第四十四話 あの頃

 ざわ、ざわ……。ざわ、ざわ……。


「おいどうしたんだよ、この人だかりは」

「なんでも、中等科のラフィが久しぶりに勝負を仕掛けたんだってよ」

「まじかよ、ってことは以来か?」

「相手は一体誰だ?」




 なんか、おれたちめちゃくちゃ目立ってない?


「あのー」


「なによ」


 付いてきなさい、と言ったきりずんずんと歩いて行くラフィに話しかける。


「これはどこに向かっているのでしょうか?」


「校庭に決まっているでしょ! 前に大通りでやった時はこっぴどく怒られたもんだわ」


 なるほど。決まってはないと思うけど、全力を出すなら広いとこってわけか。それに大通りでやったこともあるのかよ。さすがラフィだ、中身は変わっていない。


 そうして変な所で安心している内に、おれたちは広い……広すぎないか!? 野球を同時に五試合ぐらい出来そうなほどだだっ広い場所に案内される。これが校庭か?

 しかもただ広いだけでなく、芝風、グラウンド風、砂漠風など、色々な型の地面に加え、防壁や高台、城を模した物など、ありとあらゆる物が並んでいる。授業でも使っているのだろうか。そんな、色んなシチュエーションを考えられた場所なのかもしれない。


 そしておれたちがいるのはグラウンド風。辺りには何もない。中央には魔法による楕円形の白線が引かれていて、なんだか前世の学校の校庭みたいだ。この線も二百メートルだったりするのかな。


「ここなら思いっきり暴れられるわ」


「本当にやるの? ラフィ~」


「クラフ、あんたは黙ってそこで審判でもしてなさい。さあ、やるわよ!」


 クラフの言う通りだよ。本当にやるのか?


「あの、そこそこ、いやかなりのギャラリーがいると思うんですけど……」


「なに? 怖気づいたわけ? そう、ならやっぱり人違いだったわ。わたしの知ってるフレイツェルトはもっと優しくてかっこいいのよ! あんたみたいな……えっ?」


「えっ?」


 ラフィがみるみるうちに顔を真っ赤にする。自分で言った事に気が付いたようだ。でも、まあ女の子にここまで言わせておいて今更やめるという選択肢はない。


「わかった。では、やりましょう。クラフ、さんの合図で開始で良いですか?」


「良いわよ!」


 おれは右手で腰のさやから『神授剣』を抜く。そしてそのままその細めの剣を前に構えた。

 ラフィもそれに呼応するように杖を構える。……その杖、あの頃から変わっていないんだな。よっぽど大事にしてきたのがうかがえる。





 フレイとラフィの準備が整い、クラフが右手を上げる。


「もう、知らないからね! じゃあ、はじめ!」


 クラフの合図と同時にラフィの杖の先、丸みを帯びた所が輝かしいほどに光る。


「<光魔法>“聖なる隕石”ホーリー・メテオライト


 カッ! と地面に突き刺したラフィの杖の先からその光が上方向へと放たれ、ラフィの頭上に五つの魔法陣が展開される。


(まさか……?)

 

 嫌な予感は当たるものだ。その五つの魔法陣から、フレイに向けて無数の光弾が放出される。それはまさに隕石。


「おい、モロにくらったぞ!」

「死んだんじゃ、ないか?」

「いや、それはさすがに……」


「まったく、いきなりとんでもない魔法を放ってくるんですね」


 砂埃すなぼこりが立ち込める中から、フレイが姿を現す。全て防除壁で防いだようだ。


(それにしても今の威力。中位……下手をしたら上位ぐらいはあるんじゃないか?)


「へえ、さすがじゃない」


「ラフィ! それ人に向けて撃っちゃダメな魔法だよ!」


「良いじゃない、こうやって難なく防がれたんだし。手加減する方が相手に失礼だわ」


(さすがに成長してるってか。ならばおれも!)



