第四十六話 ダイオの試験

 ふぅ、そろそろかな。

 ラフィが探求に行った後も、おれはしばらくカフェでのんびりしていた。そして、いよいよ試験の時間が来る。





「お待ちしておりました。こちらが今回の試験会場になります」


「ここって……」


 闘技場か!? 


 おれが試験会場として案内された場所は、とてつもなく大きな校庭の中の一つ、それはまさに闘技場ともいえる施設だった。おれのいる薄暗い控え通路から顔を覗かせると、真ん中には砂で出来た大きめのフィールド、周りには段差付きの観客席。フィールドと観客席の間には強力な結界が張ってあるようだ。

 そしてなぜか、観客席にはすでに大勢の生徒が立ち入っている。


わいわい、がやがや。


 なんだこれは。今から見世物でも始まるのか?


「来ましたか、フレイツェルト・ユング君」


 後方から話しかけられる。


「あなたは?」


「私は、今回の試験監督ダイオと申します」


 この人がダイオ先生か。

 全体的にほっそりとした縦に長い体型に、肩あたりまで伸びた黒の長髪。むちのようにしなった、おそらく魔道具である細長い指揮棒のような物を持っている。身長からか態度からか、なんとなく上からものを言われている感じだ。年はそれなりにいってるかもしれない。見た目より若くは見えるが、ラフィによれば何十年も前からいるって話だし、五十歳ぐらいといったところか。


「ダイオ先生、今回の試験はどういった内容で?」


「ふっ、それは入ってからのお楽しみですよ」


 そしておれはダイオ先生に連れられるまま、闘技場内へ入っていく。





(フレイツェルト……)


 観客席の中にはラフィの姿もあった。午前の探求を追え、気になる提示を見つけ飛んできたのだ。


『推薦組フレイツェルト・ユング、教員ダイオとの直接対決による試験』


(っもう! ほんっとにな奴ね! フレイツェルト、やってやりなさい!)


 フレイとダイオが闘技場中央に姿を現す。

 その瞬間に歓声が上がった。


「あれだろ、推薦組ってやつ!」

「つええのかな! まじで教員倒しちゃったりして!」

「さすがにそれはねーだろ!」


 観客席では色んな声が飛び交う。みな、提示を見て集まってきたのだ。


「では、今回の試験内容を発表します。といっても、ここにいる皆は知っているかもしれないですがね」


(みんな知っている? どうゆうことだ)


 この会場で一人、疑問を抱くフレイを横目に拡声器を片手に持つダイオから試験内容が発表される。


「ずばり、私との直接対決です」


 おおおお!! と観客が騒ぐ。


(はあっ!? 聞いてないぞ! そりゃ今言われたからそうなんだろうけど、なんで周りは知っているんだ!? まさか、これ目当てで集まっているのか?)


「ということだ、フレイツェルト・ユング君。準備はいいかね?」


(まじかよ、もうやるしかないってか)


「ルールは簡単。完全に相手を制すれば勝ち、以上です」


「わかりましたよ、それならこっちも全力でいかせてもらいます」


「それでは、はじめ!」


 フィールドはじにいる審判役、受付のお姉さんの合図で試験が開始される。


(まずは相手の情報を探る!)


低位神権術 <大地魔法>“陥没創成クリエイト・ディンプル


中位神権術 <大地魔法> “大地滑動”だいちかつどう


 フレイは<大地魔法>により自身に有利なフィールドを創り出す。





「やっていますかな、ファーリス先生」


「ええ、ちょうど今始まったところですよ」


 闘技場全体を見渡せる高台にて、二人の教員もまたこの試験を見守る。


「ダイオ先生は相変わらずですが、なんでもこうなるよう手を回したのはファーリス先生だとか。次は一体何をお考えで?」


「さあ、どうでしょうね」





「“氷の領域アイス・テリトリー”」


 ダイオは指揮棒を地面にむちのように打ち、周囲を凍らせることで、フレイによるフィールド操作を防ぐ。大地の隆起りゅうきと氷でフィールドが二分された状態になる。


(<凍結魔法>のたぐいか? ならば接近戦に持ち込むのみ!)


 <凍結魔法>の類は、広範囲攻撃を得意とするものの、接近戦を苦手とする。これは特性上のものであり、対<凍結魔法>においては接近戦を仕掛けるのが一つのセオリーだ。だが、今回はこれがわな


 剣を抜き、フレイがダイオの氷のフィールドに足を踏み入れた瞬間、


「!」


 フレイの足元から突如として火柱が立つ。


「ぐッ――!」


 なんとか身をひるがえして間一髪、火柱をかわす。フレイが居た場所は丸焦げになっている。


(あっぶねえ。火も扱えるのか?)


 フレイがそう思うのも当然。しかし、一見この全く逆に見える魔法は魔法。

 <気温魔法>。ダイオは周囲の気温を操る。それは周囲が凍り、火が発生するほどに。


「いきますよ」


(今度はなんだ?)


 ダイオが指揮棒で地面を打ち付ける。途端にフレイの周囲に火柱がいくつも立つ。そしてそれは、フレイを徐々に追い詰めていく。


「さあ、どうでますか」


(これは出来るだけ使いたくなかったが!)



 フレイの象徴たる橙の炎―――調和の炎―――が氷・火、周り全てをかき消す。



(この炎に巻き込んでしまえばダイオ先生も魔法が使えなくなるしな)


「その炎は……!」


 戸惑うダイオの隙を付き、フレイが一気に距離を縮める。

 <召喚魔法>“低位召喚”による瞬間移動を連続使用してダイオを翻弄ほんろうする。


(左、右、右、真ん中! これでフィニッシュだ!)


