第三十九話 再会

 あれ……ここは、どこだ……?

 周りの景色がぼやぼやしていて、辺りの様子が一切分からない。


「やっと繋がった!」


 どこからともなく少女? の声がした。


「え? ……だれ?」


「っ! やっぱり実際に言われるとショックね……」


 おれの問いに少女の声が返ってきた気がしたが、うまく聞き取れなかった。

 そもそも景色が景色ゆえに、少女がどこから話しているのか、さらには少女の姿形さえ見ることが出来ない。

 

「あの……」


「無茶しすぎ!」


「え?」


 急にお叱りを受けた。


「本当に、どれだけ心配したと思っているのっ! 今回はあの後、たまたま助けが入った。それに私も偶然介入できた。けど、けどっ! 次はもうないわよ!!」


 話が要領を得ない。けどおそらくこれは、ファントムを戦った時の事だろう。正直、意識がほとんど吹っ飛びかけていて、覚えていることは多くない。だが、無茶をしすぎた事だけは自覚している。


「ありがとう。介入ってのが何のことかは分からないけど。助けてくれたんだよね?」


「っ! ま、まあね! 分かればいいの、分かれば」


「それにしても……おれはここから戻れるの?」


「あ、それはご心配なく。ここはあなたの夢みたいなものだから。今は私の生命力を分け与えてるだけよ。あなたが元通りになるまでちょっと時間がかかっているだけ」


「生命力だって!? そんな大切なものをどうして!」


「どうして、じゃないわ。あなたは大事な使命を背負った人なのだから。それに……ふぅ、どうやらここまでのようね。もうあなたの意識があちらに戻ってしまう。久しぶりに話せて、楽しかった」


 !? 意識が朦朧もうろうとする。少女の言う通り、意識が戻っているのか。


「待って、せめて最後に君の名前だけでも!」


「ふふっ、忘れん坊さんね。私はフィ――」

                                   ―――






 はっ! 