中位神権術 <付与魔法>“属性武装”ぞくせいぶそう“属性付与”エンチャント



 フレイの神授剣がだいだいに輝く。


「なんだあの色、橙!?」

「炎なのか?」


「こっちから行きますよ」


「ええ、きなさい!」



低位神権術 <強化魔法>“身体強化”<風法>“追い風”



 フレイが一気に距離を詰める。が、ラフィはそれを読んでいる。杖を地面に突き立てたまま、両手を前方に構える。


「<光魔法>“光の結界ライトニング・イージス”」


 ラフィの前に五メートル四方ほどの結界が現れる。


(あんたが突っ込んでくることはわかっていたわ!)


「……」


ひゅんっ。


「えっ?」


「ぼくの勝ちで良いですか?」


 フレイはラフィの後方から剣を彼女に突き出していた。



低位神権術 <召喚魔法>“低位召喚”


 

 フレイはνニューとの戦いの最中で得た、自分を近くに召喚することで成しえる、実質的な“瞬間移動”でラフィの背後を取っていた。


(炎はいらなかったかな)


「ふっ、あっはっはっは!」


 ラフィが突然笑い出した。


「あなた、本当にフレイツェルトなのね」


「ええ、そうですよ。いや、そうだよ、ラフィ」


「!」


「クラフ、締めてくれ」


「え、えっと、フレイ君の勝ち!」


 わああ、と歓声が上がった。


「あいつあのラフィに勝っちまった」

「実はすげえ奴なんじゃ? でもあんな奴見た事ないぞ」

「待てよ、噂で推薦組が新しく来るって……」

「じゃあ、あいつが?」


 フレイとラフィのを見ていた者たちは、思い思いにフレイについて語っている。

 そしてそれは校庭のみならず、違った場所で眺めていた者たちも。


ーーー


「ほう、あいつがフレイツェルト・ユングか。彼ならば私のも……」


「何を見ていらっしゃるのですか? フローラ様」


「ふっ。いいや、なんでもない」


ーーー


「ファーリス先生! また厄介そうな者を連れてきて! これで何度目ですか!」


「あははは。まあまあ、子供っていうのはあれぐらい元気な方が良いんですよ」


「ファーリス先生もまだお若いでしょうに。彼らの面倒はちゃんと見てくれるのでしょうな?」


「それはもちろんですとも」




◇◇◇




 勝負の後、ラフィ・クラフ、そしてファーリスさんも交えて、おれがこれから泊まることになる寮へと荷物を持って向かった。勝負については、特におとがめを受けなかった。ファーリスさんは意外と寛容なのかもしれない。


「ここがキミに今日から泊まってもらう寮だよ。壊したりしない限りは基本、何をしてくれても良いからね」


 ……なんか驚くのも疲れたな。外観、内装からもはや超豪華なホテルにしか見えない。寮は十階建てで、二階からが実際に寝泊り、生活するところのようだ。

 男女の寮はもちろん分かれているが、一階は男女・寮生に関係なく誰でも出入りが出来る共用スペースとなっており、売店やレストラン、魔法書店なんてものもあり実に充実している。ラフィは隣の女子寮、クラフは階は違うが同じ寮に入っているらしい。


 おれの部屋は八階。そして寮なんてものは同居人がいると当然のように思っていたが、なんと一人一部屋だった。しかも部屋は全てそれなりの広さがある。一人で打ち込める環境を大切にしているようだ。

 ファーリスさんに部屋まで案内してもらい、とりあえず自室に荷物を全て放り込んだ後、おれは一人でラフィ・クラフが待つ個室レストランへ急ぐ。ファーリスさんはまだ仕事があるみたい。


「遅いわよ!」


「まあまあ、急がなくても料理はまだ注文していないから」


 こいつらすっかり慣れてるなー。叡学園に来てどれぐらいになるのだろう。だが、そんなことよりもまずは確かめなくちゃならない事があるだろう。さっきは流れでラフィとクラフの名を呼んだが、まだ確信に至ったわけじゃない。


