第四十話 あの日

 結局、あれからも再会の嬉しさから話はこじれ、おれの体の心配という面からも話は次の日、つまり今日に持ち越しという形になった。


 そして朝。早くから家族四人、そしてファーリスが集まる。場所はおれの病室だ。おれは昨日からお手洗い以外、ここを動いていない。昨日の話ではνニューやバーラも同施設内にいるという事だったが、見かけてはいない。おれたちの家族での時間を気遣ったのだろうか。

 この施設の詳細すら不明だが、その辺はこれからの話で明らかになるだろう。廊下を歩いた感じ、施設全体は相当広いことだけは確かだ。


「集まったな。早速だが本題に入る」


 テオスの号令で一同、真剣な表情で臨む。病室はかなり広いので、机やら椅子やらが用意された。テオス達はそこに座る。


「そうだな、まずは私たちの事から話していこうか」


 テオスが少しうつむき、思い出すように話を始めた。


「あの日、いつも通りフレイとセネカは学校へ向かった。そして私は家で会談をしていたんだ。お前も知っているだろう、クラフの父リブロ・アドルだ」


 本爺ほんじい、リブロって名前だったんだ……。


「フレイは気にしていただろう? 私が出掛けている時、何をしているかを」


「いっつもはぐらかされてたっ」


 思わず頬をぷくっと膨らませる。って何やってんだ、おれはもうそんなガキじゃないぞ、十一歳だ、十一歳。つい四年前のような甘えが出てしまった。……ちょっと恥ずかしい。


「あれは隣町にいる“同志”と話をするためだ」


「同志?」


「ああ。リブロをはじめとして、トヤムの隣町にも今のヴァレアスをひっくり返そうとする同志がいたんだ。私はトヤムに移り住んだ後もその準備を進めていた。だが……突然、がきた」


 話の雰囲気が変わる。


「奴は《鬱金香うっこんこう》【トルベ】と名乗った」


 トルベ。名前は初耳だがコードネーム《鬱金香》はローゼから聞いた通りだ。やはり彼女の言っている事は本当なのか。


 テオスが回想を話す。



―――

 今日は私の家にて会談を行う。相手は同志二人にリブロ。今はリブロを待っているところだ。


 反逆のためにはいずれトヤムを出ることになるだろうが、フレイとリリアはどうする。それに今となってはセネカも付いて来てくれるだろうか。


「相変わらず難しい顔してんじゃねえか、テオスよお」


 もじゃもじゃした特徴的な白いひげとふくよかなお腹を持つ男が、玄関から顔を出した。言うまでもなくリブロだ。


「来てくれたか。すまないな、少し考え事をしていた」


「お前さんの苦労も重々承知だが、あんまし気を重くすんじゃねえぞ。それにしてもお前さんとこのフレイツェルト、可愛いガキじゃねえか。大事にしろよ」


「わかっているさ。私もそのために、――!」


 なんだ、この禍々しいほどの殺気は! この方角、海の方か? 


「お前も気付いたか、テオス」


「これほどの殺気を隠す気すらなく垂れ流しているのは、自信からなのか?」


「迎え撃とうじゃねえか」


 そう言うとリブロは彼の魔道具である本を取り出す。


「待て、お前らは逃げろ。こちらに一直線に向かってきている。間違いない、狙いは私だ」


「そんなこと言ってる場合か! 今じゃ炎もろくに使えないあんたがどうするつもりだ! あんたが考えるのは家族を連れて逃げることだけだ、わかったか!」


「だが!」


「お前さんはリリアを見殺しにしたいのか?」


 リブロのその言葉には食い下がるしかない。


「……ッ! それは……。すまない、足止め頼めるか、リブロ」 


「それでいい、お前さんはこの国の希望なんだ。こんなところで見殺しになんて出来ない。そっちのお前さんたちも、テオスの護衛を頼めるか」


 情けない。本当に情けない。守ってもらうだけの立場の自身が腹立たしい。


「リブロ、必ず生きろ。死んだら私はお前を一生許さない」


「ふん、お前さんにそんな事言われるとはな。なめるなよ、さあ、いけ!」


「恩に着る」


 庭にいるリリアに声をかけ、私とリリア、加えて同志二人と家を出る準備をする。いざという時のための最低限のものはあらかじめ準備してあった。

 これで、――!?


「テオス! 早くいけ! スピードを上げやがった!」


 急いで馬を出す。リリアを先に乗せ、同じ馬にまたがる。が、


「あなた!」


 リリアが指さす方向。海辺から大きな砂埃すなぼこりが見える。殺気の方向だ。あれが正体か?


「見つけたぜえええぇぇぇ!」


 とてつもなくデカい声がしたと思えば、砂埃から正体を現した者がものすごい勢いでこちらに向かってくる。あれは……とんでもなく大きなかまを持った女!?


「テオス! 何をしてる! いくんだ!」


「くっ! 任せた!」


「逃がすかああぁぁあぁ!」


「「なっ――!」」


 その女が遠くから跳び、だんっ! と大きな音を立ててリブロの目の前に着地する。


「見つけたぜ! てめえがテオス・ユー……ごにょごにょ。ああとにかく! テオスだな! オレは《鬱金香》トルベだ!」


 ユーヴェリオンは覚えていないのに、《鬱金香それ》は言えるのか。 まあそれは後だ。

 若干褐色の肌。この出るところが出ている体つきを強調するかのような、胸元が大胆に空いた服に、下は短めのホットパンツ。とてつもなく大きな鎌を軽々と持つその姿に、極めつけはその二本の角。人……ではないのか?