 パチッと目を覚ます。

 夢? のようなものを見た気がしたけど、あまり覚えていない。


 天井が見える。前世でいう病院のような、白くて綺麗な天井だ。

 そのまま体を起こすと……ベッドだな。おれは寝ていたのか。


 ん、手に温かい感触がある。

 セネカの手だ。彼女はおれの手を握ったまま、おれのベッドに突っ伏している。看病してくれていたのか。ありがとう。

 おそらく、おれはファントムとの戦いの後にそのまま気絶でもしたのだろうな。それにしてもここは一体どこだ? セネカの様相から察するに安全な場所ではありそうだけど……


「フレイ、ちゃん?」


 ドクン。

 大きく鼓動が鳴る。


 おれのことを「フレイちゃん」と呼ぶのは世界中に一人しかいない。

 その懐かしくて安心する声に、一瞬固まってしまう。ふぅ、と一息ついて目頭が熱くなるのを感じながら、声のした方を見上げる。


「……リリア?」


 おれの声で硬直が解けたかのように、途端にリリアが大粒の涙をこぼしながらこちらに駆けてくる。


「フレイちゃん!」

「リリア!」


 セネカが突っ伏している反対まで回り込んできたリリアと抱き合う。この「フレイちゃん」という呼ばれ方、大好きだった。

 涙があふれてくる。どこにいたんだだとか、どうしてだとか、今はそんなことどうでも良い。ただ単に再会できたことを喜び合う。


「……ん? フレイ……、フレイ! 目を覚ましたのか!」


 おれとリリアの喜びの声が大きかったのか、セネカが起きた。彼女は寝起きにもかかわらず、おれを見た瞬間に目を見開いた。


「セネカ、ありがとう」


「それはワタシのセリフだ」


 そんなことを言いながら、セネカとも抱き合って喜びを分かち合う。彼女の目からはおれたち同様、涙が溢れ出ている。


「またお前に……守って、もらった、な」


「そんな、セネカがいたからだよ」


「? それはどうゆう……、!」


 セネカが何を思ったか、咄嗟におれから離れる。


「やっと起きたか、この……バカものめ……」


 今の今まで繋いでいた手をぱっと離され、口を若干尖がらせて目を逸らしたセネカがボソッと喋る。気のせいかもしれないけど、顔を赤くしているようにも見える。


 そして、


ガチャリ。


「フレイ、よく生きていてくれた」


 すでに涙でぐしゃぐしゃになっているおれをさらに追い詰めてくる。


「テオス……」


 大股で歩いてきたテオスは、リリア、セネカ、そしておれ、みんなを囲うように腕を回す。

 家族四人の再会だ。


「フレイ、セネカ、本当にすまなかった」


 テオスは口数が多い方ではない。でも、感情は昔から意外と表に出ている。


「良いんだ、こうやってまた会えたんだから」


「立派に成長したな。フレイ、セネカも、本当によくここまで辿り着いた。ありがとう」


 テオスと共にこの部屋に入ってきた一人の男性も、間接的には視界に入りながらも今は家族の再会以外に考える余裕がなかった。




◇◇◇




「そろそろ、落ち着いたか?」


「うん、もう大丈夫だよ」


 女性陣は二人は全く泣き止む様子がないが、この二人を待っていたら時間が幾らあっても足りなそうだ。その二人を横にして、おれはテオスと話す。そして、先程から部屋に居るもう一人の男性。


「まったく、テオ。久しぶりに会えたと思えば、お前の周りは事が尽きないな。とにかく良かった、微笑ましい限りだよ」


「そう言うな、最愛の息子なんだ。当然だろう、ファーリス」


 ファーリス? ってたしかテオスの日記で読んだ……テオスがリベルタ叡学園時代、現国王レオノスとの三人組だったという、あのファーリスか!?


「ファーリス……さん?」


「おや、ボクの事を知っているのか。フレイ君」


「フレイ……やはり日記を読んだのだな」


 おれはこくりと頷く。


「なるほどな、それで戦っていたということか。あの、レイヴンの少年と」


 ! テオスの口から初めて聞くことが出来た、“レイヴン”のその名前。それに、ファントムを知っている?


「もしかして、見てたの?」


「いいや。ファーリスがお前たち四人と、そして敵対していたという少年をここへ連れてきてくれたんだ。少年がレイヴンというのは本人から聞いたことだ」


「ファントムがいるの?」


「ああ、今はおとなしくしている。ファーリスの鎖で魔法も封じているしな」


 鎖! おれが気を失う寸前に聞いたあの音。あれはファーリスの鎖だったのか。


「まさに危機一髪だったよ。おそらくもう一瞬でも遅れていれば君も危なかったんじゃないかな。あれは調和の炎だろう? 随分と無茶をしたもんだ」


「調和の炎を知っているんですか!? それに――」


「フレイ」


 熱くなりかけたおれをテオスが制する。


「聞きたいことがたくさんあるのはわかる。どうせなら初めから全てを話そう。フレイとセネカ、お前たちの事も聞きたかったんだ。良いか?」


 おれは強く頷いた。





 テオスが若干下を向いて話を始める。


「まず改めてだが、フレイお前は私の日記を読み、その上でここまで辿り着いた。そうだな?」


 首を縦に振る。


「全て、読んだのだな?」


「そうだよ」



「そうか。フレイ……すまなかった」


「え?」


 椅子に座ったままのテオスが、太ももに手を当て深々といきなり頭を下げる。


「ど、どうしたの!」


「私のせいだ。フレイがこんなになるまで巻き込んでしまった。全て私のせいなんだ。フレイ……本当にすまない。私は、私は……」


 一向に頭を上げる素振りを見せないテオスから、地面に雫が落ちる。

 けどテオス、


「それは違うよ」


「どう、ゆう……意味だ?」


「まずは顔を上げて。そんな姿を見たくて追ってきたわけじゃない」


「……」


 ……上げない。


「もうっ!」


 テオスの上半身を持って体を強制的に起こす。


「「!」」

 

 初めてテオスとしっかり目が合う。

 テオス、老けたなあ。口にはしないけどね。久しぶりに再会した息子にそんなことを言われるとおれは立ち直れない。

 それに、単純な加齢もあるかもしれないが、おそらくずっと心配してくれていたんだろうな。ここまで変わってしまうほどに。そんな父親を前にして「老けた」なんて言えるほどおれは鬼畜じゃない。