「このっ!」


(! 待て、それはダメだ!)


 ダイオは自身に近い所ほど、その氷を厚くしていた。しかし、そんなところで火をぶっ放せば、フレイが得意とする合わせ技である大爆発と同じ現象が起きる。普段決してそんなミスはしないであろうダイオも、橙の炎に動揺して火を放とうとしてしまう。


「! しまっ――!」


(頼む、間に合え!)




 数秒経ってダイオが目を開ける。声を出した時に、己のミスを確信して同時につぶっていたのだ。

 だが、爆発は起きていない。どころか、ダイオの周囲の氷は足元を残して消え失せていた。


「……良かった」



中位神権術 <凍結魔法>“氷晶の城アイスクリスタル・キャッスル

      <風魔法> “大竜巻”



 ダイオにより火が放たれ、氷が溶けた瞬間に、“氷晶の城アイスクリスタル・キャッスル”でダイオの固定。続けて直線状の竜巻でその火を吹き飛ばした。

 ダイオの<気温魔法>による火の威力を上回る<凍結魔法>の氷の威力、加えて<風魔法>の正確なコントロールがあるからこそ出来る、フレイならではの対処だ。


(そうだ、この圧倒的な力だ。実技試験では私が合格を出した男。テオス・ユーヴェリオン……、! ふっ、まさかな)


「ここまでされては私の負けだ。初等科フレイツェルト・ユング、担当監督ダイオの名において中等科進級を許可する」


 観客席からは再び歓声が上がった。


「勝っちまったぞ! 叡学園の教員に!」

「ああ、あの動きに魔法、本物だな」

「お前は何偉そうに語ってんだ? 勝てっこねえだろ!」


(勝った、のか。おれは)


「フレイツェルト・ユング君、いやフレイツェルト君」


 ダイオがフレイの元へ寄る。


に君の監督をやれたのは運が良かった、満足です」


「え? 最後って」


 ダイオはこの叡学園に入学した時を思い出していた。




―――

 ダイオは、かつてこのリベルタ叡学園ではくとうまで上り詰めた。もう、何十年も前の話だ。日々鍛錬・研究を重ね、何度試験に落ちようとも受け続け、十四回目。高等科に進級してからは四年の月日が経ち、ようやく博等科へ進級することが出来た。


 だが、現実は残酷。ダイオは魔法の才能が大してなかった。その名の通り血のにじむような努力を重ね、やっとの思いで進級した博等科。一つ上の等級の探求まで受けられる叡学園の制度から、ダイオは心を躍らせて叡学園のトップオブトップ、えいがくの探求を受ける。

 そして、そこで味わってしまった。叡学科、そこに在籍する者たちのそのを。それまで何度不合格を出されようと決して諦めることのなかったダイオ、そんな彼でさえ心を折れるのに一週間とかからなかった。


 それからは魔法に全く身が入らない日々を送る。そんな時、声をかけてもらったのは前校長だった。そして心を入れ替えたダイオは、叡学園の教員となる。


 叡学園の頂点の一端を垣間見たダイオは、人に厳しくなる。簡単に叡学園の上へいってしまっては、生徒の心が折れるのは彼にとって目に見えているからだ。そうしていく内により厳しく、試験監督の中では「厄介な奴」と呼ばれるまでに、合格者を出すことは少なくなっていった。

                                   ―――




「ふっ、生徒に負けるような者が教員を続けられるわけがないでしょう。教えてもらう側がみじめになるだけですよ」


「そんな……」


「いいえ、そんなことはないと思いますよ。ダイオ先生」


 闘技場に姿を現したのはファーリスだ。そして、


「「ダイオ先生!」」


 複数人の生徒。年齢はバラバラだ。


「先生、やめるなんて言わないでください!」


「!」


 その中ではおそらく一番最年少、フレイよりは少し大人でラフィと同い年ぐらいの女子生徒がダイオに訴える。続けて、


「先生は色々うるさいしな奴だけど! だけど探求はとってもわかりやすいんだ!」


「あなたの探求はとても理解しやすく、いつも興味深いものばかりです。あんな探求は生徒の事を本当に思っていなければ出来ませんよ」


 男子生徒、大人の男生徒までもがダイオに言葉を並べる。


「お前たち……」


「ダイオ先生、こんなところでやめるのは早計ではないのですか。確かに、ここ最近は少し目に余るものがありました。ですがこの通り、あなたには慕ってくれる生徒がいる。この子たちのためにも、私からもぜひ続けてほしいものです」


「ファーリス先生。まさかあなたが私にこの提案をした時から、すでにここまで見えていたというのですか?」


「さあ、それはどうでしょうか」


 ファーリスはにっこりとした笑みを浮かべる。


(ファーリスさんが提案していたのか。本当にこの人は底がまるで見えないな……)





「それにしても嫌な奴だけどって……中々きついな」


「はは、そうかもしれないね。でも、フレイ君、キミにはあの光景がそう見えるかい?」


「……いえ、見えないですね」


 試験も丸く収まった所で審判役、受付のお姉さんからの指示があり、観客・フレイ達も共に解散となった。ラフィとの対決に続き初日から注目を集めるフレイ。その噂は叡学園、あらゆるところまで届くことになる。



 

 フレイツェルト・ユング、無事中等試験合格。中等科へ進む。



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