第四十三話 出会った二人

 それほど音を立てるでもなく、馬車は休むことなく走り続ける。相変わらず綺麗な自然の景色だが、結局似たような景色という事実に変わりはなく、慣れてしまえば感動も薄れる。途中、禁忌の森でも活用していた“ポケット”(距離をショートカット出来る空間の抜け穴)を使うため、昼に出発した馬車は夕方ごろにはあちらに着くようだ。

 あれ、実はこれ帰ろうと思えば帰れるのでは? いや、ダメだ。たとえそうであっても、おれは自身を鍛えるために叡学園に行くのだ。そんな甘えた考えでどうする。まあ、いざ何かあった時はすぐに帰れるというのは安心できるな。


「まだ時間はある。眠っていても良いんだよ」


 同じ馬車に乗るのはファーリスさん。テオスの親友で、今から向かうリベルタ叡学園の“最高顧問”というとんでもない立場の人だ。ファーリスさんのおかげで、おれはリベルタ叡学園の入学資格を得たのだ。


「ああ、いえ。特に眠くもありませんので」


「そうか。それなら、せっかく来てもらうのだし、リベルタ叡学園について改めて紹介でもしようか」


 お、それはすごく助かる。


「ぜひ、お願いします」


「りょーかい」


 リベルタ叡学園とは。

 そこは、“大陸最高峰”と言われるほど立派で格式のある、いわゆる学び舎だ。そんな重々しい肩書きにも負けることなく、そこでは魔法、技術、学問など、ありとあらゆるものの最先端を学ぶことが出来るという。また、人の欲求に年齢は関係ない。当然、在籍している生徒の年齢はバラバラだ。子どもから大人、果ては年老いてまで、高度に意欲的に学ぼうとする者は全て受け入れられる。


 そんなリベルタ叡学園への入学方法は三つ。出資と面談、実技試験、筆記試験、の三つだ。叡学園は、たとえお金がなくとも、才能を持つ者を拒みはしない。実技・筆記試験による入学者は叡学園在籍時、学園内のものから寮、衣食住に至るまで全てが無償で提供される。学びに金を惜しむことはないのだ。これは国をあげての事業であり、各地からの出資、また出資入学者による者からの提供による莫大な資金源をもつ叡学園だからこそ、出来る事である。


 だが、おれの入学方法は。その名の通り、叡学園側から推薦によるものであり、これは現校長、もしくは現最高顧問ファーリスさんにしか与えられていない権限である。推薦入学による入学者は、長い叡学園の歴史の中で、数えるほどしかいないという。彼らは敬意を評して、“推薦組”と呼ばれる。


「今はその、推薦組の人はいないのですか?」


「一人、いるよ」


「その人について教えてもらうことは……」


「すまない、生徒の情報なのでね。たとえフレイ君でも、ボクから教えることは出来ないかな」


 それはそうだよな。


「でも、おそらく……いや、必ず、キミと彼女は交える事になるだろうね。その時を待っておくといい」


 “彼女”、か。




 次に、リベルタ叡学園の制度についてだ。

 学園では生徒は順に、“初等・中等・高等・博等はくとう叡等えいとう”に分けられている。学年や入った時期などは関係がなく、全員が初等からスタートし、試験に合格することで次の等級へ進むことが出来る。受けられる授業は、自分の等級と一つ上の等級まで。最終的には叡等での研鑽けんさん後、叡等試験に合格することで晴れて卒業というわけだ。


 だが一つ、恐ろしい事がある。この“合格すれば次へ進む事が出来るという制度”、これは逆に言えば“合格するまで初等から進めない”ということだ。それはたとえ何年在籍していようとも、だ。

 現状、およそ五百人が在籍しているというリベルタ叡学園。そしてその内、四百人が未だ初等だというのだ。初等の者が中等へ上がるのは、平均して三年ほどかかるらしい。そして、さらに難易度が段違いに上がっていく中等以降に関してはお察しだ。今一番長く在籍している者の在籍期間は、十数年にも及ぶという。あれ、おれ大丈夫……かな。


「ちなみにだけど、キミの父テオは、四年で卒業しているから」


「四年!?」


 ということは、日記の時のセネカの話と重ね合わせると……テオスは十三歳で叡学園に入学、十七歳で卒業、か。


「いやあ、驚いたよ。当時、ボクとレオが高等にいたころ、テオは初等から入ってきた。そんなテオがものすごいスピードで追いついてきて、気付けば同時に博等というわけさ。レオはいつも言っていたよ、テオには敵わないってね」


 現ヴァレアス国王、レオノス・グラン・ヴァレアス。ファーリスさんやテオスの中では“レオ”で通っている。いずれこの国の王ともなる人が、そこまでテオスを認めていたのか。本当にすごかったんだな。




◇◇◇




 叡学園の話を終えてからも、ファーリスさんとはずっと話していた。昔のテオスの事やレオノス陛下の事を聞いていたらあっという間に時間が過ぎて行った。そして、


「おっと、もうここか。叡学園まではあと小一時間といったところかな。外を覗いてごらん。これが、“リベルタ”だよ」


「おおー!!」


 高さ五十メートルはあろうかという、どデカく派手な開かれた門に迎えられ、馬車はリベルタへと足を踏み入れた。

 門をくぐれば、整備された広い街道に、左右に設置された大きな噴水、先々に見える高い建物や所々の豪華な装飾。ソミシアの大都会の雰囲気とはまた違った、まるであの夢の国に来たような気分だ。入ったばかりのここ国境近くは、人気ひとけや建物があまりないものの、リベルタが栄えた国だということがよく分かる。この国に入った瞬間からドキドキが止まらない。