 それはさておき、「それは違う」と、そう言ったのは


「おれの意志だよ。もちろんまた二人の顔が見たくて追ってきたというのは大きい。でも、それだけじゃないんだ」


「だけじゃ、ない?」


「うん。おれは、日記を読んでテオスの背負っているものの重みを知った。おれにはずっと笑顔しか向けてこなかった父が、こんなものを背負っていたなんて思いもしなかったんだ。よく分からない感情で心を埋め尽くされた」


「フレイ、本当に――、!」


 手を前に出してテオスを止める。


「最後まで聞いてほしい」


 テオスがはっきりとおれに体を正した。


「そんなよく分からない感情の中には“悔しさ”があったんだ。おれは何にも知らなかったんだなって。それで思ったんだ。おれにも、テオスのその重たいものを少し背負わせてほしいって」


「フレイ……」


「だから、おれが、おれたちがここまで来たのは、テオスと一緒に戦うためだ」


 これがおれの気持ちだ。

 だが、当のテオスは固まってしまう。


「テオ……もう良いじゃないか」


「ファーリス?」


「お前、後悔していただろ? フレイ君に神権術を……いや、フレイ君を生んでしまったこと」


「……」


「それはそうだ。必死に逃げた先で何をしていたかと思えば子を作っているんだ。お前の仲間たちも戸惑っただろう。さらにいずれお前の事情に巻き込んでしまうことにもなりかねない。でも……見てみろ」

 

 ファーリスがおれを手で示す。


「テオ、お前の子はこんな立派に成長している。親としてこんなに誇らしいことはないんじゃないのか。巻き込んでしまった事をずっと悔いるより、お前も息子に気持ちに応えてやっても良いんじゃないか。それこそ、お前たちは“家族”なのだから」


「……フレイ」


 今度はテオスからおれへ。おれはしっかりと父親の目を見る。


「ファーリスの言う通りだ。私は……フレイのボロボロの姿を見て、こんなことになるならば、と思ってしまった。我が子のこんな姿を、見たくなかったんだ。でも、またこうして元気に話せているフレイを見れば自ずと答えは出る」


 テオスが一息ついた。


「フレイツェルト、生まれてきてくれてありがとう」


「テオス……」


 再び目頭が熱くなる。なんだよ、やっと落ち着いたっていうのに。これじゃ……


「ぼんどよ゙~!」


 リリア!? 聞いてたの!?

 その全く泣き止ぬ気配がない顔でこっちに向かってきながら抱き着いてくる。


「この人ったら急にそんなこと言い出すのよ! 信じられる!? こんなかわいい子を前にして!」


「だから、それは……巻き込んだ事を悔いたからであって――」


「もう良いですー! ね、フレイちゃん」


「はは、中々に話が進まないな」


 ファーリスさんも笑っちゃってるよ。


「心配なことに変わりはない」


 おれを抱いているリリアの真剣な声。すっと顔を離したリリアに顔を見つめられる。


「でもね、フレイちゃん、あなたは、いえあなたにしか出来ないことなの。お父さんの力になってあげられる?」


「もちろんだよ、リリア。そのために来たんだ」


「うん、お母さんからも。生まれてきてくれてありがとう」


「ああ、フレイがいたからワタシもここまでこれたのだぞ。これからも、よろしく頼む」


「リリア、セネカ。こちらこそよろしくね」


 またしつこいくらいに家族で称え合った。まったく、このままじゃ無限ループになりそうだ。でもまあ、四年ぶりの家族の再会なんだ。こんなもんじゃないだろうか。


 良かった、本当に。




―――――――――――――――――――――――

~後書き~


ファーリスは『第二十五話 日記 前編』の最後、『第二十六話 日記 後編』でテオスの日記により登場した人物です。セネカの説明により、ファーリスはテオスの親友でもあり、彼らの母校“リベルタ中立国リベルタ叡学園”の最高権限を持つ人物である、と明かされました。

上記の話にはもう少し詳細な情報が載っております。もし興味があればぜひ一度読み直していただけると幸いです。


序盤の少女については『第零話』を読んでいただければ正体をおわかりいただけるかもしれません。

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