 遠くからでもひしひしと伝わってきた殺気。この距離だとさすがにとてつもないものがある。


「“あのお方”よりテオスとやら以外は殺すなと言われてんだよ! てめえ、さっさとこっちきやがれ!」


「“岩石固定ロック”!」


「――がはっ! いってーなあ!!」


 その声と共に、周りの岩石がリブロへと勢いを殺さぬまま一気に集まる。リブロの<岩石魔法>だ。

 私は同時に馬を走らせる。死ぬなよ、リブロ。


「悪いが最初から全力でいかせてもらう」


「待ちやがれ! てめえ、こんなもん効かん!」


――ドガァ! 


「くっ!」


 後ろで大きな音がしたが振り向かず、その場を後にした。

 向かう先はフレイたちの学校だ。フレイは知らないだろうが、セネカはいつも学校近くの木陰でフレイの帰りを律儀に待っている。学校へ行けば二人とも会えるはずだ。

 すまない、フレイ。お前は学校を楽しそうに行っていたが、こうなってしまっては連れて行くしかない。許してくれ。





「見えたわよ!」


 学校を目視できるところまで来た。……だが、様子がおかしい。


 入口や外観に傷が入っている。そして上の窓に至っては割れてしまっている。前来た時は綺麗だったはずだ。まさか、


「大丈夫か!?」


 すでに開かれている入口から中へ叫ぶ。


「なんだ、これは」

 

 中を覗けばへたり込む生徒複数名。そして、


「ヒューゴ先生!」


 両腕が震わせながら壁際にうずくまる先生。それに、あれはクラフ君か? そフレイより少し年上を思わせる少女もいる。……まて、フレイはどこだ?


「テオスさん!」


 クラフ君が駆け寄ってくる。


「フレイ君が、フレイ君が……」


「! フレイツェルトの!」


 クラフ君に反応して少女もこちらに寄ってくる。


「フレイツェルトが! あとそれと先生が!」


「二人とも落ち着いて。ゆっくり、話せる?」


 リリアの優しい声にはっとなり、子供二人が頷く。だが、リリアの顔も明らかに焦っている。


「お前たち、生徒全員と先生の治療を頼む」


「了解」

「了解しました」


 私は同志二人に指示を出す。が、正直それどころではない。





「フレイとセネカがさらわれただと!!」


 深呼吸させ、落ち着きを取り戻した二人とヒューゴ先生から話を聞き、その事実を知る。ほんの三十分ほど前の事だそうだ。なぜ早く言わなかった、と責めることは出来ない。この子たちも恐い思いをしたのだ。


「ヒューゴ先生、申し訳ありません。私たちは一刻も早くフレイを追わなければ」


「大丈夫です。今ならまだ間に合うかもしれません。どうか、早く!」


「ありがとうございます」


 口調は平静を保てているが全く冷静ではない。フレイ、セネカ!


「いきましょう!」


 学校のすぐ傍、木々の間から馬車らしき物の跡を見つけ、それを追う。リリアは私と逃げてきた過去があるからか、発狂などはしていない。さすがだ、大変助かる。




 私達は馬車の跡を最高速で追った。が、


「“禁忌の森”……だと?」


 馬車の跡、その先は隣町から荒野を抜け、森へと至る道だった。

 この意味をこの中の誰もが知っている。追い様はない、と。禁忌の森は“導蝶”による示し無しに深く潜ってしまえば二度と戻ってくることは出来ない。ましてや、“ポケット”と呼ばれるショートカットを使われていてはもう追いつくことは不可能。……だが私はそれでも。


「待て、テオス。森に入るというのか?」


「無論だ。フレイとセネカがいなくては私が逃げる意味はない」


 リリアの顔をちらっと横目に入れる。彼女も覚悟を決めた目だ。


「冷静になれ! お前がこの国を変えると言っていたんだろ!? それに!」


「なんだ」


「テオス、あんたの子だ! 簡単にくたばるわけがない。それにセネカさんも一緒だ。大丈夫に決まっている!」


 セネカを信用していないわけではない。だが、セネカも同時に捕まったのであれば彼女とフレイ以上の実力者がいたということだ。


「ならばお前たちとはここまでだ。私とリリアは森へ入る。世話になったな」


「――っざけんな!」


 同志から、頬に拳をもらう。


「あんたがいなくて、誰が反乱軍を指揮する? 自分のやってきた事に責任を持ってくれ! あんたがいなくなってフレイ君が現れたら? あんたは、今生きるしかないんだよ!」


 そんなことは百も承知だ。だが、これは理屈ではない。


「あなた。フレイちゃんとセネカを信じましょう」


「ッ! リリア……」


 彼女も複雑なはずだ。それでも、私に付いて来てくれた以上使命をわかっているのも確かだ。


「……くそっ! くそ、くそっっ!!」


 地面を思いっきり殴る。いくら力を込めどもこの手に炎が灯ることはない。神権術があえばまだやり様はあっただろうか。そもそも、逃げずに戦えたのだろうか。

 今日ほど自分の無力さを呪った日はない。

                                   ―――

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