「二人とも――」


「「!」」





「そうか、気付いたらおれのことが分からなくなっていたのか」


「ごめんなさい、わたしひどい事言っちゃったと思う」


「僕もだよ。あの時とても不安な子が学校に入ってきながら何も声をかけてあげられなかったんだ。もう少し話をしていれば……」


「クラフ、大丈夫だよ。ラフィもそんなに落ち込まないで」


 おれたちが旅立った日、おれとセネカ、本爺がした予想は当たっていた。トヤム、そして隣町を巻き込んでの大規模な記憶操作魔法。テオスの話からも推察すると、あの日テオス達を襲ったレイヴンの一人 《鬱金香》トルベによる魔法が濃厚か。


「でも!」


 ラフィがだん! と机を叩いて立ち上がる。


「どうして、急にいなくなったりしたのよ……。わたしは、わたしは……」


 ラフィの瞳から一粒のしずくこぼれ落ちる。


「ラフィ」


 クラフがなだめてくれている。これは、おれも全てを話すべきだろう。





「そうなのね。あんたにも色々事情があったのね。わたしが無神経だったわ」


「いや、そんなことはない。実際にいなくなったのは事実だから」


 ラフィはおれが話している中で段々と落ち着きを取り戻してくれた。どころか、おれの話に対しても真摯しんしに向き合ってくれた。巻き込みたくない、そんな思いからレイヴンの話はなんとなく逸らしたが。


「それで、ラフィたちが記憶を取り戻したのは何が起きたの?」


 満を持して、おれにとって一番大事な事を聞く。

 ラフィとクラフ、二人は顔を見合わせた。


「橙の花を見たのよ」


 花? ……それって、もしかして。


「こんなやつ?」


 ラフィとクラフが再び顔を見合わせる。


「やっぱり、あんただったのね。フレイツェルト」

「僕もそんな気がしていたよ、フレイ君」


 おれがそっと小さな橙の花、調和の炎で形作った小さな花を見て二人は確信したみたいだ。


「それがなんなのかは分からない。けれど、とても優しい感じがして手にとってみたの。そうしたら、段々とあんたの事を思い出したのよ」


「でも、フレイ君はもういなかった。どころか、家自体なくなってしまっていて僕たちもすごく混乱したんだ」


 調和の炎で形作ったおれの花。それが、二人の記憶操作の魔法を打ち消したのか。

 なんとなくだった。本当になんとなく、そうしなければならない気がして祈りを込めた花がおれたちをまた繋ぎ合わせてくれたんだ。


「フレイツェルト?」

「フレイ君!」


 あれ、涙が。ダメだな、最近どうしても涙もろい。


「まったく、子供ね」


「そう言うラフィだって」


「クラフ、あんたもよ」


「みんな子供じゃないか」


「あんたがいるとどうしてもあの頃を思い出してしまうわ」


 そうやって笑いながら、泣きながら三人の時間を過ごした。

 こうやって三人でまた巡り合えた事が偶然のようで、それでいて運命のようで、今までやってきた事に「ありがとう」と心の中で伝えた。




「じゃあ、明日からフレイツェルト、あんたもこの叡学園生ってわけね」


「そうだね。ってそういえばラフィは中等科なの?」


 おれはざわざわした観衆の中から確かにその情報を聞き取っていた。


「そうよ! クラフもね。ていうか、んー……」


 ラフィは少し考えるようにした後、


「そうよ! フレイツェルト、あんた中等科試験を受けなさい!」


 は、はあああ!?




―――――――――――――――――――――――

〜後書き〜


ラフィ・クラフが記憶を取り戻すきっかけになった橙の花、フレイが残した時の描写は『第二十六話 日記 後編』にて最後にトヤムを旅立つ時にあります。興味がある方は、ぜひ読み返してみてください。

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