれ。それとピオニー、君は」
「いやです!」
どうゆうことだ!?
「私は少しでもあなた様と一緒に!」
「ああ、わかったから。後で好きなだけいるといい。だから、今は、な」
「わ、わかりました……」
明らかにトボトボとして、世話役? のピオニーは部屋を出た。
「ふう、ようやく行ってくれたか。それでは改めて、今日は来てくれて感謝する。フレイツェルト・ユング君」
「は、はい」
……見れば見るほどに美しい。
「そう緊張しないでくれ、ここに呼んだのは決して悪い事ではない」
「そうだと嬉しいです」
「君は、私をなんだと思っている?」
「あ、いえ、なんでも……」
悪い噂を耳にしてここに来ました、なんて言えるはずがない。
「そうか。ならば、リラックスして聞いてくれ。ずっと背筋を伸ばしたままでは疲れるだろう。姿勢を崩してくれても構わない」
「いえ、大丈夫です」
護衛依頼なんかで、ぴしっとした姿勢は慣れてるしな。別に、今更辛くもなんともない。
「き、気にするなと言っているだろう。さあ、姿勢を崩してくれ」
「だから、大丈夫です」
「いや、良いのだぞ? ここまで長かったろう? さあ、だから」
「あの、本当に」
「頼む! 崩してくれ!」
!?
「そ、そこまで言うなら……」
彼女に(強引に)促され、おれはすっと後ろにもたれ掛かる。すると、「ふう」と言いながらフローラも後方へ体を預けた。
「あの、これは一体?」
「上に立つ者が偉そうな態度では付いて来る者も付いて来ないからな。自らは楽をしない、これは私の信念だ」
今の一連のやり取りが果たして正しいのはともかく、その様相で言われると、彼女の話すことは全て正解のように思ってしまう。
「肩の力を抜けば、案外リラックス出来るものだな」
「まるで普段力を抜く事は無いみたいな言い方ですね」
「まあ、そうだな。さっき見ただろう、ピオニーを」
ああ、あの人か。
「彼女は良き人柄であるのだが……うむ、どうも私を神格化し過ぎる節があってな」
確かに、なんとなく察せるかもしれない。
「私としてはもう少しフランクに接してほしいものなのだが、いつの間にか主人と付き人のような関係になってしまったのだ」
「な、なるほど……」
若干の間の後、彼女は意を決したようにおれを真っ直ぐに向いて話始める。
「すでに知っているかもしれないが、私は推薦組だ」
「はい、それは聞いています」
「人は恐ろしいものには寄り付かない。推薦組なんて、その最たるものであろう。さらに、私は入学して半年、気が付けば高等科へと進んでいた」
半年で高等科か、聞いていた通りとんでもないな。
「そして、この叡学園の高等科ともなれば人数はかなり少ない。ましてや半年で上がるものなどいるはずもなく、私は我ながら孤高の存在となってしまっていた」
なんとなくわかる。おれだって幼馴染の二人、それにエルジオがいなければ今は一人だったかもしれない。
「
「え?」
そう言い終えると、彼女はより一層こちらをじっと見る。これって、
「僕ですか?」
こくり。彼女は首を少し縦に動かした。
「私と同じ推薦組。そしてわずか一日で中等科へ進めた者。フレイツェルト・ユング君、君ならば私の考えが分かるのではないか?」
「か、考えですか? 僕にはちょっと」
「あるだろう。人にとって最も大切で、私達にないものだ。君も悩んでいるはず。さあ、私に悩みを打ち明けても良いのだぞ?」
分からねえ。なんだ、悩み? 人にとって最も大切? こんな高貴な人を前にして下手な事も言えないし、どうしたものか。
「いえ本当に、特に
「なんだと!」
バン! と机を叩き、彼女は身を乗り出す。思わずびくっとしてしまった。
「い、いるのか? ……本当に?」
「え、いるって、友達の事ですか?」
「そ、それは」
フローラは言葉を詰まらせる。
ん? 待てよ。ここまでの話をいったん整理しよう。
彼女は推薦組で、才能にも恵まれたこともあり気が付けば孤高の存在となっていた。そして、おれが入ってきて悩みは無いかと尋ねてきた。そして、さっきは“友達”に大きな反応を見せた……ってこれもしかして、
「あの、もしかして“友達”が、欲しいのですか?」
「!」
正直、どうかしてると自分で思う。だが、思い付く中で、現状これしか考えられないんだよなあ。
「い、いや? 別にそうとは言ってないが」
口を尖がらせてごにょごにょと
この反応は。まさか、本当に?
「そんなわけありませんよね。あの、フローラ様ともあろう者が」
「ぐっ、そうでは、ないとも、言ってないかもしれない、ぞ?」
なるほど、確定だ。
なんだ、どんな事を話されるかと思えば。
「はああ」
「な、なんだ?」
「いえ、肩の力が一気に抜けまして。そんな可愛らしいところもあるんですね」
「な、何をバカな」
「僕でよければ、いつでもここへ来ますよ」
「本当か!」
「ほ、本当です」
もはや立ち上がって、目をキラキラさせている彼女は、まるで少女のようだった。
「いや、わかる! おれも運が良かっただけで、今の友達がいなかったらぼっちだったもん」
「やはり分かってくれるか。正直、私も周りに人がいないわけではないのだが」
「ああ、なるほど」
それから紅茶をもらい、すっかり意気投合したおれとフローラ。彼女からの熱い要望で、おれは頑張ってタメ口で話している。彼女は四つ上の十五歳らしく、タメ口で話そうと思えば話せるのだが、こんなところ他の人に見られでもしたら命はないかもしれない。
そしてフローラ。彼女もまた苦労人なのである。周りに人がいないわけでもない、だがそれはまるで神のような扱いであったり、腹黒い者であったりと、そういった理由から彼女には「友達がいなかった」らしい。
「でも、どうしておれとは友達になれると?」
「恥ずかしい話ではあるが、正直もう君しかいないと思ってな。自分で言うのもとは思うが、同格と呼べる者が周りにはいないのだ。それに、」
「それに?」
「君は最初から目を合わせてくれただろう?」
「!」
「私と会う者は目を合わせることすらしてくれない。願わくばと思っていた節はあったのだが、君が部屋に入って来た瞬間に確信したよ。君とは仲良くできそうだとね」
ちなみに、おれが聞いてきた噂。
「間合いに入ると斬られる」は、「その者の裾に付いていた虫を斬っただけ」。
「目が合うだけで腰を抜かす」は、「その時目が合ったのがピオニーだった」という。それ以来、ピオニーは彼女に付きまとうようになったらしい。一目惚れ? というよりは信仰に近いものを感じたが。
やはり噂というのは当てにならないな。こうやって話を聞けば、ただの寂しがりやの女の子じゃないか。
「あれ、でも十歳から叡学園に入っているんだよね?」
「そうだ」
「で、今は十五歳と。半年で高等科に入ったのに、やっぱり博等科・高等科はそんなに難しいの?」
「いや、まあそれもあるのだが……。そうだな、フレイ、君には話そうか」
フローラの表情が少し変わる。今までのフランクな表情は残しつつも、その中には確かに真剣な表情がある。
「まず、知る者は僅かだが、私の本名は“フローラ・グラン・ヴァレアス”。我が父上は、現ヴァレアス帝国、国王レオノス・グラン・ヴァレアスだ」
え――? それを聞いた瞬間、おれは頭が真っ白になった。
フレイとフローラ、テオスとレオノス、世代を
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