第四十五話 初等科

 リベルタ叡学園えいがくえん初等科。そう刻まれた、教会のような豪華な校舎の門をくぐる。規模感はまるで違うが、教会のようなこの見た目といい、なんとなく雰囲気は幼い頃に通っていた“学校”に似ている。まあ、あの時のような、新しく始まるこのワクワク感がそう思わせているだけかもしれないけどね。


 初等科は、おれが寝泊まりさせてもらっている学生寮から、大通りを横断してすぐの建物だった。学生寮は叡学園内東側の一番手前、そして初等科は大通りを挟んで叡学園内西側一番手前の建物だった。それもそのはずだろう。

 リベルタ叡学園全体として、おれたちが昨日入ってきた正門を手前とすると、奥にいくほどそのおごそかさが増す。それはもちろん、叡学園最奥さいおうに構えるのがはくとう、そしてえいとうという二つのトップであるからに他ならない。


 叡学園内にはレジャー施設やデパート、大食堂にレストラン、学生寮、高級住宅街までも存在するが、いわゆる衣食住に関する叡学園内“東側”エリアは“都市エリア”と呼ばれる。

 そして、校舎や各研究施設が並ぶこの叡学園内“西側”エリアは“学園エリア”。初等科をはじめとして、生徒・教員、外からの研究者などが様々な分野について研究や鍛錬を行うエリアだ。

 ただし、先ほども言った博等科・叡等科は叡学園内“奥側”を大きく占めるので、奥側は“学園エリア”といってもいいだろう。


 つまり、学びを究める場所であるここ“学園エリア”は、奥へいけばいくほど生徒としては上へと進んでいることになる。卒業を目指す者としてはいずれ奥へと進んでいかなければならないが、今はスタートラインである学園エリア一番手前、初等科からスタートだ。





「なるほど、これが今週の“探求”一覧か」


 初等科校舎を入った先、早速“探求”内容を覗く。

 探求とは、いわゆる授業のことである。叡学園では一週間で一つ、何かを学び究める事を目標とし、毎週始めにそのためのスケジュールの一覧が貼り出される。探求については申請等一切必要なく、自分の学びたい事項についてのみ出席すれば良い。学ぶも学ばぬも全てその者に任せるといった体制だ。


 『中位<回復魔法>』、『エルフの存在証明』、『対剣士初級』、……すごいな、本当に色々な事をやってる。

 一覧に並んだ数々の探求に目を奪われる。けど、


「お、おい、あれ噂のあいつじゃないか?」

「あれがか? 全然ガキじゃないか」

「でもおれ実際見たぜ、あの中等科のラフィに勝つところ」


 うーん、やっぱり周りが気になるな。初等科は数が多いし、これならいっそラフィの言っていた通り中等試験を受けてしまうか?


 中等試験。それはその名の通り、中等科へ入るための試験だ。

 叡学園の試験は、その内容が明らかではない。というより、毎度教員の裁量によって生徒ごとに試験内容を決定するため、定まっていないという言い方が正しいかもしれない。

 ゆえに、探求で学んだものが試験に生かされることもあれば、生かされないことももちろんあり、試験によって見られるのは個人の全体的な力量。探求はあくまで自分を高めるためのものなのだ。

 実に、叡学園らしいというかなんというか。改めてすごいところに来ちゃったな。


「まあ、ものは試しだ。中等試験受けてみよう」




 ◇◇◇




「えーと……あ、はい、承り、ました。実技試験ですね。それでは午後、この紙を持ってこちらの試験会場にお越しください」


 おれは初等科受付にて試験申請を行い、紙を受け取る。

 お姉さんの戸惑いは少し気になったが、とりあえずは承諾してもらえたみたいだ。


 さて、どんな内容が来るかな。正直、一つも探求を受けてないような奴なんて良い顔はされないかもしれないけど、おれは一刻も早く上へ進みたい。家族との事もあるしな。ラフィに言われた時は思わず驚いてしまったけど、案外背中を押してくれたのかもな。




 午後まで時間が出来てしまったため、大通りを歩く。

 おれが先日大通りだと思っていた道は、この道に比べれば全然狭かった。大通りは朝だというのにすでに人であふれている。みんな意欲的だな。


「フレイツェルト!」


 おっと、この声は……


「ラフィ?」


 そう言いながら後ろを振り向く。


「あら、よくわかったわね! こんなところで何してるのかしら?」


「暇だし散歩でもと」


「そう! ならあそこでちょっと話しましょう! わたしも少し時間があるのよ!」





 ラフィに連れられるまま、カフェのような場所に入る。


「そういえば、クラフは一緒じゃないんだね」


「クラフ? ああ、そうね。クラフは座学の探求ばっかり取ってるから普段はあまり一緒にいないのよ」


 そうなのか。……あれ、今おれほっとした? いやないない、だっておれには――


「フレイツェルト? 様子がおかしいわよ?」


「へっ! い、いや、別になんでもないけど!」


 別にラフィとクラフの事が気になったとかでは決してないから! たしかに、三つ上のラフィは良いお年頃だし、体付きも明らかに……ってダメだダメだ。


「そう、それならいいんだけど。ってその紙」


 ラフィが指した方向。初等受付でもらってきた紙だ。


「あんた、本当に受けるのね」


「えっ! だってラフィが受けなさいって」


 ラフィが驚いた顔でこっちを見てくる。


「あははは! 冗談に決まってるじゃない! でも、なんだかあんたらしいわ」


「冗談って、初日のおれがわかるないじゃん……」


「あはは、ごめんなさい、それもそうね。大丈夫、あんたなら余裕よ」


 何が大丈夫なのかさっぱり分からない。そうか、どうりで受付のお姉さんが困惑するわけだ。


「で、どれどれ。担当監督は」


 ラフィが紙を手に取る。


「! フレイツェルト、厄介な奴にあたったわね」


「厄介な奴?」


「ええ、担当監督ダイオ。ここ二年ほど合格者を出していない監督よ」

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