第三十八話 橙に輝く魔法

 ファントムの放った、その今までの比にならない<安寧魔法>の波動を、

<神権魔法>“無に帰す調和の光ニエンテ・ハルモニア・アウレオーレ”による調和の炎で迎え撃つ。

 互いの魔法が中央で激突する。

 この威力、この大きさ! おれの身にまとう炎だけではとても抑えきれない。先程までと同じく突っ込めば、おれもろとも吹き飛ばされるのが目に見えている。


 湖全体を二分割するかのような、巨大な魔法同士の正面からの衝突。

 威力は互角。気持ちで折れた方が負ける、意地と意地とぶつかり合いだ。


「僕は負けない! “あのお方”と共に安寧を!!」


 ――ッ!! なんて圧だ!!

 どうやら、おれたちは目覚めさせてはいけないものを醒ましてしまったらしい。

 問題はそれだけじゃない。おれの体がもう持たない。限界もいいところだ。


「ハァ……ハァ……」




 この感覚。足が思ったように動かない。体が鉛のように重い。

 体中が悲鳴を上げている。まるで猛獣にいたるところを噛みつかれながら彷徨さまよっているようだ。


 苦しい。少しでも気を緩めれば気を失うのは明白だ。

 ただでさえ多大な炎を使う調和の炎。十三もの魔法を出し続けながら、それを自らに灯すなんて。この量の調和の炎を浴びてしまえば、おれはもう一生魔法を使えなくなるかもしれないというのに。


 まったく、我ながらバカげているよ。正気の沙汰さたじゃない。


 それでも、おれは前に進み続ける。

 この力は一体どこからあふれてくるんだろう。いや、そんなのわかりきったことか。

 そろそろ素直に認めても良いのかもしれない、





「進んだ……」

「押し返してやがる……」



「ぐうっ!! まだ、まだだ!!」



「フレイ……いけ、フレイッ!!」



「ファントム、終わりだ」


「ぐ、ぐああぁぁああ!!」







 激しい戦闘により、すでにほとんど干上がってしまった湖だが、美しい木々を含め所々には未だ絶景の片鱗へんりんを残す。


(ごめんなさい、***。あなたとの約束果たせそうにないです……)


 その湖を覆い尽くすはだいだいに輝く魔法。湖にいた者たちの目を奪ったのは、今までの死闘を一瞬忘れしまうかのような、そんなかつてない絶景。

 橙に輝く魔法は、勝者への祝砲を放つかのように湖を超え、やがて彼方へと消えた。






 勝った。これで……、! しまっ――!

 完全に油断した。


 今の反動で、


 でも……セネカを護れて良かった。


ジャラジャラジャラ!


 意識が途切れる寸前、鎖のような音と共に体を巻かれる気がした。だけど、すでにおれにはまぶたを開く気力さえ残っていなかった。




ーーー




 あれから丸二日。フレイが目を覚まさない。


 お前にはいっぱい伝えたい事があるというのに。肝心のお前がこのままでは、喜ぶものも喜ぶことが出来ない。

 みんなまたお前の笑顔が見たいのだ。だから、目を覚ましてくれ、フレイ。


 握っていればわかる。フレイの手はそれほど大きくない。当たり前だ、こいつはまだ子どもなのだから。それほど大きくないこの手に、ワタシは何度救われ、何度護られてきたことか。


 フレイ、ワタシたちの旅は決して無駄なものではなかったぞ。

 だから……早く返ってこい。


「セネカ、一度休みなさい。あれからほとんど寝ていないでしょう?」


「いや、大丈夫だ。ワタシはここを動かない」


「まあ、そうでしょうね。それならせめて、ほら、あなたの好きなおかゆよ。これなら食欲がなくても入るでしょう?」


「ああ……ありがとう。リリア」

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