「あんまり外を覗き過ぎると目立ってしまうからね。って聞いてないか」


 馬車の窓を大胆に開けて、リベルタの風景を存分に味わう。馬車はリベルタに入ってからは歩くような速度で進んでいる。広い街道といえど、全速だと危ないしな。おかげでおれは、ゆっくりとリベルタを眺めることが出来る。これは想像以上だ、すごい国だぞ、ここは。




◇◇◇




 およそ一時間後。ついに、この国を代表する“それ”が姿を現す。


「はい、お疲れ様。予定よりは少し遅れたかな? ここが、明日からキミが学ぶところ、“リベルタ叡学園”だよ」


「お、おぉ……」


 降車場で馬車から降り、じかに叡学園を目にする。


 口がぽかーんと空いたまま、言葉が出てこない。リベルタに入った時は思わず叫んだものだが、今はこのもはや街とも言える、叡学園にただただ圧倒されている。これが……がっ、こう?


 叡学園を囲むよう広がるは高さ十メートルほどの門。そして中にはそれを優に超える豪華な建物が数多く並んでいる。それぞれの建物に特色があり、前世で言う宮殿を思わせるようなものから、上に尖った垂直指向のゴシック建築、理路整然りろせいぜんとした正方形の建物など、実に様々だ。その一つとっても、「これが叡学園だよ」と言われればおれは容易に信じたであろう、そんな建物の数々だ。


「ここは校舎のみならず、中央図書館、学生寮、レジャー施設なんてものもある。この叡学園内だけで生活できるほど充実しているから、こんなにも大きくなっているんだ。もはやリベルタ中立国の中心街と言っても過言ではないね」

 

 なるほど、どおりで建物が多いわけだ。街と表現したのもあながち間違いではなかったのか。

 おれはこんなところで学ぶ事が出来るんだな。テオス、リリア、セネカ、そしてファーリスさん。他にも、色々な人に感謝しなくてはならないな。


「すまない、今すぐに寮に案内したいところなんだけど、寮の手続きや入学手続きがまだ終わっていなくてね。一時間ほどで終わると思うんだけど……せっかくなら叡学園を見回ってみるかい?」


 おれはこの叡学園の寮に入ることになる。ファーリスさんが来る前は、おれが正式に叡学園に入るか決まっていなかったし、色々と手続きがあるのだろう。


「そうですね。少し探検してみることにします」


「りょーかい。荷物はこのままで大丈夫だよ。この馬車から盗もうとなんて命知らずはいないからね。では、一時間後にここに集合で」


「わかりました」


 そう言うと、ファーリスさんは小走りで奥へと入っていった。さて、おれはどうするかな。まあ、とりあえず言った通り辺りを見て回ろうか。飽きることはなさそうだし。なんなら、しばらくは慣れることもなさそうだ。




 叡学園内を歩く。建物内には踏み入ってはいないが、大通りを歩いているだけで圧倒され続けている。


 ……それにしても、まさかおれが気付いていないとでも思っているのか。二十分ほど前からずっと跡をつけられている。うーん、まだ初授業すら迎えていないのに、問題を起こせばファーリスさんに合わせる顔がない。どうしたものか。まあ、仕方ない。


 大通りを右へと抜け、校舎側の脇道にすっと入る。相手からの死角に入った瞬間、足を速めて道を抜ける……ってこっちもこんなに広いのかよ!

 その大きさから大通りかと思っていた道はただの道で、右に抜けた先にも大きな通りが広がっていた。くそっ、こうなったらしょうがない。


「出てこい! 誰だ、さっきからおれをつけているのは!」


 おれが抜けてきた先から、二人の影が姿を現す。


 ――え?

 

 その姿に思考が停止する。どうして、ここに。

 姿形は成長し、顔も変わっている。でも、間違いない。

 ……クラフと、ラフィだ。


「あなた、フレイツェルト・ユング?」


 彼女の声は耳には入ってきている。だが、頭には入ってきていない。トラウマが、彼女たちに忘れられたトラウマが脳内を襲う。


「? どうしたのよ、何か言ったら?」


 ハァ、ハァ。ダメだ。何も考えられない。


「ねえってば!」


 はっ! 彼女の声に反応して我を取り戻す。……って待てよ。そうか、彼女たちはおれの事を憶えていないんだ。推薦組の噂がもう届いていたってわけか。ならば、ここは冷静に、冷静に。


「はじめ、まして。はい、私はフレイツェルト・ユングです」


「「!」」


 二人が少し目を見開いたように見える。


「……そう。あなたは、そうなのね」


 ? ぼそぼそっと口を開いた彼女の声はうまく聞き取れなかった。


「ええ、そうよ! あんたの言う通りね! そうゆうことならもうわかったわ! フレイツェルト・ユング……勝負よ勝負! わたしとしなさい!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る